2021年6月3日
神奈川県教育委員会教育長 桐谷次郎 さま
東京都杉並区松庵 1-6-9
高嶋伸欣(たかしま・のぶよし)
(琉球大学名誉教授)
高嶋伸欣(たかしま・のぶよし)
(琉球大学名誉教授)
◎ 本年度実施の高校用教科書採択に関する請願
貴職におかれては日々、適正な公教育遂行に精励されていることに敬意を表します。
私は社会科教育担当の教育職に長く従事し、教科書執筆の経験も何度かあります。横浜市在住の間の1993年には当時の文部省による教科書検定で原稿撤回に追い込まれたことで、教科書訴訟を横浜地裁に起こした経験があります。定年退職した今日も、教科書検定や採択等を巡る動きに関心を持ち、看過し難い事案についてはこれまでの経験等に基づき、必要な行動をすることとしております。
今般は、本年度に実施される2022年度用高校教科書採択に当たり、適正にして公正な手続きを歪めかねない文科大臣の発言や
大手報道機関による事実歪曲の報道が広く流布されている実情に鑑み、貴委員会宛に下記の通りの請願を記した請願書を、請願法に基づき提出することにいたしました。
記
1 請願項目
1)採択に際しては、生徒の実情を最も良く把握している学校現場の教員による学校選定の結果を尊重してください
2)貴委員会が5月26日の臨時会で継続審議とした「請願1号」については、「国の動きをしっかり確認してから対応を検討」するのではなく、同請願が根拠としている『答弁書』をめぐる「国(政府)」以外の社会全体、特に教育関係者や歴史研究者、さらには関心を寄せている一般市民等の「動きをしっかり確認してから対応を検討」し、慎重に審議を進めて下さい。
2 請願項目の理由
<項目1>について
1)高校の場合は義務教育の場合以上に、教育課程が細分化され専門性も高まっています。さらに神奈川県は県立高校の数が多く、それらの高校ごとに独自の校風と教育目標を設定するなどの多様性を有しています。それらの高校それぞれに適した教科書選びの最適任者は各高校の教員以外には考えられません。
2)加えて、今回の2022年度用教科書採択は、教育課程の大幅な変更によって従来の科目の廃止と新たな科目の設置に合わせる必要がある上に、それらの変更の適用は、2022年度の場合は新第1学年だけに適用されます。一方で、第2学年以上は旧課程のままであるために旧学習指導要領に基づいた旧科目用の教科書採択をすることになり、今年度の教科書採択は例年以上に複雑です。
そうした状況である中で、教科書個々の内容だけでなく、選定・採択の事務的手続き等でもこれまでの選定業務経験が蓄積され、教育課程の改変時の対処経験者が在職している各高校現場の選定判断と選定事務処理は堅実で極めて信頼度が高いものと推認されます。そのことは、結果として各高校で選定され高校現場の意思と判断が反映された教科書を採択することが、スムーズな採択業務の遂行に資することにもなることを意味しているものと思料されます。
3)上記2)の補足です。上記にいう第1学年にのみ適用される新課程用教科書の記述が横浜市内の公立中学卒業生には不適切との理由で、2012年夏の採択時に実教出版『高校日本史A』の学校選定結果を横浜市教育委員会内の審議で他社教科書に職権で変更した際、第2・3学年用の旧課程版の実教出版『日本史B・新訂版』も同時に同じ理由により職権で他社本の採択に変更させたという不都合な実例が、貴教育委員会の管内で過去に存在しています。
義務教育課程とは異なり、高校課程では教育課程変更に伴う教科書の採択が学年進行であるために、複雑を極めていることで生じ易いこうした錯誤を回避するためにも、経験豊富で仕組みや手順等に精通している教員が多数揃っている高校現場の選定結果を尊重することは、理に適っているものと思料されます。
<項目2>について
1)すでに新聞等では、貴教育委員会の5月26日の臨時会において、「従軍慰安婦」等の記述のある高校歴史教科書を採択しないよう求めた市民団体からの「請願1号」について、継続審議とすることを決めた旨、報道されています。即決でなく、継続審議した慎重さにはしかるべき判断であったとして敬意を表します。
2) ただし、その決定に際し、委員からは「国の動きをしっかり確認して対応を検討すべきだ」などの意見がでたと報道されている点には、強い危惧を覚えます。
貴教育委員会の委員各位は地方公務員の内の特別職公務員に区分される公務員の一員のはずです。公務員は憲法15条3項に明記されているように「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者でない」との大原則の遵守を義務付けられています。
3) 「一部の奉仕者でない」とは「国(政府)の奉仕者でない」の意味であることは明らかです。その一方で、先の請願が政府の閣議決定による『答弁書』の内容を最大の根拠にしていることも明らかです。言い換えれば政府の言いなりの歴史解釈を歴史教科書の適否に当てはめ、歴史教育の内容を政治的に規定する行為の一端を、公務員組織である教育委員会に求めているものです。
4) 一般市民がそうした要求を表明することも、日本国憲法下で認められた民主主義的権利の一つです。しかし、そうした要求・意見が請願として教育委員会に示され、その内容の適否等を委員会で審議するに際して「国の動き」のみを「しっかり確認し」と発した委員の意見は、「全体の奉仕者」の道にはずれます。
「全体の奉仕者」であるとの自覚があるならば、「国のこうした動きに対して教育や歴 の関係者などの動きもしっかりと確認して対応すべきだ」などの発言が委員や教育長などからあるべきです。
教育委員の任にあるということは、私たち「全体」の一員からこうした観点で絶えず注視されているということなのです。
5) 続けて委員の期待に応え、上記請願提出以後の「国の動き」等の実態を紹介します。
5月10日の衆議院予算委員会で「日本維新の会」藤田文武議員との質疑で、菅義偉首相は教科書検定基準にいわゆる「政府見解条項=閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」を根拠に、「文部科学省が」「適切に対応すると、このように承知しています」と答えています(国会中継・ビデオライブラリーで確認可能です。以下同じ)。
次いで5月12日の衆議院文部科学委員会で、萩生田光一文科大臣が「従軍慰安婦や強制連行、強制労働の表現」は「今年度の教科書検定より」「不適切ということになります」などと答弁し、翌13日の『産経新聞』が「『いわゆる』も不適切」と強調した記事を掲載しました。
6) ところが、5月26日の衆議院文科委員会で上記のいわゆる「政府見解条項」に関連して畑野君枝議員(共産党、南関東)が、最高裁判決で「軍隊慰安婦」の表記を用いているものがあると指摘。萩生田大臣や内閣府官僚も「知らなかった」ことを認めるという事態が生じました。
さらに現時点では、他の最高裁判決に徴用によって広島で働かされた在韓被爆者の案件で、「強制連行」の表示を用いている事例の存在が確認されています。この事例を掘り起こしたのは、市民の間の情報交換によってです。
7) 「国(文科省)」は「政府見解条項」が逆に足かせとなって、一方的に「従軍慰安婦」等の歴史教科書表記は"不適切"とは言えない事態に現在では至っています。
そうした事態を創出したのは「国(政府)」ではなく野党や市民によってです。最高裁判所判例やこれまでの閣議決定による『答弁書』等の数は膨大です。それらの中に同様の事例がなお存在している可能性は十分にあります。
それらについての精査が現在も野党関係者や研究者、市民等によって継続されています。
8) 以上の次第から、こうした「国(政府)」以外の「動きをしっかり確認して」から、5月26日提出の「請願1号」への慎重な「対応を検討すべきだ」と思料され、<項目2>の請願をすると決意したものです。
以上
*本件請願について照会等の必要がある場合は、090(高嶋)にご連絡下さい。
*口頭陳述については県境を超えての往来は自粛していますので、本件では希望いたしません。
* 本「請願書」についての審理結果等の処理については、お手数ですが文書での通知を希望いたします。
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