サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

神のレッスンシリーズ(48)NZの刑務所訪問❷

2018-11-28 04:00:40 | 日記

ポニョ:今回のレギュラー記事はNZの刑務所訪問記事の二回目です。では早速紹介しましょう。元記事は月刊サイメールマガジンからです。ありがとうございました。
http://www.sathyasai.or.jp/

声は多いが、歌は一つ:宗教は多いが、神は一つ

チームのリーダーやその他のファシリテーターたちは、「神への唯一の道はイエス キリストを通してである」と信じている、 どちらかというと原理主義的なグループのキリスト教徒でした。私は、声高には話しませんが、もっと普遍的なことを教えま した。
別々の時期に、イスラム教徒や仏教徒がグループに加わることもありました。本来なら私たちは彼らをキリスト教徒に改宗さ せるべきなのですが、私は仏教徒に対してはイエスと仏の教えがどのように同じであるかを指摘することを好み、イスラム 教徒がいる時には「アッラー ホ アクバル」(神は偉大なり)という言葉でセッションを開始しました。バガヴァン ババが、道 はたくさんあるが目的地は一つ、と私たちに教えたように、私の目的は常に、彼らが神に期待する姿形が何であろうとも、 その神に向かって一歩踏み出すのを助けることでした。
私たちのセッションは、聖書に基づくことを目的としており、何人かの囚人は、私が発言するすべての声明に聖書の引用 があることを期待します。他の囚人たちは、聖書の一般的な枠組みの枠を越えて質問してきます。それがどんな質問であ っても、霊的なものであれば、私は喜んでそれに答えました。

刑務所の中に満ちる神聖なエネルギー

アラモアナで、私は、自分を通って他の人に流れる大きなエネルギーの流れとして、スワミを経験しました。刑務所の中で は、時折、同じ体験をすることがあります。
時には、エネルギーが非常に強く見えるので、私は自分が電気の幹線につながっていると感じます。これが起こるのは、 悲嘆時のサポートや、罪の許しと同じくらいに基本的な何かを彼らが必要としている時であると、私は気付いています。そ れは私のコントロールできる範囲を超えていますが、その人を助けようとする努力の中で、私がスワミに対して自分自身を 開いた時に起こるのです。
神の存在が非常に強く広範囲に見える時があります。これらの時期には、非常に多くの人が霊的エネルギーを自分のエ ゴに注ぎ、自分自身を「グループの中で最高のキリスト教徒」と見なすため、紛争と困難の期間となることがよくあります。そ の後、神のために話すのは誰なのかについて、喧嘩が起こることもあります。エゴは、刑務所内の大きな敵であり、他の場 所でも同じです。
現在私たちは、変容や大きな祝福を経験しているたくさんの人々と共に、グループ内に非常に強い霊的エネルギーがあ る時期を経ているところです。私は、他の人々に嫉妬心を起こさせないように、何が起こったかについては沈黙を守るよう、 人々に勧めています。私たちが奇跡として認識するかもしれない出来事の多くは、注目されない結果に終わります。
私は公然とスワミについて話すことはしませんが、常に聖書の文言と彼のメッセージを組み合わせて提示しています。これ は簡単にできます。

ガーヤトリー・マントラ、普遍的な祈り

キリスト教の正統性を超えた霊的な性質の質問を、私に個人的に尋ねる人がいます。彼らは過去の人生やカルマに従っ ているのかもしれません。その答えとして、私は名前を出さずに、スワミを含めたさまざまな情報源から資料を提供します。 その質問が何度も繰り返され、心からのものであるのなら、私はその質問に答えている御講話やスワミに関する本を彼らに 与えるかもしれません。これが、真理が目覚める瞬間です!
ガーヤトリー・マントラは、人類最古の聖典であるヴェーダの中で大切にされており、歪みなく真理が映し出されるよ うな明瞭な知性を求める、普遍的な祈りです。(サティヤ サイ スピークス 十巻百九頁)
ガーヤトリー・マントラは、あらゆる世紀においてあらゆる信仰を持つあらゆる国々の男女が、切望を込めて唱える ことができる祈りです。このマントラを繰り返し唱えると知性が発達します。(サティヤ サイ スピークス 五巻五十八 頁)

私たちがアーサーと呼んでいる男性、受刑者がいます。彼は、スワミを参考にしなければ答えられない、非常に鋭い質問 をいくつか私に尋ねました。私は彼にいくらかの資料を与え始め、彼はさらにたくさんの質問をし続けました。彼は瞑想す るのが困難であると私に語ったので、私は光明瞑想に関する英国の本を彼に与えました。私はガーヤトリー マントラに関 する情報と、スワミがガーヤトリー マントラを百八回唱えているCDを使って、そのフォローアップをしました。彼は毎朝スワ ミと一緒にガーヤトリー マントラを唱え始めました。それからすぐに、スワミは彼の監房を何回も訪れ始めました。自分の意 志で彼は菜食主義者になり、食事を変えるために刑務所の管理スタッフとバトルを繰り広げました。

バガヴァン・ババとの神聖な出会いにより、突然、内的変容が起こったのだと説明しながら、アーサーは語ります。
「私は、帰依者のピーター フィリップスから、初めてサティヤ サイ ババのことを紹介されました。彼は、私が麻薬犯 罪で服役していたニュージーランド刑務所の中の宗教別グループで、キリスト教徒グループのプログラムのファシリ テーターをしていました。
私はピーターと出会った時までに、自分の存在の意味と理由を見つけようと決めていました。私は彼に、自分が持っていた霊的な質問のいくつかについて、情報を 求めました。彼は、スワミによる資料またはスワミ に関する資料のいずれかを読むようにと、私にプレゼントしてくれました。
私がスワミの教えと資料を学び始めた時、私は その普遍的な真理に心打たれました。このことは 本当に私の意欲を高め、私はスワミについてもっ と質問したいという気持ちになりました。ピーター はいつも私の質問に答えてくれたので、私はとて も恵まれていました。私は彼のスワミとの体験に ついて話しながら、彼と共に長い時間を過ごしま した。これが私にとってのすべての始まりでした。
囚人なので、私にはスワミの教えを勉強し、瞑想 し、練習する時間がたくさんあります。私の生き 方を変容させ、神への愛を育むための助けを求 めて、私は神に祈りました。スワミは私の祈りに 答え、徹底的に私の人生を変えました。私は彼 の愛に深く感謝しています。振り返ってみると、神 はいつもそこにいて、いつも私を守ってくれたこと に気付きました。」
私はアーサーの質問に答えるために、時々サイ文献を持参していました。ある日、私は彼のためにサナータナ サーラティ 誌から何ページかをコピーしていました。私は誤った方法でコピー機の中に挿入してしまい、最初のページをダメにしてし まいました。それは講話からの抜粋と共に、スワミのカラー写真が載っていました。私はスワミの神聖な画像を台無しにす ることは絶対にしません。それで、それをどうしようかと思いました。それはアーサーに渡そうとひらめきました。その日、私 が刑務所に行くと、アーサーが私に言いました。「私はスワミに、スワミの写真をくださいと言いなさい、と言われました。」 私はアーサーに「スワミの写真を持ってきているよ」と話しました。彼は圧倒されました。それから、彼は額縁を作ってその 写真と引用文を入れ、自分の監房にそれを飾りました。他の何人かの囚人や刑務官たちは、写真と神聖な引用文に気が 付き、それについてアーサーに尋ねます。何人かのスタッフや彼の囚人仲間たちは、その写真に心魅かれ、その英知の 言葉について深く考えます。

クリスマスに父なる神とその聖なる息子を体験する

去年のクリスマスの前に、アーサーは三日間の断食を行い、空腹 でした。彼はまた、彼のグループにいる六十人の囚人全員にプレ ゼントとしてインスタントラーメンを買うのに十分なお金が欲しいと悩 んでいましたが、資金は十分ではありませんでした。

なんとかして五十四袋のインスタントラーメンを手に入れたアーサ ーは、誰にあげないかを決めようとしていました。断食二日目の十 二月二十三日、彼が祈っていると、彼の監房は明るい光で満たさ れました。目を開けると、白い服を着たスワミが出血している手のひ らを上げていました。
スワミはアーサーに「私とイエス キリストは同じです」と語りました。 彼は「イエスが十字架に磔になった時は、身体意識を超越していて 痛みを感じませんでした」と話しました。そしてアーサーに「断食を 完遂しなさい。あなたはもはや飢えを感じることはないでしょう」と告 げたのです。

究極の犠牲

アーサーのもう一つの心配事について、スワミは「全員に配りなさい。
全員に行き渡るのに十分な量があるでしょう」と保証しました。アー サーは、ラーメンを配るために、彼の友人―私たちがビルと呼んでいるもう一人の囚人―の助けを借りることにしました。ビルは、全員に配るには量が足りないことを指摘しました。
しかし、プレゼントを配り終えたアーサーとビルが再集合すると、グループ内の全員が一袋ずつインスタントラーメンを受け 取った上で、さらにまだ十一袋が残っていることが判明し、驚愕しました!
私は当事者である刑務所の受刑者たち、すなわちアーサーとビルの両名に、その体験についての自分の考えを話すよう 求めました。

アーサーは語ります。
去年(二〇〇七年)十一月、ある早朝のことです。私は監房の中でガーヤトリーを唱えていました。監房のカギを開 けるために刑務官がやって来る時間までには、まだ三十分ほどありました。私は、刑務官がやって来る前にガーヤ トリージャパが終えられるよう助けてくださいと、スワミに祈りました。時刻は午前七時五十五分でした。
私がマントラを終えたのは、扉が開錠される直前で、まだ午前七時十五分でした。私は何が起こっているのか信じら れませんでした。私は時間が静止していたかのように感じました。
この経験は、スワミが私の前に現れた以前の出来事と相まって、スワミへの愛と献身という深い感覚を私に残しまし た。
私が自分のサーダナを続けていると、スワミが何度か私の監房に来て、私と話をしました。自分の人生において神の存在に目覚めてからずっと、それは私がかつて所属していた 家に戻るようなものでした。
クリスマスの前に、イエス・キリストという人間とスワミについて、 私が抱えていたいくつかの問題を解決するのを助けるために、 私は三日間の断食を行うことを決めました。私の面倒はスワミ が見てくれることを知っていたので、私は喜んで他の人々に自 分の食べ物を与えました。断食の二日目、二〇〇七年十二月 二十三日、私の身体は強い空腹を感じ、飢えの苦痛もありまし た。
私は監房の中で膝をついてスワミに祈りました。すると突然、一 つの力強い存在が私と共にいることを感じたのです。私は祈り を止めて目を開けました。すると驚いたことに、部屋は明るい白 と青の光で照らされ、監房は消失したかのように見えました。私 と、白い服を着て美しく微笑んでいるスワミ以外には、何も存在 していませんでした。この瞬間、私は自分自身という感覚を失い ました。スワミは、手のひらから血が流れている両手を掲げまし た。スワミは私に話しかけていましたが、何の音も発していませ んでした。しかし私にはスワミが何と言っているか理解できたの です。
スワミは「私とキリストは同じです」と言いました。彼は「キリスト は肉体意識がなかったので、十字架の上では苦しみませんでした」と私に告げました。彼は私に「断食を続け、完遂 させなさい。その時点から、あなたはもはや飢えの苦痛を感じなくなるでしょう」と言いました。[これは真実であること が判明しました。]
これが進行している間、時間や体の感覚はありませんでした。この体験がどのくらい続いたかはわかりません。スワ ミが去った時、私は肉体に戻り、私の監房に戻っていました。私は完全な変容と歓喜の他には何も感じませんでし た。これは私が人生で経験した中で最も素晴らしい経験でした。


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