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日野日出志「地獄変」

2011-02-23 21:24:13 | 日野日出志
 私が小学生の頃、本屋で漫画を立ち読みしていたら、「怪奇!地獄まんだら」というタイトルが目に入りました。そのあまりのインパクトに思わず手に取ってみると、なんとも全体的に黒くてグチャグチャした気味の悪い絵でした。それでもどうにも気になって最後まで読んでしまったのです。物悲しくも不気味な漫画で、トラウマになってしまいました。作者は日野日出志という人でした。

 高校生になり、手塚治虫の「ブラックジャック」を読んでいたら、バセドー氏病の患者に対して「日野日出志の漫画かと思った」と言っているセリフがありました。これを読んだとたんに以前のトラウマがフラッシュバックすると同時に、「また読みたい!」という強い思いも湧いてきたのです。そしてその後は日野日出志の漫画を買い漁るようになったのです。立風書房の「怪奇!地獄まんだら」も購入できました。

 これらの漫画は現在も実家の本棚に入っておりますが、去年の秋に実家に立ち寄った時に、日野日出志の漫画を一冊だけ持って帰ってきました。それが下の画像の本です。



ひばり書房
日野日出志選集 地獄の絵草紙(地獄変の巻)

収録作品
・地獄変 ある地獄絵師の告白
・狂人時代
・赤い実のなる踏切
・いまわしの顔


 日野日出志の作品の中で私が最も凄いと感じていたのが「赤い蛇」「地獄変」です。怖いとか面白いとかではなく、凄いとしか言いようがありません。最近知った話ですが、これら二作は日野日出志が漫画家人生をかけて「これらがダメだったら漫画家をやめる」というギリギリの状態で描かれた作品だったそうです。なるほど、凄いはずです。

 この本のメインとなる「地獄変」はもちろん芥川龍之介の作にインスパイアされたのでしょうが、直接の関連は無く、ある画家が様々な地獄の絵を描く背景となった出来事を語るという構成になっています。日野日出志の作品には、日野日出志本人を思わせるような主人公が出てきますが、このように私小説に見せかけた作りは、つげ義春の影響もあるような気がします。



 さて、短いプロローグの後にいきなりブッ飛んだ世界に突入で、家の前にあるギロチン刑場にまつわる地獄絵の紹介です。それにしてもこの存在感、スピード感、色彩感(黒い絵なのに)! しめ縄やカラスがシルエットとなることで、異様な空気感を強調していますが、これもよく見られる技法です。左ページの太鼓を叩く人も不気味なんだけど笑えます。

 もう最初から現実世界を全力で無視した展開ですが、その後の地獄絵では引き続き家周辺の地獄スポットや家族にまつわる地獄絵が紹介されていきます。家族については異様にリアリティのある描写もあったりするのですが、それぞれのエピソードの最後は異常な結末が待っており主人公(=作者)の正気と狂気の境界がどんどん崩れていくような感覚があります。

 そして最後の「第13の地獄絵 終末地獄変」では主人公の狂気が現実世界へ影響を及ぼすのですが、ここに至ってこれまで語ってきたことが全部虚構だったのではないかというネタばらしがあり、読者を混乱させます。その直後、狂気が肥大化した主人公が家を飛び出して見た風景がこちら。



 これまではページ全体が黒かったのですが、ここで突然白くなっています。それにしてもあまりにも美しい絵です。意図的な省略、黒いシルエットに重なる雪の白いシルエット、前の画像と比較して神々しささえ感じるギロチン台。最後のコマの目の焦点描写には震えが来るほどです。

 この後は加速度的に狂気の世界へ突入し、全ての現実世界を巻き込んで「シュバッ」と終わります。興味のある方はぜひ探して読んでみてください。もう凄いですから。この他に収録されている「狂人時代」はギャグ仕立てですが、こちらも名作です。

 次は実家から「赤い蛇」でも持ってこようかと考えているので、その時はまた紹介しましょう(もういい?)。



余談その1
 日野日出志の漫画には時々「地獄詩集」なるものから引用したとされる詩が挿入されており、この「地獄変」にもあります。その著者が「シンイェ・アンツー」とあるのですが、これは日野日出志の本名「星野安司」の中国語読みではないでしょうか?

余談その2
 現在、日野日出志は大阪芸術大学の准教授になっているようですね。

余談その3
 ネット上に「日野日出志の銅羅衛門」というドラえもんのパロディー漫画が出回っています。いかにも日野日出志っぽい出来です。


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2 コメント

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素晴らしき日野ワールド (manken99)
2011-02-24 23:05:00
 この作者代理らしき男性キャラは他の作品でもよく見掛けたと思うのですが、ざんばらな髪型や目付きなど異様な風体の割に、何だか男前ですよね。狂っている筈なのに何処か知的でもあり、自分の中の狂っている部分を自分でよく解っていて、読者を脅す事に非常に巧く利用している様な、そんな印象があります。背景も素晴らしく、独特且つ異様な世界観には、現実味は無い筈なのに、否応無しに読者を引き込む強い説得力がある。
 日野日出志の作品は、最初に見た時はその強過ぎるインパクトに、その後一時避ける様になってしまうものの、後になってもう一度手に取ると、それ以降はもう虜になって嵌りに嵌ってしまう、そういうタイプの作品ですよね。私の場合は避けていた期間が長過ぎた為に、「是非もう一度読みたい」と思った頃には、もう新刊でも古本でも全く手に入らなくなってしまいました。こうして紹介して頂けると、少しでも読んだ気分に浸れて嬉しいです。
 「赤い蛇」も名作としてよく名前の挙がる作品ですね。個人的には「赤い花」や、実写映像化された物をレンタルビデオ屋で見掛けた事があったものの、結局借りなかった事を今でも悔やんでいる「マンホールの中の人魚」等も気になっている作品の1つです。是非また何か紹介して下さる事を期待しています。

 「銅羅衛門」も見てみましたが、凄いですね。いや、流石と言うべきか。あの「ドラえもん」がこんなになってしまうんだから…。しかしリアルタイムで見て知っている人が殆ど居なさそうな、こんなマイナーなパロディコミックが、ネット上で紹介されているという事実こそが、そもそも凄い事なのかも知れませんが…。
狂おしいですよね (おかもろ(再))
2011-02-25 10:07:33
 漫研さま、コメントありがとうございます。作者本人のように見せかけた主人公は、古い作品でよく現れましたね。この本に収録されている「狂人時代」にも出てきました。そして鼻筋も通り自信に溢れていて、まっすぐにこちらを見つめてきます。人並み以上の知性や理性はそのままに、美意識だけが狂っており、「俺は狂っているが、あんたは正常なつもりかい?」と言いたげに読者を追いつめて来ますね。
 「マンホールの中の人魚」が実写化されているとは知りませんでした。観てみたいような怖いような…。実家の本棚に原作はあったはずなので探してみます。日野日出志作品にはマンホール内の描写が多いですが、つげ義春の作品の「山椒魚」の影響が大きいのかもしれません。
 私はホラー漫画について詳しくなく日野日出志くらいしか読まないので、他の漫画家との比較や関連性等の視点があれば、またお話しくださると嬉しく思います。

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