小林真 ブログ―カロンタンのいない部屋から since 2006

2006年開設の雑記ブログを2022年1月に市議当選でタイトル更新しました。カロンタンは40歳の時に飼い始めたねこです

ありがとうタイガースと今夜いう

2005-09-30 00:22:06 | スポーツ
今夜もやはり阪神優勝のことでしょう。

NHKの中継をタイマー予約して打ち合わせと塾へ。テレビはみませんでしたが、結局優勝したことは9時半頃にわかってしまいました。
遠い欧州のチャンピオンズリーグなどと違って日本の阪神優勝を知らずに過ごすなんて無理というもの。明日の観戦は決定後ですが、昨日書いたようにそれより甲子園の巨人戦で決めたことがうれしいです。48年の溜飲。
今夜も、金本も今岡も矢野も桧山も赤星も鳥谷もJFKもよかった。久保田、日本シリーズでは三振とって矢野にウィニングボール取らせてやってな。MVPはやはり藤川に。
岡田監督は、何度も練習したようなインタビューがよかった。胴上げのMVPは、寝っ転がってた藤本で。
来い、ロッテ。もう一度、ありがとうタイガース。

そういえば、今日は昨年死んだ祖父が生きていれば百歳になっていた日。またこれも感無量で、しんみりの秋の夜。
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今夜、阪神優勝前夜?

2005-09-29 01:29:41 | スポーツ
今日は阪神のことを書かざるを得ないでしょう。

塾OBで都内にいるK君から突然、券が余ったので金曜日の神宮、ヤクルト:阪神に行かないかと連絡がありました。
たった2年ぶりだし、競ってもいないし何だかな、とちょっとさめて、昨夜もプレミア、元気のないアーセナル戦などみていたのですが、球場の熱気が味わえるとなると話は別で興奮してきました。実は明日の木曜仕事で昼に都内に行くので、横浜スタジアムの観戦模様が出てくる保坂和志『カンバセーション・ピース』を読んでいることもあり、そのまま横浜:中日に行って優勝の瞬間を味わうとも考えていたほどです。
今日水曜の甲子園がテレビ放送なしなのにも驚きましたが、時間たっぷりのフジ739『プロ野球ニュース』でチェック。すきのない打線とJFKは完璧です。明日は下柳らしいですが、今の巨人に阪神に勝つ力はないでしょう。
金曜に20年前と同じ神宮で優勝をみたいのはやまやまだけれど、「昭和48年」を知っている世代としては甲子園の巨人戦で決めてほしい気持ちはかなり強いもの。この間も塾の若いやつに、「中日球場に巨人ナインの乗った新幹線」「全部ど真ん中の星野」「江夏の土下座」「逃げる柳田」などの48年の話をしていたら、いつになく興奮してしまいました。いや、江夏、田淵には縦じまで優勝してほしかった。
と、つい昔話になってしまいましたが、それもまたファン冥利。先週はレッズ戦をみにいき、それはそれで楽しいのですが、同行者に「今何位? トゥーリオは?」などときいてばかりの有様なので、こうした昔話ができるのはうれしくてなりません。優勝が決まったら決まったで最初からお祭り騒ぎに立ち会うだけですから、精一杯楽しんでこようと思います。
MVPは、金本も今岡もいいけど、やっぱり藤川。柔らかさと速さということについて、彼ほど考えさせられた選手はいません。
岡田監督。2年前、岡田じゃあ、と周りに言い触らしていた無礼、ご容赦ください。
またやはり元阪神の一員、田尾監督は無念、お疲れさま。
ありがとうタイガースと明日いう
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やつらは“懐かしい”のか

2005-09-27 04:08:45 | ねこ
そろそろねこの話を。

たれ目はもうカラーも取り、フルタイムでほかのねこと一緒。つまり特別扱いではなくなりました。まだ外に出るのは踏ん切りがつかないようですが、ひとまずまあ普通に暮らしています。
けれども、おもしろいことが一つ。この夏やつと長い時間を過ごした隔離室、改め寝室に私が入っていくと、なぜかどこにいてもたれ目は、うれしそうにたかたか駆けて入ってくるのです。
閉じ込められていた頃はあんなに出たがったのに。たれ目にとって隔離室は、懐かしい場所、home なのでしょうか。
「home =帰る」という概念を、長い間不思議に思ってきました。旅先でも何日か同じ部屋にいると帰ってきた気がする、でもそこを離れて家に帰れば、やはり帰った気がする、そうしてみると「カリルカナマアアテニスナヒドスギンシャッキン」のイオン化傾向のように、Aという場所よりBという場所の方がより home であるという「home 度数」があるのでしょうか。寺田寅彦も欧州行で暮らした船室について、「こんな場所でも帰ったような気がする」と書いていました。
たとえば55番松井秀喜。現在NYを本拠とする彼にとって、ヤンキースタジアムと東京ドーム、もっといえば星陵高校のグラウンドは、どこがもっとも home 度数が高いのでしょう。
思うにそれは、星陵高校>東京ドーム>ヤンキースタジアムではないでしょうか。過ごした時間でいえばすでにヤンキースタジアムは星陵高校と同じくらいになっていますが、時間順は過ごした時間より home 度数に影響するように思います。
懐かしいこと、たとえば昔の写真などを見て感じる幸福な感情、このノスタルジーの幸福についても、長年不思議に思っていました。これについては確か岸田秀が、脳が昔のことの周りを新しいことが覆っていくつくりになっているというようなことをいっているのを読んでなるほどと思ったのを憶えています。よく祖母が、「昔のことはちっとも忘れねえんだけど、新しいことはすぐ忘れちゃうんよー」といっていたのも、これで説明できます。
しかし、だとしてもこれは人間の話。時間という概念がないといわれるねこの場合はどうなのでしょう。旧隔離室にうれしそうに入ってくるたれ目にとってそこは、懐かしい場所なのでしょうか。まったくの謎です。
隔離室のドアも開けっぱなしにしたため、寝ているとほかのねこどももふとんの上に集まってきます。そんな時ふとんの上を占領された元あるじのたれ目は、みんなよりやや高いふとんが重ねてある場所に丸くなっていることが多いです。涼しくなってきて他のねこはからだを寄せ合って寝ることが増えてきましたが、今のところたれ目がそうしているのを見たことはありません。
果たしてねこどもは、“懐かしい”と感じることがあるのでしょうか。

と、ねこのことだか人間の話だかわからなくなりましたが、やつらの近況報告も。
最近再び室内に入ってくるようになったオディール、子どもは確認していませんがお乳は脹らんでいて、ティーやカミーラの子にお乳をくれることが増えました。これはまったくの仮説なのですが、7頭の子を運び込んだカミーラは、自分の子ばかりでなくオディールの子も運び入れてしまったのではないかと思っています。何しろカミーラは強引ですから。
いずれにしても、カミーラもすでに誰でもお乳を与えていますから、このねこコミュニティはおだやかに秋を深めていきます。その夏こねこどもはどんどん歩き回るようになりました。
秋はねこらしい季節です。

(写真はキャサリンの子、暫定名はいいろ。阪神鳥谷似と前にコメントに書きましたが、いかがですか阪神ファンさん)
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お気楽ウィークで自宅映画4本に埼玉スタジアム

2005-09-26 15:46:43 | 週間日記
本日は42歳の誕生日。目覚めた時、ブラインドの隙間から見える青い空と葉っぱの組み合わせに幸せを感じ夕陽に胸を締めつけられる、もっとも美しい季節の始まりです。何もなくても、この青空をお祝いと受け取りましょう。先週日記です。

19日(月)昼、留守番の仕事。原稿のサンプルづくり進む。変則開催の競馬、馬券買うも札幌10R、本命で3着セクシーシューズの馬番を間違えて1万4千円入手できずでまいった。夜、『お茶漬の味』の続き~『鏡獅子』
20日(火)自宅映画『歌え! ロレッタ愛のために』
21日(水)自宅映画『殿方ご免遊ばせ』
22日(木)自宅映画『ルシアンの青春』。母の命日で深夜弟と墓参り
23日(金)昼、撮影
24日(土)同級生M君とその知人たちと埼玉スタジアムで浦和:横浜FM観戦。ゲーム後、浦和で4軒はしご。初めて会う人もいて楽しい一夜
25日(日)起きて買い物。近くのスーパーYがペットフードの日で、キャネットが普段598円のところ398円。思わず最初4袋の後、いったんFAXを取りに塾に行き、帰りにさらに4袋合計8袋買って、1600円の得としめしめ。午後は競馬当らず、1600円の努力も空し。夕方母屋に行くと、父と叔父の愚か兄弟がいたので、天ぷらを揚げて食わす。満腹のためそのままいったん寝ていると、自衛隊1ヶ月目の訓練から帰省した姉の次男が帰ったので天ぷらとさんま食わす。訓練の話をきき、自衛隊教育システムのすさまじさにあらためて驚嘆。そのままスコッチを飲んで就寝

今週も気楽週間で映画も4本と充実。サッカーは、リバプール:マンU、アーセナル:エバートン、バルサ:バレンシアに、スタジアムの浦和:横浜FM。ねこどもは、新こねこの活発化が目立つ。そろそろたれ目を2回目のワクチン注射に。

(写真は外のねこでも撮るかと外に出たら、アンテナ線に止まっていたトンボを見つけたのでこういうのもいいかと。オークションで1500円の Kodak DC210A はファインダーとかなりのずれがあると実感。仕事でたまに使う Nikon デジタル一眼に比べると果たしてこれはカメラなのかとも思うが、個人生活では不自由なのも一興。西日もそれなりに入った。隅っこのビールケースもご愛嬌で、元気でな、名も知れぬトンボ)
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『きれいなおかあさん』~中国社会が変わる時

2005-09-24 01:30:25 | 映画
昨日が自分の母のことで今日の映画がこのタイトルですが、順番に書いている読書、音楽、映画でたまたま番が回ってきただけです。ねこの話でも書いて1回開けようかとも思いましたが、それもかえっておかしいので今日も勇気を出して。
なお当然のことですが、生前私の母は「まったくきれいでないおかあさん」でした。高校の頃、ゴルフ場経営者の息子の同級生H君のお母さんが中学校教員だった父の最初の教え子で、何かの時にその若くてかっこいい白のギャラン・シグマを操るお母さんに送ってもらった後で家に着き、こたつでどうずばっている茶色のカローラの母に「何でそうゆうん。Hのお母さんなんかすごくきれいでかっこいいんだで」などとぶっ放したら「ハハハハハ」と笑ってました。愚かな十代の記憶ですが、その上恐ろしく片づけができず、それに似たのか私も……。おっと今日は映画の話でした。

スン・チョウ監督 2001年中国 90m. NHK-BSで収録 9月14日観

【introduction】
中国の代表的女優コン・リー演じる母親の、耳に障害を持つ息子への愛を描いた感動作。普通小学校への入学のためにあの手この手を使って奮闘する母の姿は悪くはないと思いますが、自分の理解力の問題か、あまり楽しむことはできませんでした。

【review】
楽しめなかったのは、“中国映画への間違った期待”が原因だろう。それは“中国”への間違った期待と言い換えてもいい。
市場経済導入と同時に接する機会が増えた中国映画。個人的にもっとも鮮烈なのは、美少女たちが内陸部の田んぼの真ん中で踊り回り、それでいながら貧困や性差別のリアリズムに西欧化社会では考えられない方法で迫った1991年の『五人少女天国行』だったが、他にもスケールで圧倒した『さらばわが愛 覇王別姫』、国土の力を見せつけた『黄色い大地』、数について考えさせられた『あの子を探して』など、ずっと驚かされっぱなしの十数年ほどだった。
だが中国は変わった。都市部には高級車を乗り回す人々があふれ、そのことが新たな問題を噴出させているにしても、かつての中国の一部は失われている。もちろん日本人には想像すらできない奥行を持つ中国に関して、行ったこともない人間にいえることはほとんどないが。
たとえば『中国の小さなお針子』。この作品では奥地の農家の建物はそのままに、不釣合いに豪華なソファや衛星放送のパラボラアンテナが同居している絵がものすごいリアリティを感じさせられた。
だがそれはパラボラアンテナが私が中国映画に望むものに近いかたちをしていたというだけのことであり、本作のシーメンスの補聴器やメイドの勤め先のスケベオヤジ、新聞配達といったディテール、それから過剰な音楽や世界標準といえる不可分ない演出などが、私が中国映画に求めているものと違っているだけなのだとも思う。
同じコン・リー主演の『秋菊の物語』はまったく違っていた。何だよ中国ってやっぱりこんなかよと思いながらみる官僚機構の中で正義を貫こうとするコン・リーの秋菊は、どんなにまぶしかったことか。
『秋菊の物語』からみてどうこういうのは、恐らく現代日本映画をみてクロサワやオヅと違うというのと同じようにばかげたことなのかも知れない。だが、現代日本映画がいかにすぐれた映画が多くあるといったところで、クロサワやオヅがすばらしいことに変わりはない。今の中国を本当に反映しているのが『きれいなおかあさん』だとしても、これから10年、20年していい映画として思い出すのは『秋菊の物語』の方だろう。
社会が変わる時、失うものがないわけはない。私には映画くらいしかそれを確かめるすべはないが、だからこそしっかりとみておきたい。ただし遠くで。
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小津安二郎、ライブエイド、阪神優勝~母の20回目の命日に

2005-09-23 02:16:43 | 身のまわり
18日の祖父の一周忌に続き、今日22日は母の20回目の命日です。祖父母と違って母親のことなると何だかこっぱずかしくて書きにくいですが、祖父母のことを書いて母を書かないというのもまずいと、ここは勇気を出して20年前のいくつかの出来事に絞って。

「大学は出たけれどにならないようにがんばってください」。
一度だけ母からの“ハガキ”を受け取ったことがある。埼玉に実家がありながら都内の大学に通うのに下宿住まいだったその下宿先に、手紙どころか字を書いているのさえあまり見たことがなかった母がへなへなした文字で書いて来たハガキを大家さんが階段のところに置いておいてくれたのを、ほかの誰かに見られてはまずいとすばやくバッグにしまった。その気恥ずかしさを忘れない。
どういう気まぐれだったのか、なぜ手紙でなくハガキなのか。もちろんすぐに捨ててしまったろうし、何が書いてあったかは忘れてしまったが、常に万事がそうだったように全体のバランスなどまったく考えないで書き始められたらしきめちゃくちゃな文字の配列と、どこで知ったのか自分が生まれるより前の大恐慌の頃の流行語で小津安二郎もこのタイトルで映画を撮った「大学は出たけれどにならないように」というフレーズだけは記憶している。また現在の自分が、母の定義による「大学は出たけれど」でないと言い切れるだけの自信はない。

「大学は出たけれど」のハガキは1985年でなく、その前の年だったかも知れない。だが、ハガキが届いた東高円寺のアパートから引っ越した先の三鷹の駅の改札に母親がいたのは日付もわかる。今年20年ぶりに『ライブ8』として開催された『ライブエイド』があった日だったからだ。
調べるとその日は1985年7月13日の土曜。バイト先の中野から、早く帰って『ライブエイド』をみようと意気込んで12時近くに駅を降りると、改札で「来た来た、オーイ」とガキみたいに手を振る、ぼさぼさ頭にでっぷり腹の中年女を見て仰天した。「何、なんで来たん」ときくと「引越ししたつーから」と答え、父親は腹が減ったので駅前の立ち食いでそばを食っているという。
このヒマで無鉄砲で愚かな夫婦の襲来により、結局、フィル・コリンズを迎えて再結成のレッド・ツェッペリンはじめ、ロック史上屈指の大イベントは何も目にすることはできなかった。まだビデオは持っていなかった。
放っておくこともできないので、駅前のいかり亭に3人で飲みに行った。こんなこともやはり一生でこれ一度きりだ。母は漬物とか普段家で食べるのと変わらない細々としたものを食べていたように思う。
夜中なのに多くの酔客で賑わういかり亭を見回し、「何でこんなに人がいるん。東京の人はいつ寝るん」と驚く母。何を話したかはよく憶えていないが暑いから扇風機がほしいとかいっていたらしく、バイト疲れで酔っ払って寝て起きた枕もとに、早起きの中年夫婦によって買って来られた扇風機の箱がある。
考えてみると母からもらった最後のものだったかも知れないその扇風機は、それはそれでうれしく何年も大事に使った。

そして母の死から1ヶ月経たない10月16日。長男は神宮球場で、記憶の中で初めてになる阪神優勝にバカ騒ぎしていた。バース、掛布、岡田のクリーンアップが強力だった21年ぶりの優勝だ。
それから20年経った現在、偶然かどうかわれらがタイガースは今週中にも2年ぶりの優勝を決めようとしている。

塾の若い者どもと親の話などしていると、ふと母の話になることもある。そんな時は、「生きているうちに孝行しておいた方がいい」などとありふれたことをいうしかないが、同時に「だけど、生きてるオヤジに孝行してるってわけでもないから、生きてても生きてなくても孝行しないことには変わらないかもな」と付け加えることが多い。
今年の9月22日も、四国にいる姉は不参加ながら弟と日付変わって深夜の墓参りに行った。いつも好きだった餅か塩辛のどちらかを持って行くのだが、20年目の今年は特別に両方にしておいた。
それより前の昼間には、まったく偶然のこんなこと。一冊の本を探して部屋の中をかきまわしていたら、ねこのやつらが本棚の上を走り回って置いてあった箱を落とした。すっかり忘れていたその箱から、学生の時に母が買っておいてくれた安物のスウェットの上下が。下宿に誰かが泊まりに来た時によく着用されていた青いスウェットに、やはり裁縫もへただった母のつたない糸づかいで長男の名前が刺繍というにも気が引ける粗っぽいカタカナで描かれているのを本当に久しぶりに、けれども懐かしいというわけではなく見た。
20年前なんてほんのちょっと前、ならば20年後もあっという間のすぐ。
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『ランドマーク』~完璧と構造で描く破綻と崩壊

2005-09-21 23:59:32 | 読書
今日は本。『プレイタイム』と順番が前後しました。

吉田修一著 講談社 ブックオフで購入 9月7日読了

【introduction】
吉田氏の作品は芥川賞の『パークライフ』以来。大宮に建設中のスパイラルビルの建築家と鉄筋作業員、2人の生活を交互に描き、ビル同様にねじれていくイメージがクライマックスに向って静かに、けれども激しく突き進みます。帯で村上龍氏絶賛。

【review】
この作家は、ものすごく嘘が嫌いなのだと思う。
嫌いというより許せない。『パークライフ』もそうだったが、一見静かで何も起こらないような物語は、嘘っぽく見えること、大仰に見えることをできるだけ回避しながら、細心の注意を払って描かれた緻密な工芸品のような印象がある。華美になることを恐れつつ凡庸になるでもない、ぎりぎりのところで立ち止まる誇り高さとでもいおうか。
だからその作品を読んだ時、本作のスパイラルビルなどの奇跡的な構造を持った建築物、凝りに凝った構成とコード進行の名曲、よくできたからくり人形のように、「はーっ、よくできてる」というのがまず感じられることで、おもしろいかどうかはその次、というのが正直なところ。映画ならポール・トーマス・アンダーソンなどのように、異様にうまいのだけれど、そのうまさというのは何のためだろうと思ってしまう。
本作にしても、貞操帯のカギをビルに埋めるというわけがわからないからこそ納得できる卓抜したアイディア、鉄筋工と恋人やその母親、同僚との会話の大事さとどうでもよさが心地よい按配に交差するリアリティなど唸らせられる部分は多い。だがどうしても、それだけという気がしてしまうのだ。
完璧と構造で描く破綻と崩壊。そうなのかも知れないが、私にはそれが切実さとして伝わって来ない。
とはいえ、この作家の美点は現代日本文学に貴重。また別の作品を読んでみたい。
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『プレイタイム』~仏映画史上最高の製作費で描かれた“不思議なほのぼの”

2005-09-20 21:56:26 | 映画
今日は映画。やっと9月の分に入りました。

ジャック・タチ監督 1967年フランス 125m. NHK-BSで収録 9月8日観

【introduction】
『ぼくの叔父さん』のジャック・タチが当時フランス映画史上最高の製作費をかけてつくられた70ミリ大作コメディ。
ストーリーを紹介するのは難しいですが、タチ映画でおなじみのユロ氏が大都会パリに出て来てあちこちで騒動を起こす、といったところでしょう。
帽子とパイプ、ステンカラーコートでほとんどしゃべらずにおかしなことをするユロ氏は、ドリフのカトちゃんもコピーしていたほどのキャラクター。『ぼくの叔父さん』でも繰り広げた近代化風刺も鮮やかです。
ただタチ作品未見の方は、親しみやすい『ぼくの叔父さん』からみた方がより楽しめるかも知れません。

【review】
タチ作品は数本みたが、彼が万人受けするコメディアンとは私には思えない。
手許にある『映画監督ベスト101』でも郡淳一郎さんが「バスター・キートンのフランス版的キャラクター」と書いているが、セットに重きを置くという共通点はあっても、キートンやチャップリンのわかりやすさに比べ、笑いの質が少し高度に過ぎるように思う。
たとえば本作では、花屋で写真を撮るシーンはわかりやすいにしても、窓のシーンをみて大笑いする人が何人いるだろうか。実際にみせたことはなかったが、キートンをみて笑った祖父もタチ映画では笑わなかったろう。
だが、私にとってタチ作品が退屈かというとまったく逆。彼の映画でしか味わえない幸福な感覚に、いつもにこにこさせられてしまっている。
その幸福な感覚とは、言い換えれば「ほのぼのとした懐かしさ」。しかも時代を超越した個性があるから、いつまでも浮いたまま古びない。ンチャンチャンチャンチャ、ビー、ビービー……という独特な音楽の中、すべてのものが奇妙で浮世離れしたスピードで動いていく。
私の世代でいえば、宮脇康之のケンちゃんシリーズとか、コメディタッチでのウルトラマン、ウルトラQを思い出すような。最近みた映画では70年の湯浅憲明『ボクは五才』という日本映画も同じような感じだったから、この時代特有の映像のにおいのようなものかも知れない。
だが、動く絵画といえる不思議なカットは唯一無比。『トラフィック』でもあった特有の動きをする自動車の群れは、今回はメリーゴーランドを再現してくれた。ガラスに映るパリの街も魅力的だ。
こうしたタチ映画の特質そのまま、多額の費用と1年という長期間を使ってつくられているのだから興味は尽きない。オープニングの驚くようなポリリズムから始まって、クライマックスのレストランのあくまでタチ風のスペクタクル、大団円のラストまでびっくりしたりにこにこしたりする2時間ちょっとはあっという間だ。ただし、大笑いは期待できないが。すぐれた表現に欠かせない「破綻」ということでいえば、本作の場合もともと無理があるともいえる構造の映画なので、完璧だからこその破綻がある。
それにしても、巨費を投じて戦争映画や史実でなく、こういう映画をつくる60年代のフランスには恐れ入る限り。
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余裕の一週間。たれ目のびのび、新こねこ活発化

2005-09-19 19:29:18 | 週間日記
先週の日記です。

12日(月)昼、仕事先の留守番。原稿進むが、深夜までやって力尽きる
13日(火)起きて原稿、昼頃完了。シャワー後、バルサ:マジョルカ。ねこニュースとしては、ずっと外ねこ状態だったオディールが久しぶりに室内に来たので大いに歓迎
14日(水)マンチェスターダービー後半、自宅映画『きれいなおかあさん』。夜、同級生M君宅で炭火さんま。話題は選挙、子育て、セブンなど
15日(木)昨夜はそのまま寝。起きてシャワーでCD"Surfacing" Sarah McLachlan~ずいぶん前に録画したライブ8、やっぱりU2はいい。いったん眠って自宅映画『さすらいのカウボーイ』と優雅で怠惰で楽しい一日。巨人:阪神、桧山の特大HRにのけぞる
16日(金)引き続きそのまま寝。起きてシャワーでライブ8。その後自宅映画『やかまし村の子どもたち』。夜、またライブ8
17日(土)午後は撮影。夜、塾にOBのT君登場で競馬の話。早く入浴し、小津『お茶漬けの味』半分ほどで寝る
18日(日)午後は競馬、1R的中するがマイナス。04-05のPO馬エアメサイヤ重賞勝ちはうれしい。祖父の墓参りに行って夜、同級生のM君、その知人のSさんと宮崎地鶏、食の話多。帰りラーメンの後、自転車で帰りそのまま寝、明け方起きてA・マドリー:バルサ前半で再び寝

余裕の一週間で、映画もみられた。ねこはたれ目カラーつけたままで一緒の時間増えるが、外には身を乗り出しつつも出ていく勇気はないらしい。夏こねこはキャネットも食べ始めると同時にウンチもしだしトイレのほか時々か細い地雷も設置。たれ目のカラーも取りたいが、人間の方もなかなか決心つかず。よし今週は取ろうなたれ目

(写真は出入口からほぼ全身を出しつつ意気地がないたれ目)
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ファジー洗濯機とナスの苗/信仰と科学~祖父の一周忌の一五夜に

2005-09-18 17:53:55 | 身のまわり
18日は昨年私の膝の上で息を引き取った祖父の命日です。生きていれば今月の29日で百歳でした。法事は先週でしたが、一周忌にちなんでその4年前に祖父より一足先に92歳でこの世を去った祖母の思い出とともに考えたことを。

数ヶ月前のある朝。洗濯物を干しに行ったら、父がスイッチを入れた洗濯機が途中で止まっていた。
「これ、ふたが開けっぱなしだと勝手に異常だと思って電源が切れちゃうんだよ」「そうか」。まぬけだが、考察~仮説と進む極度に初歩の“科学的”な父子の会話だ。
その時生前家族の洗濯物を洗ったり干したりしていた祖母が、10年ちょっと前にこのファジー洗濯機が来た時にいっていたことを思い出した。
「これ押したら、絶対ふた開けちゃだめなんだって」。今までで最大の洗濯機を持って来た電気屋の言葉を、おかみの言葉であるかのように大事に守り続けた祖母。「1時間ぐらいぐるぐる回ってるんだよ」と止まるのをじっと待ってから楽しそうに洗濯物干しを始める祖母にとって、絶対開けちゃいけないふたは、疑いようもなく絶対開けちゃいけないものだった。

今から2年前の春。その年の冬まではねぎをつくっていたもののだんだん動かなくなっていた祖父に、「そろそろナスとかキュウリとか植えなくちゃだめだよ」といって種屋で苗を買い、もう穴は掘れなかった祖父の代わりにスコップで穴を掘った。
「このへんでいいんかい」ときくと、「もっとつめんだよ」と祖父。「昔っからねえ、葉っぱで地面が見えなくなるくらいに植える、っていったんだよ」といいながらこれまた楽しそうにナスの苗を穴に埋め、そうするのが当たり前のことのようにわらで苗を覆う。確かこのナスやキュウリは、死んだ時近所の人に“百姓の神様”といわれた祖父の最後の作物になった。

科学的に考えるのが当たり前になった私たちは、ふたが開いたままだとセンサーが働いて洗濯機が止まるのだろうとか、狭い耕地をいっぱいに使わなければならない昔ならいざ知らず、広い場所があるのだから十分隙間を取って植えた方が栄養が行き渡るとか考えるが普通だ、
宗教学者、山折哲雄が、「考えるとは疑うこと」「信仰の言葉と科学の言葉は違う」と書いていたのをよく憶えている。祖父や祖母にとって日々に行うことは、どうしてというものでなく、こうするべきというものであり、いいかえればそれは信仰といっていいだろう。
まだ二人とも丈夫だったある秋の日、骨折して入院していた祖母のところに祖父を連れていく途中、傾きかけた陽を見て祖父に「ずいぶん、日が短くなったね」というと、「んーっ」と目をつぶってよく考えた後でこういった。「んーっ、太陽が地球の回りを回ってるんじゃなく、地球が太陽の回りまわってるんだんべな」。んーっ、「そーだよ」といった後思わず笑ってしまったが、尋常高等小学校では「アマテラスオオミカミ」しか勉強しなかっただろう祖父は、どこでおそわったか地動説を知っていた。
中途半端に賢い私たちは、たとえば先週の衆院選。今回はおもしろいとか、でもおれが投票しても世の中なんか変わんねえよとか勝手なことをいっている。これに対して祖父や祖母は、元気でいる限りは必ず参政権を行使していた。

現在我が家の洗濯物は主に私が干し、畑は73歳の父が耕している。洗濯は効率を考えて2日に1回でいいやとか、こうやって3つのハンガーを回転させると完璧だなどと、畑はこのくらい開けて植えるといいとか石灰が足りないとかいいながら祖父と祖母の仕事は受け継がれて父子は科学的なアプローチでそれをこなしていて、いったん科学にそまった私たちはもう信仰には戻れない。
だが、洗濯物は私が干したものより祖母が干したものの方が、ナスは父がつくったものより祖父がつくったものの方が、少しだけ柔らかく味わい深いように思う。

今日は一五夜。父は祖父がしていたようにすすきを取りに行き、祖母がしていたようにまんじゅうを並べる。
今ではもう確かめるすべはないが、祖父と祖母はなぜ月が満ち欠けするか知らなかっただろう。

(写真は2年前に祖父が隣の家にもらって植えた分け葱。減らないので今も薬味をはじめ活躍中)
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『かげろう』~静かな夏の森と戦時の緊張感のコントラストで描く心の漂い

2005-09-17 00:54:34 | 映画
今日もたまった映画の感想。これで8月にみた分が書ききります。

2003年フランス アンドレ・テシネ監督 95m. 8月11日観 WOWOWにて収録 H015

【introduction】ちょっと苦手なA・テシネ監督作ですが、エマニュエル・ベアールにひかれて観。『8人の女たち』のメイドは異彩を放っていたし、ハリウッドスター目白押しの『デブラ・ウィンガーを探して』でのさすが欧州女優というムード、そして04年のカンヌ審査員席で見せたいい意味で爬虫類的なため息と視線……。今年の8月で30歳、魅力は増すばかりです。
と、大絶賛ですが、ストーリーは第2次世界大戦時に夫を亡くし2人の子どもを連れてパリを逃れた小学校教師オディール(ここにもうちのねこの1頭と同じオディール! =ベアール)が、田舎の青年イヴァン(ガスパール・ウリエル)の手引きで捨て置かれた森の屋敷で奇妙ではあっても安らかな日々を送るというもの。
おもしろかったかどうかといえば、まじめなのはいいのですが、それがよさでなく息苦しさになってしまうテシネ監督作では、今までみた中で一番楽しめました。
フランス南部と思われる田舎風景もこの上ないくらいに美しく、終わってしまいましたが蒸し暑さを忘れたい日本の夏の昼下がりに最適。

【review】戦争という異常な緊張状態での心の寄せ合いということでは、A・ヴェルヌイユ監督、ベルモンド、カトリーヌ・スパークの『ダンケルク』を思い出す。『ダンケルク』では戦場の兵士であるベルモンドがたどり着いた民家の留守を守る少女スパークと思わぬかたちで心通じ合わせてあっけに取られたが、本作での2人の成り行きは途方にくれた美しき人妻と野性の青年という組み合わせは意外性はそれほどでもない。
ただし戦争映画のスタイルをとる『ダンケルク』がいささか大味なドラマの力で時ならぬ恋慕を際立たせていたのと対照的に、本作では信頼と不信の間で揺れる息子、字を読めない青年、彼に教育の必要を説く人妻の心理が絡み合う中で静かにドラマが進んでいく。その過程は丁寧で緊張感に満ち、テシネ監督のいい面がうまく発揮された作品だと思う。
もちろん、ベアールもいうことなし。あれだけ小悪魔的に振舞うことがありながら、本作のような小学校教師のお堅い人妻役をこなせてしまうのは、今回初めて知ったが人権保護活動にも熱心という彼女のまじめさゆえなのだろう。そのお堅い人妻の心の揺れを見事に細分化して描ききった監督の力量は確かだ。
しかしテシネ監督、もう少し余裕のある作品をつくってくれまいか。それだと持ち味がなくなってしまうのかも知れないが。
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『疾走(上・下)』~同年代の大型“物語作家”誕生を称える

2005-09-16 00:55:51 | 読書
9月に入り、読書する時間ができました。やはり読書の秋。

【introduction】
同年生まれの重松氏の作品は数冊読んだだけですが、次回が最終回の毎日新聞連載http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/bebe/shigematsu/ など小説以外の仕事にも敬意を感じています。
12月にSABU監督で映画化もされるという本作は、家庭や学校の身近な出来事を題材にしてきた重松氏が、家庭崩壊や殺人などハードなテーマに挑んだ意欲作です。
読み応え十分。大胆で荒れ狂う物語の力に圧倒され、登場人物たちへの感情移入できたことでは近年まれな作品で、たとえば村上龍著『コインロッカー・ベイビーズ』のキクとハシを思い出します。彼らの運命に終盤ついに涙。つまり極上の読書体験となり、シュウジやエリのことは一生のうち何度も思い出すことになるでしょう。
もう一つ個人的には、この小説はたれ目との隔離生活中に暑い部屋で読んだ本だということ。たれ目の左目と『疾走』、シュウジやエリとはお互いに結びつけられて記憶されます。

【review】
重松氏の書いたもので一番心に残っているのは、実は故・中上健次氏が亡くなった時の毎日新聞での追悼文である。学生時代に中上氏の周辺にいた重松氏が最後の無頼派作家との日々を思い出しながら、中上氏の「おれには書くことがいくらでもある」という言葉に対し、自分は書くに値するだけの事実を持っていないということを、悲しむでもなくただそういう事実だという筆致で記していた。
重松氏の書くものを読んでいて、いつもこの文を思い出す。そしてそれだけに、この人の書くものは信用できると思う。
本作で重松氏が書きたかったのは、『枯木灘』をはじめとする中上氏の紀州路地サーガではあるまいか。そしてバブル崩壊や頻発する少年犯罪、携帯電話といった中上氏死去以降の社会をフィクションの中に投げ入れることによって、中上氏の「書くこと」=路地に迫る切実さを現出することに成功している。そういえば中上氏にも、新聞販売店の少年が主人公の『十九歳の地図』があった。
『疾走』というタイトルにもなった、鬼ケンの軽トラでのドライブはじめ、残酷な世界に対する抵抗の象徴であるエリのランニングの後姿、アカネの生への意志、神父の悲しみ、シュウイチの孤独などが圧倒的な筆致で語られ、干拓地のめまいのするような暑さ、東京の片隅の心も動かなくなる寒さなどが、自分のことのように感じられる。現実的というにはあまりに派手なドラマが続いても、だからといってそれが切実さを失うことにはつながらない。
近年の小説には、“物語”のためにもういいというほどの悲惨な出来事が並べられることが多い。だが、陰惨ないじめ、変態性描写も含めて、本作の場合主人公シュウジの心を描くのにどれも必要だったと思う。
二人称の語りも功奏。SABU監督はあまりいい印象はないが、エリ役の『誰も知らない』が鮮烈だった韓英恵をはじめ映画も楽しみだ。
同い年の大型“物語作家”の誕生を喜びたい。

重松清著 角川文庫 蔦屋にて購入 9月1日読了
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『東京暗黒街・竹の家』~“日本の映像”の謎

2005-09-15 02:25:49 | 映画
たまった映画が続きます。

【introduction】
曲者S・フラーが日本で大々的なロケを行ったシネマスコープ大作で、ヘンな日本描写で国辱的とまでいわれたそうです。
ストーリーは、軍需列車が強盗に遭い、米国捜査官が東京に巣食う闇の組織に潜入するというもの。
「国辱的」といわれればヘンな期待も高まりますが、63年生の私としてはちょっとと思うシーンはあったものの期待外れ。その反面、意外な別の見所は多く楽しめました。

【review】
洋画と日本映画の画面の違いにずっと興味があった。たとえば英語のうまい歌手が歌う日本のバンドの曲も、やっぱり日本人だなと思うのはなぜかというような。
技術的なものなのか、それとも気候・風土によるものか。それは現在、日本、欧州、南米のサッカー中継をみても感じる違いだから、日本を舞台に外国人プレイヤーが出演した日韓W杯などは、ゲームの興味とともにどのような映像になるのかという点でも注目していた。しかし現代の優れたカメラもあり、そう大きな違いは感じられなかったのが正直なところだ。
さて、55年にアメリカ人が日本で撮った本作。冒頭の列車強盗シーンでまず引きつけられたのは、西部劇などとはまったく違う木下恵介作品のような青い山の稜線である。というわけで、画面の違いは風土によるところが大きいのだろうといったんは思った。
何でこんなところに風呂がとか、これは何時代なのかとか、奇妙な感じを抱きながら映画は進み、クライマックスのデパート屋上のアクションシーン。着物姿の女性はじめ日本的なアイテムこそ見えるが、S・フラーらしい大仰な映像でとても日本映画には見えず、映像と風土の関係はさらにわからなくなった。
残念ながら未ビデオ化。

1955アメリカ サミュエル・フラー監督 102m.WOWOWにて収録 8月8日観
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『夜行列車』~おしゃれでサスペンスフルな列車映画の傑作

2005-09-14 02:32:49 | 映画
今日はやはり久々の映画です。たまりがちで、これも1ヶ月以上前にみた作品

【introduction】
『尼僧ヨアンナ』で名前だけ知っているカヴァレロヴィチ監督作をみるのは初めて。イマジカで特集をやっていたのを3本収録し、時間の都合でこれをみたのですが大収穫でした。
『北国の帝王』はじめ列車映画に傑作多。本作も、移動、複数の乗客、密室性などという特性を活かしつつ、まったく知りませんでしたがポーランド・モダンジャズの第一人者というA・トシャコフスキーの音楽などもあって、おしゃれ、サスペンスとも兼ね備えたつまりすばらしい作品に仕上がっています。

【review】
59年といえば、ジャズがイメージをかきたてる『勝手にしやがれ』と同年。50年代の映画をみる楽しみにロック胎動以前の音楽の使い方がある。日本の石原裕次郎作品などでもそうだが、ジャズが後にロックの主要素となる激しさ、シンプルさなどを備えていて、耳が釘づけになることが多い。本作のA・トシャコフスキー編曲によるというスキャットも実に鮮烈だった。このジャズも今の西海岸パンクなどよりずっとロック的だと思う。
そして正体不明の車中の人々。あっと驚く展開があるわけではないが、それがかえってぞくぞくしたサスペンスを産んでいる。
『マイケル・コリンズ』でも話題にしたリアリティの問題。『北国の帝王』で、まさかり、鎖、斧といった身近な小道具があまりに痛そうで余りあるリアリティを醸し出していたように、本作クライマックスでもそこら辺に転がっているあるものが信じがたいほど信じられる大きな効果を上げている。普通人には拳銃で撃たれた痛みさえよくわからないが、包丁で指を切ったことがあれば、柱に頭をぶつけたことがあれば、そこら辺のものの痛みにはリアリティを感じられる。こいつは痛い。
クライマックスシーンの大胆なアングル、そしてエピローグのちっとも開放的でない冷たい感じの夏の海など、ハラハラドキドキはしないが、映画的には新鮮な驚きに満ちた作品。
しかし、DVD未発売、ビデオ廃盤で残念。『尼僧ヨアンナ』も楽しみだ。

1959年ポーランド イェジー・カヴァレロヴィチ監督 100m. シネフィルイマジカにて収録 8月4日観 H013
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幕内弁当的一週、ほっとした月

2005-09-13 01:16:40 | 週間日記
先週日記です。メリハリあり、慌しくも充実の一週間。

5日(月)午後:買い物など、仕事は電話・FAX連絡程度で、夕方と夜読書でゆったり
6日(火)夜:台風の中同級生M君と酒・宮崎地鶏、仕事、若者、政治などの話
7日(水)昼:出仕事、夕方:読書で『ランドマーク』読了。夜、OBのI、パソコン購入のために到来
8日(木)久しぶりに自宅映画『プレイタイム』
9日(金)滋賀・草津に取材出張。みやげ購入時に弟宅(+妻、3歳の娘)用で、この夏アンパンマン・どきんちゃんについてにこにこしながら語り、せみの抜け殻を見つけてうれしそうだった姪が喜びそうな関西限定いちごチョコクランチをつい選んでしまう。なるほどこういうものか
10日(土)仕事でOB、I君兄の結婚式撮影。その友人として別のOB、A君、Y君にもかなりのインターバルで会う。彼らは28になるはずだが、人間の基本の部分は中学生くらいからそうは変わらないもの。夜勤明けのI君は大変そうだったが、会ったことのなかった父上にも会えてよかった。夜、塾にはOBのT君が競馬の話に、別のI君が届いたパソコンを持って登場
11日(日)午前、18日が一周忌の祖父の法事墓参りまで早いもの、投票して午後、撮影の仕事。帰宅後、選挙結果に驚愕。さておき入浴して今期初の生さんまを食べ、昨夜のミドルスブラ:アーセナルをみた後、今週の日曜深夜も『ファイト』5回分。今月いっぱいの『ファイト』は急ぎ過ぎか最近ちょっと粗い

ねこは、たれ目インテグレイト時間増える。1ヶ月のティーこねこキャネット食べ始める。10日のカミーラこねこは引っ越し後、よく出てくる。サッカーは、ウェールズ:イングランド、パラグアイ:アルゼンチン、ミドルスブラ:アーセナルの3ゲーム。日没は少しずつ早く、夕暮れの空気秋めく。空に寝苦しい夏が終わりほっとした月

写真はキャサリンの春こねこ暫定名けむし
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