劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスでライター、編集者をしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

METライブビューイング カイヤ・サーリアホ作曲&ロベール・ルパージュ演出『遥かなる愛』

2017-01-23 22:43:40 | 観劇
上映中のMETライブビューイング カイヤ・サーリアホ作曲、ロベール・ルパージュ演出『遥かなる愛』へ。
作品の世界初演は2000年、このプロダクションの初演は昨年12月。中盤からはただ息をのみ、終わって深くため息をつき、21世紀もこんなに美しいオペラを生むのかと泣いた。
現代的・示唆的な題材でもある。

舞台は12世紀フランス。ブライユの領主で吟遊詩人のジョフレは様々な恋愛遍歴を経て、まだ見ぬ理想の女性クレマンスへの愛のみを謳うようになる。
彼女は自分のものではないが、自分は彼女のものだと言うジョフレ。
一方、トリポリ(現在のレバノン・シリア付近)の女伯爵であるクレマンス(彼女は、国は自分のものだが自分は国のものではないと言う)は巡礼者を通じてジョフレのことを知る。
初めは何の権利があって逢ったこともない自分を愛するのかと驚き、怒りを抱きつつ、私の美しさは彼の鏡の中にしかないと動揺するクレマンス。
巡礼者から、彼女が自らの存在を知ったと聞いたジョフレは、生まれて初めて海に漕ぎ出し、海の向こうにいるクレマンスに会いに行くが……。

舞台上では、約5万個のLEDライトを用いた幾つものバトンのようなものを、上手〜下手に設置。このバトンが、幻想的に光や色が移ろう海原を表す。
ルパージュは映像中のインタビューで「光の海のアイデアはスコアから」と言っていたが、考えてみるとこの海は線譜に、そして登場人物達は音符に見えなくもない。
また、美術のマイケル・カリーはこのバトンをピアノの弦に例えていて、これまた納得。

さて、海に漕ぎ出したジョフレは不意に恐怖に襲われる。クレマンスに逢う前に海に沈むことへの怖れ、生きてクレマンスに逢うことへの怖れ。楽園を出た者の後悔が彼を苛む。
やがて彼は瀕死の状態でクレマンスに会う。この深草少将にも似た男はしかし、「愛が死を招いた」と呪う合唱を否定し、愛する美女に束の間逢ったことを神に感謝し、幸福の中で死んで行く。
クレマンスは危険を冒して逢いに来た男を抱きしめ愛するようになる。巡礼者はこれを見て、「死が近づいていなかったら彼女は抱きしめなかっただろう」と歌う。
愛こそが死を招き、死こそが愛を実現したのだ。クレマンスは嘆き、神に抗議しながらも、今度は自分が、遠い場所にいるジョフレを愛すると決意するのだったーー。

この作品は、フィンランド出身のサーリアホが初めてレバノン系フランス人作家アミン・マルーフと組んで作ったオペラ。
幕間のインタビューでマルーフが「我々は文化の違いを乗り越えて創作したのではなく、違うからこそ創ることができたのだ」というようなことを言っていたのも印象的だった。

女性の作曲家のオペラがMETで単独で上演されるのは今回が初めてだという。指揮も女性でスザンナ・マルッキ。
歌手陣も素晴らしく(殊にクレマンス役のスザンナ・フィリップスが、声も容姿も実に麗しい)、この作品がこのキャスト&スタッフのプロダクションで映像として残ったこと自体が喜ばしい。

トレーラー:L'Amour de Loin: Trailer


上映情報:http://www.shochiku.co.jp/met/program/1617/#program_03

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