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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

いま日本で進められている水道民営化への政策は、明らかに間違っている

2018年11月15日 | 格差社会
  《労働情報 現地レポート》
 ◆ 水道再公営化を選んだ英国
   ~進みすぎた民営化路線がもはや害悪でしかない実態

全日本水道労働組合(書記次長)辻谷貴文

 言わずと知れた民営化大国イギリス。乱暴な言い方をすれば新自由主義の総本山のようなイメージで見ていたイギリスだが、最近の様子は少し違う。
 世界各地で起こっている、民営化された公共サービスが公営に戻される、いわゆる「再公営化」の動きと連動して、民営化大国イギリスにおいても公共サービスを市民の手に取り戻す動きが市民を中心に沸々と湧き上がっている。
 2017年の終わりごろ、「イギリスの公共政策が大きく変わる」という話を耳にして以来、日本国内で情報収集した結果「これは現地に行かねば」という気持ちが高まり、今年7月上旬、英国を訪問した。
 野党である労働党に寄せられる多くの市民からの期待や、進みすぎた民営化路線がもはや害悪でしかない実態は、これからの日本の行く末を示唆しているようでたいへん興昧深かった。
 ◆ サッチャー政権の下で

 英国では19世紀後半、産業革命によって水需要が増加し河川の汚染も深刻になった。
 20世紀初頭、近代水道の整備によって各地域において水道事業者が設立され、2千を超える事業体が存在していた。
 1945年に水法が制定され、各地に存在した水道事業者の統合が始まり、事業者の減少とともに中央集権化が進んだ。
 水法は1973年に改正され、1600あった水道事業者は10の地域に再編され、10の水管理公社は河川・地下水・水資源・下水処理などを含む水循環に関わる総合的な水管理機関となる。
 その後、小さな政府をめざすサッチャー政権下で「公共サービスの民営化」(サッチャリズム)が進められた。
 水道事業は他の公共サービスに比べて公共性が高く競争原理が働きにくいという議論が当時からあり、当初は民営化されない方針だったが、最大水管理公社テムズが資金調達問題の解消のために民営化を支持。方針が転換された。
 その結果、10の水管理公社はいったん政府が所有する株式会社となり、その後株式が売却される形で「完全民営化」となった。株式の売却により国庫には52億2500万ポンドが納められた。
 イギリス国内で多くの公共政策の民営化が導入された背景には「財政難のため、他の選択肢がない」というロジックによる民営化政策の推進があった。
 「政府にお金が無いから仕方ない」という風潮の中、イギリス病と言われた当時の深刻な事態も垣間見ることができる一方、それに抗う理論や実践が打てなかった事態も容易に想像することができる。
 ◆ “民営化の果実”は株主と銀行のものに

 この事態を長年にわたって研究し、警鐘を鳴らし続けてきたグリニッジ大学教授のデヴィッド・ホール氏は、民営化された水道事業について、「2007~16年の年平均として、日本円で2719億円が株主に配当され、さらに2197億円が金融機関に利息として支払われてきた。再公営化した場合は、一世帯あたり年間約1万6690円の節約ができる」と断言している。
 また、完全民営化のみならず日本でも急激に推進されているPFI事業についても同様で、「PFI事業主体となるSPV(SPCVなど目的会社への投資家の多くはタックスヘイブン(租税回避地)に拠点があり、得た報酬に対する納税がまるでなされていない」という実態についても言及があった。
 また、民営化後の水道事業スキームについて、民間会社の上下水道サービスについては、Dorinking Water Inspector(DWI)、Office of Water Service(Ofwat)、Customer Council of Water(CCWater)により監督を受けることとなったが、これら監視・監督機関についても構造的な欠陥があったと指摘された。
 DWI水質に関する規制・監督機関であり、Ofwatは料金改定、予算・決算審査及び水道事業ライセンス認定等を担当する規制機関CCWater水道使用者の苦情を水道会社に伝達する機関であり、経営の実態にかかわるチェックなど民問企業の性格上できるはずもない「民営化の決定的な欠陥」として課題を残してきた。
 ◆ 高くついた民営化

 いまや民営化およびPFI事業に対する擁護論は、国民は言うに及ばず議会でも存在せず、ネオリベともいうべき政権与党である保守党でさえ、できるはずもないOfwatの監督機能強化を言うにとどまっているそうだ。
 一方の野党労働党では、2000年前後の政権与党時代の金融資本に取り込まれ、PFIが加速した苦い歴史とともに、当初は民営化路線への異論を躊躇していたが、オールドレイバーであるジェレミー・コービンが労働党党首に就任して以降、公共サービスの再公営化(公有化)機運は高まり、いまや国民の8割が支持するほどの事態となっている。
 労働党内部では、現在ある民営化された公共サービスをはじめ、現在進行している700あるPFI案件について、「このままでは納税者は、今後25年にわたり約30兆円を支払わされることになる」というエビデンスを軸に、党内議論が進んでいる。
 具体的には、
 ①問題のあるPFI案件のみを優先的に解約(凍結)する案と、
 ②公債発行を原資として700の案件すべてを公有化するという案とで議論が分かれている。すべての公有化には3兆7500億円かかるが、節約額は年間2250億円となるため、②案も十分検討に値すると、多くの関係者らは主張している。
 ◆ 「私たちのものだ」

 一方、市民社会の動きはというと、2013年より公営→民営と転じる鉄道の問題を契機に、3人の女性らが声を止げた「We Own It(私たちのものだ)」キャンペーンが注目され、公共サービスの再公営に向けた大きな運動のうねりを作り上げている。
 We Own It キャンベーンのリーダーであるCat Hobbs氏は、「David Hall教授ら研究者による民営化批判を、広く一般にも分かるように翻訳する」と言い、識者と市民さらには組織された労働組合などを繋ぐ役割に一役買っている。
 彼女らの運動は、当初誰からも見向きされず、「民営化は当然のように思われていた」と当時を振り返っていた。そうした流れが大きく変わったのは、英国会計検査院によるPFI批判レポートによるところが大きく、さらこま「メディアの暴露」や「市民の怒り」によるものだと分析する。
 ◆ 会計検査院の指摘

 2018年1月、英国会計検査院は、PFI及びその改善策を打ったPF2事業に関する評価を行ったレポートを公開したが、PFIのメリットとして施設の管理水準が向上したことを挙げる一方で、さまざまな問題があると批判的な指摘をした。
 ①PFIでは、公共による資金調達よりも2~4%(一部では5%も)資金調達コストが高く、さらに多額の付加的な費用がかかる。いわゆる通常の公共入札と比較して40%高コストとなった事例がある。
 ②25~30年という長期の契約期間が柔軟性の点で問題がある。契約変更ができないことにより、生徒が通っていない学校施設に対して維持管理費の支払いを継続せざるを得ない事例が存在する。
 ③公共部門にとっては、25~30年という長期スパンでは費用がかさむとしても、短期又は中期的(5年程度)に見ると負債を圧縮できるので魅力的である。このため公共部門の意思決定がPFIに好意的になり、PFI事業を進めるために、VFM評価が甘くなる
 ④英国財務省はメリットとして、事業リスクを民間に移転できること、長期的なランニングコストが軽減されること、を挙げていた。しかし、実際にはこれらの成果は定量的に評価できていない
 このほか、PFIの会計上の問題点(PFI事業の債務は政府全体の負債に含まれない)などを明らかにしている。
 こうした実態を受けて、これまでの民営化政策からの変化として、英国、ヨーロッパの世論の変化が揺り戻し(バックラッシュ)的に反応し、併せて英国のPFI事業大手のカリリオンが経営破綻したのも拍車がかかったと考える。
 英会計検査院と同じくEU会計検査院からも同様の内容のレポートが出され、それらレポートが長年のPFIに対する疑念を正面から問うものとして、広く社会に浸透したと言える。
 ◆ 若い人から資源奪う

 新聞各紙などメディアでは、英Financial Times は、「PFI:hard lessons on growing cost of public-private deals」と題する記事において同レポートの内容を要約し、「英国は、そのインフラの多くを建設するために用いたPFIによる不明瞭な便益のために、数干億ポンドもの超過コストを負担させられている」と報じた。
 同紙はさらに、「PFI:hard lessons on growing cost of public-private deals」と題する記事において、施設の維持管理に関するPFI契約の支出が増大したことによって十分な教育投資を行うことができない学校(Frederick Bremer school)の事例を取り上げ、校長の「これは若い人々や教育のための契約ではない。ビジネスであり、若い人々の教育からその限られた資源を奪う契約だ。間違っている」との言葉を紹介している。
 同記事においては、「PFIは(財政難の)公共部門にとって他に選択肢がないものであったが、特に地方自治体にとっては、中央政府からの補助が得られることがその動機づけとなった。PFIは脅迫と賄賂によって推進された」とのエディンバラ大学のMark HelloWell博士によるコメントも紹介されている。
 さらに、The Guardian紙は、「It's not just Carillion. The whole privatisation myth has been exposed」と題する記事において、「外部化によって公共の精神は公共に関心を持たない株主に支配される取締役会に飲み込まれてしまった。世論調査において公共サービスや鉄道の再公営化への賛成が80%であることも当然である」と評している。
 ◆ 日本でも活かしたい経験

 以上、これら水道事業を中心として、英国における民営化・PFIの問題点や議論の状況を見聞きして、いま日本で進められている民営化への政策は、明らかに間違っていると確信を得ることができた。
 もちろん、英国と日本の状況は違うし、国民性などのマインドも違うだろう。しかし、基本的な構造が同じである以上、市民にとっての公共であるメリットと投資家の利益は相反するに決まっている。
 このような懸念や疑念の払拭を度外視に、いま安倍政権はPFI法改正を数の力で強行的に進め、次の臨時国会水道法についても、「運営権を売り飛ばすことができる」よう変更しようとしている。
 「政府に金が無いんだから民営化するしか無いだろう」というロジックに、いかに私たちは対抗することができるのか。
 当時の英国の市民感情の中では、「継続してほしい公共サービスだから、民営化してコストアップとなっても仕方がない」という思考もあったはずである。
 その一方で役員や株主に多額の報酬が支払われ、市民の金が一方通行に金のあるところへ流れていく状況は、とくに「水道」に関して言えば、やはり認めることも許すこともできない。
 ◆ 「公営の追求」としてのイノベーションこそ

 今後、改正水道法が可決成立し、水道事業の運営権という概念が売却や譲渡として広まれば、市民の生命(いのち)の水を安易に考える首長や事業管理者も出現するかも知れないし、それより世界各国の地域で水道事業を担い水による儲けを搾取している「外資」が乗り出してくる。
 「おかしくなったら再公営化すればいい」と簡単に言っても、再公営化コストは膨大であり、それも国際法廷で百戦錬磨の多国籍企業といち自治体との争いなど、その結果は火を見るより明らかである。
 本来、水道事業のあるべき姿は、現状の公営水道の強化や追求である。
 耐震管路更新への遅れはあくまでも国策としての「予算」の問題であるし、職員不足・技術継承の課題にしても採用の問題である。
 民間企業であれ公営企業であれ現場で仕事にかけるプライドは同じである。あくまでも「公営の追求」としてのイノベーションを起こすだけで、現在の水道事業が抱える課題の多くは解決できるのである。
 英国や欧米を模倣して、市民を騙して金儲けするしか無い稚拙な方策ではなく、日本は日本のやり方によって公営水道を強化していかなければならないと強く思うところである。
 今後、日本においても、国・地方を問わず、PFIの活用に関する議論が活発化することが予想される。その際に、「英国の経験」が十分に生かされることを期待したい。
『労働情報』(2018.11)

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