■マイクロ波聴覚効果説の誇大妄想性
被害者の中にはマイクロ波聴覚効果説を実験した努力がある。しかし、実験当事者は実験結果からマイクロ波聴覚効果説を否定することになってしまった。
そうなったのは、一般人には何も聞こえなかったからだ。
事細かな実験の内容は分からないが、とにかく実験者の考えたようなマイクロ波聴覚効果説に基づいて音源を電磁波に変換してその電磁波を被害者と一般人に分けて照射したらしい。
結果を簡単に言えば、一般人は聞こえなかったが、被害者は聞こえたと。
それで実験者は、被害者が聞こえる点を電磁波過敏症のように想定したようだ。さらに付け加えて電磁波を感じ取れる能力のように位置づけたようだ。
ーーー実験者の実験は、加害組織が実験しているターゲットの様子を観察しながら聴覚コントロールなどをやったために被害者には聞こえただけのことだ。しかし、実験当事者は、マイクロ波聴覚効果説や電磁波の基礎知識や専門家の助言などで結果的には加害組織の電磁波が及ばないところでやっていると思い込んでいたため、実験結果に落胆することになってしまったのだ。
その被害者のブログページ
https://ameblo.jp/benkyokai1/entry-12547885985.html
その被害者の実験は、加害組織の電磁波が実験場に及ばないと決め込んでいたのがわかる。もちろん、そのように決め込めたのはマイクロ波聴覚効果説の言うところの周波数とか電磁波の種類を専門家などの助言を考えて加害組織の電磁波をシールドしたと思い込んでいることを示す。
これは、加害組織の電磁波をマイクロ波聴覚効果説のような考え方でとらえている点が間違っていることだ。
マイクロ波聴覚効果説の要点は、加害組織の電磁波が結果的に被害者の耳にある蝸牛を物理的に振動させる点にある。その物理現象を実験で裏付ければ何か進歩があったと思える。
マイクロ波聴覚効果説の要点は、耳の蝸牛を振動させる物理現象で聞こえると説明していることを忘れている。闇雲に音源を電磁波にしたものが聞こえる点を実験しても、耳の蝸牛が振動する点を実験したことにはならなかったのである。
つまり、マイクロ波聴覚効果説は、耳の蝸牛を振動させる技術論だから耳の蝸牛を電磁波で振動させるのをまず実験で確認しなければならないのである。
耳の蝸牛に伝わる振動を蝸牛が受けてそれで聴覚神経細胞が振動を神経信号にして脳へ送る。
だから、マイクロ波聴覚効果説の要点は、昔行われた動物実験で猫の蝸牛を破壊したものと破壊しないものとを比べて電磁波が耳の蝸牛を振動させるものだと結論したらしいから、音源を電磁波にしたものを聞こえるか聞こえないかではなく、音源を電磁波にしたものが耳の蝸牛を振動させるような振動(何の?どこの?)を確認する実験が最も根本的な物理実験にふさわしいと考えられる。
ということは、マイクロ波聴覚効果説に従えば、耳の蝸牛に伝わる振動を骨伝導マイクで拾えれば、録音も可能ということになりえる。
マイクロ波聴覚効果説の技術的・物理的な要点は、耳の蝸牛の振動になりえる蝸牛以外の体の振動ということであり、その体とは、頭部なのだから、早い話は、頭部の振動を骨伝導マイクで拾えれば、電磁波が聞こえることを証明できるはずである。
マイクロ波聴覚効果説は、電磁波が蝸牛そのものを直に振動させるものとは考えていない。蝸牛の振動の前に頭部の振動が電磁波によって起こると説明しているのである。だから、頭部のその振動をマイクで拾えれば、録音可能ということになる。
果たして・・・空間を伝わる音波が耳に入って蝸牛の振動に至って神経信号に変換されたものと音源を電磁波にした電磁波が蝸牛の振動に至って神経信号にしたものとが、果たして同じように聞こえる現象になるだろうかだ。
その核心部分は、「同じように聞こえるかどうか」だ。
マイクロ波聴覚効果説では、聞こえる声・音の音質はおおよそ無視しているように思われる。それはばかばかしい。なぜなら、私の経験では、加害組織の作り出す声というやつは、身近なところから生の声のように聞こえた。
マイクロ波聴覚効果説に従えば、音源を電磁波にしたものが頭部に照射されてそこで振動が発生することになる。その振動が蝸牛に伝わるから結果的に聞こえるというだけだ。
頭部の頭がい骨や脳の組織などの人体のいろいろな組織の振動波となるとき、果たしていつも聞いている声や音、本物そっくりの声や音の感覚となった神経信号を生み出せるかどうかだが、どう考えても、肉や骨の組織の振動では、空間を伝わって耳に入った時の振動にはならないと思うが。ーーーーーつまり、こもったような音質になると思うが。
しかもマイクロ波聴覚効果説の考え方では、ステレオにはなりえない。つまり、声が聞こえる方向性や距離感などの音質にはならないだろう。
前述の被害者による意欲的な実験は、加害組織の電磁波が及ばないと考えたから実験がターゲット被害者に聞こえるのは加害組織によるものではないと断言したのだが、その断定の根拠もマイクロ波聴覚効果説なのだ。
マイクロ波聴覚効果説を否定した時、それに代わるものがなくなった。
実験がマイクロ波聴覚効果説の否定だけに過ぎないと考えるならば、それは物理現象を甘く考えている。
マイクロ波聴覚効果説を否定することになったということはどういうことか?
それは音源を電磁波に変換したものが照射されてそれで蝸牛の振動になるから聞こえると考える点が否定されなければならないところでその被害者は、「電磁波を聞く」能力があるということで実際にはマイクロ波聴覚効果説を否定していなかったわけである。
なぜなら、聞こえるのは、蝸牛が振動したことだと考えているからである。その点は、マイクロ波聴覚効果説の要点なのである。
聞こえるという感覚は真実である点は私と同様だが、そこから先が分かれ道となっている。
私の場合は、物理的に外的なものがないのにその感覚が生じて認識したところからその感覚の元となる物理現象を否定して別の物理現象で説明している。その説明が遠隔テクノロジー説である。
臭いの感覚を加害組織に作られた時、その臭いのもととなる物理的な存在を否定してその臭いの感覚を真実としながら、電磁波のようなもので神経細胞を刺激して神経信号を出させてそれで臭いの感覚を感じ取ったと結論した。
遠隔テクノロジー説がなぜ電磁波のようなものとか電磁波と言っているかは、音波では説明できないし、ある場所から別の場所に伝わるもので言えば、電磁波が最も適していると考えているからである。
電磁波なら、地球上のある一点から世界にネットワークを構築できる。それに電磁波なら何となく神経細胞とか神経信号の電気に通じていると直感するところもあるのだ。
加害組織の技術の具体的な中身は知るわけがないが、少なくとも私が経験した状況から言えることは、感覚の元となる物理現象が存在しないにもかかわらず、その感覚を感じ取れるのは、その感覚を感じ取るその中身に、仕組みに加害組織の技術が存在し、したがってまた加害組織の技術による物理現象があるのだと結論したのである。
加害による物理現象がどこにあるのかの見極めがマイクロ波聴覚効果説のようなものでも超音波説でも、聴覚なら蝸牛の振動であると漠然とした感じでとらえているところに被害妄想を強化する誇大妄想の性質が隠れているのである。
被害者の中には、「あの音」「あの声」が『本物だから』身近なところから発せられたと考える被害者が多いが、その考えは、物理現象としては耳の蝸牛の振動に他ならないと考えていることなのである。
とはいえ、蝸牛の振動として考えるほうが、取り込んだ被害妄想上の加害相手や加害技術によくなじむのだ。身近に加害者がいるとかネットに加害者がいるなどと妄想する被害者では、蝸牛振動論のマイクロ波聴覚効果説を取り込むほうが自分の判断によくなじむのだ。
今回は、糞暑い中、急いで書き上げたものである。マイクロ波聴覚効果説を巡っての一端を取り上げた。
何はともあれ、ターゲットにされたらよろしく!
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遠隔テクノロジーの技術考察 No2
≪ターゲット被害者ネズキンのブログから抜き出せる加害手法≫
前回の記事では、加害によってターゲット被害者が加害をどのように理解するのかを「普通の物理現象」と「普通の物理現象ではありえない物理現象になる」ことの違いを述べた。
ターゲット被害者ネズキンの被害経験は、加害組織がネズキンに対して聴覚神経への刺激とコントロールで幻聴を作り出し、その幻聴を聞き取ってネズキンが自分の身の回りの状況を理解をしたことである。
最初の幻聴生成は、毎朝の犬の散歩のときの犬の鳴き声だった。それで1か月くらいでネズキンは近所の住人相手に直接文句=「注意」した。
毎朝の犬の鳴き声は、最初の鳴き声は本物だと考えていい。その鳴き声はネズキンの耳の蝸牛で神経信号に変換され、脳へ届いて精神的に好ましくないものとして理解し、隣近所の犬の鳴き声だと理解し、隣近所の住人だと理解しつつ、近所の飼い主に文句を言う前の段階で「文句を言うべき事柄」だと理解して「注意」した。
次の鳴き声は、夜中の12時の犬の鳴き声が1回だった。これも加害組織がネズキンの頭脳に幻聴生成したものである。もととなった犬の鳴き声は、もともとネズキンが聞いたことのあるものだと推定できる。
犬の鳴き声は、音波として空気中を伝わり、ネズキンの耳の蝸牛を振動させ、蝸牛につながる聴覚神経細胞が神経信号に変換して脳へ送り、ネズキンの頭脳で解釈する。
加害組織の技術は、ネズキンの聴覚神経の神経信号を正確に読み取れる。
その技術で加害組織は、ネズキンの頭脳に犬の鳴き声として認識可能な神経信号を脳神経内の特定の神経細胞を刺激・コントロールして生成し、ネズキンはそれで犬の鳴き声の聴覚を感じ取る。
さらに加害組織の加害方法は、ネズキンが夜中の犬の鳴き声にどのような理解を示すか、おおよその想定内の反応を起こした。つまり、ネズキンが以前隣に犬の鳴き声のことで注意したことへの逆恨みとして理解するように「意識誘導」を行ったことを示す。
最初の朝の時点の犬の鳴き声が、文句を言うくらいのストレスとなるように幻聴の犬の鳴き声を生成し、隣に文句を言う性格のためにーーー我慢をずっと続ける性格ではないという意味ーーーその性格の意識を誘導したことを示す。
次の意識誘導は、夜中の12時の犬の鳴き声を幻聴として聞かせることだった。
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[2014/04/08 Tue]
「・・・今度は夜の12時に犬を1回だけ大きな声で‘わん‘と鳴かせるようになり、また風呂やトイレに入っているときに、うるさく鳴かせるようになって、さらにわけの分からない声や音をこちらに送ってくるようになったのだ。」
最初の朝の時点の加害方法は、単純な幻聴の繰り返しだったと考えていい。
近隣に文句を言った後に今度は、まるで自分が監視されているかのような錯覚さえも感じ取れるような犬の鳴き声がタイミングよく聞こえるようになった。
ネズキンがブログ記事にどうして聞こえるときの場所を書いているかといえば、タイミングがいい=自分の居所が相手に筒抜けのようなタイミングを感じ取っていたためだ。
タイミングのいい聞こえ方に着目しているのは、不審な点がネズキンの頭脳にも感じ取れたからである。そして、そのようにネズキンを意識誘導したのが加害組織だ。
そこでネズキンは、以前隣に注意した時の隣の逆恨みのように意識したが、その意識もまたネズキンの性格を事前に把握していた加害組織の意識誘導の結果である。
そうやって加害組織は徐々にネズキンを行動に駆り立てるように意識誘導する。
ネズキンの行動そのものを起こそうとする意識は、もちろん加害方法としての意識誘導の結果である。そして、ネズキンの行動は、ネズキンの決心による行動であり、自覚的な行動である。
加害組織は、身体や心を操るものではない。そう考えるのは、行動して迷惑をかけた後の被害者が、言い訳がましいものの考え方で言っているだけのことだ。
加害組織が操るとしたら、ターゲット被害者の性格に合わせて意識誘導することであり、その意識の方向性は、性格の悪い面に向かうような意識である。
≪意識誘導による行動の間接的な誘導≫
結果は、ネズキンが隣近所の仕業なのを証拠として出す行動になった。
ところが、ネズキンの証拠と思える声は、音響研究所に調べてもらってもなかった。
ネズキンが証拠として考えていた声は、隣近所の男の声であり、録音したものからネズキンが確認したものである。
ところが、音響研究所の結果は、男の声はなかった。
男の声をブログ記事に書いたのは、明らかに、ネズキンが録音したものから聞き取ったことを示す。
どうして音響研究所に録音を持ち込んだのか言えば、それが決め手だとネズキンが考え、ネズキンが事前に確認をとったからであり、その確認を隣近所に求めた時に隣は自分の声なのかどうか判断できないから証拠ではないと言われてそれで声紋が一致すればいいと考えてのことか、ネズキンを含めて録音に男の声が聞こえなかったかのどちらかになる。
音響研究所に持ち込んで証拠にしたかった理由は何なのかだ。---相手に録音を確認させて自分は聞こえるが相手は聞こえない場合と自分を含めてその場の確認ができない場合がありうる。---音響研究所で声紋が一致したとしても、相手が聞こえていないなら認めないし、相手が聞こえているならネズキンの経験はごく一般的な問題であって、ターゲットにされた限りの出来事にはならない。
私はそれを、ネズキンが近隣との話し合いで録音を近隣にも聞かせて、動かぬ証拠にしたかったが、ネズキン本人も含めて男の声は聞こえなかったと勘繰っている。
近所が自分の声なのかどうかわからないが男の声が聞こえたのか、それとも聞こえなかったのかについては、ネズキンのブログ記事には書いていないが、録音していて相手にそれを確認させないなら、音響研究所に持ち込むのはありえないと考える。
ネズキンのブログには次の記述がある。
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[2014/04/08 Tue]
「私は母親と二人暮らしをしているが母には聞こえないようで私だけに聞こえているようだった。(そのときは指向性のスピーカーで私に向けて発しているかと思ってたが・・・」
それが決め手になるーーーターゲットにされているし、物理現象としてはありえないはずだ。自分だけに聞こえるなら、音響研究所に持ち込んでも同じだからだ。ーーーただ、ネズキンは自分だけに聞こえるものでも音響研究所なら聞こえるに相当するものがあると思い込んだか?
加害組織は、加害しながらターゲット被害者に対して意識誘導を盛んに行う。
ターゲット被害者が加害されながら理解するものは、加害組織の意識誘導に一致するのがほとんどである。
誰が何のために、なぜ加害するのか、その理解は、被害妄想の骨組みとなる。
ターゲット被害者が加害されながら理解するのは、まさに加害組織の意識誘導に一致したもの、すなわち、被害妄想である。
加害組織は、ターゲット被害者を加害しながら被害妄想としての理解を盛んに意識させる。それでターゲット被害者は、被害妄想を取り込む。
被害妄想が強固なのは、実体験での理解だからであり、自覚意識に基づく理解だからである。そこを頓珍漢に妄想しているのが、マホロバなどの五感通信=生体間通信の被害妄想である。
≪加害による被害妄想の裏付け作業≫
ターゲット被害者が加害されながら加害や状況を理解するが、それだけでは不十分。そこで加害組織はターゲット被害者に行動を間接的に誘導する。
被害者が行動を加害に対して起こすことだから、加害が身近な近隣の仕業だと理解したら、ネズキンの性格のようにその相手に行動を起こすような加害を行う。
1回目は、近所に「注意」。
2回目は、町内会長仲介で近所と話し合い・口論。
3回目は、録音の検査で音響研究所に。
4回目は、録音検査の後の突発的な行動ーーー近所に文句ーーー警察沙汰
以上のようにそれぞれのときの行動には、加害組織も加害した。加害方法は、どれも幻聴生成である。
それでネズキンは加害を隣の仕業だと理解し、被害妄想を取り込んだ。
さらに隣に行動を起こすことでネズキンの加害相手を理解するレベルは、現実的になった。ネズキンが行動前は、ネズキンの一方的な自身の意識に過ぎなかった加害の理解は、相手だと妄想した相手に対する行動で現実的な状況を作り上げた。
そのようにターゲット被害者が被害妄想上の相手に行動を起こすことでそのターゲット被害者の状況の理解は、現実的な特徴を帯びることになったのである。
1回目ーーー相手は謝った。
2回目ーーー相手は否定した。それで3回目の行動のきっかけとなった。
3回目ーーー自分の耳を疑わず、検査結果の受け入れと、なおも続く被害妄想状態
4回目ーーー感情的になって隣に激怒を表し、警察からでっちあげと同じことを言われた
加害方法は、ターゲット被害者の行動を間接的に誘導する。
行動を起こさせる意識誘導は、その被害者の性格を利用する。・・・・我慢を続ける性格の人なら、ネズキンのような加害方法は使えない。あるいは、聞こえる声に不審な点を見出す場合も同様。
聞こえる声に不審な点を見出す・・・私の経験では、テレビの出演者が私に語りかけたように聞こえた時に何かおかしな点があると気付いたものの、それは聞こえ方が何かおかしかったためだが、具体的にどんな点がおかしかったのかは、記憶にない。そのためか、テレビからの語りかけは、3回でそれ以降なかった。
加害方法として自分の経験から単純に言ったら、加害組織は3回くらいは試すかもしれないことだ。
話を戻せば、ネズキンに行動を間接誘導した加害方法は、ネズキンの加害に対する理解を現実的に裏付けることになった。それでネズキンは、部屋の中の空間から聞こえたパチパチ音も同様に近所の仕業だと理解することになった点で加害による裏付け方法は、効果絶大だとわかるだろう。
私のような被害タイプでも現実に裏付ける方法が行われたが、行動の間接的な誘導は、まず、現状の状況理解を何度も何度も私に言い聞かせる方法がとられた。その理解が中途半端なために、不信感を抱きながらも加害組織の指示に従った。だが、行動して現実から裏付けられる出来事にはならなかった。だから、「何だったのだ?」の疑問、声の相手に対する疑念になった。
声の相手に対して疑念や疑問が残っていても、以前として最初のころに取り込んだ被害妄想は、何とか生き続けていたために、半信半疑ながらも、加害にある程度の恐怖を感じていたし、指示に従ったりもした。やがて3月末になると吹っ切ってしまった。それで被害妄想から片足を抜くことはできたものの、まだまだ被害妄想は残っていた。私が取り込んだ被害妄想を完全に取り除けたのは、ずっと後のことだった。
≪被害妄想に更なる妄想の取り込み≫
被害妄想を取り込んだ以降、行動誘導が間接的に行われ、それで現実的に現実を理解する時にも被害妄想が意識面で作用することになる。
そのため、被害妄想を取り込んでしまうと日常のすべての意識面に被害妄想が作用することになる。
被害者の能動的な意識は、インターネット環境があれば、ネットで調べたりして「知識」を吸収する。たいていは自分の被害状況と似ている被害者のブログなどに行き当たるから、そこで知識を得ることになる。
ネットからの知識の取り込みもまた被害妄想が根底にあるからである。
私の経験では、小池誠ことパテントコムのブログに突き当たったが、得られたものは少なく、自分の状況を説明するには不十分だった。
ネズキンのような被害タイプの被害者はブログ数としても多い傾向だし、被害内容が似たり寄ったりだ。そこで創価学会や警察、はてまた世界秘密結社がらみの知識を得て、加害相手の組織性を理解する。
さらにネズキンの例を出すまでもなく、他の被害者に対して偽被害者などのレッテルを貼るような妄想も取り込むことになる。
偽被害者というのは、被害妄想に含まれている。被害妄想は、加害が身近な何の変哲もない近隣や名前も知らない不特定多数の人間のように妄想しているため、もともとインターネットにも加害者がいると妄想しやすい。
集団ストーカータイプは、身近な人間を加害者だと妄想する。現実に行動を起こす中で被害者は自分の加害に対する理解に裏付けを行うのである。
インターネットにも加害者がいると妄想するのは、すでにその妄想をブログに書いてある物を知識として理解し、さらに加害と思われるようなネットでの出来事を経験しているから新たに取り込む妄想になる。
インターネットでの加害者という妄想の原因は、そのターゲット被害者がインターネット、パソコンについて知識に乏しいため、ネットでの経験に的確な判断が最初からないためである。
例として出すなら、ターゲット被害者「パープー女kuma」だろう。そのkuma、ある時ブログ記事にどこかのサイトを閲覧しようとアクセスしたら画面が真っ白だと訴え、それを加害による仕業だと妄想していたため、私がコメントにそうじゃない、そんなものは妄想だと言ってやったのだが、ターゲット被害者がネットに加害者がいると妄想する原因の一つにネットでの出来事をまともに理解できないのがある。
ただ、パープー女kumaの実例には、ブログで加害相手からの語りにインターネットにも仲間がいるようなことを読んだことがないが、おそらく、加害組織はいろいろな語りにインターネットも障害を与えることはできると豪語していたのを聞いていたものと考えられる。
そのように、テクノロジータイプのようなありえない物理現象の声をよく聞かされている被害者が、加害組織の語りを本当のことのように理解してしまうのは珍しいことではないのだ。場合によっては、加害組織の秘密のような語りを本気で信じ込んでしまう場合もある。
だが、そんなに簡単に信じ込んでしまうのは、テクノロジー系の加害方法を使ったからだ。
私の被害初期に、目の前のテーブルが見るたびに動いているのを見た。だが、何度か見ているうちに動いているように見えるだけだと理解した。それはテーブルを支える脚が、床をこする音がなかったからだ。だがしかし、テーブルは動いて見えるのだ。
わけがわからずテクノロジー系の神経刺激・コントロールを受ければ、加害組織は何でもできるかのように、現実に存在する物体にも何か作用できるパワーがあるかのように妄想することにも通じる。
加害方法は、基本的な被害妄想を意識的に誘導した後、ターゲットに行動を起こさせ、現実のこととして理解を深めさせ、さらにほかの加害方法で何でもできるかのような理解をターゲットに意識させる。
そうやって、加害組織は被害妄想にさらに妄想を積み重ねるように加害する。
ネズキンの実例では、近所だけではなく、音響研究所に行く際にもおかしなことをブログ記事に書いているのは、加害相手は近所だけではないことを加害組織の意識誘導によって理解したと考えていい。
被害者になるまでの経緯
http://ssskkkooo.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
[2014/04/08 Tue]
「解析結果を受け取りに研究所まで行こうとした道すがら妙な事が起こった。・・・研究所の最寄駅を降りて歩いていたが、ふと、つけられているような気がした・・・前方から携帯で話しながら歩いてくる若い奴・・・そいつもUターンして元の道に戻ろうとしたのだ。しかし私が見ているのに気がついても平然を装っていたがどことなくギコチない態度であった。どうやら尾行されていたようだ。その時初めて私は何か大きな犯罪に巻き込まれたということを悟ったのだった。」
そのケースでは、加害方法としてどんな方法なのかは定かではないが、直感的な「意識生成」をやっていた可能性があるだけだ。
私の経験ではよくあったのが、腹立たしい感情的な意識を生成されることだったが、よほど注意していないとわからないもので、たいていは腹立たしくない精神状態の中でやられたので何か変な感じだったのが多い。
加害方法の中で感情的な疑念などは、身体的な感覚の生成で可能なものはある。例えば、手に汗を感じるだけでなく、実際に手が湿ったりしたり、心臓の鼓動を感じたり、などだ。あるいは、茫然とした時の精神状態のときの体ががくがくするような感覚もある。おそらくどれも加害方法として可能なものだろう。加害組織の技術は、人体の神経細胞レベルで特定の感覚を自在に生成できることだ。目にしみる感覚を生成されて涙を出されたこともある。
そのように、特定神経細胞に刺激を作り出し、物理的な体の変化までも可能とする場合は、神経細胞の活動が、心臓やほかの臓器、あるいは顔の皮膚にも影響するように、加害組織の技術を神経細胞レベルのモニターと刺激・コントロールだと考える遠隔テクノロジー説では、当然可能と考えるしかない。
ネズキンが見知らぬ人間を含めて簡単に被害妄想を取り込んだことは、上記の引用が示している。ただ、それ以外の時にもちょくちょくあったと考えられるが。
加害組織はターゲットに妄想を重ね履きさせるように加害によって誘導するが、ターゲット被害者としては、すべての加害を認識するものではない。これは注意してもわからない場合もありうると考えたほうがいい。
時には、加害方法には、記憶の刷り込みのような手法もあるが、すり込まれた実感はなかった経験がある。思い出すと画像とともに見えるような感覚があるのだ。だが、それをどうして思い出せたのかまでは分からない。
人工夢といわれるものの中にも、記憶の刷り込み方法がある。寝起きの時にその記憶が残っていて、行動を起こそうとするが、なぜそれを気にしたのかわからない。変だなと思ったら、加害組織の加害方法を思い出し、「やったんだな」とわかればいいが、人工夢の類は、自分の部屋に何者かが侵入されたような記憶も埋め込める場合もあるといえるからターゲット被害者なら一呼吸おいて、冷静に状況を自分を含めてよく観察するしかない。
もっとも、すべてが加害によるものだと言い切っても疑念が残ることもあるし、区分けできない加害方法もあるのは仕方のないことなのだが、それも加害組織の技術が神経レベルの刺激・コントロール方法だからである。
例えばネズキンが隣の犬の鳴き声だと認識したのが、犬の鳴き声に方向性や距離感などの感覚認識が可能なものだと推定できるのである。ではどうして加害組織の幻聴は方向性と距離感、あるいは本物と区別できない点があるのか言えば、人の感覚認識は、脳にやってくる外界からの刺激をすべて神経信号に変換したもので認識するからであり、結果的には加害組織の技術は、その神経信号を自在に生成できるからである。
むろん、加害組織が幻聴を具体的に生成する仕組みまでは私にはわからないが、少なくとも、ある周辺環境音の方向から聞こえるような場合は、リアルタイムで聞き取っている音源の神経信号変換過程を利用している可能性がある。その場合の加害組織の声には、例えば水のシンクに落ちるときの音から声が聞こえるような場合である。
察しのいい私の読者なら、音源を神経信号に変換している過程に加害組織が介入できることは、近くの人が自分に話しかけた声を神経信号に変換している過程に介入できることだから、「おはよう」と言ったとしても聞こえる声を「死ねこの」に幻聴生成も可能ということになり、その声の方向性、距離感、声の質感も本物そっくりに聞こえても何ら不思議ではないことになる。
私のような技術説明は、マイクロ波聴覚効果説では説明不能なことである。何よりも、蝸牛を振動させるという基本的な考え方では、声や音の方向性とか、声や音の質感などは、実現不可能だからである。
「音声送信」とは、言葉を聞かせることではない。声を聴かせることであり、音を聞かせることであり、何の声か、何の音か、ターゲットに認識させるために必要な要素を認識させなければならないため、マイクロ波聴覚効果説では加害組織の技術説明には役不足なのである。もっとも、マイクロ波聴覚効果説は、自衛隊犯人説の被害妄想の補強を含んでいるが。それゆえ、被害妄想の砦となりうる被害妄想の形態でもある。
何はともあれ、加害を科学的な見方から理解しなければ、加害組織の術中にはまってしまうだけだ。
ターゲット被害者になったらよろしく!
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遠隔テクノロジーの概要1-10
≪遠隔テクノロジーとは何か≫
遠隔テクノロジーの技術的な概要は、すでに以前の記事で述べてある。
「遠隔テクノロジーの技術的な考察その1」など。2019年10月22日から11月14日までの記事。
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12538156626.html
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12538954218.html
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12541003272.html
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12542483364.html
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12544651163.html
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12545201294.html
述べていることはみんな同じだ。
ここで、簡単に遠隔テクノロジーとは何かを述べるなら以下のように羅列する。
1 遠隔テクノロジーとは、謎の技術。世の中に公表されていない技術。
2 遠隔テクノロジーとは、謎の組織が世界中人の中からターゲットを選び出して「実施」している技術である。
3 遠隔テクノロジーとは、遠隔から特定の人間の特定の神経細胞に対する刺激とコントロールと神経信号の観測を可能とする技術である。
4 ターゲットにされた人は、何らかの被害妄想を取り込んでおり、生活面、仕事面で支障をきたしており、その被害妄想によって正しい状況を認識できないままであること。
5 遠隔テクノロジー技術を使う組織を加害組織と呼ぶが、その加害組織は、遠隔テクノロジー技術をターゲットに使うことによって「加害」を行い、ターゲットはその加害によって意識面や行動面を誘導されながら加害組織の思惑通りの「被害妄想」を意識するようになる。
簡単に言えば上記の羅列どおりである。
それで・・・どういうことが言えるのか?
1 人の心の中のものが全部加害組織に筒抜けになる。
2 ターゲットにされた人だけに遠隔テクノロジー技術が「適用」されるから、自分だけに声が聞こえ、自分だけに身体的な攻撃を受けることになる。
3 加害相手を認識すると加害相手に対して行動を起こすしかなくなる。
4 被害妄想を自ら取り込んでしまうことになり、それで被害者自らが日常の生活面や仕事面に被害範囲を及ばせることになる。
5 いろいろな面での孤立意識、疎外感。
したがって、ターゲットにされれば、自ら取り込んでしまった被害妄想上で日常を意識することになる。これが被害の最大の面になる。
極端に言えば、ターゲットにされて加害相手を認識することで身の回りのすべてが、取り込んでしまった被害妄想上の意識の現れになる。
解決策とは、簡単に言えば、取り込んでしまった被害妄想を自分で取り除くことから始まり、それ以外では、進まないものでも気持ちの持ちよう一つで進んでいるかのように思い込むしかなくなる。例えば、街頭宣伝活動とかビラ配りなどだ。何一つ進んでいなくても、進んでいる面を見出す限りで見つかるだけのことである。
そういうわけで、加害組織の技術とは、ターゲットに対するマインドコントロールも技術的な要素となるのである。逆に言えば、加害組織はターゲット被害者に対してマインドコントロールを必ず行うことである。
加害は必ずターゲットの意識や行動を誘導するような意図と方向性を含んでいる。それについて思い当たる節を思い出してもらうなら、何らかの加害でそれで何らかの行動を起こしたものはないか思い出せばいい。被害者によってはブログに恨み節を書き込んだり、加害の事実を告発する感じでブログに書いたり、あるいは街頭宣伝活動に参加してみたり、被害者の集まりに参加したりするなどの行動である。
こうして遠隔テクノロジーの骨格は、以前から述べているように3つの柱からなる。
1 遠隔からの神経レベルの刺激・コントロール
2 遠隔からの神経信号レベルの観測
3 遠隔からの加害しながらのマインドコントロール
個々の被害者における肉付けは、被害者ごとに異なる。なぜなら、被害者ごとに生活・仕事などの環境が異なるから加害組織もその環境に合わせて加害するからである。したがって、被害者ごとの加害に対する細かな認識は、被害者ごとに微妙に異なることになる。
私が述べている遠隔テクノロジーを理解したとしても、それで被害実感が軽減するわけではない。
しかし、被害妄想を自分で除去しなければ、その被害妄想は、日常のすべての意識面に作用するため、永続的に被害妄想上で日常を意識するまま年を取ることになる。
加害組織のターゲットにされれば、以下のようにされる。
1 ターゲットにされると加害組織の思惑通りの加害相手を認識させられるようになる。
2 ターゲットにされると「加害」を認識する際に「取り違え」のまま認識させられる。
そういうわけで、被害者はお門違いな相手を思い込んだまま日常を過ごすことになる。
被害者がお門違いな相手を思い込まされるのは、加害技術でお門違いな相手を加害者に思い込むような「声」を作り出したり、「音」を作り出せるからだ。あるいは、身近な近所を通りかかった時に「身体感覚攻撃」を作り出せるからだ。
結局のところ、それぞれの被害者が加害されるたびに加害をどのようにとらえるかを、加害組織の思惑通りにとらえていることに尽きる。しかし、当の被害者には「間違いなく相手は●●●だ」と判断するしかない。
つまり、加害組織の技術は被害者をだませるほど精巧に「感覚」を作り出せるのである。
加害組織の技術を生半可なマイクロ波聴覚効果説や超音波説やインプラント説では、加害組織の技術が作り出す感覚を正しくとらえることは不可能である。
なぜなら、それらの定説は、加害技術で起こせる物理現象の場所を人間の感覚器官でとらえるものだと考えているからである。
加害組織の技術が起こしている物理現象の場所は、人間の感覚器官ではなく、脳神経なのだ。そういうわけで、加害組織の技術論でも被害者の定説は取り違えているのである。
根本的な問題は、加害相手の認識で「取り違え」させられることにある。その理由は、加害組織の技術が理解できないからである。いや、理解できるものは正しくないからである。
そういうわけで、加害されれば、被害者から判断できるのは普通の物理現象にしかならないのである。マイクロ波聴覚効果説を担ぎたしても、普通の物理現象として説明するのである。ただし、加害技術の物理現象そのものは、電磁波なのだが。そこのところは、よく考えない被害者ならわからないだろうが。
それゆえ、ターゲット被害者の事実認識は、普通の認識で何の疑問もない。だから、周りからは妄想だと言われるしかないのである。
≪マイクロ波聴覚効果説では被害を理解もできないし説明もできない≫
マイクロ波聴覚効果説に従えば、我々被害者が被害を感じるときの「感覚」は、その感覚器官となる耳の蝸牛の振動で説明し、その振動を起こす加害組織の発信する電磁波によるものだと説明する。だから、結果的には普通の物理現象だが、加害そのものは、電磁波の発信という物理現象を説くことになる。
皮膚感覚の被害でも、その皮膚の物理的な変化を加害組織の発信する電磁波の作用で説明する。
だから、マイクロ波聴覚効果説では、被害者の身近なところから電磁波を照射していると説明する点で被害者の身近な加害相手の判断に都合がいいのである。なぜなら、声が聞こえたり、身体刺激の感覚を感じたりするのは被害者本人だけだから、加害側からすると身近なほうが正確に狙えると思えるからである。
マイクロ波聴覚効果説は、被害者の心理的な効果がある。それは、身近なところから加害していると思い込めるような「取り違え」=被害妄想の補強になりえることである。
被害者がマイクロ波聴覚効果説のような定説を必要とするのは、その手の定説がなければ、自分の被害経験を説明できない状況があったからである。
例えば、騒音を録音して相手にその証拠を提示する場合には、録音チェックで確認できても相手がそれを否定、さらに第三者となる警察も否定すると、録音していないのに録音できたことを相手からでっちあげだと言われてしまう。だから、マイクロ波聴覚効果説のような定説がもっともらしい説明で説明可能だから被害者はマイクロ波聴覚効果説を正しいものと信じ込んで自分の被害を証明しようとするのである。ーーーーとはいえ、被害初期にその手の経験をした被害者では、証拠の証明なんか二度とやらないと思うほど相手を追い詰めるようとしたのに逆に追い詰められてズタボロにされたはずだ。
そういうわけで、ネズキンのような被害者は、私の「自分に対する加害の立証をしたいのだろうと思う」とのコメントに対して「私は自分に対する加害の立証をしたいために書いているのではありません」と素直に私にコメントの返信をくれたのである。
ネズキンも加害相手を追い詰めようとして警察沙汰までにしたが、逆に追い詰められてしまったのである。その経験は、ネズキンだけの経験ではない。加害相手に録音の証拠を作ってまで相手に詰め寄った被害者はほかにもいるし、ことごとく撃沈したのである。
そういうわけで、何故、加害組織の技術が起こす物理現象の場所を何度も何度もブログ記事に書いているのか、察しのいい私の読者なら理解可能だろう。
事の発端は、加害が始まってからにさかのぼる。加害組織は人間精神、人間心理、人間の脳神経にかなり長けた連中だ。その加害組織がどのようにしてターゲット被害者をマインドコントロールするのかをこと細かく追跡するのは、自分の被害経験だけでも至難の業であるから、結果的に、加害に対してどのような考えと行動を起こしたかに注目するだけにとどまるのである。
なお、マイクロ波聴覚効果説だが、マイクロ波聴覚効果を裏付けるような証拠は何もない。そのため、マイクロ波聴覚効果説を提唱する小池誠は、文献を証拠と考え、証拠にふさわしいことを論証するだけで終わるのである。
加害の証拠となる物理現象を観測できないのではないと考えている。マイクロ波聴覚効果説の考え方にある加害組織の電磁波という考え方が間違ったものだからいくら観測しても証拠は取れないと考えている。つまり、バルス変調された電磁波であっても、その周波数ではない場合、観測する機器の能力からして不可能だと考えられる。ーーー最近の小池誠のブログ記事には、超音波説の考え方のような二つのとても高周波の電磁波を使うものだと構想を出しているようだが、ーーー例えば、100Ghzなどのすごく周波数の高いものーーー二つの電磁波の差分となる周波数によるマイクロ波聴覚効果説の説明アイデアは、私のような素人からしてもぞんざいなものの考え方だ。そんなものなら、衛星で使っている電磁波と携帯電話で使っている電磁波の差分がどこにでも生まれることになるから、それで差分周波数による何らかの効果なり影響なりがあるように考えてしまうほど意味のない考え方だろうと思える。
そういうわけでマイクロ波聴覚効果説では、検証を行ったとしてもその正しさは検証しても不可能になるのである。それゆえ、マイクロ波聴覚効果説では、ターゲット被害者の被害を技術的に検証できない定説ということになる。
その定説にしたがって検証を行った被害者のグループの見解が、マイクロ波聴覚効果説を否定する結果と被害は、電磁波過敏症のような特異体質だと結論したこともまたその根拠がマイクロ波聴覚効果説に従ったものゆえに、被害を技術的に検証した見解にはならないのである。なぜなら、マイクロ波聴覚効果説は正しくないと否定したからである。なのにどうして特異体質であることを電磁波過敏症のような考え方で説明したか?
その理由は、電磁波過敏症がある程度認められている考え方だからに過ぎない。それなら、どのくらいの電磁波の強さで電磁波過敏症を起こすのかを検証するのは必然的な検証の方向性となる。
したがって、電磁波過敏症は、人体のどの部分がかかわっているかも検証しなければ意味がないことになりうる。細胞のすべてにおいてなのか、それとも臓器にあるのか、電磁波が人体の何に作用しているのかを検証しなければ、単なるうわさ程度の事柄でしかないことになる。
話が脱線してしまったが、面白かっただろうか?
何はともあれ、ターゲット被害者になったらよろしく!
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遠隔テクノロジーの概要1-9
≪被害妄想にとらわれた状態≫
被害妄想にとらわれた被害者の心理・精神状態とは、加害に対する個人的な見解・考え方・根拠などについて議論を深めることはしない。その心理が働くために被害者間での意見交流・議論は、被害を訴えたい内容をどのような行動で表すのかの一点で被害者間の関係を作るだけとなる。
したがってまた、加害に対する個人的な見解・考え方・根拠などを議論しないようにすることは、「マナー」「通則」「しきたり」「しがらみ」のような暗黙の了解事項となる。
被害妄想にとらわれた被害者というのは、そういう意味で世間離れした風潮を持つような間柄になるしかない。つまり、世間の狭い、視野の狭い、目が節穴のものの見方・考え方しかない人種に見られる傾向がある。その先にあるのは、社会の中で孤立することである。
私のように他の被害者の被害妄想を取り上げ、分析し、被害妄想の根拠となることを批判的に論証することは、被害妄想にとらわれた被害者には「冒涜」のように思われるのは当然の結果となる。
何よりも、被害妄想を取り込んだ場合は、その被害妄想が、加害相手とみなした相手に対する行動の根拠にも通じているため、相手に対する行動上の凌辱・屈辱・冒涜の実感にも直結していることである。すなわち、簡単に言えば、自分でその被害妄想を除去することは、自己否定に等しくなるのだ。
■被害妄想にとらわれる被害者の「深層」心理?
このことの一つの例証としてホットなものがあるので紹介しておく。
ターゲット被害者ネズキンと2020年5月に入ってからその被害者の記事のコメント上でやり取りを行った。
その中で得られたものが上記で示した内容である。すなわち、「悲痛な経験をした被害者にとって」差し障りのあるものを議論しないことを暗黙の了解のように思い込むところが、被害妄想にとらわれる人間精神の心理的な側面の共通性であることである。
こういうことは、ほかの被害者とコメントでもいいから議論することで得られる私の得である。
http://ssskkkooo.blog.fc2.com/blog-entry-270.html
ターゲット被害者ネズキンとのコメントのやり取りについて摘要を載せておく。
私「文中「陰謀論的な視点」をわかったうえで書き述べている点は、どうにかして自分に対する加害の立証をしたいのだろうと思うけど、世間はそれほど甘くないよ。」
ネズキン「私は自分に対する加害の立証をしたいために書いているのではありません・・・同じ披害者のために書いています・・・生体通信の仄めかしなどの事も遠隔通信でやっているという事も分かっています・・・上から目線は止めたほうがいい」
私「上から目線のことだけど、そう思われるのは承知の上だよ。要するに、被害妄想を取り込んだ状態だと言っているだけのこと」
ネズキン「私は披害者の人に、この犯罪の本質を理解してもらい少しでも参考にしてもらって、不安を解消してほしいと思っています。それを、あげつらうのは、他の披害者に対して冒涜です・・・他の披害者の人と険悪になっているのをよく見ますが、なぜ、そんなに攻撃的なのですか?本当の披害者だと仮定して見てみると、全く理解に苦しみます。なぜそんなに性格が捻くれてしまったのでしょう。本当の披害者だったなら、もっと他の披害者の人に敬意をもつべきですね。」
なお、冒涜とは、ウィキペディアの説明で十分だろう。すなわち、「崇高なものや神聖なもの、または大切なものを、貶める行為、または発言をいう。」
すなわち、私のブログ上での内容に対してほかの被害者に対する冒涜だと私に示してくれたターゲット被害者ネズキンは、被害者の「崇高なものや神聖なもの、または大切なもの」を
「貶める行為、または発言」をしたとその頭脳に反応が起こったと考えていい。
すなわち、私のブログがほかの被害者に対してその考えに「嘲る(あざける)/見下す(みくだす)/見くびる(みくびる)/侮る(あなどる)/見下げる(みさげる)/卑しめる(いやしめる)/蔑む(さげすむ)/貶める(おとしめる) 」行為をしたとその頭脳に判断反応が起こったことを示す。
それゆえネズキンは、私に私のブログ記事を「上から目線」だと言ってきたのは、正直な心からの断言だ。
価値観が異なる相手からの言葉がどんなものであれ、その価値観の違いをブログ記事に書いているのは確かである。それについて感情的な反応を示すのは、価値観の違いで感想を述べた程度に過ぎない。問題の根本はそれではない。
被害妄想は、被害者一人一人、何らかの「根拠」がある。実はその根拠、ぐらぐらしていて不安定なのだ。それに自分の被害経験にかかわる「心の奥底に溜め込んだストレス」に密接している部分でもある。しかもその根拠は、「加害相手は誰だ」「加害した証拠は何だ」「なぜ加害するんだ」の被害の訴えにも直結している部分だ。
だから、ターゲットにされれば、お門違いな相手を加害者と思い込んで行動を起こし、他人から「冒涜」を感じるような言葉を浴びせられることになるのである。ここまで言えば、察しのいい人なら、ターゲット被害者ネズキンが私のブログ記事を冒涜といったものとの関係にたどり着くはずだ。
ところが、たいていの被害者は「自分を加害する相手などの根拠」については多くの被害者において明示することはない。
なぜだと思う?そのヒントは、ネズキンが私に「冒涜」だと書いたその意味からでも察するものがあるだろうことだ。
すなわち、「嘲る(あざける)/見下す(みくだす)/見くびる(みくびる)/侮る(あなどる)/見下げる(みさげる)/卑しめる(いやしめる)/蔑む(さげすむ)/貶める(おとしめる) 」に相当する精神ストレス状態に陥った経験が、加害によって起こったことである。しかも他人に対する=加害相手だと思い込んだ相手に対する行動で精神ストレスとなりうる心の状態に陥った経験があることを示すのである。
加害組織がターゲットをどのようにして被害妄想を取り込むように誘導するのかは、簡単に言えば加害でそうするのである。だから、どのような加害をされたのか、それでどのような行動を第三者に対して行ったかを「ほかの被害者に対する冒涜」という言葉にネズキンは私に示したのである。
ターゲット被害者として加害された経験は、加害の証拠にたどり着くのである。
そして、加害の証拠から加害相手に対する行動の起因になるのである。
そして、行動を起こして加害相手だと思い込んだ相手から「冒涜」を経験するのである。
警察を使って加害相手だと思い込んだ相手に逆に相手から警察も使われたように「冒涜」される経験で心の奥底に精神ストレスをため込むのである。
ミイラ取りがミイラになってしまったようなものだ。すなわち、屈辱である。なぜだ?
証拠を提示したものはことごとく撃沈した。そこでまず普通の人なら、自分を加害相手だと思い込んだ相手にどんな言葉を浴びせるか?
「ふざけるな、アホ!」の類だ。
証拠は、ターゲット被害者からすると「お前がやったんだろう?!」は、「ほら、これが証拠だ!」を加害相手だと思い込んだ相手に浴びせれば、「嘲る(あざける)/見下す(みくだす)/見くびる(みくびる)/侮る(あなどる)/見下げる(みさげる)/卑しめる(いやしめる)/蔑む(さげすむ)/貶める(おとしめる) 」に相当する言葉を相手から浴びせられるような状態に陥ったことを示す。
証拠は撃沈した!
つまり、私の言い方を「ほかの被害者に対する冒涜」として私のブログ記事に見出したネズキンは、ネズキンが加害で経験した屈辱感をまた味わったことをコメントで示すことになったわけである。
屈辱感のもとになったのは、言うまでもない、加害相手だと思い込んだ相手に示した加害の証拠・根拠のことだ。
そのような経験をしたネズキンは、私のようなブログ記事を読むことで私のコメントを読むことで日頃経験している屈辱感を私にコメント返信したのである。
要するに、私の態度が、ネズキンが加害相手と思った近隣や警察の態度と同じだと判断したことを示すのである。
ところが、ネズキンは、被害者ならそんなことは絶対に言わないと妄信している。
「悲痛な被害経験をした被害者」としての差しさわりのあるものは、被害者間において議論の対象から外している風潮は、おそらく被害者団体でも同様だろう。だから、被害者間のマナーを暗に示しながら、さらに加害での屈辱感の経験を腹に溜め込みながら、私のブログ記事をほかの被害者に対する冒涜だと説いたのである。
結論。被害妄想にとらわれた被害者の心理には、心の底に日常のすべてに潜勢的に作用する意識をため込んでいる。
だから、決して触られたくない部分ができてしまう。それを無情に切り刻み、ズタボロまでに切断加工するのが私の遠隔テクノロジー説のブログ記事である。
いわば、被害妄想の「心臓」を抉り出し、突き刺しながら、「痛いのか?」と心に呟きながら被害妄想を攻撃するのが私のやり方である。
攻撃という言葉は、批判という言葉にすり替えても差し支えない。ただ、被害妄想にとらわれた被害者にとっては、その批判は、攻撃として映るだろうから攻撃という言葉をあちこちに使っているだけである。
とはいえ、私はほかの被害者を「救い出す」ような考え方は捨てた。
相手は加害組織。相当の技術を使って被害妄想を取り込むように誘導したものだ。簡単に被害妄想を自己排除はできないはずだ。
ならば攻撃として脳裏に映る表現方法をとるのが簡単だと結論したわけである。
ほかの被害者から見ればとても反感を持つような内容を書いてあるのは当然である。
「悲痛な被害経験をした核心部分」を取り上げるからである。
しかし心配ない!人間精神とは、逃げ道を見つけるものだ。それが「スルー」「無視」「論ぜず」「考えず」「その部分は頭をなくせ」なのだ。
自分の悲痛な被害経験を真正面から取り上げてブログ記事にできない被害者というのは、ブログ記事が、結論を下した後にやっとブログにその内容を書き込むだけで終わる。
なぜ被害初期の経験を記事にしないのか?人生最大の屈辱感を味わった経験だったからである。
加害相手だと妄想した相手に証拠を突きつけて警察まで巻き込んで相手を追い詰めてやろうとした被害者ほど、被害初期をブログ記事に書いたとしても、自分には都合いい部分しか書かないものである。しかも消えてなくなっても全くかまわないものなのだ。
被害者じゃない一般の人が、集団ストーカー被害とかテクノロジー被害とか言っているブログを読んだら、「なんだこれは?」で終わりだろう。被害者のブログ記事には、客観的な視点から被害を書き込んだものが極端に少ない。だから、被害の訴えの一点張りしか見えないのだ。
■被害妄想を取り込んでしまうのはどの被害者でも避けられない!
遠隔テクノロジーを使う加害組織のターゲットにされると被害初期状態では「被害妄想」を取り込んでしまう。これは誰しもそうなる。※
※誰しも被害初期は被害妄想を取り込む。私だけはそうじゃないと思っている被害者がいるならそれはその人の無知でもある。なぜなら、加害相手は、人の心、心を脳神経レベルで理解している奴らだからだ。れっきとした科学技術を使う。そこを頓珍漢に理解しているのが大方の被害者でもある。
被害妄想にとらわれた状態とは、日常のすべての面で被害意識が潜勢的に作用することで日常のすべての面での被害以前の意識とは異なった意識に変わってしまうことである。
そのため、他人を見れば、加害者か?加担者か?分断工作者か?何か加害をするつもりか?などの意識を働かせることになる。
被害妄想にとらわれてしまうと自分を世間などから異質の人間のように思うところを被害者だと意識することに執着するようになる。そのため、他人に対する妬み、疑念、反感などの感情的な意識で自分が世間から見てかわいそうな人間だと妄想するようになる。
それゆえ、被害妄想にとらわれてしまうと、その人間は、妄想の上に妄想を意識するようになり、結果的に世間から孤立した感じを意識するようになる。
被害妄想にとらわれてしまうと、行動の面でも明らかな特徴が現れる。すなわち、加害者として疑った相手に何らかの行動を起こすようになる。
その点、私の被害初期での加害相手だと思った相手に対する行動は、亡霊のような相手だと思ったために特定の人間に対する行動は、起こらなかった。これが、大方の被害者に比べて異質の被害状況から始まったためのほかの被害者との違いである。しかし、亡霊が相手だという被害妄想は、数的に少ないものの、何人かはいる。しかし、やがて亡霊以外を加害組織が仄めかすようになってから、自衛隊を加害相手のように妄想するようになった。
被害妄想を取り込んでしまうと、その被害者は自分の被害意識が被害妄想だとは意識しないのがふつうである。これが、加害組織の最大の技術面を表している点である。つまり、加害方法は、素人がやっているのではなく、相当の科学技術のある人間がやっていることを示す。
だが逆に、被害妄想を取り込んでいるのに被害妄想だと思わない被害者は、自己批判的に自分の判断などを考えたりしないし、考えたりする性分ではない点もあり、そうなるのは加害組織がターゲットの性分を熟知したうえで加害していることを表している。
だから、被害妄想だとは思わない被害者は、自分が加害相手や加害組織を判断した対象をその判断過程にさかのぼって、言い換えれば自分の考え抜いた道筋を追うようにして批判的な検討を加えることはしない。
自己の考えに無批判だからこそ、自己の判断を貫くだけの一点張りになるしかないことになる。
被害妄想を取り込んでしまうことは、加害組織の意識誘導に乗っかってしまうことである。加害組織はターゲットに加害しながら意識誘導する。だが、当の被害者には意識誘導を意識する余裕はない。
被害者に意識誘導を意識する余裕がないのは、加害に精神ストレスが生まれるためである。精神ストレスは、加害で生まれる。
精神ストレスが加害で生まれることは、同時に心からの感情が生まれることでもある。ここが最重要な点である。
加害されれば、感情が出る。これが、後々の加害組織による意識誘導に最大の駆動力をもたらすのである。すなわち、加害組織は、ターゲットを加害しながら精神ストレス状態にして、ターゲットを感情的な状態にする。ターゲットが感情的な状態で当然被害者は、何者の仕業か、何の目的なのか、を自覚的に意識するようになる。
それゆえ、加害組織はターゲットを加害するときに感情的な状態にするのは、意識誘導、すなわち、マインドコントロールしやすい状態にできるからである。
ほぼすべての被害者で、被害初期に感じたストレスは、誰でもあったはずだ。
■被害妄想の取り込み以降の加害の変化
やがて加害が沈静化する。
すると、あら不思議、被害妄想を取り込んだ状態になったのであるが、ターゲットにされた被害者は、そのことを意識することはない。
被害者は、誰が何のためにやっているのか、おおよそでも確信でも同じことだが、理解した状態になるのと同時に、心の底には、つらい被害状態でのストレスが、記憶として、さらに日常のすべての面に作用する潜勢的な意識形態として沈殿したことを示す。
被害妄想を取り込む過程は、加害に対してストレス状態になりながら加害の目的や相手などを理解する過程でもある。その被害者が理解する過程は、その人の自覚意識に基づく思考であり、理性でもある。それゆえ、被害者が加害されながら理解したものは、強固なのである。
加害組織は、ターゲットに加害しながら加害について理解させる方法をとる。これが洗脳という意味合いとは異なるところである。
自分自身で理解したものだから、より強固である。それゆえ、被害妄想を取り込んでしまった後は、被害妄想は自己批判的な検討を加えない限り、ゆるぎない意識形態となる。
自己批判を自分有利に考えることは可能である。それはおおよそ批判ではなく、ケチをつける程度の反感しか意識しないだけである。
例えば、「加害の証拠」がそれだ。加害の証拠はそれ自体加害相手の証拠でもある。
ところが、加害の証拠も加害相手の証拠も物的なものではなく、加害されながら理解したものに他ならない。だから問題はそこなのである。
物的な証拠を探すために行動を起こすことは加害組織も知っているし、そうさせるように誘導もする。
例えば近隣に加害者がいるような物的な証拠は、誰かの家の近くに近寄れば、何らかの加害を感覚として感じる場合である。それを物的な証拠と思うのは、まさに子宮でものを考える頭脳の証でもある。
例えば私が通称カカシと呼ぶ被害者のブログを読めば次のように書いてある。
https://ameblo.jp/kakacichiyan/entry-12508966064.html
「先ず、近所の怪しい家の断定の仕方。方向性で痛み等が緩和された時に前にいた場所からの攻撃と断言できます。強弱は有りますが指向性によるマイクロ波の照射です。これはチップ等使っていません。」
断言した根拠は、カカシの感じた感覚に過ぎないことに注意せよ。だが、物的な証拠で言えば、その家の近くという条件を付けているのがわかるだろう。それが自分の感覚の物的な証拠とみなしうる思考過程を表している。
つまり、断言する以外に物的な証拠となる自分が感覚を感じ取った場所について、自分の感覚と相関関係を断言したことでもある。だから、結果的には、やくざが難癖つけるようにでっち上げをするのとまったく同じことでしかないのである。
カカシが感じ取った感覚は、加害組織がそこで感じ取るように遠隔から神経レベルで刺激とコントロールを加えたことであって、そこで感じさせたのは、カカシに近隣の一般住民の中に加害者がいると妄想させるためでもあったのだ。
カカシのような頭脳の考え方は私が子宮でものを考える頭脳と呼ぶものにふさわしい。
その後その家に何かしたのかどうかは知らないが、自分の感覚を真実とするところまではいいんだが、その後の推考過程は、自分の感覚を真実とすることとその場所を真実とすることとを普通の物理現象のように考えたために、妄想を取り込んだのである。
加害を自分の感覚から普通に考えられる物理現象として考えるだけでカカシのように簡単に妄想を取り込むことになるのであり、そのような推考過程を全く無批判にするのは、子宮でものを考える頭脳だと説いてきたのである。
加害組織の技術をマイクロ波聴覚効果で考えれば、当然、電磁波の性質を普通に考えれば、目には見えないが、体で感じ取る時の場所だけで体で感じ取る感覚とその場所を因果関係のように結びつけてしまうものである。
そのように考える人間は、普通である。だから、普通の人は普通に考えれば普通に考えたように理解するから、加害組織もその習性のような性分を最大限利用するまである。
そういうわけで、カカシのような被害者もマイクロ波聴覚効果説の妄想は正しいものと断言しなければならないのである。
つまり、マイクロ波聴覚効果説は、技術的にターゲットにされた被害者の妄想に入れ知恵するような技術論といえるのである。れっきとした体裁を持つから、被害者はそれにすがることができ、自分の被害の訴えが正しいことを理解するのである。
加害組織は、現実にネットで転がっている情報をターゲットが吸収することも考慮したうえで加害による被害妄想の取り込みを誘導できるのである。
■被害妄想の取り込みで必要なターゲット被害者の人間性
この項目での重要な点は、ターゲットにされれば、加害されながら加害について理解するような意識を働かせることである。それは人間の基本的な性でもある。
もう一つは、ゲッチンゲン実験のように、人の記憶は、脳が興奮した状態では、作り話やでっち上げをしやすい心理状態になることである。
ゲッチンゲン実験については以下を参照せよ。
https://ameblo.jp/push-gci/entry-12364055908.html
脳の興奮は、加害されることで感情がわき出ることである。そして、加害に対する理解を進める。そして、理解する。加害組織はその意識過程をすべてモニターしている。だから、心からそう思う脳の状態を識別できる。
もっとも、カカシ程度の加害レベルでは、加害組織が脳の意識状態での理解の程度までわかるとは考えないだろうが、本当に創価学会の組織犯罪だと妄想するのを加害組織がカカシの頭脳をモニターして本当に理解していることを確認しているのは間違いないだろう。
ターゲットの加害に対する理解が不安定な状態でも、それを感知しているのは間違いない。つまり、取り込ませようとした妄想意識を取り込んでいるようで中途半端な状態ならば、さらなる加害を続ける。だから、被害初期といえる期間は長くなるはずである。
もっとも、私の場合、被害初期はキレのいいところで区切っているが。最大4月いっぱいまでに区切っている。ただ、その後、どのような区切りの変化があったのかメモを取っていないため、ブログ上では、神経コントロール説を出したころを一つの区切りにしている。私の遠隔テクノロジー説は、1日で出来上がったわけではない。段階的に変化した過程がある。
面白く読んだだろうか?面白いとは、よくわかる、ということだ。こんな一文でも加害組織からは酷評がよく聞かされる元になる。「ほかの被害者なら・・・」「お前の論文調の書き方は・・・」なんてよく言ってくるものだ。文字を入力している最中は、加害組織の声聞聞こえないことが多い。何か精神集中しているときはしゃべっていても聞こえないのか、邪魔しないのかわからないが、とにかく黙っていることが多い。しかし、途中ちょっと間があれば何か言ってくることは多いのだ。
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遠隔テクノロジーの概要1-8
≪加害に対する対応≫
ターゲットにされれば、何らかの加害を受ける。加害で感情的な反応が自分に生まれる。誰かに加害されていると明確に認識する。
加害だと認識する時、ターゲットにされた初期段階では、加害で自分の心から湧き出る感情が支配的になるしかない。
だから、被害初期の段階では、自分の性分に従って加害に対応することになる。
自分の性分がわかれば、加害内容に従って自分の対応がほぼ決まると言っていい。
自分の性分がわかっていれば、加害に応じた対応をすることになるから、被害初期では特に、加害に対して恐れ、慌て、騒ぎのどれかになる。すべてマイナス志向の感情状態である。
じっと耳を澄ませて加害相手の声を聴くだけでも、心の中は、恐れである。得体が知れないからだ。
集団ストーカータイプでも同じことだ。腹が立つというなら、それは恐れの感情が根底にあるからだ。
加害相手から聞こえる声の言葉がわかるということは、当然、加害組織も事前にターゲットの素性・性分は分かったうえで聞かせる声や音の内容を決めている。
注意・・・ここで、加害組織が声を聞かせてくるときに、声が聞こえるのは、加害組織の内部に設置してあるマイクが声や音を拾って、それで聞こえていると考えるなら、すでに加害組織の術中にはまっていることになる。
ここで重要なことは、加害組織は、ターゲットの意識を誘導することである。意図をもって聞かせているのであって、聞かせたくないものまで聞かせることではない。
したがって、加害組織はターゲットに何らかの被害にあっているという意識を当然意識させるような加害方法をとる。声にしても身体上の感覚でも。
したがって、加害組織の加害方法が、目的不明でも、被害者が自分を加害するだけのものであると思い込むなら、それは加害組織の意識誘導に見事に乗っかってしまったことになる。
言葉を変えて言えば、加害組織の目的が不明でも、被害者が何らかの加害を受けた時にそれらの加害方法が、自分に対する目的に一致したものだと思うのは、大きな間違いである。
加害であることを認識したターゲット被害者の意識は、当然加害に対する人並みの対応をとる。その対応は、人並みの加害相手への行動となる。
したがって、加害組織は、そういう行動をとりやすいような加害方法をとるということがわかるのである。
加害組織は、ターゲットに加害相手に対する行動をとりやすいように意識を誘導する。その誘導とは、加害と思わせることにある。
私がそういう言い方をしてもほかの被害者ではわからないだろう。
肝要な点は、眉毛と同じで近くにあっても気が付かないものだ。
ここで述べているのは、加害組織は加害するために加害しているわけではないということなのだが、加害そのものは、被害者は、やはり加害そのものとして受け取れるものなのだから、そこであえてより深く意識的に考察する対象ではなくなるということである。
したがって、被害者は、一つ一つの加害方法について深く考えることはしない。ただ、加害によって心底湧き上がった意識を優先して加害に対応する。
加害組織が加害するのは、ターゲットの意識に「被害を意識させるため」である。
加害組織は、ターゲットに「被害を意識させるため」感情的な心の反応を起こすような加害方法を行う。
つまり、加害組織がターゲット被害者に●●●の加害をしたとき、●●●の加害をするのが目的ではないということである。
そんなものはわかっていると思うだろうが、●●●の加害を根拠に加害相手の目的に結びつけている被害者は、多くいる。
したがって、●●●の加害を根拠に加害組織の目的を結論するのは、取り違えになる。
加害組織の目的は別のことだ。しかし、現実の被害初期では、加害と思うしかないのが現状である。
言い換えれば、被害者が、被害初期の段階と同じものの考え方では、加害を根拠に加害組織の目的を意識するしかないことになる。
加害を根拠とするものの考え方の特徴は、加害相手の断定と加害相手の目的の断定と加害相手と自分との関係の断定を意識することである。
それゆえ、加害の対応方法は、加害組織の目的・相手・自分との関係を加害のまま受け取った意識で対応する限りは、墓穴を掘るだけに終わる。
加害組織がターゲットに声や音を聞かせたり、身体上の痛みや不快感などの感覚を生成するのは、加害組織が被害者に被害を意識させて、「何かを理解させるため」だと結論できるのである。
ここで二つのことを示した。一つは、「被害を意識させるため」、もう一つは、「何かを理解させるため」である。それらの二つが意味しているのは、加害組織がターゲットに対してマインドコントロールすることである。
ここで誤解しないように付言しておく必要がある。マインドコントロールとは、洗脳とか身体操作・意識操作のように考えているようだが、そういうことではない。
マインドコントロールとは、加害組織のターゲットに対する意識誘導であり、ターゲットが加害相手に対する自覚意識的な認識と理解である。
したがって、加害組織のマインドコントロールは、加害しながらターゲットの精神状態をストレス状態にしながら行う。
ターゲット被害者が加害に何らかの対応をするのは、被害を意識するからである。だからと言って被害を感じないようにすることが対応方法ではない。例えば、被害実感を軽減することではない。被害実感の軽減は結果であって方法ではない。
加害組織はターゲットに加害しながら、結果的に、ターゲットに何かを理解させるということである。だから、被害者は、加害そのものについて深く考える意識はほとんど働かせない。加害に対して意識し、理解するのは、加害相手を目標にした行動である。
加害組織から見れば、ターゲットを何らかの行動を起こすように誘導する。
例・・・警察に通報、加害相手に文句を言う、加害相手に仕返しする、など
加害に対応する方法は、基本的には自己の感情意識面の観察をしながら、じっくりと相手のやり方を観察しながら、恐れず、騒がず、慌てず、自分の感情面を知りつつ、自分の感情のコントロールに尽きる。
被害者は、あるいは、人はなぜ他人に行動を起こすか?答えは簡単だ。行動の意思があるからだ。その原因もある。
加害組織もそのことはよく知っているから、無関係の第三者に対して、加害相手だと思い込んだ行動を起こすように誘導するのは当然であろうが、当の被害者はそのように考えることはない。
ターゲットにされれば、加害相手の目星くらいつけられるような加害方法を行う、ということがわかればいいんだが、それは、加害に加害相手の断定可能な根拠が含まれているからだ、いやそうではない、含ませているからだ。
そういうわけでターゲットにされた被害者は、加害に加害相手などの根拠を見出す。そして、加害を理解したと思ったとき、加害組織のマインドコントロールが一つ完成したことになる。
マインドコントロールが加害によって完成するのは、加害に加害相手の根拠+加害相手の目的+加害相手と自分との関係を含ませることができるからだ。
もちろん、加害組織のマインドコントロールは、ターゲットに遠隔テクノロジーの技術を適用する場合にターゲットの自覚的な理解が、被害妄想の理解となり、被害妄想の取り込みとなるように行っている。当の被害者では、自覚的な状況の理解であり、加害によって心の根底に沈着した感情的な意識である。
そういうわけで、加害の対応方法は、被害初期以降において、
1 自分が取り込んだ被害妄想をまず見極めること
2 自分が取り込んだ被害妄想を取り除くこと
3 日常の加害には、自分の心理状況をよく観察しつつ、加害のやり方を観察しつつ、恐れず、騒がず、慌てず、できれば加害されたときに自分にどのような心理的な効果を狙っているのかを察することだ。
被害妄想の構成要素は、以下の通り。
1 加害相手は誰だの答え
2 加害相手は何を目的にしているかの答え
3 加害相手と自分との関係は何かの答え
それ以外のものは、誇大妄想と考えてもいい。
もちろん、加害相手は、自分に直接害をなしている相手のことであり、理解したものが、取り込んだ被害妄想の構成要素になる。
ところで誇大妄想は、ターゲットにされた被害者が、特に被害妄想の構成要素であるところの「誰が加害相手なのかの答え」が複数ある場合に被害者自らが妄想した=推考した内容に過ぎない。たいていは、構造的な加害組織を論ずるものである。
誇大妄想の構成要素は、推考上のものであって、陰謀論的なものとか、対立する二つの勢力とか、さまざまである。
いずれの被害妄想・誇大妄想は、自分で取り除かねば、誰も取り除いてくれるものではないので注意が必要である。
加害組織は素人集団ではない。人間精神、心理を脳神経レベルで知っているようだ。だから、強固な被害妄想状態にするように脳神経レベルの神経信号の様子で確かめながら「加害」している。
精神医学が、こと細かい脳神経レベルの信号を観察しながら行っているわけではないから、精神科の医者がターゲット被害者の被害妄想を取り除けるように誘導・補佐・治療することはできないはずである。
つまり、気持ちの持ちよう程度では、何も進展しない。
もし、他の被害者が、加害されながら自分で自分の取り込んだ被害妄想を取り除くようなら、さぞつらいことになるはずだ。今まで自分が思い込んだものを自分で自覚的に破壊するようなものだからだ。それは、自己否定にも似たような意識を働かせる必要がある。
今まで●●●が加害者、加害組織だと思っていたものを自分で完全否定することだから、頭の固い人種の頭脳では、受け入れがたいものになるはずだ。
つまり、大方の被害者がこれを理解したとしても、次のように考えるはずだ。
「それでは加害者にやられっぱなしだ」
その通り!
だが、心配ない。加害組織はターゲットにストレスばかり与えるわけではない。たまには、褒美を与える。例えば、ブログ記事を書いて加害組織の悪口の一つでも書けば、いくつかある加害のうち一つだけを緩めるとか。あるいは、街頭宣伝に出て活動したら、いつもうるさい加害相手の声が小さくなったとか。やり方はいろいろある。
だが、仮に加害に行動したと思っても、得られるものは墓穴堀でしかない。依然として加害が継続していれば、一時的に行動の成果を感じ取っただけで1センチ前進しても、100センチ後退したままだ。
基準点を進んだ距離にしか求めない子宮でものを考える頭脳では、ちょっとした前進を感じ取るだけで、基準点が後ろにあることを知ることはない。
加害組織の加害に対応する方法は、被害者の性分が支配的になる。対応方法の基本は、加害の効果が軽減することにある。加害の効果があるのは、行動面で特によく出る。
つまり、加害がひどくなったらブログ記事を書くとか、マホロバのようにスパムコメントを書き込むとか、いつも見張っている加害相手に何か仕返ししてやろうと行動を起こすとか、行動の前に加害された時の自分の感情的な意識が噴き出ているのがわかれば、加害の効果がまだまだあることが自分を観察することで分かる。
そういうわけだから、加害にいちいちおびえるとか、避けるとか、逃げるとか、萎縮してしまうとか、腹が立って行動を起こしたくなるとか、そういうことがあるようなら、加害の一つ一つが自分に効果絶大であることを表している。
もう結論は出たはずだ。簡単な言葉で言えば、加害による自分の感情的な意識を律すること、コントロールすることだ。
加害組織は効果あるほど続けるものだ。自分の本心がわかれば、自分の内心が、みみっちい行動でみみっちい成果を誇張するしかできないこともわかるはずだが、とはいえ、性分というものは、なかなか壁が分厚いからな、一筋縄では無理、のような古めかしい表現がぴったりだ。
理解していない先が何も見えなくても、感情的な心は、それ自体理解を含んでいる。心の根底にある潜勢的な意識は、加害組織の獲物であり、マインドコントロールで作り上げる傑作品でもある。
面白く読んでもらっただろうか?容易に理解することはできないことは承知の上だ。
ターゲットになったらよろしく!
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