さてさて、インディオのこと、ついでに一気に普段考えていることを書いてみようかなと思います。
私が今までで、インディオに関することで一番奇異に思ったこと。
2年前、娘が「Caldeirão do Huck」の「Soletrando」に出場した時のことです。
ポルトガル語の単語のつづりを言い当てていく「Soletrando」、リオデジャネイロで行われる全国大会に出場するためには、学校で推薦を受け、地区大会、州大会となかなか大変です。
この年のアマゾナス州のお隣のロライマ州の代表はある女の子。
彼女は、父親はインディオ保護区で暮らすインディオ、母親はその保護区で働いていた別の部族のインディオです。
現在は母親とロライマの州都ボアビスタ市に出て暮らしています。
彼女の出演前のインタビューで、番組の司会Lucianoは
「あなたはどこで暮らしていますか。」
女の子は「ボアビスタです。」と答えます。
「生まれたのもボアビスタですか?」
女の子「いいえ、郊外です。」
「ボアビスタの郊外ですか?」
女の子「いいえ、インディオ保護区です。」
「インディオ保護区?!あなたのお父さんお母さんはそこで働いているのですか?それともインディオなのですか?」
彼女は自分の父母がインディオで、現在も父親は保護区で暮らしているということを口にしたくなさそうでした。
なぜかはわかりませんが。
このやり取りを見ている限り、Lucianoが無理やり彼女の口から言わせた感じ。
とても嫌な感じがしました。
「へえ、インディオ?インディオがSoletrandoに出るんだ?!」だって。
インディオが出たっていいじゃない?
彼女は一生懸命に勉強して、地区大会を勝ち抜いてきたのよ!
何が問題?!
ってテレビを見ていた私は憤慨してしまいました。
普段は貧富の差なく誰にでも同じように接し、貧しい人たちに手を差し伸べるプログラムを実行しているはずの人なのに、この時の言動はとても意外でした。
女の子の生まれ育ちはすべて事前の資料に書いてあって承知しているはずなのに、わざわざその場で彼女に言わせたというところが、とても作為的に思われました。
それまでインディオが差別を受けているということについて、全く認識がありませんでしたが、この時のやりとりは明らかに「インディオ」である彼女を、悪い意味で特別視していました。
最近色々な本を読んだりインディオに関する事柄を調べているうちに、インディオに関してどのような差別があるのかを知りました。
ただ、それらは新聞の中や本の中の出来事で、実際の自分の生活とはかけ離れたものであると考えていました。
それが目の前で起こったことだけに、この時のやり取りは今でも強烈に印象に残っています。
私が今までで、インディオに関することで一番奇異に思ったこと。
2年前、娘が「Caldeirão do Huck」の「Soletrando」に出場した時のことです。
ポルトガル語の単語のつづりを言い当てていく「Soletrando」、リオデジャネイロで行われる全国大会に出場するためには、学校で推薦を受け、地区大会、州大会となかなか大変です。
この年のアマゾナス州のお隣のロライマ州の代表はある女の子。
彼女は、父親はインディオ保護区で暮らすインディオ、母親はその保護区で働いていた別の部族のインディオです。
現在は母親とロライマの州都ボアビスタ市に出て暮らしています。
彼女の出演前のインタビューで、番組の司会Lucianoは
「あなたはどこで暮らしていますか。」
女の子は「ボアビスタです。」と答えます。
「生まれたのもボアビスタですか?」
女の子「いいえ、郊外です。」
「ボアビスタの郊外ですか?」
女の子「いいえ、インディオ保護区です。」
「インディオ保護区?!あなたのお父さんお母さんはそこで働いているのですか?それともインディオなのですか?」
彼女は自分の父母がインディオで、現在も父親は保護区で暮らしているということを口にしたくなさそうでした。
なぜかはわかりませんが。
このやり取りを見ている限り、Lucianoが無理やり彼女の口から言わせた感じ。
とても嫌な感じがしました。
「へえ、インディオ?インディオがSoletrandoに出るんだ?!」だって。
インディオが出たっていいじゃない?
彼女は一生懸命に勉強して、地区大会を勝ち抜いてきたのよ!
何が問題?!
ってテレビを見ていた私は憤慨してしまいました。
普段は貧富の差なく誰にでも同じように接し、貧しい人たちに手を差し伸べるプログラムを実行しているはずの人なのに、この時の言動はとても意外でした。
女の子の生まれ育ちはすべて事前の資料に書いてあって承知しているはずなのに、わざわざその場で彼女に言わせたというところが、とても作為的に思われました。
それまでインディオが差別を受けているということについて、全く認識がありませんでしたが、この時のやりとりは明らかに「インディオ」である彼女を、悪い意味で特別視していました。
最近色々な本を読んだりインディオに関する事柄を調べているうちに、インディオに関してどのような差別があるのかを知りました。
ただ、それらは新聞の中や本の中の出来事で、実際の自分の生活とはかけ離れたものであると考えていました。
それが目の前で起こったことだけに、この時のやり取りは今でも強烈に印象に残っています。
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