このブログのタイトルである「人間行動学」ですが、これは人間がどう動くか、それを的確に見据えながら、物事を考えていったり、行動したりしようじゃないか、という主旨です。
そのために、人間を見る力を鍛えるのが基本にあります。
また、それを用いながら、世の中の事象をいろいろ考えてみよう、ということもあります。
昨日も、ふれました先見力訓練法ですが、これも人間とか社会がどう動く特性があるのかを理解し、今後の動向を考えようというコンセプトでまとめています。そして、そのために方法論とか訓練法を示しております。詳しい解説はこちら。
さて、今朝の日経新聞の「経済教室」は政治のお話でした。参院選の結果を受けて、今後の動向を解説しています。
このなかでは、民主の敗因のひとつに、みんなの党に票を食われた、ことを指摘しています。
私もそう思っていました。実際、みんなの党がなければ、民主はもっと議席を増やしていたはずです。民主の支持層のかなりがみんなの党に流れたのは確実です。その意味では、自民が議席を増やしたのはみんなの党のおかげであり、自民に勝利の高揚感がないのも道理です。
さて、今後ですが、コラムでは次のようにまとめています。
みんなの党の「善戦は、おそらく今回のレベルが限界であって、同党が二大政党に割って入るように『第三極』を長期的に形成することは難しい」
その理由ですが、
「第1に、みんなの党は全国的な組織を構築できているわけではない」
たしかに、大都市部はともかく地方は組織がまったくないのは事実です
「第2に、みんなの党はいわば民主党の『票を食って』議席を獲得したわけであり、裏返せば、両党を支持する有権者層に大きな差がないことである。つまり、みんなの党は、民主党の失点につけこめる時には躍進するが、昨年の衆院選のように民主党自体に追い風が吹く場合には埋没してしまう可能性が高い」
そこで、結論ですが
「みんなの党の真価は、『第三極』として今後どう成長できるかではなく、民主党と自民党を巻き込んだ政界再編を実現し、既存の二大政党制をより安定した二大政党制へと脱皮させることができるかどうかにおいて問われているのである」
最後の所は、私にはよくわかりません。政界再編というものをどんなふうなものにとらえているのか、この文章では何も触れていません。
まあ、ポイントはみんなの党は第三極として長期的形成は困難だ、というあたりにありそうです。それで、いまの二大政党を変化させる刺戟要因となる、ということなんでしょう。
現状を見ればそのとおりです。みんなの党の力など二大政党からすれば、せいぜい「触媒」程度のものでしょう。そのため、たいていの人はそこで思考を止めてしまうのです。
しかし、先見力訓練法の著者はそうは見ない。それは「変化」の本質を理解しているからです。
やや長くなりますが、「はじめに」のところをここにお示ししましょう。
------------------------
社会や物事が変化するプロセスを、比喩的に説明してみよう。今しばらくの間、読者は自分が「変化」という名の海に浮かぶ「小船」だと想像していただきたい。
この変化という海には二つの潮流がある。一つは深層の潮流であり、他の一つは表層の潮流である。深層の流れはゆるやかで、長期間、一定の方向に流れていく。深いところを流れているため、小船がその流れを感じ取るのは少し難しい。
一方、表層の流れは敏捷で素速く、自由がきく。そのぶん気紛れでもある。手近にある表層の流れは、小船にとってずっと簡単に感じ取ることができる。
あまり気付かれていないのだが、深層の力は表層の力よりずっと強いものである。
深層と表層の潮流が相互に作用しあい、波をかきたて、小船をもてあそぶ。
変化は、深層の流れが変わることから始まる。ある日突然、方向が変わる。しかし、微細な深層の変化に、表層の流れは初めはほとんど反応しない。それでも、やがては表層にもかすかな動きが見え始める。それが「兆し」だ。
だが、たとえ新しい流れが生まれようと、それまでの流れがすぐに消えてしまうわけではない。表層は深層に従うよう運命づけられているのだが、ある期間、宿命に逆らって自由な意志を持つことが許されている。
そのため、流れに乱れが生じ、波紋が生まれ、さざ波や波頭がたつ。ついにはあちこちで渦が巻きだすまでになる。
こうして、しばらくの間、渦は「対立」というドラマを書きあげる焦点となるのである。
「対立」は、新しい流れを受け入れようとする船と、拒絶する船との間で起こる。初期の段階では、古い流れに乗る船が圧倒的に優勢である。だが、時間がたつにしたがい、力関係は変化していく。流れを呼び込むために、多くの仲間を集めたり、武力を用いようとする船さえでてくる。こうして「船団」が形成されていく。
にもかかわらず、最後の勝利はまったく別のところで決まるのだ。結局は渦を制する流れに乗っていた船が勝つのである。たまたまその流れにかなった船が、渦に勢いづけられ、高速で巡航していくのだ。
不幸なことに、すべての流れにかなう器用な船など、まず存在しない。たとえ勝利を得た船ですら、流れが変われば、また別の船に航路を譲らなければならない。輝きは一瞬である。
流れが船を選び、流れが船を見捨てていく、対立とは、時代が流れにかなう船を選ぶための、非情な作業の一部なのかもしれない。
やがて、さしもの激しい渦もおさまり、静かな海が戻ってくる。怨念と憎しみだけがのさばる醜い対立は深い海に沈められ、忘れられていく。
長い間待ちわびていた、深層の流れに調和する時代がようやくやってくる。新しい時代の始まりである。
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ああ、長かった。お疲れ様。書くのも疲れた。
深層潮流はどこに向かっているのか。それは昨日書いたとおりです。
L研リーダースクールの人間行動学科で人間を見る力をつける訓練をしてみませんか。感受性について、自宅で学習ができます。
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そのために、人間を見る力を鍛えるのが基本にあります。
また、それを用いながら、世の中の事象をいろいろ考えてみよう、ということもあります。
昨日も、ふれました先見力訓練法ですが、これも人間とか社会がどう動く特性があるのかを理解し、今後の動向を考えようというコンセプトでまとめています。そして、そのために方法論とか訓練法を示しております。詳しい解説はこちら。
さて、今朝の日経新聞の「経済教室」は政治のお話でした。参院選の結果を受けて、今後の動向を解説しています。
このなかでは、民主の敗因のひとつに、みんなの党に票を食われた、ことを指摘しています。
私もそう思っていました。実際、みんなの党がなければ、民主はもっと議席を増やしていたはずです。民主の支持層のかなりがみんなの党に流れたのは確実です。その意味では、自民が議席を増やしたのはみんなの党のおかげであり、自民に勝利の高揚感がないのも道理です。
さて、今後ですが、コラムでは次のようにまとめています。
みんなの党の「善戦は、おそらく今回のレベルが限界であって、同党が二大政党に割って入るように『第三極』を長期的に形成することは難しい」
その理由ですが、
「第1に、みんなの党は全国的な組織を構築できているわけではない」
たしかに、大都市部はともかく地方は組織がまったくないのは事実です
「第2に、みんなの党はいわば民主党の『票を食って』議席を獲得したわけであり、裏返せば、両党を支持する有権者層に大きな差がないことである。つまり、みんなの党は、民主党の失点につけこめる時には躍進するが、昨年の衆院選のように民主党自体に追い風が吹く場合には埋没してしまう可能性が高い」
そこで、結論ですが
「みんなの党の真価は、『第三極』として今後どう成長できるかではなく、民主党と自民党を巻き込んだ政界再編を実現し、既存の二大政党制をより安定した二大政党制へと脱皮させることができるかどうかにおいて問われているのである」
最後の所は、私にはよくわかりません。政界再編というものをどんなふうなものにとらえているのか、この文章では何も触れていません。
まあ、ポイントはみんなの党は第三極として長期的形成は困難だ、というあたりにありそうです。それで、いまの二大政党を変化させる刺戟要因となる、ということなんでしょう。
現状を見ればそのとおりです。みんなの党の力など二大政党からすれば、せいぜい「触媒」程度のものでしょう。そのため、たいていの人はそこで思考を止めてしまうのです。
しかし、先見力訓練法の著者はそうは見ない。それは「変化」の本質を理解しているからです。
やや長くなりますが、「はじめに」のところをここにお示ししましょう。
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社会や物事が変化するプロセスを、比喩的に説明してみよう。今しばらくの間、読者は自分が「変化」という名の海に浮かぶ「小船」だと想像していただきたい。
この変化という海には二つの潮流がある。一つは深層の潮流であり、他の一つは表層の潮流である。深層の流れはゆるやかで、長期間、一定の方向に流れていく。深いところを流れているため、小船がその流れを感じ取るのは少し難しい。
一方、表層の流れは敏捷で素速く、自由がきく。そのぶん気紛れでもある。手近にある表層の流れは、小船にとってずっと簡単に感じ取ることができる。
あまり気付かれていないのだが、深層の力は表層の力よりずっと強いものである。
深層と表層の潮流が相互に作用しあい、波をかきたて、小船をもてあそぶ。
変化は、深層の流れが変わることから始まる。ある日突然、方向が変わる。しかし、微細な深層の変化に、表層の流れは初めはほとんど反応しない。それでも、やがては表層にもかすかな動きが見え始める。それが「兆し」だ。
だが、たとえ新しい流れが生まれようと、それまでの流れがすぐに消えてしまうわけではない。表層は深層に従うよう運命づけられているのだが、ある期間、宿命に逆らって自由な意志を持つことが許されている。
そのため、流れに乱れが生じ、波紋が生まれ、さざ波や波頭がたつ。ついにはあちこちで渦が巻きだすまでになる。
こうして、しばらくの間、渦は「対立」というドラマを書きあげる焦点となるのである。
「対立」は、新しい流れを受け入れようとする船と、拒絶する船との間で起こる。初期の段階では、古い流れに乗る船が圧倒的に優勢である。だが、時間がたつにしたがい、力関係は変化していく。流れを呼び込むために、多くの仲間を集めたり、武力を用いようとする船さえでてくる。こうして「船団」が形成されていく。
にもかかわらず、最後の勝利はまったく別のところで決まるのだ。結局は渦を制する流れに乗っていた船が勝つのである。たまたまその流れにかなった船が、渦に勢いづけられ、高速で巡航していくのだ。
不幸なことに、すべての流れにかなう器用な船など、まず存在しない。たとえ勝利を得た船ですら、流れが変われば、また別の船に航路を譲らなければならない。輝きは一瞬である。
流れが船を選び、流れが船を見捨てていく、対立とは、時代が流れにかなう船を選ぶための、非情な作業の一部なのかもしれない。
やがて、さしもの激しい渦もおさまり、静かな海が戻ってくる。怨念と憎しみだけがのさばる醜い対立は深い海に沈められ、忘れられていく。
長い間待ちわびていた、深層の流れに調和する時代がようやくやってくる。新しい時代の始まりである。
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ああ、長かった。お疲れ様。書くのも疲れた。
深層潮流はどこに向かっているのか。それは昨日書いたとおりです。
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