故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

No.228 「帰国の朝」のお話。

2014年08月16日 | 日記

いよいよ日本へ帰国する日がやってきた。私は早朝5時に起床し、以前、学生達と散歩した1周400mあるあの思い出深いグランドに到着した。そこには黒龍江大学の教職員が20人ほどで組織している「黒龍江大学健康協会」の数人のメンバーが既にジョギングを始めていた。懐かしいメンバーに再会し、私はこれから帰国する旨の挨拶をした。

 

また、そこには私が黒龍江大学に勤務していた時から時々参加していた「朝の踊り」を楽しむ30人ほどの女性を中心としたグループが隊列を組みながら音楽に合わせて軽快に踊っていた。しかし、踊りのスタイルもスピーカーから流れてくる音楽も2年前の踊りと大きく異なっていた。

 

大きな動作でゆっくりと音楽に合わせる踊りから、ロボットのように手足をコミカルに動かす踊りに変わっていた。また、グランド周辺に目をやると相変わらず「赤」「白」「ピンク」「黄色」などの手入れの行き届いた美しい花々が咲いていた。懐かしいキャンバスを最後に宿舎に戻り、スーツケースを持ってタクシーの出発する学府四大街の大通りに向かった。

 

そこには予約したタクシーが既に私を待っていてくれた。ありがたいことに大島先生を始め陳百海院長先生も早朝の6時前に私を見送ってくださった。ハルビン空港から黒龍江大学まで来るときに支払ったタクシー料金は280元(日本円で約4.480円)であったが、この日は早朝にもかかわらず、空港までの料金は149元(日本円で約2.384円)であった。

 

私は早朝5時に起床し、中央にある宿舎からグランドに向け出発した。左は学生寮。

宿舎の近くにある留学生がよく利用するスーパー。

黒龍江大学の敷地内にある学生寮。

大学キャンパス内にある工事中の道路

 私がよく通った宿舎近くにある公園。

キャンバス内にある並木道。

「黒龍江大学健康協会」の数人のメンバーが既にジョギングを始めていた。

「朝の踊り」を楽しむ女性を中心としたグループが軽快に踊っていた。

踊りのスタイルやスピーカーから流れてくる音楽も2年前の踊りと大きく異なっていた。

「赤」「白」「ピンク」「黄色」などの手入れの行き届いた美しい花々が咲いていた。