先日、外務大臣「麻生太郎氏」のホームページを拝見していて、やはり氏は日本経済の分析と運営が行える数少ない政治家だと確信した。
麻生氏は飾り気がなく、官僚にも人気のある政治家であるらしいが、マクロ経済を理解し、なおかつその説明が分かり易い本音で語れる数少ない政治家である。
ここ最近「構造改革なくして成長なし」など、ワンフレーズ政治が受けまたが、麻生氏のように誰でも理解できるような説明をしてもらわないと、時の総理が本当は何をしたいのか、どういう世の中を目指しているのかは分からないのではないだろうか。
麻生太郎オフィシャルウェブサイトの論文
(2007年3月号『資産デフレ不況』)より引用すると
◆日本の景気回復は「イザナギ景気」を越えて、...そんなのは机上
の話で現実は厳しい。
◆今回の不況を振り返ってみると、1985年プラザ合意に始まる対ドル
交換為替が240円から120円まで、暴落したのに始まります。
◆当時の日本人の多くは、その金を土地と株に投資したんです。結果
として土地価格は暴騰し、株価も日経平均38915円まで上がった
のが1989年12月29日でした。翌年から株は下り始めたんです
が、土地価格は更に上がり続けました。そこで土地に関する融資の
規制策が大蔵省によって取られ1991年を境に地価は暴落したんで
す。これが総量規制という名の、天下の悪法だったと私は確信して
います。
◆よくいわれた不良資産、貸しシブリ、貸しはがし、etc。全ての元凶は
この土地価格の暴落に端を発したと私は思っています。
◆そこに竹中平蔵という経済現場の解っていない人の、銀行の不良資
産一掃策が追い打ちをかけました。結果、多くの銀行は預かってい
る担保の土地を安くても売却し、企業は資金繰りがつかなくなり、や
はり安い値段でも資産を売却して債務返済に努めました。
◆この15年余り、多くの企業は借金返済に専念し、利益は銀行返済
に廻し続け、ついに担保不足による債務超過から脱却したのが一昨
年末くらいでしょうか。利益を銀行返済に廻さなくてよくなり、 新たな
設備投資に廻せるようになったんです。
◆こんな前提で経済学を学んだ人も本を書いた人もいません。敗戦後
初めて異常な形でのデフレ不況が起きているという前提に立って、不
況対策をやっていないんですから、対策が功を奏さなかったのは当
然です。