Days of Pieria

奥沢の治療室Pieria 鍼灸&オーラソーマ&冷えとり…日々の気づきとメッセージなど

本気度が上がりました(笑)

2015年03月27日 | ひとりごと
KIN253赤い律動の空歩く者(同等 組織する つりあわせる / 空間 探る 目覚め)

自由が丘も桜がほぼ満開です。
そして今日は一粒万倍日ということで、朝からFBで宣言している人多し!
不言実行も良いですけど、やはり言葉にすることで絶対現実化しやすいですよね。種まきです。

今年始めに出来てきたオーラソーマジュエリーのリングのテーマは、「マジ(本気)」でした(→
その後なんともしんどい変容期を経ながらも、本当にマジでプロセスしています。
ジュエリーやボトルやイルカやクジラやビーマーやクラニオに助けられながら。。

オーラソーマが大好きです。ずっと信頼していました。
他にいろんなことを試しましたが、こんなもの他にないし、ますます信頼が高まっていきます。
でもね…まだ足りなかったのよ(苦笑)

腕一本、鍼一本でやっていく仕事で独立しましたし、私は一生鍼灸師で、それを気に入っているんですね。
だからこそ、一つの会社の製品に依存するようなスタンスって、どうなんだろう??と心の底で感じてたみたい。
今素晴らしくても、先のことはわからないじゃん?とか。。

でも2006年に光の鍼(ビーマーライトペン)をツールとして使うようになってから、私は実際にはオーラソーマと二人三脚してます。鍼は既に私の一部ですので。
そして現時点で私ほどオーラソーマのセッションをイロイロやってる人って、あまりいないんじゃないだろうか?
ビーマーライトペン、AEOS、パーミストリー、72天使、そしてクラニオ!
製品もほぼ全種、AEOS、ペガサス、カラーバイオケミックソルト、そしてもうオーラソーマじゃないけどソーラーエッセンス&エリックのエッセンス。
色々やりすぎてるとは思うんですが、絶対知っていたいしそれぞれ素晴らしいので扱いたいし、何より自分が手放せません!

…ここまで踏み込んでいながら、実は踏み込みきれていない、および腰だったのに気づいたのが、先日のワールドコングレスでした。
私は分科会狙いで2部のみ参加だったのですが、充分に恩恵を感じたのと、マイクの「水と意識」の講演を聞いて改めて感じたのです。。

ゴメンなさいマイク先生! オーラソーマ、すげーマジですね?! 本気ぶりパネェっ!
ボトルなどの製品に使われる「水」が、どれだけの配慮を払われているか、ご存知でしょうか??
水=意識ですので、過去の条件付けを完全に消去し、最高最善のみを現実化させる意図を持たせるために、超ハイテクかつ深淵な、気が遠くなるようなプロセスを経て製品化されているのです。
だからなんです。こんなモノ他にないですし、モノを超えているんです。

単なるイギリスの田舎の小さな会社じゃなくて、地球と宇宙のために貢献しているコミュニティです。
そして、それは集う人を見ればわかる。歩みを進めているティーチャーさんたちは、10年前よりも皆さんずっとずっと若くて美しくて魅力的なんです。
最も強力なエネルギーツールは人であり、オーラソーマファミリーという言葉は内輪の家族意識ではなく、地球家族のようなものです。それは成長しているんです。オンゴーイング!

私は過去の制度でブリッジまで受講しながら歩みを8年止めていました…(汗)
カラーケアコンサルタントやティーチャーになることの優先順位が低かったのは、私は施術者だし、ワークショップができれば充分と思っていたから。
やる気ないわけではないんですけど~ とか言い訳しながら、やっぱり全然やる気なかった(爆)。面倒~!って思ってました。

でも、オーラソーマの本気ぶりに応えずにどうする!?って気になってきたんです。
つまり私はまだまだ目覚めてなかったのね…;-;

赤い空歩く者の日のキーワードの一つは目覚めです。
もっと本気で100%を生きるために、レベル4に進んでいこうと決心いたしましたっ!と私も宣言しとく!(^^)



サイフォンでコーヒー飲める(抽出方法が選べる)カフェが近所に出来て嬉し。
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遅すぎる追悼・高橋たか子

2014年05月11日 | ひとりごと
KIN193赤いスペクトルの空歩く者(解放 溶かす 解き放つ/空間 探る 目覚め)

グレゴリオ暦誕生日の午後は、どこに行くでもなく、自分にただスペースを与えることにした。
仕事はお蔭さまで忙しく、そして楽しくさせていただき、ご報告することが沢山あるのに全然書けないのは、これを書いていなかったから。
GW前半のある日に、ふと気づいた標題の件…。ショックと混乱を治めるのに、今迄掛かった次第である。

作家、高橋たか子さんが、昨年の7月に亡くなっていた。
実は私はご年齢を考えて、時々ネット経由で彼女の生存確認をしていた。
2012年末の引っ越し前後は覚えている。書籍の処分の際に自選小説集に入っていないものは手元に留めるように全てチェックしたからだ。
でもその後、毎日のようにネットをチェックしている生活は変わらないのに、何故気づかなかったのだろう!?
「群像」誌の追悼特集も、取り寄せてみたらたったの4ページ!
多分それほどひっそりとした死であり、大した報道はされなかったのだろう。

高橋たか子さんは、私にとって特別で唯一無二の作家なのである。
はたち前に始めて読んで以来、この人のことにどれだけエネルギーを使ってきたかわからない。
同時に、この人を読まなければ私は多分生きていなかった。実際若い頃の私は、この人の世界を生きることで生命を繋いでいたとも言えた。

でも、そのことは私にとって理不尽な出来事を沢山引き起こした。
卒論の題材として他の作家を思いつかず、ある教授にご相談した時(物故者以外は基本的に認められなかった)、題材として容認されたものの、先生は「私は(高橋たか子が)大嫌いだ」と言い放った。
就職活動でいくつかマスコミをあたり、担当者と話した時も「(高橋たか子に)会いたいですか?私は大嫌いですけどね」的に言い放たれた。そんなことが沢山沢山あった。最初は驚いたが、段々慣れた。
その作品の特異性、毒に満ちていること、人間の暗黒の部分を描くことなどにより「決して歓迎されない作家」という位置づけなのだと当時は思い込み、それを受け容れることにした。
その本当の理由に気づかないまま卒論に取り組むことは、正直難儀だった。

私にとって自己価値そのものであると認識して選んだ作家が、決して歓迎されないどころか、多くの人に「大嫌いだ」と言われる対象であること…だからといって自分の決断を曲げるようなことは絶対にしない私だが、単純に言えば私は相当傷ついていたのだった。
更に悪いことに卒論は明らかな失敗作であり、自分の頭脳と知性の限界を思い知らされたことは、羞恥に加えて自己否定の烙印を押すきっかけともなっていた。

そしてこのことがどんなに自分を責める材料になっていたかを、今、初めて気づいたのだった!
亡くなったことに1年近く気づかなかったこと、そして自分の傷にも気づかなかったことで、二重のショック
成人後はかなり意識的に生きてきたつもりだが、これは完全ノーマークだった…

当時、存在の深みを描く彼女の小説を私は「身体性の言語芸術」とか「存在そのものの言語表現」という捉え方をしていたのだが、今回少し読み返してみて、その自分の感覚は間違っていなかったことを確認した。
今ならもっとスマートな表現もできる。「Beingの作家」と。。
つまり私はフィーリングの表現ではなく、ビーイングをマインドで硬質に描く表現が好きなのだ。だから今の私がある、納得。

そして彼女のエッセイに時々登場する「鈴木君」という人が、翻訳家の鈴木晶氏であり、弟子であり著作権管理者であり、今は鎌倉の家の住人でいらっしゃることを知り、更にこの人が若い頃作家志望で、師事するのは彼女しかいないと思い弟子入りを希望した、という話を知り感動した。(→
彼女の作家としての力量や発言が男性の何かを脅かしていたこと、つまり歓迎されないのは嫉妬されていたからなのだと今ならわかるのだが、そんなこと関係なくニュートラルに、類いまれな彼女の才能を師と仰ぐ男性がいたことを、本当に良かったと思うのだ

高橋和己をサポートし妻として看取り(そして彼にとっては永遠の女性であり続け)、キリスト者として(この辺はあまり私は興味がなくて詳しく知らないが)多くの役割を果たし、最後は認知症の肉親を長く介護し、本当にやるべき仕事は完璧に果たした人だと思う。

私事、2012年末の自分の引っ越しは新しい時代を生きるためだったので断捨離という大命題があり、それでも処分しきれずに持ってきた卒論資料や多くの本があり、書籍化されていないかもしれない作品(それも昭和の時代の文芸雑誌コピー)が出てきて、まだ片付かないダンボールの間でいっとき読みふけった。
それは一生「家」を探し続ける彼女のテーマのもので、終の住処と決めて引っ越しした当時の私の状況が合い、何かがカチっと付合した感じがして、その直後に自選小説集に入らない初期の好きな短編集以外のハードカバーを処分できた。
でも1年を過ぎ、私はかつての自分の一部でさえあった著作についての更なる識別に困り、ここ数ヶ月悩みに悩んでいたのだった。
本当に私の中の高橋たか子を成仏、違う、昇天させてあげる必要があるからこそ、浮上していたのだろう。遅すぎるのだが、これが私のタイミングなのだろう。

でもこの人は憧れのフランスの地で果てると勝手に思い込んでいた私だったが、亡くなったのが私が毎週出張している茅ヶ崎市の、私も知る老人ホームだったとのことで、更なるショックを受けた…
そんな近くに!? もう少し早く知っていれば…もしかしたら私はお会いする勇気を持てたかもしれなかった??

最後まで「男尊女卑」「女性蔑視」の傷に苦しんでいらしたという、マグダラのマリアの洗礼名を持つこの人に、小さなボトルセットを持ってご面会させていただく…というありえない夢のような場面を想像してもみるが、それはやはり夢。まるで禁断の恋でもしているように、この人を遠くから想い続けて…それで良かった。
ともかく素晴らしい作品を残してくださったことに沢山の感謝を捧げ、遅すぎるがご冥福を祈る次第である。
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昇華&浄化(カタルシス)

2010年07月16日 | ひとりごと
KIN100黄色い太陽の太陽(意志 脈動させる 実感する/普遍的な火 照らす 生命)

相当唐突だが、リルケの「マルテの手記」を読んだ。
茶色く変色した昭和53年発行の新潮文庫、\280-。
全く記憶にないが古本で買った形跡はなく、多分20歳前に普通に買ったものだと思う。
「いつか読もう」とか「いつか必要かも」と思って買ったのに読んでいない文庫本がいくつかあり、その一つとして30年以上手元にあったらしい。
思えばすごいことだ

すごく興味深いのだが、相当読みづらい。読みたいのに続けて読んでいられずすぐに置いて何か他のことをしてしまう、いわば身の置き所をなくさせる苦しい小説だ
「生に向き合うことによる死と、愛を求めることによる愛への絶望」ともいえるだろうか。
更に小説としても構造的にある意味破綻していながら、その破綻をして読者に誠実に寄り添う力があるのだ。

あまり読書に費やす時間もなかったということもあるけど、3週間近くかけて読了…
この歴史的作品を文学的に批評することなど私には勿論できないが、個人的に、ずっと本棚にあったはずのこれを「今」気づいて読んだことに意味があると思った。

訳者によるあとがきにあった、リルケ自身が読者に宛てた手紙の言葉を引用すれば、
「僕は『マルテの手記』という小説を凹型の鋳型か写真のネガティヴだと考えている。かなしみや絶望や痛ましい想念などが、ここでは一つ一つ深い窪みや条線をなしているのだ。しかし、もしこの鋳型から本当の作品を鋳造することができるとすれば(たとえばブロンズをながしてポジティヴな立像をつくるように)多分たいへんすばらしい祝福と肯定の小説ができるに違いない。それは最も明確な面を持った、最も安定した『至高の幸福』になるだろう。」

その「鋳型」を書き上げたリルケはその後何年も書けなくなってしまったそうで、作家が一生に一度書けるか書けないかというほどの抜き差しならない作品だということはよくわかる。

奇しくも今日のKINである100番ボトル(大天使メタトロン)を思った。下層の漆黒に近いディープマゼンタがあるからこそ上層のクリアの光を認識することができる。(文庫本の表紙がメタトロンとかツァフキエルっぽいな。。)
個人的にこれを読むことが近年のワークの一つの区切りとなり、人生前半とくに幼年~青春時代のカオスや闇を明晰に見て受け入れ、かつ手放すことが出来たように思う。それこそがいわゆる昇華かつ浄化(カタルシス)なのであり、「生命」という「普遍的な火」の奥深さを「実感」させられた。
並行して大昔の同じテーマの本で処分すべきものを処分し、手元に置くべきものを識別することが出来た。人生後半を軽やかに生きていくために必要なことで、それが出来たことに世紀を超えてリルケに感謝しなければ。

20世紀初頭の文学者の読書傾向の一端を知ることができたり、セントジャーメインやトゥルヴァドールが出てきたり、「今」の自分的にもなかなか興味深いこともあった
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「聴く」こと

2007年01月30日 | ひとりごと
KIN137 赤い共振の地球(調律 チャネルを合わす 呼び起こす/舵取り 発展させる 共時性)
共振の月はあと1週間。素敵なラナンキュラスの写真はこちらから。

治療家になるということは、職人になることなのだと思っていた。
たとえば時計のオーバーホールをして古いものを蘇生させるような、そんな修理職人のイメージ。
無言でも地味でも確実な仕事をする「職人」っていうのに憧れていた。
鍼灸師の前になりたかったのは、ピアノの調律師だった。
その夢は実現しなかったけれど、ピアノじゃなくて人間を調律するほうが幅広くて面白いかも、と感じた時はワクワクした。

でも今、やっぱり私は職人などではない…と痛感する
だって未だに職人技の鍼を打つなんて出来ないし、人間はモノではないのでこちらの思ったとおりのチューニングなんて絶対にできないのである!
部品交換や分解掃除もできないから、もどかしくもなる。
どんな人にでも、人一人にはその方の魂がつながる天の意志が働いていて、賢し気な私の小さなエゴなど吹っ飛んでしまうのだ。
(いや、時計でもピアノでも結局は同じなのかもしれない…)

その方の身体と感情と精神と魂がどこへ向かおうとしているのか、その小さな声を聴かなければ正しい施術にならない。そして一体どれだけ「正しい」施術ができているのだろう?
痛いところを治す、症状を治す、病気を治す、ということが治療家の仕事なはずだから格闘してしまうのだけれど、例えば治らないことを選んでいる魂に抵抗することはエゴでしかないし徒労だ…。

宇宙の片隅でご縁があって出会った今ここの場で、せめて天の意志を聴くただの導管となってただ一緒にいる、それしか私はできないのかもしれない、と感じる。
もっと聴きたい。
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