今日はこれまた久々の読書の感想。といっても半年近く前に読んだ本です。
ブログ用「下書き」ファイルに未レビューの映画、本、CDなどがたまっていて、年度末の道路工事のように片づけているのですが、それもまたどんなものでしょう。
まあ、ひとまず今日はこれを書こうと思って本を探して見つからず。アマゾンで目次を見直しつつ記憶をたどって書きますが、憶え違いがあるかも知れません。
【introduction】
肩書は文化人類学者の上田氏の文章は、新聞や雑誌で読んで気になっていはいました。『朝まで生テレビ』でも何度か。しかし一冊まとめて読むのは初めてです。
ど真ん中ストレートのタイトルはなぜか買う時には気にならず、読み終わってから、おおっと思った次第。
【review】
誰もが同じものをほしがらされているから空しい~人はそれぞれ~わくわくするには苦悩も必要~「内的成長」こそが「生きる意味」をつくる、と要約すれば、この本のメッセージはそう目新しいものではないかも知れません。
こういったいわゆる“人生指南本”をよく読むわけではありませんが、例えば諸富祥彦氏の本などを時に手に取ってしまうのは、同世代の人文系の学者がたどり着いたのは、どのような地点なのかという興味からです。
そして上田氏が現在行きついたのは、クールな話しぶりからすると意外なほど熱っぽく語られる「内的成長」というキーワードでした。「内的成長」。なるほど素晴らしい言葉です。これに気づかなくて不幸に感じている人は少なくないでしょう。
と、ここで今の自分を考えて、氏のいう「空しさ」をほとんど感じなくなっていることに気づく。若い頃あんなに感じていた空しさに対し、ちょうどおかしなにおいがずっとかぎ続けていると気にならなくなってしまうように。
空しいなどと思う間もなく、おお、来週はチャンピオンズリーグベスト8だぜとか、早く帰ってにゃんどもなでようとか、明日はあそこのラーメンを食べようとか、そうやっているうちに今年も早3ヶ月が経とうとして驚くばかり。あほのようだが白状すると、私はたまに本気でこの世の中は竜宮城ではないかと心配するくらいなのだ。
これは一体どうしてか。20年ほど前の私にとって世界は空しさで充満していて、何をやってもしかたない、何をやってもつまらないと、同じくらいの本気さで考えていた。
特に若い者どもと接している時、彼らもやはりそういう空しさの只中にいるんだなあと思うことがよくある。正体はわからないけれど、常にまとわりつく空しさ。
そういえばそれは太宰治の『トカトントン』や、ゴダールの『気狂いピエロ』で歌われる「ララララー」という歌で表現されていたものに似ている。そしてかつての私は、自分の中のそういった空しさを、なぜか大事にしていた。
と、話は本の感想からずいぶんずれましたが、これもこの本のテーマである「空しさ」と「内的成長」から思い至ったこと。いい表現とは、多くのことを気づかせてくれる表現といえるでしょう。
今夜気づいた、感じなくなったのか、それとも慣れてしまったのかわからない空しさについては、これから少しずつ考えたいと思います。
(BGMは、Al Kooper "naked songs"。名曲 "Jolie" をはじめとするこのような音楽をきく時間は、少なくとも空しくない時間です)
10月11日読了 蔦屋熊谷店にて購入
ブログ用「下書き」ファイルに未レビューの映画、本、CDなどがたまっていて、年度末の道路工事のように片づけているのですが、それもまたどんなものでしょう。
まあ、ひとまず今日はこれを書こうと思って本を探して見つからず。アマゾンで目次を見直しつつ記憶をたどって書きますが、憶え違いがあるかも知れません。
【introduction】
肩書は文化人類学者の上田氏の文章は、新聞や雑誌で読んで気になっていはいました。『朝まで生テレビ』でも何度か。しかし一冊まとめて読むのは初めてです。
ど真ん中ストレートのタイトルはなぜか買う時には気にならず、読み終わってから、おおっと思った次第。
【review】
誰もが同じものをほしがらされているから空しい~人はそれぞれ~わくわくするには苦悩も必要~「内的成長」こそが「生きる意味」をつくる、と要約すれば、この本のメッセージはそう目新しいものではないかも知れません。
こういったいわゆる“人生指南本”をよく読むわけではありませんが、例えば諸富祥彦氏の本などを時に手に取ってしまうのは、同世代の人文系の学者がたどり着いたのは、どのような地点なのかという興味からです。
そして上田氏が現在行きついたのは、クールな話しぶりからすると意外なほど熱っぽく語られる「内的成長」というキーワードでした。「内的成長」。なるほど素晴らしい言葉です。これに気づかなくて不幸に感じている人は少なくないでしょう。
と、ここで今の自分を考えて、氏のいう「空しさ」をほとんど感じなくなっていることに気づく。若い頃あんなに感じていた空しさに対し、ちょうどおかしなにおいがずっとかぎ続けていると気にならなくなってしまうように。
空しいなどと思う間もなく、おお、来週はチャンピオンズリーグベスト8だぜとか、早く帰ってにゃんどもなでようとか、明日はあそこのラーメンを食べようとか、そうやっているうちに今年も早3ヶ月が経とうとして驚くばかり。あほのようだが白状すると、私はたまに本気でこの世の中は竜宮城ではないかと心配するくらいなのだ。
これは一体どうしてか。20年ほど前の私にとって世界は空しさで充満していて、何をやってもしかたない、何をやってもつまらないと、同じくらいの本気さで考えていた。
特に若い者どもと接している時、彼らもやはりそういう空しさの只中にいるんだなあと思うことがよくある。正体はわからないけれど、常にまとわりつく空しさ。
そういえばそれは太宰治の『トカトントン』や、ゴダールの『気狂いピエロ』で歌われる「ララララー」という歌で表現されていたものに似ている。そしてかつての私は、自分の中のそういった空しさを、なぜか大事にしていた。
と、話は本の感想からずいぶんずれましたが、これもこの本のテーマである「空しさ」と「内的成長」から思い至ったこと。いい表現とは、多くのことを気づかせてくれる表現といえるでしょう。
今夜気づいた、感じなくなったのか、それとも慣れてしまったのかわからない空しさについては、これから少しずつ考えたいと思います。
(BGMは、Al Kooper "naked songs"。名曲 "Jolie" をはじめとするこのような音楽をきく時間は、少なくとも空しくない時間です)
10月11日読了 蔦屋熊谷店にて購入
というか朝から誰も家にいなくて何も食べていない87chanです;
ところで。
以前、、というかずーーーーっと前、コメントのやりとりを始めた頃。
確か「JOURNEYはジャスト世代」とか言ってましたよね??
ちょっとだけですがJOURNEYのことを書いた記事なんで
良かったら読んでくださーい^0^
いつもお世話になります。
管理人さんの若かりし頃は、「空しさ」ですか・・・。
私は「飢え」でしたね・・・・自己実現に飢え、スポーツに飢え、知識に飢え、異性に飢え(笑)・・・まぁ、それが活力の源になっていたのは間違いないです。
「内的成長」に役立っていたんでしょうか・・・。歳をとって、ずるくなったくらいであまり変わってないような気もしますが・・・。
確かに、この歳になるとそういう「飢え」が影を潜めてしまいました。伴侶を得たくらいで、後は何も満たされてないし、満たそうとゆう、強いエネルギーも無い・・「枯れ」てきてる・・て、ことでしょうか・・・(悲)
決して「熟してる」わけじゃないですね。
今回のブログを読んで、そんなことを感じた次第です。ちょっと複雑。
>87chan さん
ブログ読んでます。Stones、京都と盛沢山で充実の春休みのようで何より。ジャスト世代の Journey については、そちらでコメントします。それはそうと、いよいよQF。私はもちろんアーセナル:ユーヴェからみますよ。
>同級生Mさん
昨夜話したように、その「空しさ」は過去のもの。今夜はこれからチャンピオンズリーグの幸福に酔いしれようと思います。
いつだったかK君との3者会談でいったように、CLを前にすることは「あー、生きててよかった。何て幸福なんだ」と思うことでありますから。