大嘗宮を見た後は丸の内のクリスマスツリーを見て歩きました。
まず、丸ビルのクリスマスツリーは映画「スターウォーズ」とコラボしていました。
う~む、クリスマスツリーらしくない・・・。
3階から撮影。
お次はMYPLZAのクリスマスツリー。
そしてKITTEへ行きました。
例年と同じ白い雪がかぶった木のツリー「WHITE」かと思いきや、今年は「水引イルミネーション」が飾られていました。
高さ16mの水引のクリスマスツリーが30分ごとにクリスマスソングに合わせて美しく輝くそうです。
大嘗宮を見た後は丸の内のクリスマスツリーを見て歩きました。
まず、丸ビルのクリスマスツリーは映画「スターウォーズ」とコラボしていました。
う~む、クリスマスツリーらしくない・・・。
3階から撮影。
お次はMYPLZAのクリスマスツリー。
そしてKITTEへ行きました。
例年と同じ白い雪がかぶった木のツリー「WHITE」かと思いきや、今年は「水引イルミネーション」が飾られていました。
高さ16mの水引のクリスマスツリーが30分ごとにクリスマスソングに合わせて美しく輝くそうです。
今日は即位した天皇が大嘗祭を行った大嘗宮を見に皇居へ行って来ました。
東京駅から歩き坂下門へ向かうと例のごとく警官が無駄なほど配置されており、遠回りさせられて坂下門まで辿りつきました。一度も立ち止まらなかったので混雑はそんなにしていないようです。
ただ門の前で持ち物検査と金属探知機のチェックがあります。人が多く集まるところでは仕方ないですね。
坂下門をくぐると富士見櫓の方へ行列は進まされます。
乾通りの紅葉はまだ公開前です。乾通りはもう少し観光客のために桜や楓を植えた方がよいと思います。
紅葉と富士見櫓
さて、コースに沿って歩くといつもなら江戸城天守台が見えるのですが、大嘗宮が見えてきました。
やはり実物の前にすると人々の足は止まりがち。混雑してきます。
なんでしょうね~この建物は。葉のついた木の枝が周囲に取り付けられています。
ここから時計回りに大嘗宮を見て歩きます。
壁が無く風が吹き通しです。
大嘗宮正面
大嘗宮は、天皇が即位した後、初めて新穀を皇祖、天神地祇の供え、自ら食べて、国家・国民のためにその安寧と五穀豊穣などを感謝し、祈念になる大嘗祭の中心的な儀式「大嘗宮の儀」のために造営されたものです。
大嘗宮の儀は本年11月14日の夕方から夜にかけて「悠紀殿供月饌(ゆきでんきょうせん)の議」が行われ、翌15日の暁前に「主基殿供饌の儀(すきでんきょうせん)」が行われてたそうです。
こちらはやはりものすごい混雑でした。
正面から撮影したいですもんね。
大嘗宮の正面を通り左へ進みます。
大嘗宮の裏側。
ここで終了です。
帰りは大手門から東京駅へ戻りました。
大嘗宮一般参観:11/2(木)~12/8(日)
乾通り一般公開・大嘗宮一般参観:11/30(土)~12/8(日)
今日は上野の東京国立博物館へ正倉院展を見に行ってきました。
展示会場の平成館へ行ってみるとご覧の通りの大行列でした。
チケットを買った際は70分待ちと聞いてやってきたのですが、こんなに並んでいるのを見たのは初めてです。
皆さん、正倉院がお好きなんですね。
正倉院は、東大寺大仏殿の北北西に位置する、校倉造(あぜくらづくり)の大規模な高床式倉庫。
校倉造、歴史の授業で習いましたね。
聖武天皇・光明皇后ゆかりの品をはじめとする、天平時代を中心とした多数の美術工芸品を収蔵していた建物で、1997年(平静9年)に国宝に指定され、翌1998年(平成10年)に「古都奈良の文化財防火デー」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
正倉院の宝物には日本製品のみならず、中国(唐)や西域、ペルシャなどからの輸入品を含めた絵画・書籍・金工・漆工・木工・刀剣・陶器・ガラス器・楽器・仮面など、古代の美術工芸の粋を集めた作品が多く残るほか、奈良時代の日本を知るうえで貴重な資料である正倉院文書、東大寺大仏開眼法要に関わる歴史的な品や古代の薬品なども所蔵され、文化財の一大宝庫である。
シルクロードの東の終点ともいわれる。
入場して最初に眼に入ったのが、広げられていた目録「国家珍宝帳」。
どんな心持ちで書かれたんでしょう。
ポスター左側から
平螺鈿背八角鏡 中国 唐時代・8世紀 正倉院宝物
拍瑠璃碗 ササン朝ペルシャで作られたとされるアルカリ石灰ガラス製の碗
国宝 竜首水瓶りゅうしゅすいびょう 飛鳥時代・7世紀 東京国立博物館蔵(法隆寺献納宝物)
螺鈿紫檀五絃琵琶 中国 唐時代・8世紀 正倉院宝物
最後に撮影コーナーがありました。
正倉院は天皇の許可無く開けることことが出来ないので、こうして封緘をして、開ける際にこの封を破れないように切り誰にも開けられていないことを天皇に示したそうです。
東大寺には行ったことありますが正倉院は見た記憶がないんですよね。近くで見ると大きな柱です。
模造して作成された琵琶。
模造品の作成時のDVDが流れていましたが、そうとうな手間をかけて作成されたものです。
東京国立博物館の前進である帝室博物館の館長だった森鴎外の詠。
開催日:2019年
10月14日(月)~11月 4日(月)
11月 6日(水)~11月24日(日)
子安神社(明神町)から中央線の線路を渡り、六本杉公園へやって来ました。
所在地 : 東京都八王子市子安町2-22
湧水地点は池の向こう側の崖にあります。
子安丘陵から湧き出すこの湧水の周りは「泉の森」と呼ばれ、子どもたちの遊び場として親しまれてきました。
かっては十数本の杉の大木が生え、その根元から湧き出した水は、一面に広がる田畑を潤していました。
澄んだ湧水が池へ毎分約120ℓ(2ℓボトル約60本分)流れ込んでいます(飲めません)。
水温は16~18℃と安定しているため、夏は温かく、冬は冷たく感じられます。
かなりの量が池へと流れ出ています。
崖の上から全体を見渡す。
今日は八王子市の湧水5ヶ所を巡ることができました。
今度は街中にある子安神社(明神町)へやって来ました。
所在地:東京都八王子市明神町4-10-3
七五三の家族連れが大勢いました。
鳥居
手水舎
神楽殿
祖霊社
神水殿
子安神社拝殿
橘社
稲荷神社
金刀比羅神社
金刀比羅神社
葦船社
末社五社
第六天神社、御嶽神社、稲荷神社、白山神社、石神社
厳島神社
御神池
石段を下りて行くとその隙間に水が流れていました。
これは湧水なのかはわかりませんでした。
エサ(パンくず?)が100円で売られているせいか、立派な鯉が泳いでいました。
子安神社の湧水は「大明神の池」と呼ばれ、常に豊富な水を湛え、涼を求める人達の憩いの場として大切にされてきました。
八王子市が誕生した大正6年頃の明神町は、浅川まで見渡せる田園風景が広がり、子安神社の湧水が流れ出た小川には水車が廻り、撚糸や精米に利用されていました。
この付近は湧水が豊富で、水を利用する施設としてかつて織物工場や織染学校、繊維試験場が立地し、八王子市織物の礎を築きました。