カロンタンのいない部屋から

ねこ、読書、音楽、映画、スポーツ観戦などの記録。
時代逆行の長文主義ですが、コメントは一言でも

9/20 「Seien」創刊 「P4〜7 筆者自身による解説」

2020-09-21 07:59:09 | Weblog

20日、ピーアイピーのフリーペーパー「TOWN NEWS Seien」が発行されました。巻頭特集『百年後のSeienたちー「深谷現創学」序論』と不定期連載『クローズアップヒストリー オールタイム深谷 第一話「市役所」』を担当しています。
全国34道県で展開する「HAPPY MEDIA 地域みっちゃく生活情報誌」の134誌目。創刊5年目を迎える
熊谷「NAOZANE」で、読者、取材対象者とも近くて、しかも無料で多くの人に届くライター業の幸福を味わわせてもらってきたので、より地元である深谷版の仕事はとにかくうれしく、なんとも楽しみに書きました。

巻頭特集は社長で編集長の植竹さんに依頼されてすぐ、次のような話をしました。
「NAOZANE」創刊号の現代熊谷に生きる(ある)直実(の関連あれこれ)は800年前の人物だからで、新札や大河で話題の100年前の偉人なので「青淵渋沢精神を引き継ぐ者たち」にします、タイトルは「理想を現実にする」という意味の造語で「深谷現想学」です。すると植竹さん、「なんだかわかんないけど、それでお願い」と進んでそのまましばらくして、編集人顔合わせの時、台割に「現創学」とあったので、そうか「現実・現代を創る」の方がよりいいな、とこちらを採用しました。もちろん、構想からもう10年になる『「深谷ねぎ」の現象学』のセルフパロディです。
冒頭にここ数年やらせてもらってる中山道ウォーキングツアーガイド(だいたいは遠く中瀬方面が見渡せる滝瀬橋の小山川土手で「埼玉三偉人を産んだ川」にちょっと惜しい(荻野吟子生家は合流点より少し下流ふだから)とジャブ付きで解説)で反応をみていた「中瀬リバプール」を、結論に9年前の産業祭での提案にモチーフとなった鹿島茂『渋沢栄一』の問いを置く構成(小見出しも同書からの孫引き)と、「現象学」でも起用の塾OB・宮島健太郎くんにイラスト(着色は弟・睦)を頼んで作業がスタートしました。

この原稿のもう一つの野望。それは深谷サイズの地方都市に移ってきた人がよく口にする、「みんなつながってる感」を描きたい、というものです。
たとえば、絶対意味わかんねえよな、と思いながら四歳児にいってる、「深谷シネマっていう映画館があって前に交くんも行ったことあるよ、竹石さんっていう人がつくったんだけど、深谷シネマがなかったら父さんと母さんは会ってないから、交くんもいないんだよ」という、当たり前なんだけど不思議な感覚、それが一つの土地の中で総体として存在している、そのかたまりを表現したいという野望でした。

で、材料集めに「現象学」誕生のきっかけをつくった市役所当時のゆめ☆たまご担当福嶋さん、盟友もやし屋飯塚くんにMessengerで「深谷の他地域・後進に影響を与えたオリジネーター」という題で協力を頼み、農業分野の情報強化に10年ほど前飯塚くんの在来大豆活動を通して知り合った増山さんに電話で話をきき、個人的なことがらの確認に何人かに会ったりして執筆開始。しかし、ヒストリーとの重複を避けようと年代順でなく分野別に書いてみたこともあって、めずらしく2回いちから書き直すことになり、結局年代順でしか書けませんでした。
それと、わかってはいましたが抜け落ちる事柄が多数。これは発注したイラストのリストと時差があるため、うちの近所の「黒胡椒せん」ほか多くがイラストのみ登場となってます。こういう網羅的な記事での取り上げではいつも悩んでいますが、筆者の不勉強ということで勘弁してもらうしかありません。
いずれにしてもまたしても締切を延ばしてもらい、当日入稿で制作の根岸さんにもご迷惑おかけしました。次号からはがんばりますと、言い続けています。

次の見開きP6~7は、編集部からのリクエストで「クローズアップヒストリー 市役所」。熊谷で重要な1945年を区切りに「戦後史」としてのに対し、深谷版ではその前も視野に入れようと少し前に流行った和製英語をタイトルにしました。
熊谷版「after 1945」は第一話が「熊谷駅」。ハコがある回は書きやすいし写真も探しやすい。ですが、やはりメインの語り手がいると俄然ディテールが生きてくることは以降の連載でわかったので、誰かと考えわたしとほぼ同世代、つまりもうすぐ卒業でずっと昭和庁舎と仕事してきた寺田さんにMessengerで朝7時半にお願いするとその日の午後に話をきかせてくれました。すぐに話が進むのは、何よりローカルワークのいいところです。
新庁舎の解説も、市民の声の拾い方もよかったのですが、書いているうちにそれこそクローズアップされたのが、以前にいっしょに飲みに行った時にきいた昭和の大アイドルの話。調べると寺田さん入庁の年に引退と知って、キャプションくらいにと思ってたのを、本文のチャプター替りになりました。
寺田さんと知り合ったのは、やはり2011年、映画『生まれる』の深谷シネマ上映に合わせて、当時よく知る編集者が起業したばかりの「きずなメール」深谷パイロット版配信の相談に、これまた福嶋さんの紹介で。10年目を迎えた現在30自治体で配信させている同メルマガを、パイロット版とはいえ全国で初めに配信してくれたのも深谷でした。
その後の寺田さんの、財政、今の協働推進と、「普通の人」の感覚を大切にした仕事ぶりとコメントは、「役人仕事」に悩む他自治体関係者の人たちと話をする時にもよく引用させてもらっています。

というわけで、他の記事も充実、わたし自身のこの10年のひとつの棚卸しともいえる創刊号は深谷のまちに。どうもありがとうございました。
10/20発行2号も巻頭、ヒストリーを担当予定。書いてる本人が楽しみですので、よろしくお願いします。

「現創学」

「深谷市役所」

NAOZANE創刊巻頭

「熊谷駅」

ピーアイピー

地域みっちゃく生活情報誌

『二〇一一年の「Re 青淵~渋沢栄一没後八〇年、「ゆめ☆たまご」が提案する八〇年後の産業像~』

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「(続)2020年代熊谷、来るべきパパライフ」(NAOZANE6月号)

2020-06-14 13:10:44 | Weblog



ピーアイピー発行のフリーペーパー「NAOZANE」6月号巻頭父の日特集の原稿を担当しました。
〈表紙、原稿 pdfはこちら〉

コロナ禍3号目、前月母の日に続き、初の父の日特集。コメントをお願いしたみなさん、締切直前の依頼に短時間に個性的で魅力あるイラストを描いてくれた佐通さん、いつもながらの長文を掲載してくれた編集部の方々、ありがとうございました。

お一人、締切間に合わず掲載できなかった、「パパビーノ・パパビーナ けんほく」熊谷の中心人物・かげやまたくやさんのコメントをここに書き込みます。

4年間の子育て
ただただ楽しい4年だった。子どもは素直に愛おしいと思える存在。だから一緒にいる時間は宝物。
しかし3歳を過ぎると親の言動を真似する事が多く、自分を見直す機会が増えた。そして逆に子どもに父への覚悟を育てられてると感じる。遊び相手から友達、時にはライバルという関係になってきている。

新型コロナウィルスによるSTAYHOMEのなか毎日終わることのない母の子育てを目の当たりにすると、自分の子育ては合間のただの遊びだったって事を感じた。逃げられない終わることのない子どもとの時間。もちろん子どもはやりたい放題。思い通りに動かない。ありのままの感情をぶつける。子育てが楽しいなんて軽はずみに言えない。

これからの子育てはパパも子どもが中心の生き方をしてもいいのではないかと感じる。
今まではあまりなかったパパという関係どうしでの繋がり。
子育てにはパパだって悩んでいる。泣きやまない、寝てくれない、言うこと聞いてくれない。でも結局パパには解決できない。そんな経験誰もがしている。
仕事との関係、ママとの関係。変わりゆく生活の中で、父としてできることって何だろう・・・。そんな話をパパ同士で話す機会はあるようでない。ママ会があるようにパパ同士の情報交換の場があってもいいのではないか。
また、地域の違う子どもたちの交流、普段なかなかできない父と子の対話。
そして、パパにとって大切な仕事。仕事だって子育ての一つ。子どもをきっかけに集まったパパたちでビジネスの広がりが出来たらいいな。
パパビーノはそんな活動のハブになれればと考えている。
〈小林コメント後〉
とにかく育児環境をいいものにしていくには父親の協力次第なのかなって感じています。カッコいい男の要素にパパとしての資質も必要になってくるのかなと。
今回の新型コロナウィルスの混乱でただただ母の偉大さを感じた日々でした。

なおうちの父子は、表紙と巻頭、キスキスキッズと計4ページ登場。キッズの名前が違っているのは、メールで送ったわたしの誤変換ミスでした。ごめん、交くん。
だいたい偉大なる先行作のパスティーシュのタイトルは、もちろんオーネット・コールマンの華麗なる長期ビジョン。不定詞形容詞的用法の名訳のニュアンスを活かしました。
雨の父の日。朝は庭の木を切って、降ってきたのでウルトラマンのダダの回からバルタン星人二代目の回みてます。


本日作

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How come I end up where I started. How come I end up where I went wrong. (2020年3月26日朝)

2020-03-26 06:23:09 | Weblog

昨日、手こずっていた原稿を入稿して帰って交くんと風呂に入って、DVDでウルトラマンのガヴァドンとペスターをみて寝て、3時頃目がさめて、校正しようとして「ネットサーフィン」になった。

まずAmazonMusicでマーキュリー・レヴの Bobbie Gentry's The Delta Sweete Revisited
90年代音源が最近の検索テーマなので「スターセイラー」にしたらなぜか出てきて、きいたら、ノラ・ジョーンズら現代米女性シンガーをフィーチャーした佳作。これはこれでよかった。
それから、最近知り合った立正の学生と話をした2009年グラミー、マーチングバンドといっしょのレディオヘッド「15 step」を探したら、2017年オランダでのライブにもいきついた。

ニコニコ

Dailymotion
オランダ2017(15 step は17分くらい)
それから、2月に熊谷駅で亡くなった若き表現者 topazの最新作『光の中で』
世界は広く、身のまわりの空気は細やかだ。そしていとおしい。なんでもいっしょで、くぎれない。
How come I end up where I started. How come I end up where I went wrong. の2009年からほとんど変わってない。

さあ、朝ごはんの米を研ごう。今日もがんばろう。5月に呼ばれてる弾き語りライブのために、交くんと15 step を練習しよう。
最近のはやりは、「君の宇宙語はよくわからないから、地球人の脳髄を借りて話をする」というアラシ隊員のからだを借りたバルタン星人のセリフと、手にピカチューふりかけの頭を持って並んで手を振り回すペスターごっこ。

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「NAOZANE」で熊谷での新型コロナウイルスに関する小さな「こんなこと」を集めます

2020-03-20 12:39:23 | Weblog

「NAOZANE」4月号巻頭は、
「2020年春」を活かす
というタイトルで、熊谷での新型コロナウイルス関連をテーマにすることになりました。

そこで熊谷市とその周辺のみなさんのコメントを募集します。
3つのテーマを設けました。このほかどんなご意見でも、またはご自身ではなく、「こんなことをした人がいた」という情報提供もお寄せください。

2020年春に「こんなこと」で楽しんだ
2020年春は「こんなこと」が困った
2020年春の「こんなこと」を伝えたい

先のみえず刻一刻と変化する状況。マスコミや噂など情報はあふれています。
その中、月刊誌地域みっちゃく生活情報誌「NAOZANE」では、どんな誌面を届ければいいのか。誰もが経験したことのない厳しい現実から、「2020年春以降の熊谷」に役立つことはないか。
そう考えて独自取材とともに、本誌締切3月下旬時点、熊谷とその周辺で暮らす〈ありふれた〉みなさんの声を集めて紹介します。

締切 3月23日(月)22:00
メールのほか、SNSへのコメント、メッセージで送ってください
メール: kumagayacrisis@gmail.com
SNS:

※ 掲載していい名前(実名・ニックネーム)を記載してください。冊子へは編集しての掲載となります。メッセージはすべて掲載できるわけではありませえんので、ご了承ください。

㈱ピーアイピー発行 地域みっちゃく生活情報誌「NAOZANE」
ライター 小林 真 090-9108-5785

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11月15日朝

2019-11-15 07:13:07 | 身のまわり

 

ずぼら、おおざっぱを鎧にしているのでおおむね笑っていられるけど、時にはその隙間に入り込む小さな生き物にやられることがあり、ここしばらく痒いような痛いような感じで天をみることも少なくなっていたが、いくつかの毎日新聞記事、ことばに触れて、また何とかなるような気がしてきた。

11月3日、この3冊の「マルクス 斎藤幸平・選」。「複合的闘争」のおおざっぱから、マルクスを読み直す。
その斎藤幸平の仕事を読む11月12日上田紀行「資本主義超えた民主的共有」を検索して、読み逃した上田前回分、リベラルアーツの意義を問う「人間や世界、根本を問う教育」と進んだ。

ディテールは愛しい。
だけど天をみあげるには、「たいそう」で「ハンバーガーショップ」な「根本的な問い」が欠かせない。

今週末も健全にがんばろう。

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その時だとわからない(2019.5.12)

2019-05-14 05:24:41 | 身のまわり


トップ画像の一枚々々

5月12日は時間ができた。

7:00 この前カインズで割引1280円購入の庭用サンダルをおろした。前に土埃が詰まるのでいやだった「前とじ」;っていうのか、確かめたら合皮で水洗いしていいのか、と疑問はあるけど、かかとなくても小走りならできるのでいいとしよう

7:40 交くん起こすため、モーニング別府沼公園。ほかは欧米人おやこ3人で、通勤車ごうごういうとなりの優美。最近夢中のカラーコーンチェックで、橋のそばで寝ているのを起こす

(この間、仕事の電話数件)

11:30 昨年の車検についてきた点検。うっかり財布持たずでオイル交換など断りつつ、コーヒー2杯、テッシュ5箱ありがとうございます

12:50 少し過ぎたけど、深谷シネマでフェリーの『道』。思ってたよりお客さん多くて、暗順応遅れて席にたどりつけず、迷惑かけてすみません。

FB投稿: 「どんな石ころたってなんかの役に立っている」「星だって同じだ」。 フェリーニをやっているというので15分遅れだけどみにきて、ずいぶん前に書こうと思った『ジェルソミーナのみた景色』という映画エッセイを思い出した。書かずにいても時間は流れる。 誇るべき書店で初めて会った人とたくさん話をし、古本を二冊買った。 明日もここに来る

古本は、平川克美『路地裏の資本主義』、宮田登・伊藤比呂美『女のフォークロア』 17:00 保育園迎え

17:30 交くん最近の2大ブームのひとつ神社めぐり今日は、先週未解決のまま残ったとなり集落本田ケ谷の稲荷の行方を、Googleマップで「祖霊社」とあるので。行ってみると、バイパス開通でこまった神社が集められているようで、小学校の頃に来てファンタスティックな気分を味わったきつねのやつらが安ガラスの向こうに集まっていて、交くんにそう話をした。ごみ収集所にいた自治会の人らしき40〜50代にきくと、「バイパスのあのへんに昔あったけど。ここに来てたんですね」。となるの滑り台とブランコ2基、ジャングルジムだけの公園と、なぜそういう名なのか「高名橋」と、うちの裏から流れる「明戸水門」で遊んで帰った。交くん、スピーカーの真下での「深谷市歌」にも心騒ぐ

19:00〜 風呂、肉のタケノコ巻などの夕飯と、「本庄みる」という交くんリクエストの「ハルさん」録画と、この日からBS12であった山田太一1981年TBS『想い出づくり』を少し。森昌子、古手川祐子、田中裕子の若き姿はもちろん、自分が高3でたまにうろちょろした新宿その他の風景が強烈。まさに〈ジェルソミーナのみた景色〉、「富士銀行・住友銀行」の看板や丸ノ内線の縄文模様が40年経ってこんなにノスタルジックになるとは。
いろんなことはその時だとわからない。

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「NAOZANE」4月号「ウィル・リメンバー・エープリル・イン・妻沼2019」

2019-04-04 06:06:14 | 身のまわり


話題いろいろの新年度。その中のひとつ、熊谷のフリーペーパー株ピーアイピー発行「NAOZANE」4月号の発行です。
巻頭記事「ウィル・リメンバー・エープリル・イン・妻沼2019」を担当。今号から文末に「取材・文 小林 真」と署名記事にしてもらいました。新年度ということもあり、前号選挙の巻頭で「ライター個人のアカウントで」と書きながら、その個人名がないのはおかしいと思ったことや、こうしたメディアの記事は連名でも個人名を出すべきだという自分のベースとなる考え方から編集長の植竹さんに再提案しての実現です。
創刊から個人ライターとして、巻頭、連載「クローズアップヒストリー 熊谷 after 1945」、新光苑美術館ツアー(終了)、はなぶさ苑タイアップ記事を書いてきました。本誌での仕事は自身この5年の共助仕掛人、市民活動支援センターと切り離せないもので、市の非常勤、指定管理者のNPOでの仕事と個人で原稿料をもらってのメディア寄稿という、ささやかな新たなはたらき方の提案になっていると考えています。
何度か書いていますが、市内全戸配布というこのメディアのありがたいことは読者との近さ。読んでいますという声をきくことは多いし、先日「after 1945」を読んで、この人なら何か知ってるかもしれないとすてきな地域史家の支援センター訪問を受けたり、4月号にあった3通の3月号への反応にはなんと「天声人語」と。前に元・くまがい探偵団代表米山さんから、「社説みたいなもんだよね」といってもらったように、こうしたフィードバックはなんともものがき冥利につきます。

タウン誌の顔となるタイトルもいつもだいたい通してもらっていますが、今号の「ウィル・リメンバー・エープリル」もそうだし、いつもの原典ありのパロディ・パスティージュ。今回は自身初代iPhoneの壁紙にもしていたビハインドビートの名演から。これらタイトルのネタ明かしは、今年度支援センター講座「タイトル/コピー/見出し入門」にしようと思ってます。

巻頭記事pdf

読者のページより






タイトルの原典




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橋本治、パティ・スミス、ニール・ヤング

2019-03-08 05:28:52 | 読書
あわただしく過ごしていて新聞もよく読めていなかった。
だから、この40年くらいでもっとも重要なこの国の発言者のひとりだった橋本治の訃報への言及にもあまり触れていなかったので、「橋本治 毎日新聞」を検索する

「80年安保ってあったと思うんだよね」。政治ではなく、感性の闘いだったと。「あなたも僕も一緒に闘ったでしょ?」。
「ああ、中森くんはもう、少年を卒業したんだね」
(中森明夫)

橋本治さんへの評価は低い。不当に低すぎる。内田樹さんが書いているが、大学アカデミズムや既成の権威は、越境してくる高度な知性を、本能的に排除する。橋本さんはめげずに、むしろそれを誇りとした。
(橋爪大三郎)

世の中は自分の外側にあって、世の中が動けば、自分も動くことがあるし、動かないこともある。ズレやギャップがある。それが普通の考え方なの。でも、あなたは世の中と自分がシンクロしてるの。
(藤原章生抜粋)

そうして橋本治の日本語が、どこまでも水平に日本語の可能性を広げようとしたとすれば、古井由吉の日本語は、どこまでも垂直に日本語の表現を高度化していくように見える。
(田中和生)

わずか三百ページ余りのなかに、日本人のこの一世紀がまるごと提示されていることに感嘆する。だが、さらに感嘆するのは、会話もなく生きているこれらの人々のなかにこそ時代を超えた人間の姿があるのではないかとも思えることである。とすれば、日本の現在に問いかける1948年生まれの作者の姿勢には、革命的だった60年代に青春を過ごしたものに独特な慨嘆が含まれているということになる。すなわち『草薙の剣』という小説もまた歴史の所産なのだ。それこそ傑作の真の理由と思われる。
(『草薙の剣』評・三浦雅士 18年11月)

最初に好きになった『桃尻娘』から、橋本治とパティ・スミスはわたしの中でセットだ。よく音楽ファンにいってる、「パティ・スミスとニール・ヤングは音楽の成り立ちがよく似ている」があって、さっきスポティファイでかかった『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』からニール・ヤングのプレイリストをきいている。
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「麺類」@NAOZANE連載「熊谷 after 1945」

2018-11-10 07:22:33 | 身のまわり

熊谷市全戸配布のフリーペーパーピーアイピー発行「NAOZANE」の不定期連載「クローズアップヒストリー 熊谷 after 1945」が11月号で24回を迎えました。 

「平安時代の直実はじめ、熊谷の人はずっと昔の話ばっかりしている。われら周辺熊谷圏民にとって輝いていた高度成長から、悩みつつ進む平成のストーリーをとなりまちの視点から書きたい」という連載はページ都合でない月もあって、創刊3年36号で24回ということは3分の2の掲載。今の仕事、市民活動支援センター所長になった昨年4月から、読んだ人が訪れる機会になればと著名記事にしてもらいました。実際に訪れた人はいないけど、話をすると認知度は高く、このページだけとってあるという人がいたり、電話を含む取材の時もあのページかとすぐわかって話が早いのは、全戸配布というローシキイかつハイハードルな体制のおかげと感謝しています。実際の作業はいつもばたばた、締切直前数日で書くが多く、事実の間違いを指摘されることもしばしば。取り上げる事柄も個人リサーチの限界でかたよりもあり、これらは書き手の力不足と好みが反映した「読みもの」というしかありません。

今月号は巻頭「うどんサミット」特集に連動する「熊谷の麺類」。自他ともに認める麺類好き、熊谷圏地粉の魅力を感じる一人であるだけに楽しんで書けました。

今日から熊谷は産業祭と「うどんサミット」で、地元深谷では産業祭内で「ご当地グル麺フェス」と熊谷圏は麺ざかり。日常的にも、センター休みの昨日は自宅いちばん近くファーマーズマーケットで販売の樋口製麺地粉うどんを、子どもの頃このへんではみたことがなかった「釜あげ」で食べました。

原稿内に書けなかった個店の好みをいえば、熊谷市内のラーメンは、麺の印象が残らないという点で完成度の高さを感じる四華郷、一つひとつの定番パーツと振れ具合が完璧な永楽、地粉使いに可能性を感じる福は内がベスト3、うどん店は麺そのものは印象がないが店の存在感と人なつっこいそばがニューウェーブな別府・のび太、それとこの地域の大きな財産と思う製麺所では圏内に広げ、深谷の鈴木製麺と秋山製粉、行田の吉野製麺所です。

この連載を通して知った人も多いし、画像の出どころも広がっている。いつもセンター訪問の際の唐突な質問に応えてくださる利用者の方々、SNSでのメッセージに対応してくれるみなさん、どうもありがとうございます。

次号12月号は巻頭と連動の「星川」。〈内陸のベニス〉熊谷の大テーマです。

「熊谷の麺類」pdf



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曲芸=未来の報酬という幻想を持つこと

2018-11-05 13:13:04 | 読書



今日は熊谷勤務が休みで、朝の保育園送りの後は洗濯だのコーヒーだので、J-wave をきいていた。
大高健志の「少年ジャンプ」の話(1:10頃から。来週まで)で、商業性と作家性とか、全員が打席に立てる時代になったから今度はコーチが付いて打率だっていうのもおもしろかったが、その後で昨日の「今週の本棚」鹿島茂評『ならず者たちのギャラリー』(アマゾン。高くて買えねえ)がおもしろくてまいった(Webにはない)。

・・・
 アイレンブルフという画家が自分で絵を売るよりも、工房で働くレンブラントの絵を売るほうが儲かると気づいて画商に転じたのだ。

 「荒れた海ほど、最も多くの魚を捕まえられる」として革命や戦争に乗じて投機を図るウィリアム・ブキャナンのような「ならず者」の画商。

 「そのような高潔さは、もちろんそれ自体で、きわめて魅力的な商売上の戦略ともなりえるのだ」

と引用して、

「金儲けと画家支援という両立不可能な曲芸に、未来の報酬(名声と金銭)という幻想を持つことで挑戦しつづけた画商たちの興味尽きない列伝である」

 と結ぶ。
 むう、やはり己は商売には向いてない。
 画商ってのはすごいな。「がしょうき」ってんだろうか、とくだらぬシャレをかましつつ、「ならず者」は「デスペラード」なのかなと、この前きいたJ-waveのイーグルス特集を思い出したり。
 

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ザ・ポーグス peace & love

2018-11-04 04:56:59 | 音楽



amazon

spotify 

パソコン作業の思い出アルバムBGMシリーズ今回はリリース年みたら「平成元年」。ということで平成30年間をよくきいていたアルバムで振り返るというシリーズにしてブログ記事にしようと思いたつ。


26歳の1989年は臨時採用教員で、いまでいう熊谷圏の中学校に務めていました。
ポーグスのこのアルバムは、大学時代と思ってたら卒業してたんだ。当時飛ぶ鳥を落とす勢いのスティーブ・リリーホワイトによるプロデュースは評価が別れたおぼえがあるが、この愛しのバンドのあらくれ感をキープして一歩進んだ音にした感。オープニングもわくわくするけど、一曲選ぶならメリハリとカタルシスのM3。

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埼玉県北、最初の「人々のまつり」

2018-10-07 04:05:15 | 音楽


楽しみだな。
今までのどのインベントよりずっとワクワクする、「カミサマ」でなく、何十年も、「ここらへん」で続いてきた、人々の「思い」がうねりをあげる「まつり」。
夜が明けて、この場所に行けることがうれしい。交くんと行って、18年したらどのくらいおぼえているかきこう。埼玉県北、最初の「人々のまつり」のことを。
関係のみなさん、ありがとう。

Wake Up Fes

※ピーアイピー発行「NAOZANE」9月号「クローズアップヒストリー 熊谷 after 1945」P6中段「80年頃、フジクラ楽器主催のイベント」の部分を「80年頃、フジクラ楽器、ウィンドウベル、オサム企画などが主催するイベント」に訂正します
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夏の音、三冊

2018-08-28 10:30:31 | 読書

まだあつかった昼間、原稿の参考に書庫に探しに行ったら、めずらしくあっという間に2冊、プラス1冊みつかってかえっておどろいたが、ほとんど参照することなく取材だけで文字は2ページいっぱいになった。
でも、この3冊。いずれも「音」にあふれた貴重な本なので、原稿が終わって読み直しているおどろおどろしい雷鳴のあとの虫の声。
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夜明けのスティーヴ・ウィンウッド

2018-05-27 16:22:54 | 音楽

day 709 初登場。ウェルカムホーム

Makoto Kobayashiさん(@quarante_ans)がシェアした投稿 - <time style=" font-family:Arial,sans-serif; font-size:14px; line-height:17px;" datetime="2018-05-26T21:26:26+00:00">2018年 5月月26日午後2時26分PDT</time>


5月26日はいっぱいだった。
03:00 起きておにぎりつくって食べ、遅れてる朝までの原稿開始
07:45 後送部分いっぱいのまま送信
08:00 保育園のプールづくり
10:00 籠原タリーズで籠原プロジェクト打合せ
12:00 保育園迎え
12:30 Code for コーダー道場に貸す約束のプロジェクタ届けと昨日、出しそびれた郵便出すため熊谷へ
13:00 バイパスで交くん着眠
13:30 プロジェクタ届けて郵便局に。交くん起きて「シェンシェンセンター」騒ぐのをだましながら市内郵便手続終え、そういえばとコミュニティ広場のエコライフフェアへ。途中角にいたふっかちゃん、はにぽんと会話。おなじみの支援センター利用者のみなさんに「大きなったね、(いつもお世話んなってます、バイビー)」サクセション。ゴーヤ苗配布に並んで整体の藤原さん夫妻といろいろ話し、ゴーヤとひままり苗持って支援センターに
15:30 支援センターに苗届けて、交くんキッズスペースで遊。コーダー道場参加のおしえご息子中学生とも話、交くんと電車見学に移動。途中、本庄方面からママビーノ音響の電話しながら、ニットーモール丸亀製麺でぶっかけ並頼んだら、交くんどしどし食って8割たいらげ
16:00 秩父線入場券買ってSLその他見学。電車好きなのに乗車未経験の交くんを通過待ちの車内に連れて行くと、「いらないいらない」、なんでかな。とはいえSL見学は十分楽しみ、40キロハイク帰りのさえない後輩どもをみたり、交くんはなぜか秩父線階段が気に入り2.5上下
17:30 再び支援センターに行くと、コーダー道場は終了で地域通貨研究会のみなさん。長谷川くんに免許とったかきいたりしながら、キッズスペース復習少しで帰路。上増田地内に入って「深谷市歌」聴 18:30 交くんと話し合いの結果、ごはんの前に風呂
19:00 入浴後の乾杯を経てリクエストにより、樋口製麺うどん茹でチャーハンを作成。途中かーさん帰宅。交くん、今日はチャーハンそれほどでなく、きんぴらと樋口製麺うどんをつるつると食い続ける。さっき丸亀食ったのに、というのはナンセンス。丸亀は悪くはないが、赤城おろし文化圏うどんとは別カテゴリーだ。丸亀製麺と樋口ほか近辺の製麺所、さらには近年の武蔵野系うどん店との差異を、さらにいえば同じチェーンの丸亀製麺と山田うどんの比較から、前者の完成度が高いと思いつつ「時々行きたくなるのは山田。丸亀に行きたいと思ったことは一度もない」という心象をどう説明できるが、午前の籠原プロジェクトのキーになるように思う
20:00 BSの『釣りバカ』で西田・石田とともに写っていた電車をみてたのに、「おやすみ」と交くんいいだして寝床へ。父子ともあっという間に寝る
27:00 交くん少し騒ぐ。寝てみたけど眠れないので、トイレで「いま経済史が面白い」で始まる「先週の本棚」三浦雅士評『「大分岐」を超えて アジアからみた19世紀論再考』を読んでから、ここしばらくいちばん書くのを楽しみにしていた原稿を書こうと起きる。

BGMを何しようか、フリー版のスポティファイより安いけど有料会員のアマゾンプレミアで探すの原則で検索。カーラ・ブレイ、スタッフなどの後、思い当たったのがスティーヴ・ウィンウッドで、2017発売とある「グレイテスト・ヒッツライブ」を選。 なんともいえぬタメの美学とB3の気持ちいい音色、管と一体化したオブリガードの巧みさと、ウィンウッドのどこを切っても金太郎的ハイトーンヴォーカル。 夜明けにきく音楽に迷ったら、スティーヴ・ウィンウッドを候補上位とおぼえておこう。

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「古ハウスユースコネクション」。Webマガジン「Holiday Project」で配信開始

2017-11-03 20:29:54 | 読書


日本住宅新聞」で2015年11月から月1回連載を担当した「関東・古(フル)ハウスハウスユースコネクション」が9月の23回で終了。ほぼ同時に同紙編集長大川原通さんのWebマガジン「note―holiday project」での配信が始まって、第1回のファイル14 「農家民宿楽屋」に続き、先日第2回のファイル19「熊谷愛染堂寺カフェ講中」がアップロードされた。

連載は同紙「ストック活用」コーナーのひとつ。大川原さんの「古い建物・若者・まちづくり」オーダーに、本庄で展開している「オープン古ハウス」と、知るに連れいろんなもののつながりがわかっていく名作映画『フレンチ・コネクション』をもじったタイトルにした。
当初6回の予定が延長になった時、「北関東」の「北」をとってエリアを広げたが、結局最南で川口。自宅から車に乗って取材に行ける範囲だからそれはそれでちょうどよく、知ってることだけで取材せずに原稿書いた数本はじめ知人の多い内輪感たっぷりの連載だった。Web版は「201_年〜月の…」や最新画像を加え、連載順をシャッフルしての配信だ。

フレンチ・コネクションのポパイ刑事(ジーン・ハックマン)がそうだったように、調べるうちに浮かび上がってくることがある。
本連載のそれは、古ハウス利用の「経営」からの理由。何かやろうとするユースがそれを実現に移す時、古い建物を利用することでうまくいく要因が今の日本にあって、その共通点、それぞれの事情が、実例を重ねることでみえてくる。

取材も変わっていた。
もとからひとの話をきくというよりこっちの体験も話して進めていく取材スタイルだから、録音をきくと自分の声もけっこう多い。連載が始まってから生まれた0歳児連れ、または妻もともなっての取材も多く、50男ではきけない「ママ&女性経営者目線」の話で広がりと厚みが出たと思っている。
途中からスティーヴン・キング「恐怖の四季」方式と呼んで導入した、他の回の登場人物が出てくるスタイル。ちょっとくどい感じもあるけど、コネクションを意識させることができたかなと思う。

大川原さんは、神戸酒鬼薔薇事件関連のムックに書いた原稿を読んで当時編集していた「日本教育新聞」で全3シリーズの連載を書かせてくれた付き合いの長い編集者(その連載に関する記事)。今回も一応、こんなネタですがと確認してからの取材だったが、NGは一度もないライターにとって最高の編集者で、おそらく読者からしてももっともうれしいエディターだろう。
「Holiday Project」は大川原さんが、やりたいことをやれる場所として始めたメディア。その中での配信は、うれしい「ストック活用」だ。

大川原さんとは、新たなコンテンツ、たとえばマップやイラストなどを追加してどんなかたちでも書籍化できないかと話している。興味ある方、ぜひ関わってください。

では、次回配信をお楽しみに。
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