劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスで編集者・ライターをしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

Kバレエカンパニー『海賊』

2010-02-28 01:28:53 | 観劇
Kバレエカンパニー『海賊』@Bunkamuraオーチャードホール



26、27日の公演を観る。26日は東京で熊川のアリをようやく観たことになる。

一流のダンサーに共通することだが、熊川のすごさは身体の制御能力だ。
この“制御”とは単に、思ったところまでジャンプができるとか脚が上がるとか、
決まったステップが踏めるとか、そんなことではない(それでも素人からしたらすごいケド)。
あえてイメージをアバウトな言葉にしてみるならば、
身体のコアがぎゅっと凝縮されたかたちで存在していて、
どれだけ流動性に身を任せても常にそのコアがすべての動きの手綱をきゅっと引き締め、
結果、ブレることなく鮮やかな技を繰り出すことのできるダンサー。
そして、その動きの隅々にまで個性と色気を込めることのできるダンサー。

熊川といえば高い跳躍やスピード感で有名だが、今回改めて、トータルで魅了された。
パを繋ぐ足首や上背の柔らかさ、小気味よく弾むリズム、さらにマニアックなことを言えば
冒頭、「船が難破しちゃったんです~」と説明するごく短いマイムに、
あれほどの雄弁さと優雅さを込めるとは・・・。
若いころの鋭さ・跳躍の高さに比べると今回は少し抑え気味だったかもしれないが、
やはり、比類ない踊り手だなあとしみじみ。

橋本直樹のアリもダイナミックでジャンプも申し分なく、喝采を浴びていた。
高い理想を言えば、今後さらに、熊川のような高い制御能力も身につけていってもらいたい。

メドーラのWキャストは溌剌とした浅川紫織、品の良い(フェッテは安定感抜群)東野泰子。
グルナーラのWキャストは、おびえた様子をパ・ド・ブレにまで表した松岡梨絵に対し、
くっきりした輪郭で振りの魅力を伝える荒井祐子と、こちらもそれぞれ個性的。

収穫は浅田良和のガッツあふれるランケデム。
動きでも演技でも強気にアピールする踊りに好感が持てる。
今、意欲と闘志がみなぎっているのだろう。このまま突き進んでほしい。
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今週はどうやら、40時間弱、観劇に費やしたもよう。
さらにオリンピックのフィギュアスケートに見入っていたものだから、
楽しかったけどさすがにくたびれた。。。
フィギュアもエキジビションがあり、観劇も終わらないけど、今日のところは休むとしよう。

二月歌舞伎座夜の部(前楽)&昼の部(千穐楽)/黒沢美香『薔薇の人』

2010-02-26 00:36:13 | 観劇


歌舞伎座もあと66日となった24日および千穐楽の25日、二月大歌舞伎夜&昼の部を見た。
十七代目中村勘三郎の二十三回忌追善興行だ。



■夜の部は『高坏』の勘三郎が相変わらず。なぜ、あんなに可愛いんだ!
(十七代目は「自分のほうが可愛かった」と主張するだろうか)。
勘三郎の思惑に、わかっているのについハマッて笑ってしまう。
バンクーバーオリンピック開催中ゆえスピードスケートの振りを取り入れていた。

我當&秀太郎&仁左衛門、勘太郎&七之助、亀蔵&市蔵と、兄弟率の高い『釣瓶花街酔醒』では
玉三郎の八ツ橋の微笑を目の当たりにして、なにやら吸い込まれる心地。
勘三郎の佐野次郎左衛門は哀れで、最後は凄みを見せた。鶴松の初菊が初々しく可憐。

■翌日の昼の部『爪王』では、鷹の七之助の硬質な美しさと、狐の勘太郎の体の見事な切れ
(最初の引込みは下手にジャンプ、次は身を反らせたままスッポン下へ!)に見惚れる。

『俊寛』では勘三郎が顔をどろどろにしながらの大熱演を見せた。
十七代目譲りの衣裳は舞台で使用後、ロビーに展示。スタッフの努力がしのばれる。

『口上』では、幹部俳優たちがさまざまに十七代目の思い出を語った。
芝翫が飄々と勘三郎および勘太郎、七之助の血縁関係を説明するさまが面白い。
また、十七代目が当初、左団次を怖がっていたという仁左衛門による逸話、そして、
舞台上でその十七代目から息継ぎを教わったという左団次の逸話などが興味深かった。
「今日が千秋楽ゆえ、歌舞伎座での口上はこれが最後」とのことで場内がどよめく。

『ぢいさんばあさん』では仁左衛門の伊織と玉三郎のるんのアツアツぶりにあてられっぱなし。
でもあまりに色っぽい美男美女ゆえ、何か勘ぐってしまうというかなんというか(笑)。
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■夜は黒沢美香のソロダンス『薔薇の人』第13回– 早起きの人 –@中野テルプシコール。

カテゴライズされることを嫌うアーティストは多いだろうが、
実際にそこから逃がれるのは容易なことではない。
“鉄則”をある意味で外し続ける黒沢の矜持を見た思い。詳しくはいずれ改めて。

ところで、こうして連日のように書いていると、良かったのに単にタイミングを逸して
書きそびれた文楽やらダンスやらミュージカルやらが気になってくる。うーん、、、、
それらもいずれ改めて、ということで(いや、もともと全て書いてるわけでじゃないのでね)。

新国立劇場オペラ 楽劇「ニーベルングの指環」第2日『ジークフリート』

2010-02-24 00:18:56 | 観劇
ワーグナー作曲・楽劇「ニーベルングの指環」第2日『ジークフリート』@新国立劇場


上演時間約6時間。連日の観劇ということもあり、くたびれたので簡単に・・・
ともかく!キース・ウォーナー演出が!! 楽しいぃぃぃぃ。
劇場機構をフルに使ったポップな“指環”、大好きだ。
初演時からのお気に入りは、ノートゥングの剣をジークフリートが鍛えるところ。
本来は英雄的な場面だが、ウォーナー演出ではちと勝手が違う。

というわけで、ここでウォーナー版“ノートゥングの剣鍛え直し”のレシピをご紹介♪

1、折れた剣を細かく割り(一部チーズおろしで摺り)、柄の部分は豪快に投げ捨てる。
2、剣の破片をボールに入れ、冷蔵庫から出した牛乳と緑のシロップを注ぐ。
3、ジューサーに入れる。収まりきらない部分はちょっと迷ったのち、捨てる。
4、ジューサーからボールに戻し、そのまま電子レンジに入れる。
5、しばし加熱後、取り出して型に流し込む。
6、型ごと電気コンロの火にかける。時折、ふたを開けて火の通りを確認。
7、ほどよく火が通ったら、冷蔵庫に入れる。
8、冷蔵庫から出し、縦に二つに割ってかまどでしばらく焼く。
9、剣を料理用なべ、次に中くらいの金槌でリズミカルにたたいたのち、冷蔵庫へ。
10、冷蔵庫から出し、小ぶりの金槌で丹念に鍛えて、出来上がり。

※1 いずれの工程も歌いながら行うのがポイント。
※2 すべて観劇時の記憶による。剣ができなくてもクレームは受け付けません。

とまあ、これは序の口で、終始ユーモラスな演出が展開される。
それでいて、流れるのはワーグナーの甘美な音楽。
ふうっと浮かび上がるモチーフの美しさに、うっとりするばかり。

ジークフリート役は初演に引き続いての登場となるクリスティアン・フランツ。
初演のほうが輝かしい声だった気もするが、席も違うし歳月も経ったから自信なし。
ともあれ今回も長丁場を好演。前半はミーメ役のヴォルフガング・シュミットと、
終盤はブリュンヒルデ役のイレーネ・テオリンとの掛け合いもいい。
好きだったのは、さすらい人役ユッカ・ラジライネンとアルベリヒ役ユルゲン・リン。
タイプは違うが、ともに伸びのある声で聴き応えがあった。

来月の『神々の黄昏』も今から楽しみだ。

それにしても、ワーグナー先生はやっぱりロマンチストですねえ。
ラストのボーイミーツガール。今や「メルヒェン」としか言いようがない
(いやまあ、一応神話の世界だから、そういう意味ではメルヒェンなんだけどさ)。
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朝海ひかる DANCE ACT『MATERIAL』

2010-02-23 00:09:04 | 観劇
DANCE ACT『MATERIAL』@銀河劇場


波津彬子の漫画『雨柳堂夢咄』の舞台化。
原作漫画は10年ほど前に何冊か読んだだけだが、かなり好きだった。
舞台でもおぼえのあるエピソードが多かったように思う。

朝海ひかるは作品世界を体言したり見守ったり。主人公・蓮役は朝海と三浦涼介が二人で担う。
三浦は蓮役の時はやや弱々しいのだが、踊るとうって変わって楽しそうで驚いた。
植本潤が名バイプレーヤーぶりを発揮していたのも印象的。
途中、朝海のダンスシーンが少ないのでやきもきしたり、『シカゴ』に似たシーンが出て来て
「どうせならもっと“シカゴ仕立て”としてやればいいのになあ」と思ったりしたが、
終盤に向けて朝海も踊りで魅せてくれた。
最後、ショーアップされたステージに盛り上がりつつ原作世界はどこへ・・・?と訝しんだら、
アンコールで、原作のうち、かつて読んで特に好きだった逸話が登場。
歌舞伎俳優の物語で道成寺仕立てだ(思ったほど道成寺の世界は展開しなかったが)。

さて、朝海が男性陣と共に踊る場面で印象に残ったのが、
彼女だけが終始、ほぼかかとを浮かせ、爪先立ちだったこと。
理由は不明ながら、宝塚時代、男役としては小柄だった朝海の努力の一端を見た気がした。
踊っているその姿は実に生き生きとしてチャーミングだった。

第50回「式能」(は、こちらのコンディション最悪・・・)

2010-02-22 00:11:29 | 観劇
第50回「式能」@国立能楽堂


朝10時開始で終了19時の「式能」。
チケット確保時ははりきっていたのに前日、うっかり夜更かしして寝不足に。
長時間公演にはけっこう慣れているのだが、今日は体調的にきつかった。。。
ので、思いつくまま列挙。といっても時折目の焦点が合わず、
シテが二人見えることがあったので(汗)、見当違いな感想かも。だとしたらゴメンナサイ。
じゃあなぜ書くんだと言われそうだが、演目も多く、観たことすらやがて忘れそうなんだもの。

【第1部】
■能 金春流「翁」
翁は金春安明。ビブラートというか、大きくうねる謡い。
正面一列目だったので、面をつける様子がつぶさに見えて興味深かった。
三番叟は野村万作。これがもう、毅然としており、曲にふさわしい重みがあって素晴らしかった。    
■能(引き続き金春流)「竹生島」
これは昨年10月の梅若玄祥&友枝昭世の舞台が記憶に新しいので、違いがよくわかる。
金春欣三の天女は楚々とした雰囲気。可憐な雰囲気も漂う。
龍神の櫻間右陣も先の友枝昭世と違って突風のように舞台を去らなかった。

■狂言 和泉流「福の神」
シテの三宅右近は福の神。こちらの生活にも福を入れたくなる演目。
アドの右矩はちょっと声が割れ気味だったような・・・?

■能 宝生流「俊成忠度」
シテは大坪喜美雄。姿は凛々しいのだが、なぜかもう一つ胸に迫って来なかった。
でもとくにこの辺り、こちらの体調が最悪だったので、そのせいかも。

■狂言 大蔵流「蝸牛」
シテの太郎冠者・ 茂山千五郎はなんだか独特の愛嬌がある。
間合いが今ひとつに感じられるのだが、まさに「味がある」タイプ。

【第2部】 
■能 金剛流「雪-雪踏拍子」
シテの金剛永謹は、立派な声ではあったが意外にも座っての動きなどに、
期待ほどの優美さが感じられなかった。でも素敵な佳品。洒落ていると思う。

■狂言 和泉流「見物左衛門」
シテの見物左右衛門は野村萬。「独り芝居」で話を飽きさせず持っていくさまが見事。
野村兄弟はつくづく、矍鑠として豊かな味わいに満ち、隙のない芸だ。

■能 喜多流「自然居士」
シテは粟谷能夫。憂いを帯びた、美少年というより美青年の印象。しかしこの話ひどいよね。
「プロ(じゃないか、セミプロ?)にただ働きさせるな~!」←我田引水。

■狂言 大蔵流「千鳥」
シテは山本東次郎。仕草や目つきが愛らしく微笑ましく、一つ一つにこちらの顔がゆるむ。
むろん、しっかり計算してのことだろうが、それを感じさせないのがさすが。

■半能 観世流「石橋-大獅子」
シテは梅若玄祥。といっても半能で後半だけなので、ひたすら勇壮。
時間的な制約もあるのだろう。終わりにふさわしく華やかではある。

ふう、寝不足のまま書いているので、走り書きの雑記でもくたびれた。

五流そろい踏みでこれだけの長さ。主催者側も、調整だけでもさぞや大変だったことだろう。
単独で見ると注文(単純に半能じゃなくて全部がいい!とか)もあるのだが、
一日での体験としては良かったと思う。ああ、ちゃんと寝て臨んでいたらなあ・・・

『フィガロ・ジャポン madame FIGARO japon』3/5号

2010-02-20 00:01:43 | 執筆
『フィガロ・ジャポン madame FIGARO japon』3/5号(阪急コミュニーションズ) ※本日発売


下記、執筆しています。

◆actualite/いま、興味人間 

舞踊家ヤン・リーピン インタビュー

中国の舞姫ヤン・リーピンが、中国・雲南省の26の少数民族の歌や踊りを編纂した舞台
『ヤン・リーピンのシャングリラ』で再来日。彼女が語る、踊りや人生への思いとは――?

『音楽の友』3月号

2010-02-18 13:43:09 | 執筆
『音楽の友』3月号(音楽之友社)


下記執筆しています。

◆ダンス紹介連載
~パリ・オペラ座バレエ団『シンデレラ』『ジゼル』、新国立劇場バレエ団『アンナ・カレーニナ』、
グルジア国立バレエ『ロミオとジュリエット』『ジゼル』~


それぞれの概要と見どころを書いています。

昨年、映画「パリ・オペラ座のすべて」も公開されたパリ・オペラ座バレエ団は2年ぶりの来日。
新国立劇場バレエ団は、ロシアの振付家ボリス・エイフマンの作品を新制作。
グルジア国立バレエは、ボリショイが生んだプリマ、アナニアシヴィリが率いて二度目の来日です。

バンクーバーオリンピック開会式で服部有吉

2010-02-13 13:14:35 | その他
バンクーバーオリンピック開会式。
選手たちが入場すると、妙に感動してしまう。
当たり前だけど、それぞれの歴史を背負って今そこに立っているのだよねえ。
ブライアン・アダムスは口パクが丸わかりで残念!

そして、アルバータ・バレエが出るというから期待して見ていたのだが、
けっこう目立ってましたね、服部有吉。
小柄だから、女性に混じってリフトされたりも。

無事にその姿を見届けたところで、さあ、仕事、仕事・・・

 公園の出入り口で睨みを利かせる黒猫。
いつもいる。「寒くないの?」と聞いたら「別に」だって。
門番(?)、ご苦労さま!

ルグリが!ド・バナが!~マニュエル・ルグリの新しき世界Aプロ~

2010-02-05 00:59:22 | 観劇
マニュエル・ルグリの新しき世界Aプロ ルグリ×ド・バナ×東京バレエ団 スーパーコラボレーション @ゆうぽうとホール



パトリック・ド・バナ。
モーリス・ベジャール・バレエ団やスペイン国立ダンスカンパニーで、
ベジャール、イリ・キリアン、ナチョ・ドゥアトなどの作品を踊ってきた、
ダンサーにして新進の振付家である。

今回、マニュエル・ルグリが彼の才能に惚れ込んで実現させたのが、
このオール・パトリック・ド・バナ プラグラム。
ルグリがいかに楽しそうに彼との共同作業について語ったかは、
『エル・ジャポン』の拙インタビューでお読みいただきたい。

そして今夜。素晴らしい公演だった。

■まずオレリー・デュポンとフリーデマン・フォーゲルの『クリアチュア』。
生命体の営み、あるいは秘儀のようなものを感じさせる。
男性が女性を抱き上げるリフトはキリアンを彷彿とさせるし、
がに股の動きやしっとりとした叙情性にはナチョ・ドゥアトの影響も感じられる。
それはしかし、この振付家の才能を否定するものでは決してない。
美しく躍動感あふれる、魅力的な作品だった。
(フォーゲルは怪我をしているようでやや精彩を欠いたが、だいじょうぶなのだろうか)。

■次にルグリの『ザ・ピクチャー・オブ・・・』。
繊細で情感豊かで、観る者を引き込まずにはおかないエネルギーにあふれている。
振りにエモーションを込める集中度の高さに圧倒される。
昨年だけでも彼の舞台を何度も観ているというのに、
その瑞々しさに改めて、信じられないものを観ている気持ちになった。
パリ・オペラ座で定年を迎えた年齢にして、この充実ぶりはどうだろう。
祈りにも似た敬謙さをも漂わせるその舞台は、彼自身の踊りへの姿勢にも重なって見えた。

■最後に新作『ホワイト・シャドウ』。
煙るオリュンポスの山に女神たちが集まってくるかのような幻想的なオープニングから、
アルマン・アマーのエキゾティックな音楽とともに、
太古のパワーを感じさせ、それでいて斬新な動きが続く。
神秘的/神話的世界をドラマチックに描く点はベジャール譲りか。
女神エルダのような存在感を放つ吉岡美佳がいい。
(余談だが、バナはベジャールの『ニーベルングの指環』ヴォータン役で来日している)。
長い袖を振る群舞や、カンフーや武術を想起させる男性5人の踊りは、アジア的。
同じ振りが繰り返される箇所も、見せ方に工夫があって飽きさせない。
とにもかくにも、緩急に富んだ構成力が見事だった。
圧巻はルグリとバナのデュオ。ともに優れたダンサーなのは間違いないが、
緻密でシャープなルグリと伸びやかで余白を感じさせるバナは好対照だ。
高沢立生の照明や野村真紀の装置、井秀樹の衣裳も個性的だった。
――出演者全員が鮮やかに走り抜いた感のある1時間。
畳みかけるように繰り出される踊りはエネルギーに満ち、極めて印象深かった。

ルグリはもちろんだが、バナへの拍手が大きかったのは、
彼の才能に観客が感銘を受けた証だと思う。
この若き振付家の世界を堪能する、忘れ難い一夜となった。

誘いに乗るかどうか/劇団民藝『巨匠』

2010-02-03 00:26:06 | 観劇
原稿を書いていると、時々、インターホンが鳴って何かの勧誘がやって来る。
一時期、妙に頻繁だったのが布団の丸洗いで、インターホンを鳴らしながらドアをノックされて
不愉快だったことがある。最近、多いのは光ファイバーがらみ。

今日も「今までのプロバイダを変えることなく光が無料になるんです」とのこと。
ほほお?と一瞬惹かれるが、次の瞬間、偉そうな物言いにスーッと興味が失せた。
「2~3分の説明があるので、玄関先までお願いします」。
このところ、ばーっと喋って「出て来い」と高圧的に言う勧誘が増えている。
「聞いていただけませんか?」などと下手に出るとかえって断られるのだろう。
それが当然なのだと言う公的(?)な態度で、相手を引き込もうとするわけだ。
こういうのが通用するのは日本ならではなのかも知れないが、私には逆効果に思える。

「よかったら説明書みたいなものを投函しておいてもらえませんか?」と言ったら、
「そうしたらみなさんご理解していないようだったので、こうしてうかがっているのです」。
相手はどこまでも居丈高。思わず失笑したら、向こうはむっとした様子だった。
最後は「仕事中なので(←事実)、何かあるならポストに入れてください」と会話を終わらせる。

その後、空っぽのポストを確認して外出。劇団民藝『巨匠』@俳優座劇場



これはもう、“巨匠”役の大滝秀治に尽きる。彼が演じ始めると、
ややぼんやりしていた空気がにわかにヴィヴィッドな色を帯びるのだ。
大熱演だった。俳優の道を苦労して歩んできた彼だからこそ、
老優という役柄での言葉に、表情に、存在そのものに、リアリティが出る。

以下、その大滝の台詞より。といっても正確な引用である自信はないが・・・。
「どんな状況の中でも常に生き続ける、決して滅びることのない演劇の魔力。
雑草の中から不意に見事な花を咲かせてくれる演劇の魔力」
「今は報われないどんな俳優でも一度はその力を身にしみて感じた瞬間があるから
俳優であり続け、また今、報われなくてもいつかそれを感ずる瞬間が
自分の生涯にあるであろうと思うから、俳優から離れられない」
「自分の理想を否定されてくじけるようなら、そんなものは理想ではない」

でも、と、ふと思う。演劇は本当に滅びないでいられるだろうか――。

大滝の演技は感動的だったけれども、それ以外はどこか膠着というか沈滞というか、
そんなムードが感じられ、戯曲のもつ恐ろしいまでの緊迫感に没入できない瞬間もあった。
俳優・観客ともに年齢層が高いという事実も、きっと無関係ではないと思われる。
劇団として、おいそれと誰にでも演じさせるわけにはいかない舞台なのだろう。

あの大滝を観ることができたのだからチケット代は高くない、とは言いたくないのだ。
だってそれは、民藝が目指してきたかたちではないはずだから。