スピリチュアリズムや予言などのオカルト情報と、時事ネタを扱ってゆきたいと思ってます。
オカルト通信、ズバリ言うかも!
大浄化の日
今回は、私が1993年に読んだ、「ダビデの星からのメッセージ(続)」という本の中から紹介します。
この本は、平成元年頃に、ある主婦に降りてきた霊からの通信をまとめたもので、内容もなかなか良いものです。
ほとんどが訓話ですが、その中で特に、予言に関する記述(具体的なものではありません。)が一番印象に残りました。
そこで、それを紹介したいと思います。
1993年10月30日出版
ニーニョ・デ・ベルダー著、「ダビデの星からのメッセージ(続)」
P.37より
「大浄化の日」
ひたひたと歩み寄る足音がする。人々の笑いさざめく声にかくれて。
聞く耳を持つ者のみ、その音は聞かれる。
人々が予期せぬとき、それは起こる。
まったく何の前ぶれもなしに、、、、、、、、
気づいている者にしか、その危機感はない。
飲み食い、さかり、人々は、そのことを知ろうともしない。
まさに、すでにある天界の縮図が、この地においてなされる。
人々が気づいた時には、もう遅い。
今のうちに笑うがよい。今のうちに食うがよい。
大帝国の滅亡の再現を眼のあたりに見るのだ。
平安そのもの、のように見える帝国も、
息はあえぎ、断末魔の様相を呈してきている。
それでも人々は、なおも気づかない。
どうでもいいことに、うつつを抜かし、滅び去る日を待つ。
天も、神も、怒りはしない。地さえも慈悲深い。
すべて、人の想念の末路ゆえ。
大浄化の日を待つ。
すべては計画の成就のままに、、、、、、、
天が口を開くとき、地はその始まりを見る。
おごれる者が裁かれる日。』
これを読んだ当時は、ピンと来ないところもあったのですが、今読むと不思議なくらいピッタリです。
この本は、平成元年頃に、ある主婦に降りてきた霊からの通信をまとめたもので、内容もなかなか良いものです。
ほとんどが訓話ですが、その中で特に、予言に関する記述(具体的なものではありません。)が一番印象に残りました。
そこで、それを紹介したいと思います。
1993年10月30日出版
ニーニョ・デ・ベルダー著、「ダビデの星からのメッセージ(続)」
P.37より
「大浄化の日」
ひたひたと歩み寄る足音がする。人々の笑いさざめく声にかくれて。
聞く耳を持つ者のみ、その音は聞かれる。
人々が予期せぬとき、それは起こる。
まったく何の前ぶれもなしに、、、、、、、、
気づいている者にしか、その危機感はない。
飲み食い、さかり、人々は、そのことを知ろうともしない。
まさに、すでにある天界の縮図が、この地においてなされる。
人々が気づいた時には、もう遅い。
今のうちに笑うがよい。今のうちに食うがよい。
大帝国の滅亡の再現を眼のあたりに見るのだ。
平安そのもの、のように見える帝国も、
息はあえぎ、断末魔の様相を呈してきている。
それでも人々は、なおも気づかない。
どうでもいいことに、うつつを抜かし、滅び去る日を待つ。
天も、神も、怒りはしない。地さえも慈悲深い。
すべて、人の想念の末路ゆえ。
大浄化の日を待つ。
すべては計画の成就のままに、、、、、、、
天が口を開くとき、地はその始まりを見る。
おごれる者が裁かれる日。』
これを読んだ当時は、ピンと来ないところもあったのですが、今読むと不思議なくらいピッタリです。
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今回の記事は、私が好きなロック歌手のPANTAが1987年に出した曲「THE END」に良く似ているので紹介します。
↓以下、歌詞抜粋
静寂よ たぎる夜空の光を奪い 闇を慈しめ
静寂よ 虚無の淵から因業のすべを憐れんで欲しい
狂宴の果ては朽ち果てた躯に
頬寄せるように芽吹く陽炎
さあ讃えよう この愚かしさを 栄華の報いを
性懲りのなさを
明日は The End 始まりの The End
Against To The End To The End
私が、このブログを始めた動機は、以前読んだ予言を分かりやすく解説したいと思ったことにあります。
では、今まで記事にした予言をどれくらい信じているかというと、
まあ、85%くらいでしょうか。