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日野日出志「赤い花」

2011-10-15 19:36:10 | 日野日出志
 Twitterで地獄の日野日出志botを作りました。3時間ごとに日野日出志作品のセリフを自動的につぶやきます。

 日野日出志「ホラー自選集」の第11話「赤い花」は日野日出志作品の中でも最恐のものの一つでしょう。あまりにも直接的で生々しすぎる感があります。子供が読んだら泣き叫ぶでしょう。



 舞台は東京郊外の田園地帯。線路脇にある花の栽培農家を営む男が主人公です。ガーデンは非常に整えられたように見えますが、男の顔はこれまでのどの作品の人物よりも歪めて描かれていて、一瞬でこの男の狂気を感じ取ることができます。花に対する男の愛情は異常なほどで、ガーデンに忍び込んで花を摘んだ子供を殺そうとしたほどです。逃げた子供は電車にはねられ死亡してしまいましたが…。



 男の見た目は歪められていますが、なんとそれなりに社会と関わりを持って生活しているようです。生け花の師匠である女性がガーデンに馴染みの客としてやって来ます。男は女性に対してお世辞などを言ったりして意外な感じを受けますが、女性が帰る左ページでは異様な緊張感がみなぎっています。踏切の警報を女性への警報にだぶらせているあたりが非常に映画風であり日野日出志的です。

 男は花の品評会で入賞するほどの美的センスと腕前を持っており、作品を求めてやってくる人々もたくさんいます。しかし彼は出展された作品を譲り渡すことはしません。それには理由がありました。

 ある日、生け花の師匠がいつものように花を買いにきたところ、ガーデンの奥にいい花があるよと声をかけます。そして男は女性の首に手をかけ絞殺してしまうのです。女性の遺体を解体し、冷蔵庫に保存します。流れ出た血をためた瓶に花の種を浸けます。しばらく断食の後、保存した女性の遺体を食して自らの栄養にし、その後の排泄物を溜めておきます。この排泄物を肥料として花を育てることで女性は花に生まれ変わり、同時に男の中でも生き続ける、というのが男の思想であり秘密なのでした。



 さらっと書いてしまいましたが、このあたりの描写は日野日出志作品の中でも最も凄惨なものであり、ここに載せるのもためらわれます。こういった直接的な残酷描写も恐ろしいですが、男が社会に交わり、人並み以上に評価され、狂気の思想を持つなりに理路整然としているのが最大の恐怖です。さらにこの独特の絵柄も印象的です。絵的な効果も十分に保ちつつ、歪んだ男=狂気、女性=美という単純化された記号となっています。

 これ以前の作品では、ある人物にふりかかった不幸な事件とか社会から外れた人物の妄想とかであり、現実世界とは異なるある種のファンタジーの雰囲気がありました。例外的には「はつかねずみ」の物理的・生理的恐怖もありましたが、本作ではその恐怖の上に圧倒的な狂気がからんでいて、最大級のトラウマ作品になっているように感じます。


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4 コメント

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非常に完成度の高い作品 (manken99)
2011-10-18 19:15:12
 「ホラー自選集」のラインナップにこの作品の名前があった事から、紹介されるのをずっと待ち続けていました。ようやくこの作品の出番が来たかと思うと嬉しいですね。例によって私はリアルタイムではこの作品を読んでおらず、そういう意味での思い入れがある訳ではないのですが、比較的最近ネット上で知って、非常に心惹かれた作品なのです。
 幽霊や妖怪といった超自然的な存在ではなく、人間自身の所業が恐怖の対象である事。完全に常軌を逸してしまっている狂人やジェイソンの様な殺人鬼ではなく、普通に社会生活を営み、傍目には「普通の人」として暮らしている人間の、心の中に潜む狂気。恐怖の対象が主人公自身であり、主人公にとっての日常である猟奇的な行動を、淡々と、しかし丁寧にその工程を描いているという事。そして全ての事が終わった後も、この男の所業が公となり断罪されるといった事もなく、又次の日常が始まる…。

 踏切の警報や電車の音は全部コマからはみ出していて、実際にその煩い音が聞こえてきそうな程で、男が花を育てている場面の静けさとの対比にもなっている様に思えます。又、女の肉体をそのまま肥料にするのではなく、一旦食べて排泄物を肥料にするというアイディア自体が凄まじいですし、言ってしまえば、ただその奇抜なアイディアを漫画にしただけとも言える。読み切り短編だからこそ、いたずらに不要な場面を入れて話を膨らませたりなどせず、本当に必要なページ数だけを使って、必要な場面だけを描いた事で、これ程完成度の高い作品が出来上がったのでしょう。日野日出志作品の中でもマイナーな部類で、ホラー漫画全体の中では更に知名度が低い(私も最近まで知らなかったぐらいですし…)作品だと思うのですが、これ程の作品を埋もれさせてしまうのは非常に惜しい。そう考えると、こうして紹介して広める事も、非常に意義のある事だと私は思います。
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密度が非常に高いです (おかもろ(再))
2011-10-18 21:51:49
 漫研さま、コメントありがとうございます。この「赤い花」を待っていらっしゃったとのことで、大変恐れ入ります。
 おっしゃる通り、登場人物も舞台も無駄なものは削ぎ落とされており、凝縮された高密度の作品ですね。解体シーンにおいて、男の感情が噴出したりもせず、職人がいつもの作業をするように冷静で正確に事を進めるのがあまりにも恐ろしいです。
 そしてなぜかこの主人公の男を憎めません。人間にとって最悪な犯罪をしでかしておきながら、男には信念があり、それどころか彼にとっての正義ですらありそうです。見た目も思想も歪んでいながら、私はこの男にあっぱれと感じてしまう面があるのです。日野日出志作品には肉体的・精神的に歪んだキャラクターが多いですが、それらがどんな言動をしても納得させてしまう力があります。
 ともかく、絵柄、演出、展開など確かに完成度が高く、一つのアイデアのみを磨き抜いたという点で、日野日出志代表作の一つであるのは間違いないでしょうね。それにしてもこの「赤い花」に注目されていたなんて、私は漫研さまに畏れを感じてしまいましたよ…。
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まさに (こけ)
2012-06-13 12:59:49
小学校低学年で読んだ、まさに私のトラウマ漫画です。
世の中の不条理を考えるきっかけとなりました。
自分の子には正直読ませたくないです。
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トラウマですね (おかもろ(再))
2012-06-13 22:21:16
 こけさま、コメントありがとうございます。小学校低学年でこの「赤い花」を読んでしまわれたとは、大変な恐怖であったと想像します。この作品は現実世界と地続きの雰囲気があって、不条理な事が気になってくるのもわかる気がします。大人向けですよね。
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