越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

書評 コルソン・ホワイトヘッド『ハーレム・シャッフル』

2024年02月01日 | 書評
「アメリカン・ドリーム」の黒い寓話  コルソン・ホワイトヘッド『ハーレム・シャッフル』 
越川芳明

マンハッタン島の北に位置する黒人街(ハーレム地区)を舞台にして、まだ学校やバスやレストランなどで人種隔離による差別が平然とおこなわれていた頃、つまり六〇年代前半のアメリカを扱った小説だ。

夢破れて一流ダンサーからレストランのウェイトレスになった中年女性から、自分を見下す北部人に反発を覚える南部人の強盗まで、
あるいはロースクールを出て、注目される公民権関連の事件を好む弁護士から、ギャング間の抗争に巻き込まれるドラッグの売人まで、これまで一般の読者に知られることのなかった人間群像をいきいきと蘇らせる。
もちろんこれらの登場人物は、ほとんどが黒人だ。

一見すると、「犯罪小説」のようである。第一部では高級ホテルを舞台にした金庫破り、
第二部ではやり手の銀行家を失墜させるために仕組まれた策略、
第三部では白人の不動産財閥の家から盗まれた物品をめぐってその強奪戦が、それぞれ描かれているからだ。

だが、そうした事件に巻き込まれる我らが主人公レイ・カーニーは、しがない家具屋の経営者にすぎない。
父親はいわく付きの犯罪者だが、かれには周りの環境に染まらないところがあり、父親とは違う真っ当な生き方を模索する。

とはいえ、一方では世渡り上手でもあり、盗品の電化製品や宝石を横流しして小銭を稼ぎ、警官には賄賂を、ギャングにはみかじめ料を払ったりもする。
その甲斐もあって、商売は順調で、次第に「アメリカン・ドリーム」の階段を登っていき、最終的には有力な事業主だけの会員制クラブに入会を許されるまでになる。

この小説に鋭い風刺のパンチが効いているとすれば、黒人街のこの「小悪党」の成功の物語が、白人の「大悪党」による、もっと大規模な成功の物語へとつながっていくからだ。

マンハッタン島の南地区には、ラジオ街と呼ばれた小さな電気屋の立ち並ぶ横丁があった。六〇年代の半ばにそこに世界貿易センタービルの建設が決まる。
そのとき白人の不動産王がその周辺の土地の地上げをおこない、莫大な利益を得ることになる。

おそらく、これこそが作家の書きたかった、知られざるアメリカ現代史の真相である。

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