長谷寺をあとにして、海に出て富士山と夕陽を見ようと、多分長谷駅から稲村ヶ崎駅まで「江ノ電」のお世話になったと思います。
そして、太陽さんがお隠れになってしまってはと、走りはしませんでしたが大忙し。
江ノ島と富士山がきれいに見えるはずでしたが、もっと寒い冬の空にならなければだめなんでしょうか。富士山はもやの中に多分あったのでしょう。残念。富士山にはあこがれるんです。
長野県からも私の知る限りでは、諏訪郡富士見町のとある場所へ行くとちょっぴり頭が見えるんですが、山梨か神奈川、静岡へ来なければ「ああ富士だ」という実感はわきません。
そういえば鎌倉とともに富士山を世界遺産に登録しようと政府が推薦すると聞く。富士山は自然遺産ではなく文化遺産としてとか聞いていますが本当でしょうか。自然が汚れちゃって自然遺産としてはパスするのが難しいのかな。では、信仰の山としての文化遺産?
稲村ヶ崎には「真白き富士の嶺 緑の江ノ島 仰ぎ見るも今は涙 帰らぬ十二の 雄々しきみたまに 捧げまつる胸と心」と歌われたボート遭難の慰霊碑がありました。七里ヶ浜沖遭難事件(1910年)12人の若い御霊が失われたという。明治43年もう遠いお話です。
もうすっかり暮れてしまった街を江ノ島まで渡って、まるまる一日の鎌倉散策を終えました。
世界遺産に登録されたら日曜日にこんなにゆっくり散策できるでしょうか。ユネスコへの推薦は「武家の古都・鎌倉」と聞く。侍文化発祥の地ということでしょうか。ユネスコさん、日本で十七番目の遺産として、是非免状を与えてあげてください。
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