越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

書評 デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』

2009年05月01日 | 小説
「貧困大国アメリカ」を幻視する。
デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』(白水社)
越川芳明

 11個の短編からなるが、アメリカ社会の底辺で起こっている出来事がドラッグ漬けの「俺」によって、オープンエンディング形式で語られる。

 短編集というより、これはシャーウッド・アンダースンの『ワインズバーグ、オハイオ』のような、グロテスクな人間群像を描いた「小説」と呼ぶべきだろうか。

 行き場を失った「俺」にとって最後の砦ともいうべき酒場「ヴァイン」は小説の象徴的なトポスだ。

 「ヴァインは列車のラウンジカーがなぜか線路から外れて時の沼に入り込んで解体用の鉄球を待ってるみたいな感じの場所だった。そして鉄球は本当に迫ってきていた。都市再開発で、ダウンタウン全体が壊され、捨て去られている最中だったのだ」
 
 そう、80年代後半から全米各地の都市部において盛んに「都市再開発」が行なわれ、地価や家賃が上がって低所得者たちが追いたれられた。そうした強者の論理への批判がこの小説の隠し味になっているが、それと同時に、マスコミによって喧伝される「いつわりの夢」の潰えたあとの無惨な風景が「廃墟」のイメージとして全編を貫いている。

 著者はウイリアム・バロウズにも似たドラッグ中毒者の文体の中に社会風刺を取り込む。時に幻覚と現実との境目が見えない風景を描きながら、「貧困大国アメリカ」の実態を幻視する。

 ハンター・トンプソンの小説をもとにしたテリー・ギリアムの映画『ラスベガスをやっつけろ』と、レイモンド・カーヴァーの短編をもとにしたロバート・アルトマンの映画『ショート・カッツ』を足して二で割ったようなユニークで印象ふかい小説だ。

 ここに描かれているのは、負け犬としての低所得者階級からなるアメリカに他ならない。ドラッグ売買やアルコール中毒、戦争後遺症、性犯罪、銃、病院、デトックス、アルコール中毒者更正の会合、離婚、シングルマザー、酒場通い、失業、バス通勤などがキーワードだ。

 とりわけ、真ん中に置かれた「仕事」という作品では、バスの窓から見えるこの街がリアリティの失せた「スロットマシーンの絵柄みたい」に映る。幻覚が現実で、現実が幻覚であるようなアメリカの(心象)風景を捉えた好編だ。

(『エスクァイア日本版』2009年5月号、26頁)

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スポーツコラム(1)「東京六大学野球」

2009年05月01日 | スポーツ
写真:明治神宮球場に咲いている「なんじゃもんじゃ」の花(雪が木の葉に積もったよう)

 いま、東京六大学野球の春のリーグ戦が花盛りだ。ちょうど先週の第3節が一つの山だった。4強がぶつかる明治と慶応、早稲田と法政という好カードが組まれていた。

 それぞれ勝ち点1の4強がここで勝つことは優勝に向けて、ギアをセコンドからトップに入れて優勝街道を突っ走ることを意味した。

 結局、法政が早稲田を2勝1分で破り、明治は慶応に連勝して、両者には頂上がちらっと見えてきた。

 あとで試合結果を数字や言葉で要約してしまうと分からないが、本当は、野球も、人生と同じように紙一重だ。展開次第でどう転ぶか分からない。そこがスポーツニュースでは分からない。

 法政は第2節立教との第1回戦で、エース加賀美が9回裏2アウト2ストライクから、立教の代打大林に逆転サヨナラホームランを喫して、3対2で敗れている。そんなのあるかっ! という感じのドラマである。

 そして、この第3節でも、早稲田は法政との第3回戦の3回裏に1点を先行し、さらに2アウト1、2塁のチャンスがあった。運よく4番の主砲原に打順がまわってきたが、加賀美の140キロ後半の速球に2ストライク1ボールと追い込まれ、あえなくサードゴロでチャンスを逃した。その直後の4回表、法政は同点とした上に、1アウト満塁のチャンスにめぐまれた。3番左打者の亀谷は早稲田のエース斉藤祐からセンターオーバーの3塁打を放って3点をもぎ取った。そこが勝負の分かれ目だった。

 そして、明治も慶応との第2回戦では、7回まで1対0の劣勢だった。1点リードの慶応は6回裏、それまでヒット2本に抑えられていた難波投手に襲いかかり、ヒットを連ねて0アウトランナー2塁、3塁の追加点のチャンス。崖っぷちに追い込まれた難波は、しかし、そこで踏ん張った。6番打者の伊藤に一塁線に強打されたが、明治のファースト謝敷が巧くさばいてアウトにすると、その後、簡単に5球で後続2打者を打ち取った。

 その直後の7回表、明治は0アウトで上本が死球で出ると、バントで走者を二塁に送り、リリーフで出てきた慶応のエース中林から、1番荒木郁がライトオーバーのタイムリー3塁打を放ち同点とした。しかも、2番遠山が1ストライク2ボールでスクイズを一発で決めた。中林投手がサウスポーだということもあり、俊足荒木のスタートもよかった。あっという間にたたみかけるように逆転劇を演じたのである。

 ハイチのポルトプランスで手に入れたクレオールのことわざ集には、こういう格言が載っている。

 Chans pa vini de fwa.(シャン・パ・ヴィニ・デ・フア)

 日本語に訳せば、「チャンスは二度ない」とか「チャンスは絶対につかめ」となるだろうか。
 
 昔、浅草の露店で買ったぼくの指輪には、ラテン語で「Carpe Diem(カルぺ・ディエム)」と刻まれている。売っていたユダヤ系のアメリカ人女性にその意味は何かと訊いたら英語に訳してくれた。「Seize the Day」(この日をつかめ)だと。

 「Carpe Diem」というフレーズは、ホラーティウスの『詩集』(第1巻第11歌)に出てくるらしい。

 神々がどんな死を僕や君にお与えになるのか、そんなことを訊ねるな/それを知ることは、神の道に背くことだから/(中略)僕たちがこんなおしゃべりをしている間にも、意地悪な「時」は足早に逃げていってしまうのだから/ 今日一日をつかむことだ/明日が来るなんて、ちっともあてにはできないのだから

 ぼくのような老人には明日はない。しかし、明日を夢見るのは、若者の特権。でも、「明日はない」と感じて「いま」を生きている若者は、小さなチャンスを見逃さずに、大きな幸せをつかむことができる。

 6大学野球を見ていてそんなことを考えた。

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