劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスで編集者・ライターをしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

新国立劇場 オペラ「ニーべルングの指環」第3日『神々の黄昏』

2010-03-31 01:19:21 | 観劇
ワーグナーの楽劇「ニーべルングの指環」第3日『神々の黄昏』@新国立劇場オペラパレス


キース・ウォーナー演出による、いわゆる“トーキョー・リング”チクルス完結編の再演。
どういうわけか、初演の中で一番最近(04年)上演されたはずのこの第3日の記憶が薄い。
1作目から張り巡らされたさまざまな伏線がどうまとまるかに
意識が行っていたせいかもしれないし(その点での成果は思ったほどではなかった)、
04年の観劇チラシファイルを見返しながら記憶を辿るに、
個人的にいささかくたびれていた時期だった気もしなくもない(苦笑)。

【人間への“転落”】

とはいえ、改めて再演を観ると、やはり視覚的に良くできていて面白い。
巨大なトネリコの木が横たわり(つい鶴岡八幡宮の大銀杏を思い出してしまった......)、
映写機を模した装置が掛かる中で、3人のノルンが糸ならぬ映画のフィルムをたぐる冒頭から、
おもちゃの家のような岩室でのジークフリートとブリュンヒルデの短過ぎる蜜月、
近代的で冷たい雰囲気が漂うギービヒ家での謀略、
酸素を吸入する瀕死のアルベリヒと息子ハーゲンの対話(ハーゲンはアルベリヒを窒息死させる)、
ブリュンヒルデの激しい怒りと復讐、英雄ジークフリートのある意味あっけない最期、
そして、指環がラインの乙女たちに返還され、ジグソーパズルの欠けた一片が戻る映像に至るまで、
すべての場面で、インパクトに富んだハイセンスな絵作りが徹底して行われている印象。

いろいろ挙げ始めるときりがない。ジークフリートが第2日で着ていたS(Siegfried)の
スーパーマンTシャツをブリュンヒルデが着て、
ブリュンヒルデのBの字のシャツをジークフリートが着ていた、とか、
初演時に目を見張ったジークフリートの旅のCG映像は今回はさほど目を惹かなかった、とか。
中でもブリュンヒルデとジークフリートの愛の巣やブリュンヒルデの愛馬グラーネを矮小化し、
神に愛された特別な2人が人間らしく“転落”するさまを象徴的に描いている点は秀逸。
果たしてジークフリートとは本当に英雄だったのだろうか? 英雄とは一体、何だろうか?
――そんな思いもよぎる。彼が成し遂げた偉業といえば、
剣を鍛え、大蛇を倒して宝を手に入れたことと、炎を乗り越えてブリュンヒルデを得たことだけ。
しかも、そのどちらをも、いとも易々と手放してしまうのだ。

現代人が映写機を取り囲むラストシーンはやはり好みではないが、意図に納得はできる。
ウォーナーが描く神々の黄昏とは、耽美からほど遠く、殺伐とした風景だ。

【ゴージャスな楽曲に酔う】

聴覚的にも、さまざまなモチーフが絡み合いながら紡がれるこの第3日は
メロディアスでゴージャスで、極めて聴き応えがある。
連日の寒さもあって、千秋楽のこの日、客席のそこここで咳が・・・。
しかし、舞台およびオケピットはパワフルだった!

今回はなんと言っても、ブリュンヒルデのイレーネ・テオリンと、
ジークフリートのクリスティアン・フランツを讃えたい。
厚みのある声で長丁場を堂々と歌いきり、素晴らしいドラマを造形してくれた。
ダン・エッティンガー指揮・東京フィルの演奏も劇的(管には目をつぶる、もとい耳を閉じる)。
従って、殊に第3幕の「ジークフリートの葬送行進曲」と「ブリュンヒルデの自己犠牲」は
視覚的にも聴覚的にもまさに圧巻であった。

グンターのアレクサンダー・マルコ=ブルメスターの都会的でどこか脆弱なたたずまい、
ハーゲンのダニエル・スメギの暗く酷薄な雰囲気も、このプロダクションに合っていたと思う。
ヴァルトラウテのカティア・リッティングはもう少し声量がほしかった。
ノルン(竹本節子、清水華澄、緑川まり)や、
ラインの乙女(平井香織、池田香織、大林智子)の合唱は精妙な調べ。
グートルーネの横山恵子のクリアな声も印象に残った。

                 * * *

さて、この2~3月は、9時間超の『式能』、約6時間のトーキョー・リング『ジークフリート』、
8時間超の蜷川演出『ヘンリー六世』、そして6時間超の『神々の黄昏』と長時間の観劇が続いた。
ようやくそれらも一段落、と思いきや、うっかり(?)4月頭、つまり今週末の
東京のオペラの森『パルジファル』のチケをゲット。予定上演時間は6時間だ。
私の2010年長時間観劇シーズンはまだ続く。
トラックバック (1)

東京バレエ団「オネーギン」稽古場レポート/隣りの部屋では・・・

2010-03-24 12:17:46 | 執筆
NBSサイトにおいて、東京バレエ団が5月に初演する
ジョン・クランコ振付『オネーギン』の稽古場レポートを執筆しております。

稽古開始まもない時期のレポートです。後日、稽古最後のもようも執筆予定。

コチラからお読みいただけます。

--------------------------------------------------------------------------------------------
ヴァイオリンのレッスンを終えたら、隣りの部屋で子供が歌のレッスン中。

「ママ、どこなの~♪」

お、それは『エリザベート』ルドルフ子供時代の歌じゃないの。

もしかして本番にも出演するのかしら?

幽玄と桃山文化と焼肉

2010-03-23 00:42:15 | その他
(『花鳥図屏風』)
歌舞伎座第ニ部観劇後、上野へ。
3日前に行ったばかりの長谷川等伯展を再訪してしまったのだ。
と書いたらどれだけ好きなんだと言われそうだが、
実はひょんなことからその後、招待券をいただいたというのが大きな理由。

展示最終日の、それも終了間際2時間での二度目の鑑賞は、大正解。
前回より空いており、屏風絵もある程度の距離をもって見ることができた。

その結果、例えば優美なタッチの『海棠に雀図』や『恵比寿大黒・花鳥図』、
艶やかで華やかな『松に秋草図屏風』、迷いのないダイナミックな筆使いの『波濤図』、
天上を想わせる荘厳な『山水図襖』など、前回とまた違ったところから楽しんだ次第。

等伯の絵には、桃山文化の煌びやかさと幽玄を思わせる静謐さとが、共存している。
それは彼の画法の多面性を示すと同時にこの二つの要素が、
時代を超えた人間の「本質」的な部分として、
コインの表と裏のようにつながっていることを示唆している、のかも知れない。

なお、今回は平常展のほうものぞいた。
大好きな仁清や、美しい愛染明王坐像に感心しきり。
そしてその後はといえば嬉々として、焼肉屋で舌鼓を打ったのであった。

 ロース  ハラミ

 カルビ  ホルモンチゲ ほかを賞味。

歌舞伎についてはまた改めて。

上野で満足~長谷川等伯展&パリ・オペラ座バレエ団『ジゼル』

2010-03-20 04:24:12 | 観劇


会期も終了間際、ようやく長谷川等伯展@東京国立博物館へ。

縦10m×横6mの巨大な「仏涅槃図」や、力強いタッチの「十六羅漢図」も良かったが、
とにかく屏風絵の数々に見ごたえがあり、堪能した。

絵画の貴重さなどではなくあくまで個人的な好みだけで言うと、
枝のラインや色合いが艶やかな「花鳥図屏風」、色彩鮮やかな「楓図壁貼付」、
蒔絵の如き(妙な比喩を承知だが)「柳橋水車図屏風」、別世界に誘われる「瀟湘八景図屏風」、
白と黒を巧みに対比させた「松に鴉・柳に白鷺図屏風」や「烏鷺図屏風」、そして
まさに幽玄の世界へ足を踏み入れたかのような「松林図屏風」などに魅了された。

襖絵なので少し離れたところから見たかったのだが、人が多くて難しく残念。
とはいえ、非常に充実した展示で大満足。
------------------------------------------------------------------------------------
一通り鑑賞した後は、同じ上野公園内の東京文化会館へ。パリ・オペラ座バレエ団『ジゼル』。
ドロテ・ジルベールのジゼルと、マチアス・エイマンのアルブレヒトはこの日だけだ。
(ちょっと時間がないので、いつも以上にメモ風味で失礼をば。また推敲するかも)。



【一幕】ドロテのジゼルは、生き生きとして好奇心旺盛そうな女の子。
恥じらってもあくまで「ふり」という感じで、非常に積極的な印象だ。ただし、
そのハイテンションぶりは、やがて狂死する悲劇を考えるとどこかエキセントリックにも見える。
マチアスのアルブレヒトは村人たちの中にけっこう溶け込んでいる雰囲気。
とはいえ、バチルダを迎えた際の態度などは優雅で、貴公子なのだとよくわかる。
このアルブレヒトとジゼルはアツアツで、投げキスの応酬も濃厚なラブアフェア風、
踊りも恋の鞘当風味!?である。

アルブレヒトとヒラリオンとの応酬はセリフが聴こえてくるようだった。
かっとなったアルブレヒトが、剣をはずして村人に身をやつしていることを忘れ、
思わず剣を抜こうと腰に手をやる演技に説得力あり。

村人たちの踊りも実に迫力がある。みな手足が長いだけに、
並んで一斉踊るところなど、見応え十分だった。

そして狂乱の場。ジゼルの嘆きが手に取るように伝わってくる。
ドロテの迫真の演技が素晴らしく、観ていて胸が痛んだ。
そしてジゼルを襲う、あまりにも無惨な死。
後悔するアルブレヒトは村人たちに申し開きをするも、冷たい視線が帰ってくるのみ。
ヒラリオンを責めるが、逆に「お前のせいだろ!」と言われるさまもリアルだった。
--------------
【二幕】村人たちがサイコロしていると、ヴェールのかぶったウィリたちがやってくる。
蜘蛛を散らすように逃げる村人たち。
やがて、ミルタ、そしてウィリたちの登場。
ドロテも一幕とは打って変って硬質な輝きを放つウィリとなっている。

そして、ジゼルと、彼女を見ることができないアルブレヒトのデュエット。
マチアスとドロテはもの悲しい場面をしっとりと描き出していた。

踊り殺されそうになる場面では、マチアスが音楽に見事に反応して切れのいい動きを披露。
ただ跳躍が高いだけではなく、スピードも申し分なく、動きにダイナミズムがある。
連続アントルシャには会場中がどよめいた。

ドロテ、マチアスともに音感に優れテクニックもあり、二人の愛を叙情的に描いて感動的。

そして朝。ウィリたちが後ろにさーっと下がっていくさまが美しく、目に残る。
倒れたあるブレヒトを助け起こすジゼル。二人の見つめる先に本当に朝日が見えた。

このプロダクションでは全体的に、演技・マイムが細かく施されて物語を盛上げる。
団員たちの演技力も功を奏し、大変にドラマティックだった。
繊細で雄弁な照明や、緩急・強弱をはっきりとつける指揮などの助けもあってか、
かつてあまり経験したことがないほどの感動をおぼえた。

そしてなによりも、ドロテとマチアスの熱演を讃えたい。
マチアスは『シンデレラ』のバレエ教師も良かったが、
正直言って映画スター役マチュー・ガニオの輝きに釘付けだったので(マチアスごめん)、
今日は彼の踊りをじっくり観ることができてよかった。
(余談だが、マチューの拙インタビューはコチラ。今回の来日演目について語っています)
ドロテも、『シンデレラ』で意地悪な姉をユーモアたっぷりに演じた時とは一変し、
心に残る見事なヒロインぶりを見せてくれた。

『音楽の友』4月号

2010-03-18 05:59:59 | 執筆
『音楽の友』4月号(音楽之友社)


下記執筆しています。

◆ダンス紹介連載
~モスクワ音楽劇場バレエ『白鳥の湖』『エスメラルダ』、
バットシェバ舞踊団『MAX』、東京バレエ団『ザ・カブキ』~

それぞれの概要と見どころを書いています。

モスクワ音楽劇場バレエはセルゲイ・フィーリン新芸術監督就任後初の来日。
バットシェバ舞踊団は2年ぶりで、いつもながら個性的な作品を上演。
東京バレエ団『ザ・カブキ』はフレッシュなキャスティングも話題です。

-------------------------------------------------------------------------------------------------
ヴァイオリンの練習曲を勘違いしてレッスンに臨んでしまう。
といっても、ここ数日バタバタで練習できなかったから大勢に影響はないのだが、
先生は「んもう。私、やる気がなくなりました」とご機嫌ななめ。
重ねて「そもそも、私が選んだ曲じゃない時点でモチベーション低いし」とおっしゃる。

あれ、だけど、正しい曲にしろ勘違いした曲にしろ、先生から
「やりたい曲をやるべきだと思います。何を弾きたいですか?」と選択を迫られ、
私が差し出した曲集の中のものだったと思うのだが・・・。
でも反論しない。先生には従順なのだ。練習はできなかったけど。

レッスン後は楽器店で調整をしてもらう。楽器がちょっぴりきれいになった♪


『トニー・リッツィ Every Body Tells A Story』

2010-03-14 20:32:30 | 観劇
『トニー・リッツィ Every Body Tells A Story』@彩の国さいたま芸術劇場 大稽古場


フランクフルト・バレエ団での活躍を知る人にはたまらない「あの」トニー・リッツィが
07年、ボストンのサイバー・アート・フェスティバルで発表した自伝的パフォーマンス。
その前年、スターダンサーズ・バレエ団が初めてフォーサイス振付『Approximate Sonata』を
上演するにあたり、指導に訪れた彼に取材したことを思い出す。
去年はヤン・ファーブル『寛容のオルギア』の来日公演に参加していた。

で、この作品。決して構成などは見事という感じでもないのだが、
希有な身体と素晴らしいキャリアをもつリッツィゆえに、魅力あるパフォーマンスになっていた。
ラフに踊っても無駄がなく、敏捷にしてしなやか。
その動きは今なお、“求心力”とでも呼びたくなるようなエナジーを感じさせる。
一緒に踊ったマリオ・ザンブラノとは動きの質が異なり、好対照だった。

リッツィは踊りながら個人史を語っていく(といっても時系列通りではない)。
興味深かったのはビナ・バウシュが彼のアイドルだったという話。
ピナとフォーサイスといえば長らく、ドイツのコンテンポラリーダンス界の2大巨頭だったしね。
リッツィが偶然見かけたビナ(たぶん面識なし)に「タバコはいかが?」と話しかけると、
彼女は「じゃあ一本だけ」と応じたそうだ。「ピナ・バウシュってクール!」とリッツィ。

また、フォーサイスの名を出さずに「点と点をつなぐラインが~」と再現するくだりも面白かった。
その辺りをもっとがっつり聞けたら、それはそれで貴重だっただろうけれども。
あと、かつて学んだバレエで「ピケ・アラベスクから客席に目線を送るのが好きだった」と
踊りながら流し目をしてみせるさまが、とってもキュートだった。

リッツィに興味がないとついていけなさそうなエピソードも多かったが、
その点、八嶋智人の助っ人的好演は大きかったと思う。

 劇場のある与野本町の円乗院に建つ塔
トラックバック (1)

『レプリークBis』vol.18/ミシュランチ

2010-03-10 00:00:00 | 執筆
『レプリークBis』vol.18(阪急コミュニケーションズ)


下記、執筆しています。

◆中村勘太郎 インタビュー
 舞台『おくりびと』を前に現在の心境を語っていただきました。
 父への思い、2年後の「勘九郎」襲名への意欲などもお話しいただいています。

◆湖月わたる インタビュー
 ダンスいっぱいのミュージカル『絹の靴下』でヒロインを演じる湖月さん。
 踊りの名手である彼女の、舞台への意気込みをうかがいました。

◆メガホンも取る演劇人たち
 映画監督をもこなす多才な演劇人たちとその作品をご紹介!

◆『CHICAGO シカゴ』紹介ページ 河村隆一、米倉涼子 インタビュー
 2年ぶりに再演されるミュージカル『CHICAGO シカゴ』日本版。その概要と、
 初演に引き続いての登場となる河村さん、米倉さんのインタビューを執筆しています。

◆松平健×姿月あさと 対談
 オリジナルミュージカル『ドラキュラ伝説』で共演するお二人。
 ミュージカルへの思いとお稽古前のお気持ちを語っていただきました。

◆連載 ダンス・カレイドスコープ
 イデビアン・クルーの活動をいったん休止し、ソロ・リサイタルを行う井手茂太。
 彼へのインタビューを通して見えた、次回作のイメージ・構想とは――?

◆カミングスーン 公演紹介欄
・ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団『私と踊って』
・二兎社『かたりの椅子』
・『ヤン・リーピンの“シャングリラ”』
・バットシェバ舞踊団『MAX マックス』
---------------------------------------------------------------------------------------------
仕事がらみでミシュラン星獲得店へ。
比較的手頃なランチだからある意味、おとなしめだったけど、
色とりどりのおかずは、おせち料理みたいでウキウキ。


自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』

2010-03-07 15:51:02 | 観劇
東野祥子のソロ『VACUUM ZONE』がものすごい迫力だったり、
これから野田秀樹作・松尾スズキ演出『農業少女』を観に行ったりするのだが、
今日はその間に観た下記の公演のメモを。

自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』@座・高円寺1


アパートの一室という同じ舞台装置を用い、内装などを少しずつ変えながら、
鄭義信、マキノノゾミ、赤堀雅秋、蓬莱竜太が書き下ろした4つの物語を、
2つずつAB2プログラムで上演していく。演出はすべて鈴木裕美。 
これを1日で観ることで、4人それぞれの作家の個性がはっきりわかって面白かった。

昼はBプロ。
■鄭義信の『リバウンド』はベタな感動もの。
女性3人の青春と、中年期にさしかかっての別れを描く『ドリームガールズ』風味だ。
実際、シュープリームスの歌を歌うし。
太った女性3人というのが鈴木裕美のオーダーだったらしく、デブネタ満載。
私はデブということそのものに対してあまり感じるところがないので
(体質はさまざまだから食べ物とリンクしているとも限らないし、
痩せていればきれいとも、太っていれば面白いとも思わない)、
デブネタにとてつもない大笑いで反応する近くの観客にちょっと違和感を抱いてしまった。
とはいえ、出演者の平田敦子、池谷のぶえ、星野園美はそれぞれ個性的で実に好演。
ただ、明らかに昼間の照明の場面で、奥のほうの窓の向こうが真っ暗だったのはOKなのだろうか?

■マキノノゾミの『ポン助先生』は、ベテラン漫画家と新進漫画家、
そして編集者の、人間模様と衝撃の展開(!)を描く。
やっぱりベタだが随所に職人的な工夫を凝らしているため、
感動ものながらも、一筋縄ではいかないストーリーになっていて飽きない。
出演者の黄川田将也、西尾まり、山路和弘、そして、とくに山路が必見だ。
「反則だろー」と笑ってしまうはっちゃけた演技が素晴らしかった。

夜はAプロ。
■蓬莱竜太の『魔女の夜』はタレントとマネージャーの愛憎という、ある意味、これもベタな物語。
女性のトゲの付け方などに、いかにも男性が描いた女性ものといった感じがあるが、
あざといなあと思いながらも固唾を飲んで見守ってしまうような、インパクトのある設定。
山口紗弥加のエキセントリックな演技と明星真由美の落ち着いた風情が
徐々に効果を発揮していき、二人だけで進む暗転なしの芝居は緊迫感があった。

■赤堀雅秋の『海へ』は、自殺した男の部屋を整理する双子の弟のもとに
男の友人だった人間らが押しかけ、「ぐだぐだと」過ごす。
ぐだぐだの理由は途中、友人が弟に対して述べるたとえ話、
「電車で、痴漢してくる男に対してカップルが何かするのを待っている」で表明され、
自殺した男への言葉にならない思いが、少しずつ形になっていく。
「現代にはドラマティックなことなどない」ことが随所で強調されており、
そこから逆説的に、違った意味でのドラマツルギーを作るのが狙いだとわかる。
でも、表現として俎上に乗せる「ぐだぐだ」と実際に観客が体感する「ぐだぐだ」が
そんなに重ならなくてもいい気がするのだが・・・
出演の井之上隆志、入江雅人、清水宏、遠藤留奈、久保酎吉はいずれも好演。


どの舞台にも煙草を吸う場面が必ずあったことと、
室内劇にしてはハッキリとしたスポットライトが、妙に印象的だった。

個人的にはマキノの作品が一番、バランスの取れたエンターテインメントとして
好もしかったが、けっこう好みは分かれるのかもしれない。

通して観たことで改めて、鈴木裕美の演出の確かさを感じた公演だった。
なにせ4本まとめてだから、ところどころ、力業的な乱雑さがなくもないが、
4つそれぞれに異なるカラーを見せていたし、
俳優陣が生き生きとテンポ良く演じているさまにも鈴木の腕を感じた。

『シアターガイド』4月号

2010-03-04 18:17:26 | 執筆
『シアターガイド』4月号(モーニングデスク)


下記、執筆しております。

■森山未來 インタビュー

フランツ・カフカ原作、スティーブン・バーコフ演出『変身』に主演する未來さん。
舞台への意気込みはもちろんのこと、自身の人生観についても語っていただきました。

幸せな客席~『サルヴァトーレ・リチートラ コンサート』&『上海バンスキング』/弥生は焼肉

2010-03-03 02:47:07 | 観劇
パフォーマンスそのものというよりも出演者への愛で成立する舞台もある。
下記の公演はともに内容が悪かったというわけではないけれども、
それ以上に、出演者の魅力やバックグラウンドを踏まえて観客が熱狂した公演だった。

■サルヴァトーレ・リチートラ コンサート2010@サントリーホール


いかにもイタリア~♪な天性の美声がとても素敵だが、恐らく彼は本調子ではなかったと思う。
低音があまり響かず、高音への切り替えもスムーズではなかったし、
高音は少し無理矢理に張り上げてもっていっており、音程も割とアバウトだった。

けれどもオペラ歌手のリサイタルの醍醐味の一つは、
最初から絶好調とはいかない歌手(そういう場合もあるが稀と言っていいだろう)を
拍手で盛り立てながら一緒に乗っていくことだと私は考えている。
リチートラの場合も客席の拍手でノリノリになり、曲が終わる毎に四方の客席へご機嫌で挨拶。
その嬉しそうなさまがなんともチャーミングで、観客も大喜びで手を振る。
こうした舞台と客席の往還が、実にあたたかい空気を作り出していた。

リチートラは前半最後の「五月の晴れた日のように」(『アンドレア・シェニエ』)を端正に歌い上げ、
後半は「星は光りぬ」(『トスカ』)、「衣装をつけろ」(『道化師』)を熱唱。
アンコールは「誰も寝てはならぬ」(『トゥーランドット』)や
「カタリ・カタリ」など、大サービスで何曲も歌ってみせた。

ベテラン指揮者マッシリアーノ・ブロの肩を若輩のリチートラがぽんぽん叩いたり、
舞台上でアンコール曲を一緒に吟味したりと、リチートラとブロのやりとりもなにやら微笑ましい。
ブロが「一度袖へ戻らないかい?」などと気遣っても
リチートラは「お客さんが僕を待っているのさ!」とばかりにぐいぐい歩みを進めるのだった。

最後のほうで彼は「もう遅いよー」と腕時計を示しながらも、
「え、もう1曲聞きたいかい?」なんて客席に向かって耳をそばだてるジェスチャー。
当然、客席はわーっと盛り上がる。
完璧な歌で場内を制圧しはしなかったリチートラだが、美声を惜しげもなく披露。
彼も観客も楽しいだろうなあと感じた。と書くと他人事のようだが、私も楽しかった。

■『上海バンスキング』@シアターコクーン


あの名作『上海バンスキング』を当時のキャスト中心で再演と聞いた時は
耳を疑い、だいじょうぶだろうか!?と危惧した。
初演は1979年。当時、脚本の斎藤憐、演出・出演の串田和美、主演の吉田日出子らは30代だった。
その後、再演が重ねられていったわけだが、それでも最後の公演は16年前なのだ。
実年齢と演じる年齢が同じである必要はまったくないのが舞台の面白さとはいえ、
自由劇場の青春のクライマックスとも言うべき作品を今演じてどんな結果となるのか――。

結論から言えば、私は楽しんだ。
『上海バンスキング』は斎藤憐と串田和美という、本来はベクトルの異なる二つの才能が
充実し、かつ瑞々しい感性を保った壮年期に結びつき、
そこに吉田日出子という希有な個性が加わってできあがった、奇跡のような作品なのだ。

今日の舞台は、セリフや段取りがいささか流れてしまっている部分もあったものの、
吉田の衰えない声に驚いたし、今や演劇界の重鎮となった串田や笹野高史、
大森博史、小日向文世らが額に汗をかきながら奮闘する姿に、
自由劇場のファンだったわけではない私ですらぐっと来て、彼らの人生に思いを馳せていた。
もちろん、かねてからのファンにはたまらない瞬間なわけで、客席の拍手・手拍子の様子は
明らかに一見さんのそれとは異なり、懐かしさの中に浸っているといった雰囲気だった。

こういうノリは部外者にとってしばしば不愉快なものなのに、
今回そう感じなかったのは、やはり作品そのもの――戯曲と演出が不世出の名作だからだと思う。
もう串田と斎藤がタッグを組んでこんな作品を生み出すことは二度とないだろう。
俳優陣が、今に至るまで活躍し、愛されている人たちばかりだというのも大きい。

                 * * *

リチートラのコンサートは厳格なクラシックファンには大満足とはいかなかったかもしれないし、
『上海バンスキング』も、予備知識ゼロのフラットな目で観た観客には違和感があったかもしれない。
本来、最上の舞台はそうした観客にも万全のアピールをするものだろうけれども、
上演・上演者の背後にあるものに心打たれるといった観劇体験が存在するのもまた、
否定しようがない現実なのだ。初めからそれだけを狙うととんでもない結果を招きかねないが・・・
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
そして、私が焼肉に惹かれるのもまた、否定しようのない事実。

 レバ刺し
 タン
 カルビ

などなどを、約二ヶ月ぶりに味わう。とろけた~