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世界と日本のボーダー文化

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ロベルト・コッシーのキューバ紀行ーー2015年(6)長蛇の列

2015年10月09日 | キューバ紀行

長蛇の列    

(写真:マリアナオ地区の小学生たち)

越川芳明

ハバナでは、人々が道で大勢たむろしている風景をよく見かける。   

日本では「長蛇の列」と言うが、だいたいまっすぐ並ぶ方式である。キューバ人は同じ蛇でも、大雑把にとぐろを巻いている感じである。バス停でもアイスクリーム屋でも、仮に大勢の人が待っているところへ行くとしよう。キューバ人ならば、必ず「ウルティモ?」と、大声を張りあげる。  

最後の人は誰ですか? という意味だ。自分より一つ前で待っている人が誰であるかが分かれば、どこか日陰を見つけてそこで待てばよい。炎天下できちんと列を作って、いつ来るかもしれないバスや自分の順番を待っているより、ずっと合理的だ。そういう意味では、キューバ人(ハバナッ子)は、ラテンアメリカの中では、情に訴えるより、割り切ったモノの考え方をする人たちかもしれない。  

数年前のこと。キューバの大学から研究者ビザ用の招聘状を送ってもらい、東麻布のキューバ大使館で三カ月滞在のビザを作ってもらった。だが、ハバナの空港の税関では一カ月分の滞在しか認めてもらえなかった。市内の税関事務所で更新の手続きをすれば、問題ないと言われた。そこで、期限が切れる一週間前に町の税関を訪ねると、例によって大勢の人が待っていた。  

ようやく自分の番が来たと思ったら、この件では別の税関に行かないといけない、と言われた。そこで、そちらの税関に行ってみた。そこでも大勢の人が待っていた。ようやく自分の番が来た。思ったら、こんどは大学の国際課に行くように言われた。人に道を訊きながら二つの税関をはしごしても、まったく進展がなかった。がっかりすると同時に、不安にもなった。  

社会主義の官僚制は最悪だ。グティエレス・アレア監督の『ある官僚の死』(1966年)という映画では、叔父の死体の埋葬をめぐって、役所のたらい回しの犠牲になる主人公が登場する。そうした役人たちの体質は何年経っても変わらないのだ。役所では、仕事柄、業績主義を取りにくい。市民に喜ばれるどんなに立派な仕事をしたところで、給料や昇級には影響しない。上司に喜ばれる仕事をする者だけが得をする。それは多かれ少なかれ資本主義社会でも同じかもしれないが、市民の声を聞くシステムのない社会主義社会では、権力のピラミッドの底辺に質(たち)のわるい小役人たちが跋扈する。上司には楯を突けないので、市民に対してわざと仕事を遅らせて意地悪をする。意地悪をしたところで、罪に問われないのだから平気である。力の弱い市民は、心づけという名の賄賂を渡して、仕事をしてもらうことになる。  

長蛇の列と言えば、最近では、ハバナのオビスポ通りの「エテクサ」(キューバ電信電話公社)のオフィスの前は、いつも黒山のような人だかりである。電話回線を引きたい人、インターネットをやりたい人、携帯電話を始めたい人、電話代を払いたい人などが、いろいろな目的で道路に群がっている。でも、いちばん多いのは、携帯電話を始めたい人だろう。  キューバ人は待つことに対して、合理的なモノの考え方をすると同時に、 相当に我慢強い印象を受ける。待たされることに慣れているというべきか。  

実は、私たちも、携帯電話のない時代には待つことを厭わなかった。たとえば、私たちは学生時代、駅前で待ち合わせをして、30分や1時間ぐらい待っていても平気だった。ご親切にも、駅には小さな黒板があって、「5時半まで待ったが、先に行くぜ。YK」とか、書き置きをしたものだ。40年前のことである。  

いま、キューバでは急速に携帯電話が普及してきている。市民の時間感覚も、当然、変化するだろう。やがては待つことに我慢できなくなるかもしれない。  

「ほかのラテンアメリカの国では、「アオリタ(英語でナウ)」というと、「いま」を意味するけど、キューバでは「アオリタ」というのは、「あさって」を意味するかもしれない」。キューバの友人はそう言って、キューバ人の時間感覚を笑う。  

ということは、あの小役人は、仕事を遅らせて私に意地悪をしたのではないかもしれない。そうした緩い時間感覚の中に生き、私みたいにあくせく仕事をすることに意味を見いだせなかっただけなのだろう。

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