劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスで編集者・ライターをしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

『ELLE JAPON(エル・ジャポン) 』12月号

2012-10-28 18:07:00 | 執筆
『ELLE japon(エル・ジャポン) 』12月号(ハースト婦人画報社)



下記書いています。

● ELLE P.332 Stage欄

10~11月に展開する舞台芸術の祭典「フェスティバル/トーキョー」への期待を、
作家・朝吹真理子さんに語っていただきました。

鄭義信作・演出『ぼくに炎の戦車を』もご紹介しています。



『エリザベート20周年記念コンサート 』パンフレット

2012-10-27 00:04:39 | 執筆
『エリザベート20周年記念コンサート 』パンフレット



92年の誕生から20年を迎えたミュージカル『エリザベート』。
その記念コンサートの公演パンフレットに、
脚本・歌詞のミヒャエル・クンツェさんと音楽のシルヴェスター・リーヴァイさん、
タイトルロールのマヤ・ハクフォートさんのインタビュー記事を書いています。
(誰にもわからない表記のしかたになっているけど、
インタビューのほか、マヤのみ、プロフィールページのコメントも私が書いてます…)。

公演は大阪公演を終えて、現在、東京公演中です。


「omoshii」 賀来賢人 インタビュー 2

2012-10-26 14:37:31 | 執筆
演劇 & エンタメ系 WEBマガジン「omoshii」にて、
『RENT』にご出演される賀来賢人さんにインタビュー。
全2回の第2回目が掲載されました。

コチラからお読みいただけます。


「omoshii」 賀来賢人 インタビュー 1

2012-10-24 12:07:55 | 執筆
演劇 & エンタメ系 WEBマガジン「omoshii」にて、
『RENT』にご出演される賀来賢人さんにインタビュー。
全2回のうち第1回目が掲載されました。

コチラからお読みいただけます。



こどもの城 青山劇場 青山円形劇場 閉館反対の署名活動

2012-10-14 13:17:43 | その他
9月末、厚生労働省は、国立総合児童センター「こどもの城」を、
2015年3月末までに閉館すると発表しました。
併せて、演劇ファンには馴染み深い青山劇場・青山円形劇場も閉館予定とのこと。
理由として挙げられたのは、「施設の老朽化」などでした。

しかし、これらの施設は1985年に開館したもので、
まだまだ、十分に使える状態だと聞いています。

どうやら背後には、一等地である敷地を売却したいという国の意図があるもよう。
こどもの城、青山劇場、青山円形劇場の存続を訴えるこちらのブログにも書かれています。

何よりも、問題は、そうした事情が一切公表されぬまま、
「老朽化」など偽った理由で、施設が閉鎖に追い込まれた点にあるのではないでしょうか。
子供や保護者から憩いの場を奪い、
演劇やダンスの作り手および観客からは貴重な劇場を奪う行為が、
こんなに突然、そして、うやむやなかたちで進められることに、腹立ちをおぼえます。

その意味で、この件は、極端な言い方をすれば
子供にも演劇・ダンスにも興味がない、という人にとっても、
見過ごしてはならない問題だと思います。

というわけで、施設存続を希望するのはもちろんですが、
他の事柄にも十分にあてはまり得るこの問題を広く知ってもらう為にも、
署名活動に賛同することにしました。

詳細は先程のブログのコチラから。

この件については、多くの意見が出ていますが、
しのぶの演劇レビュー がある程度まとめてくださっていますので、ご参照ください。


朝日新聞広告特集「指定席」 井上芳雄 インタビュー

2012-10-11 15:21:10 | 執筆
今日の朝日新聞広告特集「指定席」欄で、
井上芳雄さんのインタビュー記事を書いています。


  ←このマークのついた記事面ですね。


劇作家・井上ひさしの最後の作品となった『組曲虐殺』。その再演を前に、
演じるということや井上作品への思いなどを語っていただきました。



『ELLE JAPON(エル・ジャポン) 』11月号

2012-10-03 13:01:23 | 執筆
『ELLE japon(エル・ジャポン) 』11月号(ハースト婦人画報社)



下記書いています。

● ELLE Stage欄

新国立劇場で上演するアーサー・ミラーの戯曲による演劇『るつぼ』と、
イスラエルのバットシェバ舞踊団『Sadeh21 -サデ21』をご紹介しています。

ただ、編集部の手違いで一部、おかしな表記になってしまいました。
いうまでもなく、ミラーが『るつぼ』執筆時に暗に赤狩りに警鐘を鳴らしたのであって、
97年の映画化が、赤狩りに警鐘を鳴らすためのものだったわけではありません。