サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

愛の物語シリーズ番外編

2017-07-31 16:00:33 | 日記
帰依者といわれる者の心は、間違った方向を向いている。
自分の願望が満たされると、彼らは私を賞賛する。
しかし、望みが実現しないと、私を罵(ののし)りさえもする。
私を理解しようと試みている間でさえ、頭の天辺から足のつま先まで疑いを抱いている。
世俗的な望みが叶わなければ、私から去っていく者さえいる。
こうした者たちは、まったく誠実な帰依者ではない。
実に、彼らは最悪の罪人だ。
そのような者たちが、どのようにして私に到達できるのだろうか?6/10/92

ポニョ:以前、愛の物語シリーズを連載したけれど、一つ感動的なエピソードを紹介するのを忘れていたぜよ。

ヨシオ:忘れっぽいポニョらしいな。ところでどんなエピソードなんや。

ポニョ:このブログを始めた頃に紹介したエピソードで、コダイカナルでの子供とサイババさんのやり取りなんや。

ヨシオ:ああ思い出した。あれは感動的やったよな。今でもよく覚えている。サイババさんは子供の純粋な心をとても喜ばれるんや。

ポニョ:人って大人になるに連れて、欲望やらエゴが膨らんで来て、だんだん心が汚れていくもんな。サイババさんの帰依者になっても、自分の願いが叶わないと、サイババさんの批判を始めたり、去って行く人も少なからずいるぜよ。

ヨシオ:そういう人は初めから帰依者でもなんでないんや。何れにしても、この世界で生きていたら、常に物質的なものと接しなければいけないし、それに迷わされるから、心が汚れる事を防ぐ事は出来ないんや。唯一それが防止できる方法は、全ての行為を神さんに捧げてしまう事なんや。そうすれば子供のような綺麗な心のままでいれるんや。

ポニョ:それ以前に、どれがサイババさんの御言葉なのかを見極める事が大切やぜよ。だって、これがサイババの言葉だなんて言って、人々に自分が受け取ったメッセージを伝える輩が沢山いるやろ。例のルーカスラリさんが個人的に受け取ったメッセージも、バルビカス人間の価値教育の教材にも、すでにサイのメッセージとして出回っているぜよ。

ヨシオ:俺たちが編集したサイのメッセージの本にも、間違えてルーカスさんが受け取ったメッセージを載せてしまったので、すぐに削除したけどな。俺は今、霊のハードロックカフェの経営者が、これはサイババさんが直接口述されたメッセージです、と言って世界各地で講演された時に引用したサイババさんの言葉も、実はその人の創作じゃないかと疑っているんや。だってサイババさんは今まで一回も、聖書に出て来る四匹の馬の話なんてされた事がないやろ。あれは眉唾やな。大体サイババさんが、聖書の黙示録からの言葉を引用して、人々に警告を与えるって考えられないやろ。その言葉を近いうちに、俺たちのサイのメッセージの本から削除するつもりなんや。とにかく、誰かの夢にサイババさんが来て伝えたメッセージやら、サイババさんが霊体になって、その人の家に来られた時に伝えられたメッセージ、またその人が瞑想中に得たメッセージなど全ては、その人へのメッセージなんや。サイババさんの言葉ってそれほど大切なんや。サイババさんから直接あなた方にメッセージを頂きましたので、ここで披露しますという輩が言った事は、半分眉唾で聞いた方がええな。
俺も第一回サイババ全国大会の一週間前にサイババさんのアシュラムにいたけれど、サイババさんは俺に、「日本はマスコミが発達しているから、私が意図すればすぐに私の教えが全国に広まるだろう。今、サイの組織に来ている日本人たちは、超越瞑想から来ているもの達がほとんどだが、彼らは二三年で姿を消してしまうだろう。お前も日本のサイの組織に、今回のみ関わっても良いが、大会が終わればすぐに戻りなさい。お前の仕事は日本ではない。日本の仕事はお前に向いていない」と言われたんや。日本のサイの大会で役員の人が俺に、「最近までアシュラムにおられたのでしたら、何かサイババさんからのメッセージはないですか」と聞かれたんやけれど、俺は「無い」と答えたんや。だってそれらのメッセージは俺へのメッセージであって、大会に来られた人たち全員へのメッセージではないんや。それに、サイババさんが意思されれば、一人ひとりに直接、メッセージを送られるんや。誰かを介してメッセージを送られないやろ。それがサイババさんのやり方やし、一人ひとりの霊性修行者が、自分自身が直接サイババさんからのメッセージをもらえるように努力しなくてはいけない事なんや。
だから、誰かが「今から君たちに言う事は、サイババさんからのメッセージです」と言うような事を、俺は一切信じないし、全く必要としていないんや。俺はサイババさんの全ての講話の動画のテープを持っているけれど、サナザナサラチに掲載されたサイババさんの講話でさえも、そのテープを見て編集者がサイババさんの大事な言葉を削除していないかどうかをチェックしているんやで。

ポニョ:それは徹底してるよな。このような「私が受けたメッセージは、サイババさんの言葉だから皆で信じましょう」と言っている輩を野放しにするから、ムッディナハリは、やめときなはりのようなグループ台頭して来るんやぜよ。
以前、マレーシアに行った時に、小さな宝石屋さんで、職人が金の指輪を売りに来た人の指輪のゴールドが本物かどうかをチェックしている作業を見た事があるんや。その時、その職人は黒いサンドペーパーの上にその指輪を置いて、指輪をサッとサンドペーパーに擦り付けて、そのサンドペーパーの上に浮かび上がった金の色を見てたんや。しばらくすると、その職人は、この指輪には銅が含まれているとか、真鍮が含まれている色だとか、これは十八金だとか言ったんや。そういう事が、黒いサンドペーパーに浮かび上がった金色の色だけを見てすぐに分かるんや。どうしてそんな事が分かるのかなと聞いたら、いつも二十四金のゴールドの色を見ているので、偽物や混ぜ物のゴールドはすぐに分かると言ってたぜよ。

ヨシオ:俺は、神がこの俺たちの世界に化身としてやって来られたと知った途端、全ての本や資料を本棚から取り除いて、サイババさんの本だけを読むようにしたんや。だって、宇宙を創造され、宇宙を統べられている大元の神さんが人の姿を取られて来られているんやで。人として生まれて、一番最初にしなくてはいけない事は、その大元の神さんが、俺たち人類に、一体どんなメッセージや教えを垂れておられるかを真剣になって知る事なんや。それが先ず、帰依者としてしなければいけない事なんや。そしてその後は、その教えを守って生きる事や。そうすればサイババさんは、俺たちのグルとして最終目的地まで無事に導いて行って下さるんや。だから今、ポニョが言ったように、本物の教えであるサイの教えのみをしっかり頭に叩き込んだら、例の宝石屋の職人のように、何が混ざり物のゴールドか、そうではない本物のゴールドかが分かるんや。

ポニョ:でもサイババさんの教えって、山に例えれば最高峰の教えやから、そこに行き着くまでに他のいろんな聖者たちの教えも学ぶって事も大切やぜよ。

ヨシオ:勿論そうや。サイババさんもそう仰っている。でも俺が言いたいのは、その最高峰の山の麓にたどり着いた帰依者は、その最高峰の山の頂だけを見て登山すれば、登頂に成功するって言いたいんや。その最高峰の山の麓にたどり着き、登り始めた登山者は、他の聖者の教えなんて必要無いんや。サイ高峰に登り始めた登山者は、サイの教えだけで山頂に辿り着けるんや。

ポニョ:最高峰ってサイ高峰の事やったんや。面白い。という事で今日は、愛の物語番外編をお送りいたします。

コダイカナルにサイババさんが滞在されている時やけれど、サイババさんが来られるので、サイババさんが歩かれる赤いカーペットに沿って、たくさんの人々が座って待っていたんや。

そこには小学生もいて、おとなしく辛抱強く待っていたんや。
一人の小学一年生になったばかりの男の子が、その赤いカーペットの上に小さい泥が付いているのを見つけたんや。

それで、このカーペットの上を神の化身であるサイババさんが歩かれた時に、万が一、その泥を踏みつけたら足が汚れてしまうと思い、カーペットにこびりついている泥の塊を小さな手で一生懸命こすって取ったんや。

でもその取った泥の塊をその辺に捨てる場所がなかったので、自分のズボンのポケットに入れたんや。そうこうしているうちに、サイババさんがやって来られてその男の子の前を何事もなかったように歩いて行かれたんや。

その後、昼ごはんの時間だったので食堂に入り、他の生徒たちと一緒にお祈りをし、昼ご飯を食べようとしたら、突然サイババさんが食堂に入って来られたんや。

サイババさんが食堂に初めて来られたので、みんなびっくりして緊張してたんや。
すると、サイババさんはさっきのカーペットの泥を取った男の子の前で立ち止まり、「ご飯を食べる前は手を洗いなさい。」と言われたんや。

それで、その男の子は急いで洗面所に走って行って手を洗おうとしたんやけど、水道の栓の位置が高過ぎて、その子には届かなかったんや。

それでも、サイババさんに手を洗えと言われたから、その言いつけを守らないといけないと思って、飛び跳ねたりして水道の栓に手をかけようとしたけれど、結局届かなかったので、仕方なくズボンで手を拭いたんや。

それで何気ない顔をして食堂に戻ってくると、サイババさんがまだ食堂におられて、男の子にもう一度、「手を洗ったか。」と聞かれたんや。

男の子はまだ手を洗っていなかったので、サイババさんの顔を見ることが出来ず、下を向きながら「まだです。」と小さな声で言ったんや。


サイババさんは、「ご飯を食べる前は必ず手を洗わなければならない。」と言われて、その子の手を引いて外に連れて行かれたんや。

そして、バケツに汲み置きしてあった水から容器に水を入れて、その子の小さな手を包み込むようにして、サイババさん自らが洗われたんや。


そのあと、自分のハンカチで丁寧にその子の手を拭かれた後、「ところで、君のポケットに何が入っているの。」と聞かれたんや。
その子は、口をモグモグしていると、サイババさんは、その男の子のポケットを指差されて、ポケットに何が入っているのかを聞かれたんや。そして男の子がポケットから泥の塊を取り出すと、周りにいた人々に、どうして泥の塊がその子のポケットに入っているかという話をされたんや。

そこにいた、サイババさんと小さな男の子とのやり取りを見ていた人たちは、小さな男の子の純粋な神に捧げた愛の思いと、それを受け取られたサイババさんの愛のドラマを見て、皆、感激の涙を流したんやで。


ポニョ:サイババさんは、こんな小さな男の子の大きな神への愛を受け取られたんやな。

ヨシオ:そういうことや。神さんから見たら、大きい額のお金を寄付しようが、大きいビルを寄付しようが、高価な車や花やそういうものを寄付しようが、関係ないんや。

その人が、どのくらい綺麗な心でそれを神に捧げられたのかという事を見られるんや。
純粋な神に帰依する心。それが例え小さな泥の塊であっても、神さんは大変喜ばれるんや。
皆さんが純粋な心で行うことであれば,それが何であれ私は喜びます。
私が望むのは皆さんの心の純粋さだけです。
皆さんの心に純粋な愛があればどのような奉仕を行ってもよいのです。

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