チンチラ

私の日記ブログです

息子一家の暑中見舞い

2024年08月11日 | 家族

神奈川県に住む息子一家が遊びに来てくれました。

息子、お嫁さん、凜ちゃん、勇輝くん。

10時に来るというのでお昼は来てから決めようと言う事に。

 

「何がいい?」

「ピザ?お寿司?」

じゃあ、お寿司がいい!と言う事でお寿司を注文。

高校生の勇樹君。

アレルギーがあって大変だったのに、いろいろ食べられるようになっていた。

 

以前はお箸も厳しく管理して卵や魚が付いたものは使えなかったのに、

今ではイクラも食べられる。

アレルギーで食事制限をしなければならない子供の

希望の星ではないかしら。

真っ黒に日焼けしたスリムな体でたくさん食べてくれました。


手放せないパジャマ

2024年08月10日 | 家族

母からすごく前、10年くらい前に貰ったパジャマ。

薄くって、柄も地味で何とも言えないパジャマです。

ところがこのパジャマ肌触りが良く他のパジャマは着ることができません。

近くのお店で似たようなものを探してみたのですが、なかなかありません。

 

今日何となくタグを見てみたら「ワコール」と。

え~~~そうだったんだ。

主人に「ワコールで買ってきて」と言われました。


お医者さんの言葉は魔法の言葉

2024年08月09日 | いろいろ

2ヵ月に1回のいつもの病院。

2時予約なので家を1時半少し前に出る。

まだ遠くに停まっているバスを見て、近くの建物に入って1分ほど冷たい空気で体を休める。

 

駅から病院までの道のりが長い。

まだか、まだか!

 

病院について、椅子に座ってペットボトルのお茶をほぼ飲み干す。

さすがに病院は空いていた。

いつもは予約していても診察が始まるのに1時間ぐらい待つのに

昨日は何と20分くらいで呼ばれた。

 

先生と2カ月ぶりに向き合う。

前回の検査結果を説明してくれる。

これは◎、これも◎と、たくさん◎を付けてくれる。

(「!」が付いている項目は正常値より大きかったり足りなかったりする。

 それさえも◎。家に帰って詳しく見てみるとほんの少し違うだけ。

 もうすぐ80歳なんだからこのぐらいの差は上等上等・・・ということか)

 

私って本当は元気なのかも????

(家では良くなかったのに・・・・・)

先生の言葉で力が出てきた。

駅までの帰りの道は辛くなかった。


娘の誕生日

2024年08月08日 | 家族

8月は娘と私の誕生月。

 

先日娘の誕生日に「おめでとう」のLINEを送りました。

「私が産まれた時刻は?」と訊かれて「朝方だったかな?」と返事。

「そうなんだ。夜中の1時頃だと思ってた」

 

大人になって私と娘の記憶が違うとき、100%娘が正しい。

母子手帳を探しました。

何年も・・・・・いえ何10年も見ることがないので場所がすぐには思い出せない。

戸棚の中、ありとあらゆる引き出しを探して、やっと見つけました。

(棚の奥の一番下の箱に入っていました)

娘の記憶が正しくて1時27分誕生。

 

夜、付き添っていた主人は私を病院に置いて帰っていきました。

「主人は明るい部屋で家族みんなで楽しく食事をしているんだろうな?」と考えていました。

 

その後、陣痛が強くなり、1人で、1人っぽっちで出産しました。

 

朝、主人と、義父と、父が赤ちゃんを見に来ました。

3350ℊもある大きな赤ちゃんです。

 

主人、若い!

24歳ですもの。

写真の自分が愛してやまない拓に似ていると喜んでいました。


富士登山(?)の思い出

2024年08月07日 | いろいろ

富士山登山をしたことがあるという友達。

「富士登山は金メダル」と言っていました。

分かる気がします。

 

まだ勤めていた時、6年生の「移動教室」があり

忍野八海や富士五湖の山中湖、河口湖に行ってきました。

 

また富士登山も計画されていました。

富士登山と言っても、バスで五合目まで行き

「富士五合目一周道路」を富士山を見上げながら一列になって歩くものです。

10月中頃の富士山は空気が冷たく澄み切った素晴らしい景色でした。

 

学校に戻って最初の図工は「富士山の思い出」の絵を描く。

図工は専科の先生で、A3の丈夫な和紙に描いて、ひとクラス分綴じてあります。

「あああ、遠足は楽しいけれど帰ると必ず作文を書かされるのがヤダ!」と

言っていた子供たちでしたが絵を描くのは楽しかったみたい。

自分の目で見た富士山が生き生きと描いてあります。

 

あまりに素晴らしいので欲しくなってしまいました。

この絵、貰えないかな?と言うと

「いいよ」「うん、あげる」と言う返事。

貰って帰って今でも大事にしています。

その子供たちは今65歳ですから何年前になるでしょう?

秦君の絵

田熊さんの絵

 

みんなの絵を名前入りで載せたい。


2024年 写真展の会計

2024年08月06日 | 写真

昨日、食事が終わり帰る時、幹事代表の人に写真展の会計を頼まれました。

そうだったのです、私は会計だったのです。

そしてもう一人のしっかり者の会計のTさんは体調を崩して欠席。

私が頑張ることになりました。

 

残金を人数で割ってお返しする準備。

その中には自分で印刷をしたので印刷代もお返しする人。

写真展に参加しないでアルバムを購入した人に代金を頂く。

複雑です。

多々ある苦手な作業の中のひとつです。

できるかな?????


2024年8月 写真教室は東京駅の撮影

2024年08月05日 | 写真

写真教室の撮影会。

東京駅、丸の内周辺。

 

東京駅に4時集合。

一番暑い2時半に家を出た。

4時集合ではなく5時集合が良かったなあ。

と、言うより、どう考えても8月はお休みでしょう。

 

行こうか、休もうか・・・・・・。

誰かに「頑張って行ってきなさい」と背中を押して欲しかった。

 

電車は快速なので国分寺と三鷹で特快に追い抜かれたけれど乗り換えないでじっと我慢。

東京駅には4時少し前に着いた。

私が一番ビリ。

 

公園を撮ったり噴水を写したりで2時間。

ギリギリ頑張れた!

 

食事をするのにも参加できた。

ノンアルコールビールと揚げたてのカツ。

写真を撮るとお腹がすく。

美味しかった。


私の持っている3本の三脚

2024年08月04日 | 写真

三脚は曲者です。

撮影に行く時、毎回迷って三脚を持っていきます。

でも・・・・

今まで「ああ、三脚を持ってくればよかった (>_<)」と思ったことは一度もありません。

反対に「ああ、三脚を持ってくるんじゃなかった」と思うのは毎回。

先週の長野旅行でも持って行ったものの、一度も使いませんでした。

 

今私は3本三脚を持っています。

奥から親戚に貰った骨董品のような重い三脚。

 

真ん中は「軽い三脚、軽い三脚」と探して買ったもの。

私のカメラがギリギリのって、一番高くしたとき私の目の高さになります。

 

一番手前は何年も前に買った一脚。

娘にカバーを頼んだら刺繡をしてくれました。

 

明日、写真教室で東京駅の夜景を撮りに行きます。

軽い三脚を持って頑張ってこようと思っています。

自信はないけど ( ;∀;)


「冷やし中華」と「素麵」

2024年08月03日 | いろいろ

お昼ご飯、冬はラーメンかうどん。

夏は冷やし中華か素麺のどちらか。

「お昼何にする?」

「今日は冷やし中華にしよう」

 

何となく2人で作ります。

 

キュウリを切ることとお湯を沸かすことは共通。

冷やし中華は卵や焼き豚が加わり、素麺はナスの素揚げを用意します。

 

この間は冷やし中華の日。

まずお湯を沸かしつつ、キュウリを切る。

ここで主人にバトンタッチをして、私はランチョマットや箸を用意する。

 

麺の水を切るザルなどを用意するうちに頭が素麵に切り替わって。

汁を薄める氷水を作ったり、食器(自作の大きめの蕎麦猪口)を出したり。

素麺の帯を取ろうとしたところで「今日は冷やし中華でしょ」と言われました。

 

ゴチャゴチャする。

 

今日は素麺の日。


2024年 3日目の撮影

2024年08月02日 | 写真

私たちが泊ったホテルの部屋は東向きだった。

3日目は晴れの予報だったので朝日を撮ろうと言う事に。

日の出時刻を調べると4時30分。

目覚ましを掛けなくても、多分、日の出の頃目が覚めるだろう。

 

目が覚めてカーテンを開けると焼けていた。

1時間ぐらい写して、また寝ることに。

次に目が覚めたら8時になっていた。

変な寝方をしたのでちょっと辛い。

 

ホテルをゆっくり出て撮影に。

主人は上高地とかワサビ園を考えていたけれど却下。

上高地は大変だし、ワサビ園は以前行ったことがあるので。

 

春に行った「しだれ栗の公園」に行ってみることになった。

思った通りに緑の葉が茂ってしだれは見えない。

記念の写真を2枚ほど写して帰ることに。

 

以前、写真教室の人に案内してもらった建築家、藤森照信の作品を観に行くことにした。

いつも連れて行ってもらうだけの私なので、場所がハッキリしない。

「下の方に街が見えた」「お墓があった」「小さな川の横」とこんな情報。

 

「長野県茅野市宮川389-1」とナビに入れて探すことに。

主人は迷って迷って探すことが大好き。

私は迷う事が苦手。

 

結局4人に訊くことになった。

初めの人は「観光客なので・・・・」

 

2番目の工場の女性に訊ねると「藤森先生の作った公民館で教えてもらうのが確実」と。

公民館はお休みでダメ。

 

3番目に訊いたのは小さな会社。

出てきてくれて何とか教えてもらった。

でも見つからない。

 

4番目は工事のガードマン。

目的地に近かったのでしっかり教えてもらえた。

 

観光客以外の地元の人は藤森照信の事を知っていた。

有名なんだろうな。

 

泥の船

 

高過庵(たかすぎあん)

中でお茶を点てられるのだろうか?

 

ここでの気温は28℃。

日当たりが良すぎてウロウロすると暑い。

私たち避暑に来たのに!と文句を。

 

車が混まない時間に、雷雨が無い時間に帰ることに。

家について車を降りたら死にそうな暑さ。

避暑にならないと文句を言っていたけれど、長野は避暑になっていたんだ。