佐渡裕プロデュース『キャンディード』@Bunkamuraオーチャードホール。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/cf/c8e91354b18511730035a9d60b7162dc.jpg)
今夏は東京だけで、ジョン・ケアード版、そしてこのロバート・カーセン版と、
2つの『キャンディード』を楽しむことができた(ケアード版のしごく短い感想メモはコチラ)
先のケアード版がストーリーライン的にも視覚的にもコンパクトにまとめ、
キャンディードの成長の物語を軽妙かつ丁寧に見せたのに対し、
今回のカーセン版はお得意の“読み替え”を大いに行ったポップな舞台。
そのウィットに富んだアメリカ風刺がまた、実に面白かった。
舞台には巨大なブラウン管が。ほぼすべてのドラマがその中の出来事として展開するのだ。
佐渡裕のエネルギッシュなオーバチュアはTVドラマ(?)のオープニングとして絶妙にマッチ!
カーセン演出版では、クネゴンデの両親はまるでケネディ夫妻、
キャンディードが入隊するのはアメリカ軍、クネゴンデはやがてマリリン・モンローになり、
キャンディードとパングロスは「ユダヤ系共産主義者」としてKKKに糾弾される。
さらにキャンディードが移動した先もアメリカの入国管理局で、黄金の国エルドラドはテキサスの油田に。
そう、どこへ行っても、舞台はひたすらアメリカ。
カーセンは18世紀の思想を風刺した原作をアメリカ社会に置き換えることで、
『キャンディード』のもつ現代への批判性を、より強めたわけだ。
その狙いは、音楽と相まって見事な成果を上げていた。
石油のドラム缶が浮かぶ海に、海パン姿で遊ぶ元各国首脳たちの姿も。
登場するのはシラク、ブッシュ、ブレア、プーチン、ベルルスコーニ。
ラストの「地球を守ろう」的な映像はベタ過ぎて、もしかしたらそれすらも、
環境汚染へ警鐘を鳴らしたアル・ゴアらの風刺なのだろうか?との思いもよぎる。
だがそこに至るまでの毒々しさがあまりにも強かったので、ぐっと胸にこたえたというのが本音。
最後、出演者たちがブラウン管から外へ出て合唱したことにも、リアルなメッセージ性を感じた。
もしかしたらカーセンの意図とはズレるのかもしれないが、私は思った――
「私達はキャンディードであり、キャンディードのように“気付かなければならないのだ”と。
なお、ついでのように書いて恐縮だが、佐渡の熱く力強い演奏といい、
素晴らしく“役者”な出演陣たちの名演技といい、見応え&聴き応えたっぷりのプロダクションだった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/cf/c8e91354b18511730035a9d60b7162dc.jpg)
今夏は東京だけで、ジョン・ケアード版、そしてこのロバート・カーセン版と、
2つの『キャンディード』を楽しむことができた(ケアード版のしごく短い感想メモはコチラ)
先のケアード版がストーリーライン的にも視覚的にもコンパクトにまとめ、
キャンディードの成長の物語を軽妙かつ丁寧に見せたのに対し、
今回のカーセン版はお得意の“読み替え”を大いに行ったポップな舞台。
そのウィットに富んだアメリカ風刺がまた、実に面白かった。
舞台には巨大なブラウン管が。ほぼすべてのドラマがその中の出来事として展開するのだ。
佐渡裕のエネルギッシュなオーバチュアはTVドラマ(?)のオープニングとして絶妙にマッチ!
カーセン演出版では、クネゴンデの両親はまるでケネディ夫妻、
キャンディードが入隊するのはアメリカ軍、クネゴンデはやがてマリリン・モンローになり、
キャンディードとパングロスは「ユダヤ系共産主義者」としてKKKに糾弾される。
さらにキャンディードが移動した先もアメリカの入国管理局で、黄金の国エルドラドはテキサスの油田に。
そう、どこへ行っても、舞台はひたすらアメリカ。
カーセンは18世紀の思想を風刺した原作をアメリカ社会に置き換えることで、
『キャンディード』のもつ現代への批判性を、より強めたわけだ。
その狙いは、音楽と相まって見事な成果を上げていた。
石油のドラム缶が浮かぶ海に、海パン姿で遊ぶ元各国首脳たちの姿も。
登場するのはシラク、ブッシュ、ブレア、プーチン、ベルルスコーニ。
ラストの「地球を守ろう」的な映像はベタ過ぎて、もしかしたらそれすらも、
環境汚染へ警鐘を鳴らしたアル・ゴアらの風刺なのだろうか?との思いもよぎる。
だがそこに至るまでの毒々しさがあまりにも強かったので、ぐっと胸にこたえたというのが本音。
最後、出演者たちがブラウン管から外へ出て合唱したことにも、リアルなメッセージ性を感じた。
もしかしたらカーセンの意図とはズレるのかもしれないが、私は思った――
「私達はキャンディードであり、キャンディードのように“気付かなければならないのだ”と。
なお、ついでのように書いて恐縮だが、佐渡の熱く力強い演奏といい、
素晴らしく“役者”な出演陣たちの名演技といい、見応え&聴き応えたっぷりのプロダクションだった。