映画界の「環境の変遷」

2012年05月01日 | 社会 -


子供の頃(親が帰宅するまでの間) TVでヒッチコック等の巨匠作品を観ては
「映画の世界」 におぼれていた私は、誰よりも「映画」が大好きだった。
異次元の旅をしているような空想の世界に、連れて行ってくれたからだ。


20代から30代になる頃の時代は、飽きれるほど、寝る間を惜しんで
映画を見たし、「映画の歴史」を学ぶように、古い名作映画を観たりした。


そんな私が、今・・・、心から感じているのは「映画業界の衰退」である。

アメリカ・ハリウッドも、日本の邦画業界も、海外も・・・。

映画人の才能が枯渇し、傑作&名作が出てこない。
切なく、哀しい現実だ。
人々は、映画館から離れ、「映画を観る楽しみ」の質が、完全に変わった!




米アカデミー賞の授賞式で有名なハリウッドのコダック・シアターで、
来年、授賞式が開催されるだろうか。 もし、行われたとしても、
明らかに「コダック」という名前は消え去っていく・・・。
これは、時代の流れというものだ。


最近のアカデミー賞やハリウッド映画についても、ある危惧というか・・・
オリジナリティが少なくなって、リメイクが多くなり、斬新な作品はなく、
往年の輝かしい栄光と才能は、探しても 見つからなくなってきた・・・。
映画の文化というものが、衰退しているとしか思えない。

特に、この10年は、昔、心がうきうきしたような作品に出会えなくなり、
最後まで観てから、また翌日もロードショーへ行くという事実は皆無だ。

おそらく、オリジナルのスクリプト(脚本)を書ける人間が少なくなり、
制作サイドが安易な作り方をしている証拠だと言えるのではないだろうか。


アカデミー賞では、審査員一人一人の “質の低下” も著しいかもしれない。
投票するアカデミー会員は、監督、俳優ら約5700人のハリウッド関係者だが、
(少し前ならば)選ばれるはずがなかった作品がオスカーを手にしている。
もちろん、昔も「えぇ~、何故この作品が・・・」 ということは あった。
そういう時は、会社の力関係か、ロビー活動か、と思ったものだが・・・。


私の大好きなメッセージ色の強い作品や、感動的な作品、人生に問いかける
ような作品よりも、ただ「楽しく、娯楽的な作品」が、最近は多く好まれている。
鑑賞する人(大衆)が、そういう映画を選ぶということであるならば・・・・
映画の位置が変わり、映画に求めるものが変わったということなのだと思う。
あらゆるツールが増えた昨今、「映画」の役割にさえ影響を与えているのだ。
それは、時代の変遷というか・・・至極、当然の流れのように感じる。


日本でも、全くそうで・・・・
映画製作の出発点は、「お客様が入るかどうか」・・・という短絡的な発想だ。
最低興行成績をクリアするかどうかが起点なので、映画の内容などは、その次だ。
だから、知名度の高いテレビ作品の延長線上だったり、若い二人の恋物語や、
売れたマンガや アニメ世界の実写版が ほとんどである。

年代を考えても、日本アカデミー賞の審査員もマンガ世代が多くなったのだと思うし、
実際にも、「マンガ」や「アニメ」は(今や)欠かせない日本文化になってしまったから、
当然と言えば 「当然の流れ」 かもしれないけれども、もともと 映画界に いたはずの
“映画をつくろうとする気骨ある映画人” は、どこへ行ってしまったのだろうと、
心から思う。 最初から、信念を持った映画人が、いなかったはずではないだろう。



韓国との合作では、時として、過激で、心地悪くなる映像(戦争映画)が多いし・・・
そんなに無理して、海外と合作する必要があるだろうかーと思うぐらい、
日本の文化背景を描いた映画が少なくなった。
単なる資金の問題であるならば、日韓合作品の映画のテーマが、“韓国統合”の
戦争映画などは やめてほしいものだ。



実際、子供じみた演出も増えてきた。
それが、特徴だと感じたニューフェースとしての新人映画監督が、中堅になっても
同じテイストで映画をつくっている。 成長がない・・・とは言いたくないが・・・。
面白ければいいけれど、ただ笑えるだけの映画は、退屈なストーリーだったと言うしかない。
自分の中に、残るものが、何も ないからだ。
せめて背景には、(少しだけ)深いものや、考えさせてくれるテーマを 潜ませてほしい。
裏テーマでいいから・・・。 多くは望んでいない。

家族映画の場合は、皆で感想を話し合い、より良き「日本文化」や「風習」について
あるいは「家族の在り方」「絆」について語り合える機会を、是非ともつくってほしい。
映画は、テレビと違って、“放送しっぱなし”の内容ではないし、鑑賞料金も高いので、
ちゃんと家族全員で コミュニケーションが はかれる機会にしてほしいと思う。
そして制作側は、そういう内容の映画をつくってほしいものだ。
幼い子供にとっては、そういう何気ないことが「思い出」になったりするのだ。



昔から 「 映画は 時代を映す鏡だ 」と、言われる。
名作映画の枯渇は、世界に共通する事実である。
そして、それらは、今、世界を覆っている閉塞感と無縁ではない。
経済的な背景もあるだろうが、何よりもシリアスなのは、それを制作している人々の・・・
心の問題だと思う。

製作費のかかる映画だからこそ、興行的に伸びなやむ映画であるならば・・・
最初から制作しない方がよいと思うのだけれど、それは映画会社が許さないのだろうなぁ。
でも、企画書を読めば、予想できるはずなのに・・・。
昨今の映画会社の決定権を持っている幹部の皆さんは、世代が違いすぎるか・・・
あるいは、若い人でも・・・眼力というか、洞察力が乏しいのかもしれないと感じたりする。
昔の道理や 過去の実績で 判断しても、無理なのだ ということに、早く気がつくべきだ。
観客の期待する内容の「先」を予測して、先行してもらわないと、真の期待には応えられない。
時代は、恐るべき速さで、流れていることを・・・。
人々は、限りなく、斬新で、新しい世界観を求めていることを・・・。


ある有名な経済人(実業家)が、自信たっぷりで、こう発言した。
「映画産業などは、衰退の限りだ。そういうものにしがみついていること自体、
 成果を求める実業家としては 欠落部分を認めざるを得ない。
 やはり、新しい視点での取り組みが必要になってくる」・・・・と。
正直、このままでは、美しいシネコンをつくっても、ソフトが充実していなければ、
どうしようもないと思ってしまう。
わざわざ足を運ぶ価値観には、もうひとつ魅力にかけるからだ。
まるで、平積みの新刊本が、たった二週間で処理されるかのごとくで・・・ある。



切ない時代に、さしかかってきたと感じる。
そう思いながら、私自身は、相も変わらず、また「映画」を観るつもりだ。
ガラガラの映画館の片隅で・・・。
(劇場の真ん中に、映画鑑賞のマナーもわからない若人たちが固まっているシネコンで!)

おそらく、「ダサク」とか、「何なの?映画」が多いのだろうと予想しながら・・・(笑)。
それもまた、笑い話の一つとしては、面白い経験の一つである。



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