昭和三丁目の真空管ラジオ カフェ

昭和30年代の真空管ラジオを紹介。
アンティークなラジオを中心とした、自由でお洒落な、なんちゃってワールド♪

東京芝浦電気(TOSHIBA)「マツダ タイマーラジオ 」 5EA-72

2007-03-12 | 東芝 かなりやシリーズ
 東芝「かなりやシリーズ」「うぐいすシリーズ」の発売当初、同メーカーからは今回ご紹介する「マツダ タイマーラジオ 5EA-72」のほか、「マツダ 地球儀ラジオ 5LE-92」「マツダ ピアノラジオ 5BA-50」といったつい笑ってしまうお洒落?なネーミングの奇妙なラジオも発売されていた。

          

 マツダ タイマーラジオ5EA-72は、昭和30(1956)年頃に発売されたプッシュ式選局ボタンが特長の「ピアノラジオ」の回路にタイマー機能を加えたmTトランス式5球スーパーである。
かなりやシリーズよりやや大きめで一体形成のキャビネット筐体の天板、底板には緩やかな曲面処理が施され、V字型にスリット加工された正面パネルの造形も凝っている。その正面中央に位置するタイマー用ダイヤルを中心として、向かって左側にスピーカー、右側に5つのプッシュ式選局ボタン、そして右側面にON/OFFスイッチとボリューム、周波数同調ダイヤルが配置されている。

          

 同じプッシュ式ラジオでも、ピアノラジオの奇をてらった野暮ったさに比べ、このタイマーラジオはずっと部屋に飾っておきたくなる造形美と機能美を兼ね揃えたデザインの真空管ラジオだ。正面下の金色の塗装は、ご愛嬌・・・当時の物価水準から考えると、決して安くないラジオを豪華に見せる手法なのか、この時代のラジオには必ずゴールドの配色を取り入れている。5つのプッシュ式選局ボタンは、ボタンの裏にあるシャフトネジを回して長さを調整後、そのシャフトをボタンで押すことで、ギアを伝ってバリコンを回す機構となっている。バリコンは周波数表示を兼ねた周波数同調ダイヤルと連動しており、ダイヤルを回して同調の微調整やプリセットした周波数以外の選局も可能な仕組みとなっている。

 メーカー:東京芝浦電気(TOSHIBA)『マツダ タイマーラジオ 5EA-72』

 サイズ : 高さ(約18cm)×幅(約35.5cm)×奥行き(約14cm)

 受信周波数 : 中波 530KC~1650KC

 使用真空管 :12BE6(周波数変換)、12BD6(中間周波数増幅)、12AV6(検波&低周波増幅)、35C5(電力増幅)、25M-K15(整流) 

 人気の「かなりやシリーズ」は例えジャンク品であっても、オークションでは高値で取引されることが多い。しかしこの「タイマーラジオ」、ベークライト製キャビネット表面は化学薬品により腐食されたようなひどい痕跡があり、以前にご紹介した「ピアノラジオ」と同様、怪しすぎるために誰からも入札されることもなく、すんなり手に入れることができた。

          

 送られてきた品のキャビネットに、割れ・欠け・傷はなく、ツマミ類も全品揃っているが、キャビネット表面は、薬品で浸食された様に劣化して惨憺たる状態だ。内部を点検すると、真空管はオリジナルのマツダ製が使われているが、電源コードが切断され、ヒューズも取外されていることから、何らかの大きなトラブルが発生し、放置されていたものと思われる。

          

暗い過去と心に傷を背負った女性を思わせる『妖艶な、魅惑の真空管ラジオ』は、彼女の「置き忘れた思い出」が詰まった小箱のようで、切なさが込み上げる。別々の道を歩んだ二人の時間を取り戻すように、このラジオの修復を決意したが、とてもボクの手に負える状態ではない。
 そこで後世に真空管ラジオの修理技術を継承していく事を目的に、『真空管ラジオ修復記』というHPを開設・主宰され、100台以上のラジオを修復されておられるドクターKの診察と治療を受けることにした。

          

 診断の結果、ブロック型ケミコンの電流漏洩、電力増幅管35C5のヒーター断線、ヒューズホルダーの接触不良、スピーカーのボイスコイルの断線といった複合要因が絡み合い、電源コードは切断され使える状態ではないことが判明。電源回路の電流漏洩は重大な事故に繋がる可能性があり、これほど複雑な事象と要因を解析されて原因を解明後、適切な処置をほどこして復元いただける技術は神業と言うほかない。

          

 機能を果たしていないケミコンと信頼性の低いオイルコンデンサーを全品交換、スピーカーも新品に交換されたタイマーラジオに、ボクの手持ちの電力増幅管35C5(新品)を挿して電源を入れてみた。

          

 パイロットランプのネオン管と真空管のヒータが薄暗く点灯し、暗い過去を背負った『妖艶な、魅惑の真空管ラジオ』は、心の傷が癒えたかのように、スピーカーから地元の民放ラジオ・NHK中継局や大都市圏の放送を明瞭に響かせる。

          

 しかし朽ちたように輝きを失ったキャビネットは、全面塗装するしか修復の手立てはなさそうだ。ただし塗装の失敗は決して許されない。その意味で塗装のリスクは高く、躊躇していたところへ、比較的程度のよいキャビネットのタイマーラジオを手に入れることができた。

          

 ここでようやく掃除屋店長の出番だ。(笑) マジックリンのようなアルカリ性や溶剤入りの洗剤は避け、中性洗剤とハンドタオルで丁寧に汚れを落とし、乾燥後、樹脂の保護と艶出しのためにプラスチッククリーナーで研磨する。時間はかかるが、樹脂製キャビネットを痛めないで表面を活性化する一番の方法である。

          

 深夜、裸になったシャーシーとスピーカーから聞こえるNHKラジオ深夜便を聴き流しながら、キャビネットや透明プラスチックでできたダイヤルなどのパーツを丹念に磨く。

          

 タイマーラジオの特長であるプッシュ式選局ボタンを取外し、修復済みシャーシのバリコンに取付けた。写真中央に写っているシャフトネジをマイナス・ドライバーで回して長さを調整後、選局ボタンを押すとシャフトからギアを伝ってバリコンを回す構造である。

          

 プッシュ式選局ボタンに、ロットリングペンを使って丁寧な文字で「ラジオ東京」(現在のTBSラジオ)と書かれた紙片が挟まれたところなど、昭和レトロの時代の味わい深さが滲み出ている。

          

 深夜2時過ぎ、チューニングダイヤルを旧ラジオ東京/現TBSラジオ 954kHzにあわせると、混信やフェージングもなく、パーソナリティー小池栄子とゲストによるトークが聞こえてきた。男の感性のアンテナに引っかかるトークと音楽、大人の男の「音楽的好奇心」を刺激する、リニアな音楽番組に聞き入ってしまった。

          

 翌朝、新品と見間違えるばかりの外観を取り戻したタイマーラジオに、窓から差し込む朝の光りが映りこみ、輝いてる。
数時間前までTBSの電波は消え、ザザッと空電ノイズだけが虚しく聞こえてくる。

          

 地元民放ラジオ局にチューニングダイアルを合わせると、沢田研二が唄いヒットした「時の過ぎ行くままに」が流れてきた。

  あなたはすっかり疲れてしまい 生きてることさえ嫌だと泣いた
  壊れたピアノに思い出の歌  片手でひいてはため息ついた
  時の過ぎ行くままにこの身を任せ、男と女が漂いながら
  落ちていくのも幸せだよと 二人冷たい体合わせる

  体の傷なら治せるけれど心の痛手は癒せはしない
  小指に食い込む指輪を見つめあなたは昔を思って泣いた
  時の過ぎ行くままにこの身を任せ、男と女が漂いながら
  もしも二人が愛せるならば窓の景色も変わっていくだろう

 暗い過去と心に傷を背負った女性を思わせる『妖艶な、魅惑の真空管ラジオ』が、『今を生きる女』に生まれ変わった姿を前に、ボクは思った。

男と女の恋愛にまつわる普遍性があるから人生、人間の生き様に価値がある!