「小さな政府(小泉構造改革)」=格差社会

格差問題を中心とした考察 ※コメント、トラックバックは受け付けません

朝青龍に横綱の資格無し 立ち合い厳格化「急に言われても直らないよ」

2008年09月19日 | 社会
武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は今場所の直前に審判部に手つきを徹底させるよう通達したが、朝青龍は力士側に説明がないことが気に入らないのだそうだ。

「急に言われても直らないよ。(場所が)終わってから力士会で説明してもらわないと。こっちも分からない」 
「お互いに息が合ってるんだから、それでやらせた方がいいと思う」などと言っているらしい。

何を甘えたことを言っているのだ。言わせているのだ。
それじゃぁ、治るまで休場すればいいだけじゃないか。

JRは自らを改革せよ

2007年11月09日 | 社会

11月9日、「日本経済新聞」27面の経済教室欄に、JR東海会長である葛西敬之が寄稿していた。

見出しを斜め読みすると

・百家争鳴の教育再生論議
・教員定員増より質向上を
非効率是正が急務
・「教育ギルド」、自己改革促せ
・退職教員穴埋め最低限に抑えよ

が掲げられていた。

要は、効率化を進めよ。
事故が起きたら、その時に考えよう、ということであろう、JRは安全管理をないがしろにした実績のある会社の一つ。

利益を最優先の会社役員が何故、教育再生会議の委員に委嘱され、このような、もっともらしい意見を言えるのだろうか。

日本は不思議な国家になったものである。


日経新聞の醜さ

2007年03月12日 | 社会

日本経済新聞が、

内閣府が12日発表した2006年10―12月期の国内総生産(GDP)改定値に関して、「物価変動の影響を除いた実質で前期比1.3%増、年率換算で5.5%増となった。

設備投資が堅調で、2月に公表した速報値よりも成長率を0.1ポイント(年率換算で0.7ポイント)上方修正した。日本経済が内需主導で安定的に成長していることが改めて裏付けられた。」と報じている。

日本経済は輸出主導で支えられていることが明らかであるのに、よくも「内需主導で安定的に成長している」なんていい加減なことが言えるのかと呆れてしまう。

日経新聞は内需振興策は不要という主張がしたいがために、無茶苦茶な解説をしているのだと思われる。


高校必修科目の履修漏れ問題

2006年10月30日 | 社会

公立高校の3年生約81万人のうち、履修不足の生徒が289校で約4万7000人いることが明らかになったようです。
 
この問題も、何をいまさらという感があります。

私の高校時代にも、同様の問題はありました。
当時、センター試験の前の制度で共通一次試験というのがあり、国立大学の受験生は、全員5教科7科目を受験していたんです。

私の場合、理科の「物理」、社会の「日本史」は試験科目として採らなかったので、それらの科目は殆ど記憶にないです。

ただ、日本史の「先生」ご本人については、相当記憶に残っています。

どうしてかというと、その先生が『お前ら大変だな、7科目の試験があって。日本史をやり世界史をやり、倫理社会もか。日本史が受験科目でない者は、俺が試験に出すとこは大きな声で言うからそこだけ押さえとけ。それ以外は自習の時間にして良いぞ。』といった感じの方だったからです。

その後、その先生が大学の教授になっていることをテレビで拝見しました。

授業は一応行われ、実質それぞれの者の受験パターンに応じた自習の時間になっていたのです。
無理矢理、試験科目にない科目を授業したって、所詮身に付かないですからね。

今の子供は我々以上に損得勘定の世の中を生きていますから、ますます目先の利益優先でしょう。将来のために試験外の科目も勉強しよう、なんて思うはずがありません。

現場の先生も、それに対応して授業そのものまで削っちゃったということでしょうか。 

世界史の授業をやらなかったという高校も、生徒が、勉強する範囲や量の多い世界史を敬遠して、比較的内容の少ない日本史や地理を好む傾向に迎合したんでしょう。

私の場合は、敢えて好きだった世界史を科目選択しました。
このことは幸いにも役だったのですが、そう思ったのは社会人になってからのことです。
日本史との関連付けができたため、他の試験に役立ったのです。

さて、一部の意見として、一定の基礎知識は身に付けるべきとかいう意見がありますが、これは「きれいごと」でしょう。

そういうあなたは、高校時代10科目を超える授業を適正に受け、それが社会人になって役立っていますか?と問いたい。

文科省が「きれいごと」を言い続けるなら、現場の先生は、授業の中で、自習を公認すれば良いだけでしょう。

現在は知りませんが、当時、私立大学は3~4科目の受験科目、国立大学は、7科目の受験科目。
共通一次試験で8割程度の正解を求められるとなると、貧乏人はかなり勉強をしなければなりませんでした。

一方、早稲田大学の社会学部などを目指していた友達は、英数社だったかな3科目程度を集中的に勉強していました。
(私立大学の学生の方が就職の際に個性的と言われるのは、試験制度が原因のような気もします。高校から深い勉強ができますから。)

貧乏人は7科目に加えて、「美術」「保健」「物理」「日本史」などを本気にやってる余裕はなかったのです。 

少なくともこの問題について、私立大学だけを受験した政治家、官僚、御用学者達は、黙るか、勉強をしてから発言をして欲しいものです。

         ※用語のリンク先: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』