梅の香と人の世は
―菅谷城跡を尋ねて―
「耐雪梅花香」(ゆきにたえてばいかかおる)*春にさきがけて香わしく匂う梅の花の無量の妙味を慕い、来る春に無限の情を走らせる頃になると私は近年いつも物を思う人となる。あー私はどのように人生を生きて来たか、青春には悔はなかったかと、そして「花とこしえの春ならず」と夢のように短い人生を悠久なる永遠の行旅と考えた游子の旅情にかようような、淡い言い知れぬなにものかを感じるのである。
このような早春の一日「野は私の書斉、自然は私の書」と云って人生を楽しみ、或は行く旅を詩歌に託して人生をつぶさにかみしめ、或は思索散歩と名づけ?、朝夕散歩して人生観を呼び覚ましたりした人達の事を追憶しながら菅谷城跡を散歩し武蔵野及び武蔵武士の面影を満喫することゝした。大自然はさながら天の書である。
菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』8号 1957年(昭和32)3月
*:西郷南洲「示外甥政直」(がいせいまさなおにしめす)の一節。