小林真 ブログ―カロンタンのいない部屋から since 2006

2006年開設の雑記ブログを2022年1月に市議当選でタイトル更新しました。カロンタンは40歳の時に飼い始めたねこです

ねこが風の夜の北斗七星

2005-12-27 01:28:43 | 週間日記
いよいよ05年もあと1週間。先週日記です。

19日(月)ハロゲンヒーター作動せずで、修理を待つのも寒いので新たにカーボンヒーター購入。似たようなものだが、やつらに倒されないよう使用しない時は倒しておくことに。少し利口になった。暖かく仕事をしていると、なんだか焦げ臭い。見ると暫定名八の字の背中がちょっと焦げている。慌てて遠ざけたが、本体は至って平気。熱くないのだろうか
20日(火)同級生M君に呼ばれ自宅へ。みたという「素晴らしき哉、人生」の話などでずいぶん飲む
23日(金)昼、撮影。塾OG・Hさんのお兄さんの結婚式で楽しむ。夕、やはり福龍・醤油ラーメン大盛。塾では中1M君と宿題の書初め。久しぶりに筆を持ち、チラシに書いて見せた「夢」の字が気に入ったので、その後来た人みなに見せびらかす。後、OBのT君来て有馬の話
24日(土)昼、撮影。夕、やはり福龍で今度は味噌ラーメン大盛。準OBのY君来。仕事や音楽の話で少し飲む
25日(日)有馬記念外れる。夕、なんだかよく寝て、いったん起きて原稿を書いたがまたすぐ寝る

今週はロンドンダービーのショックもあり、あまりサッカーみず。ミッドウィーク、セルタ:バルサの前半くらい。
年末年始もやらねばの仕事がけっこうありますが、そこそこは遊べるでしょう。
風の強い日が増え、ねこどもは家にいることが多くなりました。それでもやはり風に雲が払われてつんとした星空の下、外でうごめくやつもけっこういて、ものどもにとって戸外の魅力とは何だろうかとよく考えます。
「犬が星」とはいいますが、ひどい近眼というねこにとっても同じでしょう。犬が星の格助詞「が」には何ともいえぬポエジーを感じますが、おおくま座、長いしっぽの北斗七星は、たれ目や暫定名けむしら通称毛ながやわらか類の後ろ姿に似ています。
犬が星なら、ねこが風の夜の北斗七星。

(写真はひざの上が好きなことではわが家でも一、二を争う暫定名けむし。左上に伸びるしっぽが北斗七星のよう)
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ディープ有馬予想。◎リンカーン+ヤマニンプレアデス初勝利

2005-12-25 03:06:44 | スポーツ
クリスマスのこの時期、競馬ファンには有馬記念というお楽しみがあります。
土曜の競馬も当らず。しかし、PO馬ヤマニンプレアデスの勝利はよかったよかった。
馬券的にはちょろちょろの1年でしたが、有馬は年間収支をプラスに変えるような一撃3連単を少々買って観戦します。
新たな試みとして前日競馬予想を。

◎リンカーン
 怪時計決着のJC。上位組の中、もっとも厳しい競馬をしたのはこの馬ではなかったか。ムラがあるし横山がどう乗るかも問題だが、2強の前で勝負すれば一発も。後ろからのこのこ行ってたら、向こう正面であきらめモード
○ディープインパクト
 もちろん1着づけは多めに
△ゼンノロブロイ
 上位にきても1着はなさそう
穴馬候補は3頭
☆グラスボンバー
 得体の知れなさ魅力
☆オペラシチー
「2頭出しは……」の格言と中舘に期待
☆オースミハルカ
 あれよあれよと……

おお、goo の星占いが目に入り、天秤座は「ムードのいい日。なにか良いことが起こりそう」。良いこととは一体何だ。
テンションはそれほどでも、待ち遠しい15:25
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『歌え!ロレッタ愛のために』~感想、S・スペイセク賛歌として

2005-12-22 13:48:56 | 映画
北関東のからっ風がびゅんびゅん。外で働く人には申し訳ないですが、室内の安堵を感じる一日です。
前回のコメントで『ある子供』を追い越しで書くことにしたのですが、書きかけだった9月にみた映画のレビューから。どんどん書いて追いつかねば。

【introduction】
シシー・スペイセクがアカデミー主演女優賞を手にした、カントリー歌手ロレッタ・リンの半生を描くトゥルーストーリー。それほどの名作というわけではありませんが、一人の女性の悲喜がじわーっと伝わり、ああいい映画だったなと思わせる佳作です。

【review】
私はシシー・スペイセクのファンだ。どちらかというとヨーロッパびいきなので、米国女優のなか上位を占めるのがスペイセクである。
ホットパンツがまぶしかった『地獄の逃避行』、苦手のR・アルトマン作品では一番好きな、不思議ぶり炸裂の『三人の女』、最近の『ストレイト・ストーリー』も絶妙だ。『キャリー』も彼女以外には考えられない。
スペイセクの魅力は何といっても、他では真似できない“おバカそう”ぶり。おバカの演技が得意な俳優は男女とも少なくないが、いつでもおバカに見え、しかも常に楽しそうに輝いて魅力的というのはスペイセクしかしない。『ミッシング』も、彼女の知的なようで何も考えていないという特異なキャラクターあってこそJ・レモンの名演も生きている。『イン・ザ・ベッド・ルーム』は新境地なのかも知れないが、その点が物足りなかった。
「チャーミング」とはつまり、スペイセクのような人をいうのだと思う。本作でその魅力は十分過ぎるほど転げ回る。
ラジオ局であっけらかんとNGワード、夫をあきれさせた不慣れなおしゃれ、そして何より輝くばかりに嬉しそうに歌うステージ。そのいずれもが、本当に楽しくてしかたなさそうで、私たち観客はロレッタの生きる喜びを十全に体験する。カントリーという音楽には明るくないが、こういうものだったのかと目を覚まされた。同じ時代にジャニス・ジョプリンを描いた『ローズ』という名作があるが、ロックではスペイセクの魅力は生きなかったろう。
さらにいえば70年代の香り。製作は80年だが、本作には素晴らしき70年代アメリカ映画の香りがぷんぷんしている。シャープ過ぎないコダックの映像に、広い道路とでかい車、何か生々しい人物たち。壊れ行く信じてきたものを信じるための、はかなくて愛すべき人々の活動の記録とでもいうような70年代アメリカ映画。原題 COAL MINER'S DAUGHTER というのも、実にそれらしい。
大ファンゆえスペイセク賛歌になったが、競演陣ももちろん申し分なし。

ところで『三人の女』。筋には関係ないが、「パウダーオニオン」なる食品が出てきて、スペイセクが「ホント、本物と全然変わらない」というシーンが記憶に残っている。実物を見たことはないが、パウダーガーリックならいざ知らず、粉になって変わらないタマネギの効果というのはどんなものか。シャキシャキが取り柄と思っているだけに、いまだに謎。アメリカでは一般的なのでしょうか。アメリカ型合理主義を突き詰めると「パウダーオニオン」なのか

1980年アメリカ マイケル・アプテッド監督 125m 9月20日観
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大寒波も、3ヶ月で春の陽だまり

2005-12-20 03:54:18 | 週間日記
先週日記です。

12日(月)夕、上柴・辰巳でタンメン。エクストライグザミネーションに入った高3F君が来塾。早くも教習所に行っている。原稿少し
13日(火)原稿少し。夜、帰ってNHK-BS萩原健太のロック番組みる。意外におもしろい
14日(水)だめな一日。起きてもシャワーも浴びずだらだら寝た。夕方、何も食べなかったこともあり喝を入れようと異例の平日籠原・福龍醤油ラーメンを食すも効果なし。またも萩原健太のロック番組をみてそのまま寝
15日(木)午後早く市ヶ谷で打ち合わせでだめから脱す。終わって映画をみようと恵比寿へ。やはりラーメン、前に一度行った山頭火に向かったが、迷って広尾まで歩いて発見した丸富。それからガーデンプレイスに行き、映画『ある子供』観賞。すごい。その後、餃餃という餃子専門店でビールと餃子。勢いでさらに恵比寿ラーメン。内田樹・春日武彦『健全な肉体に狂気は宿る』読了。帰って前夜からたれ目が帰っていないと気づく
16日(金)たれ目帰らずで昼間は何もせず。塾に行って帰り、絶望に負けじと小津の記事を書くと、窓からたれ目が入ってきてびゃあ。こんなに嬉しかったのは久しぶり
17日(土)昼、撮影。夕、やはり籠原・福龍で醤油ラーメン大盛~原稿
18日(日)昼、撮影。帰って、深夜のロンドンダービーまで原稿を書こうとそばを茹でて食し、その途中新聞でトヨタカップ決勝に気づき、みていると案の定着眠で起きたのは朝。まず枕もとに貼ってあったダブリン、ジェイムス・ジョイス・タワー購入の『ユリシーズ』ポスターがねこどもの標的となって破られているのを発見。それから何となくやっていたレアル戦をみていると、昨年大晦日購入のハロゲンヒーターがつかなくなる。これもやつらがどたどた倒していたからな。風呂に入る前に料理中、鍋が噴きこぼれたのでうっかりコンロ金具の部分を触り少し火傷。愚か。こりゃひどいと思いつつ、安かったボジョレーヌーヴォーを飲みつつロンドンダービー観戦もまいった。いいことがないので、数日前購入の980円低反発枕を下して寝る

だんだん余裕が出てきた週。サッカーはリバプール:ミドルスブラ、ミラノダービー、ニューカッスル:アーセナルと、日曜に入ってトヨタカップ後半、レアル:オサスナ、問題のロンドンダービーとやたらみた。
でも、たれ目が帰ってきた時は嬉しかった。2日前と何も変わっていないのに、それからはたれ目が帰ってきたからいいや、と何でも幸せに感じました。
大寒波も、3ヶ月で春の陽だまり。

(写真はひざの上のたれ目。帰って来たら寝てばかり)
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小津安二郎『お茶漬の味』+『鏡獅子』~いつものように驚き続ける2時間

2005-12-17 01:32:40 | 映画
たまったレビューを次々に。今日は映画でこれも9月にみた分で、6月のブログ開始以来まだ2本目の日本映画とは。

【introduction】
心のすれ違う夫婦が、互いを理解するまでを描いた小津作品。同じディスクに入れておいた歌舞伎六代目尾上菊五郎のドキュメントもいっしょにみました。

【review】
ちょうど昨日読み終わった内田樹・春日武彦両氏の『健全な肉体に狂気は宿る』でも、小津映画について語っていた。声がいい、オープニングの和紙みたいなのが出てくるだけで嬉しくなるという内田氏に、完成品の美しさを味わうという春日氏。
なるほど、さすが。だが私がいつも小津映画を見て感じることはというと、実は大いなる驚きで、始まる時の嬉しい感じが、次々に繰り出される映画的驚異にげげっ、とのけぞらされてばかりという観賞時間になる。
映画だけでなくすべてのすぐれた表現は、ほかにない発見とそれを感じる驚きに満ちたものだ。映画の場合のそれは、味方と思っていたやつが実は敵だったのような驚かすことが目的のシンプルなストーリーのどんでん返しなどでなく、つくりたいものをつくろうとした結果たどり着いてしまった、映像のあり方や俳優の演技から得られることが多い。
私の場合の小津映画の驚きは、前者は例えば『小早川家の秋』で泣き崩れる杉村春子、そのすぐ後で川沿いに佇む原節子、『宗方姉妹』でのお茶目な高峰秀子、そして何よりすべての出演作でうなずいて笑う笠智衆。後者は有名なローアングルや人物のアップもさることながら、あの煙突に代表される「縦の構図」がある。(なお、不勉強ゆえあの構図が何と呼ばれているのか知らないが、研究者やファンの間で通用する名称があればぜひおしえてください。ひとまずこの記事の中では「縦の構図」で統一しておきます)
と、「縦の構図」は何というか、あのスタティックな小津映画の中、だからこそか一層暴力的に登場する。それは多くの場合、静かに積み重ねてきた感動が最高潮に達した時とか、緩やかに複線を張り巡らせている時とか、とにかく画面に吸い込まれそうな時に、どかんと画面が縦に割られ、一見何の関係もない煙突とか登場するのだ。それもほかの画面とは明らかに異なる、幼児が描く絵のようなとりとめのない構図で。
『お茶漬の味』以外の話が長くなったが、本作での「縦の構図」は野球場の照明灯。ここでもやはり物語が動き出すことを静かに告げ、その後、当時はこういうものだったかと思う、のどかなスタンドの風景が映し出される。こんなところをみるのも小津作品の楽しみの一つだろう。
さらには、鶴田浩二ってかっこいいな、とか妻の姪か何かの当時らしい進歩的女性ぶりなどに浸っていると、いつの間にかあの台所のシーン。この場面では、小津映画の多くがそうであるように、あまり重要に見えないささやかなやり取りが徐々にその映画の中でもっとも大事なシーンだとわかってくるのがスリリングこの上ない。こうした時間の感触に近い最近の映画作家として思い浮かぶのは、意外かもしれないがイギリス社会派の巨匠ケン・ローチだ。
そしてその意外な展開に驚いていると、何だこの奥さん、漬物のありかも知らねえのか、この頃の奥さまはこういうものだろうか、などと下世話なことを考えさせられつつ物語は終わり、小津映画ではあまりみたことのないエピローグが始まる。はあっ。
こんな風に、またも驚かされる小津映画なのでした。
前にみたHPで、小津作品は状況や登場人物などが似ているから、一気にみないでたまにみるのがいい、という素晴らしいアドバイスがあったので来月あたりにまた。と思っても、もう3ヶ月経つからそろそろみてもいいかなと思うのが小津作品です。
『鏡獅子』は、こういう映画も撮っていたのかというのが一番の驚き。

小津安二郎監督 1952年 115m +1935年 24m 9月19日観
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広野由美子『批評理論入門』~自分が少し尖った気がする知的興奮の一冊

2005-12-15 01:26:44 | 読書
しばらくぶりの「読書」カテゴリーですが、これも3ヶ月前に読んだもの。まずい、どんどん読まねば。

【introduction】
『フランケンシュタイン』を素材に、小説の技法と批評理論を紹介する知的興奮にあふれた一冊。帯の「理論を知ることによって、直観はさらに鋭いものへと磨かれる」に大いに納得。読んだ後、自分が少し磨かれて尖った気がします。

【review】
音楽を語る時に「シンコペーション」という言葉を知らなかったら、映画を語る時に「長回し」という言葉を知らなかったら。どんなに不自由なことだろう。
そんなことを考えるのが「Ⅰ 小説技法篇」。「技法」は特に小説の場合、まったく知らずに読むことができ、それがまた「小説」という形式の懐の深さとも思うが、知っていて読むのと知らないで読むのとでは楽しみの質がずいぶん違う。それは例えば、中学校の頃に初めてきいたビートルズの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」の途中で転調するところ。子どもの頃は何か不思議でいいなあと思う程度だったが、そのうちコードについていくらか知るようになり、楽譜をみて「何だ、こんなんなってたのか」と驚きを新たにしたのに似ている。もちろんそんなことを知らなくてもこの曲は、そして小説は楽しめるが、知っていればより深い時間を過ごせるのは確かだ。
わかっていたけれど何というのかわからなかったことに名が与えられるのは気持ちがいい。この本で、同じ単語の繰り返しを避けるための言い換えのことを「エレガント・ヴァリエーション」というのと知ったのは大きな喜びだった。それはちょうど電車で毎日顔を見て知っているだけの人が、誰かと一緒にいてその人に名を呼ばれ、さらには行っている学校や音楽の好みなどがわかり、ああ、あの人は○○さんっていうのか、△△が好きなんだ、と嬉しい思いがするのに似ている。
「Ⅱ 批評理論篇」も、効果としては同じこと。『フランケンシュタイン』の語り方を通して、ポストコロニアル、フェミニズム、マルクス主義などさまざまな理論を紹介していくという方法は、例えばビートルズあたりのカバー集でそのアーチストの方法がわかるというのに似て、わかりやすく楽しい。「ジャンル」というものに対して否定的な見方は少なくない。もちろんジャンル分けだけからは何も生まれないし、ジャンル分けすることの弊害もないわけではないが、「理解」ということでいえば大きな助けになることも忘れてはならないだろう。以前読んだ長沼行太郎『思考のための文章読本』というのは、文章に沿った「思考」そのものを分類して興味深かったが、文学理論に限定して批評理論のジャンルを大胆に整理した、著者のこの仕事の意味は小さくない。
サッカー解説なども、個人技重視理論、システム重視理論、精神重視理論などと分類するとおもしろいかも知れない。
なお、当然『フランケンシュタイン』にも改めて興味がわき、先月のイマジカで2本やっていたので楽しみにしていたが、忙し過ぎて録画できず。特に『ミツバチのささやき』に出てきた作品はぜひみたいのだが。

中公新書 蔦屋にて購入 9月19日読了
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どんな色でも色のうち

2005-12-14 09:41:02 | 週間日記
寒くなって遥か西に小さく見える浅間山がすっかり白くなると、この地方の人は冬が来たのだなと覚悟します。
先週日記を。

5日(月)原稿~塾~原稿
6日(火)コンピレーション6枚組CD『ベスト・ワールド・サウンド100』聴了。原稿、まだフォロー作業はあるもののいったん終了で小休止。タイミングよく同級生M君から誘われ、しかし高3F君の英語テスト勉強があるが、幸いF君は自営業のM君のところでバイトをしたことがあることから、食事+テスト勉強のインテグレイトという離れ業を提案。鍋の後、英検準1級に迫ったというM君も交えライティングに取り組む。夫人Yさんは四大公害病など政経に興味深そう。F君力尽き、そのまま朝まで寝て朝の仕事をしてきたM君に起こされ帰る
7日(水)夕、深谷・いちよしでラーメン+餃子~塾~テスト勉強終わったF君にバイト料払ってデータ確認作業ヘルプ
8日(木)ジョン・レノンの日。原稿+ゲラ直し~夕、川本・美華でラーメン+餃子と、少し風邪気味なので早めのニンニク摂取~原稿+ゲラ直し
9日(金)原稿+ゲラ直し~塾~ついに仕事がない夜を迎えるもそのまま寝てしまう
10日(土)昼、撮影。夕、もはや恒例の籠原・福龍醤油ラーメン大盛
11日(日)昼、撮影。録画の競馬、久々の1万円少し的中で今週少しプラスに。夕、豊里・永来でタンメン。塾で高2R君と数学で、今回の期末テスト勉強終了

あわただしく「アキレス」でゴールになだれ込んだ感じの週。
サッカーは、ビジャレアル:バルセロナ、ボルトン:アーセナル(半分)だったか。今スペインでもっともおもしろいともいえるこのカードの圧勝で、バルサの実力が抜けていることがわかりました。CLも優勝の可能性は高いですが、ユーヴェとかバイエルンとか、しっかり狡猾なチームと当って勝てるかどうかといったところでしょう。
最近はだんだん太る月が明るい。冷たい空気との奇妙な名コンビが彩る夜の庭に帰って来ると、ねこどもがうごめくのがよく見えます。寒々しくても華やかでも、どんな色でも色のうち。
やつらにとって明るい夜はうれしいのでしょうか。

(この投稿作業中 WOWOW のインターネットラジオをきいていると、意外なレディオヘッド特集で先ほど、もっとも好きな Exit Song がかかる。明るい午前とは、これまた奇妙な名コンビ。写真は棚の上からあたりを睥睨する暫定名ヒダリ。どいつもこいつもこの場所が好き)
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「アキレス最後の戦い」

2005-12-12 22:49:08 | 音楽
前回更新はジョン・レノンの25回目の命日。レノン+ビートルズ特集に関わらず、時々第9とレッド・ツェッペリンと書きましたが、なぜこれが愛機 iriver に入っていたかというと、ものすごく苦戦した大仕事の終わりのテーマとして愛聴しているから。ツェッペリンといっても1曲だけ、それが「アキレス最後の戦い」です。
年末でシーズンでもある第9もこの度ワルター版全部と、ヨッフム版の合唱の部分を何度かききましたが、何といっても「アキレス」。10分以上あるこの曲を、なんだかんだと20回はききました。
今回は新たな試みとして、このロックの不滅の金字塔について書いてみましょう。スピード重視ゆえ、だ・である調で。

多くのロックファンにとってレッド・ツェッペリンが特別な存在であるように、ある種のツェッペリンファンにとって「アキレス最後の戦い」は他には代えがたい何かであり続けている。

イントロとアウトロのためだけに置かれたペイジの重くもったいぶったアルペジオが聴き手の高まる気分を鎮めるものの、ボーナムのスネア一発が戦いの始まりを告げるともう戻れない。
1970年代の後半か古代ギリシア、ホメロスの時代か。しかし、そのどちらでもない、唯一無二のレッド・ツェッペリン「アキレス最後の戦い」の世界に連れ出せれる。
ギターオーケストレーションがどうとか、事故後のプラントの一作目だとか、そういった類のことは数多ある研究書に任せよう。ここではこれまでの数十年で聞いた、身近な愚か者たちの発言を挙げておく。

高校の同級生S君「『プレゼンス』って、『アキレス』以外きいても失望するだけだよ」
大学の同級生K君「おれは高校のある時期、『アキレス』をきいている時間を『もっとも充実した10分』と呼んでいた」
当時高校生の塾OB・I君「いやあ、本当にすごい。おれ、Mさん(当時のガールフレンド)に『こういうのをきくっていうこと、幸せっていうのはこういうことなんだよ』っていっちゃいましたよ」

これぞ正しい10代後半。
あのクールな臨床精神科医、春日武彦氏も、「アキレス」ではないが、高校の頃ツェッペリンのⅠとⅡのどっちを好きかというのは、それこそ世界を二つに分けるような最大の関心事だったと書いている(『17歳という病』)。

では「アキレス」が、そんな若者どもをひきつけるのはなぜか。
ペイジの次々に繰り出されるフレーズのカタルシス、急ぎ過ぎた人生を叩きつけたようなボンゾのローリングの昂揚感、この曲では両名に押されがちだが、プラントとジョーンズはいつものように確実な仕事をこなしている。“ロック・ソナタ”と呼んでもいい、ドラマチックな構成も見事だ。

だが、何より「アキレス」の魅力は、きくものの英雄願望をかきたてることにある。
ダンダカダンダカ、ダンダカダンダカ、ドゴドゴドゴドゴと迫り来るドラム、ターンタターン、タタッタカターンと切れまくるギター、アーアーアー、アーアッアー、アーアーアーとクライマックスに突き進むコーラスは、きく者の日常を「最後の戦い」に変える。そのあまりの陶酔感は、今回夕方の車の中できいていた私も、涙が出そうになって近くに来るまで救急車に気づかなかったほどだ。危ない。
英雄からは程遠いのが、多くの若者のリアルライフである。そんな若者たちにとって「アキレス」をきくことは、“英雄”体験に他ならない。

だから確か30歳を越えた頃、今回と同じように長く苦しんだ仕事が終わる時のBGMに私は、偉大なるベートーヴェンをきいた後に「アキレス」を選んだ。
世間から見ればそう大したことではないかも知れないが、難儀してきた大仕事を完了させる私はひとまず、私の日常においては英雄である。ニーチェもあと100年遅く生まれていたら、ワーグナーでなくツェッペリンをデュオニュソス的と呼んだことだろう。狂気の犯行に走る昨今の若者たちは、「アキレス」をきいたことがないに違いない。

つまり、見た目にはさえないパソコンのキーボードを打つ作業であっても、持ち物は剣やなんかでなく直したゲラで、行き先がトロイでなくファックスを送るセブンイレブンであっても、そんな時のBGMは、タカターン、タッタターンと、まるで多くの矢に刺されながらもがく恐竜が一歩一歩進むようなギターソロこそふさわしい。

と、原稿の終了が近づき、「アキレス」とともに興奮のままパソコンの前にいた私の周りには、ねこどもはまったくどこ吹くレッド・ツェッペリンでインディアンサマーの陽だまりの中。

そんなわけで、「アキレス最後の戦い」のように感動的な今回の仕事完了でした。

(内容的には「身のまわり」カテゴリーですが、やはりここは「音楽」に。写真は高まりまくる私のパソコンの上で、じっとこちらをみる暫定名覆面ウシ)
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タボーナしょとう

2005-12-08 22:49:51 | 週間日記
先週日記で今月初更新です。
なお、本日はジョン・レノンの25回目の命日。塾では数日前から、MP3に入ったレノン&ビートルズ、たまに第9、レッド・ツェッペリンというラインナップでしたが、今日は家でもJ-WAVEでCDでレノンです。

28日(月)原稿~塾~原稿
29日(火)原稿~塾に準OBY君登場。仕事のほか、前に薦めた小説、三島『春の雪』、重松『疾走』などの話も。やはり、こういう話をしないと人間がだめになるなと思う~原稿
30日(水)昼、原稿~夕、塾生の高3F君自己推薦でD大学政治学科合格~原稿
1日(木)昼、原稿~夕先日合格のF君のお祝いに、中1M君の母Hさんがピザをつくってきてくれる~原稿
2日(金)昼、原稿、夕、テスト中休みのため塾を休みにし、母屋にうどんを食べに行くと父親が『二十四の瞳』をみていた。少し話
3日(土)昼、撮影。夕、籠原・福龍で大盛味噌ラーメン~原稿
4日(日)昼、撮影。夕、籠原・福龍で大盛醤油ラーメン~原稿。競馬当らず

もはや、サッカーも前半だけで後半は仕事しながら流したりという有様。アーセナル・ブラックバーン、バルサ:ラシンをみたんだったか、よく覚えていないほど。
多忙な初冬のまま今週も終わりそうですが、もう少しなので頑張りましょう。
ふー。

(写真はカミーラ:忙しくてもねこのやつらは気楽に人間が仕事している上で惰眠。ねこの手も借りたいが)
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