OMTインフォメーション

翻訳のこと、会社のこと、生活のこと、音楽のこと、読書のこと

瞑想効果

2010-03-02 13:12:29 | 日記
最近、瞑想に凝っている。

とはいっても、初めて2日間であるが…。

私は、いつも時間におわれている、貧乏性が抜け切らない
かわいそうな性格なのだが、

これじゃまずい…。

ということでやってみた。

瞑想関連の本はいろいろ出回っているようだが、
自分としては、なにしろ簡単にできる、ということが
重要なファクターなので、

「集中力を高め、願いをかなえる 瞑想トレーニングで人生が変わる」
ビクター・ダヴィッチ(ダイヤモンド社)

とタイトルからして盛りだくさんな本をテキストにすることにした。

この本は長いタイトルのわりに非常にシンプルな内容で、
毎日8分間だけ、本の指示にしたがって瞑想をする、というものだ。

まあ、忙しいとはいっても、人間ボーっとしていることが案外多いし、
大体、8分間という短い時間すら惜しむような生活なんて、
まるで生きることが牢獄のようでもあるわけで、意識的にそういう
時間帯を設けることは大変有意義であろうとの判断である。

これが毎日2回、朝夕30分とか言われると、

「えーっ!!」となる。

8分間とは、なんとも絶妙な時間だと思う。


そして、なんと早くも効果が感じられた(ほんまかいな)のである。

昨日は久しぶりの友人たちとの飲み会だった。

私はいつも、どんだけ自分を抑圧しているのかと思うほど、
楽しく、会話がはずんだ飲み会ほど、翌日に半鬱状態になってしまう。

意味もない、理由もない。
それほど、酔っ払って記憶がなくなったわけではないのに、
我を失ったことへの恐怖感がおそってくるのである。

眠りがもっとも怖い。

どんなに楽しい飲み会も眠りにつくと、夢の中で、とんでもない
ことをやらかした自分、ひどい暴言を吐いている自分が映像となって
現れてくるのである。

眠りは忘却、酩酊の底。

昨晩の出来事と夢の中の出来事が混在する。
仮想現実の底知れない恐怖感。

朝まで飲み会は、体力的にはつらいのだけど、精神的には楽である。
なぜなら「眠らない」からである。
(飲んだら寝るな、しかないのかな。)

実は今朝もそんな夢でめざめた。

ところがである。なぜか自分を取り巻く世界がちがうのだ。

朝お風呂に入っている時のリラックス感、体を拭いている時の
肌にふれる新鮮な空気の感覚。朝の空気のおいしさ。
そういうものが強烈な臨場感をともなって感じられたのだ。

もっとよいのは、昨日のことは昨日のこと、と割り切っていることである。

「あれー、自分ってこんなに幸せだったっけー??」


世にいうポジティブ・シンキングと瞑想の違いは、
誰しもの心にあるネガティブな部分に蓋をするか、それを
受け入れる(あるいは受け流す)かだと思う。

瞑想ではすべては、

「あるがまま」

である。そこに意識的な区別はない。

人間のマインドのあわだたしさにはきりがない。

自分の呼吸に意識をしているつもりが、いつの間にか、
「あー、スペアリブが食べたい」になっている。
なぜ、スペアリブなのか、自分でもよくわからない。

ままよ、っと受け流す。

再び、自分の呼吸に意識を集中、

今度は「あー、カレーライスが食べたい」

(…)

まったくきりがないが、そうやって8分間過ごすのである。


私の体験が果たして瞑想効果なのかは、疑問が残るが、
すくなくともネガティブな自分というものの受け止め方に対する
気づきを得たと思う。

ともあれ、楽しい(まだ2日だけど)のでもうちょっと続けようっと。


翻訳会社オー・エム・ティの公式ウェブサイト