逃亡奴隷の少女から見たアメリカ
ジェスミン・ウォード(石田由美子訳)『降りていこう』(作品社)
越川芳明
アメリカ合衆国は一七七六年に独立を果たしたが、南部には綿花や米やサトウキビなどの大農園があり、黒人奴隷を大勢使って収益をあげていた。
この小説は、そうした時代に数々の辛酸をなめる奴隷少女が主人公だ。
愛する母と離ればなれになり、悪天候の中、遠い奴隷市場へ徒歩による移動を強いられ、行き着いた先の大農園でも理不尽な仕打ちを受けつづける。
一八世紀末のハイチにおける黒人革命を題材にした、マジックリアリズム小説の傑作『この世の王国』(カルペンティエル)の手法にのっとり、生者と死者と精霊、植物と動物が入り乱れ、めくるめく劇画的な世界が展開する。
根底にある思想はこの世の人間が死者や精霊とともに生きているとするアフリカ伝来の死生観だ。
主人公は、白人の大農園主が奴隷の黒人女性を凌辱(りょうじょく)して生ませた子である。
肌の色が褐色で、そんな娘を愛人にしたがる白人男性のあいだでは「商品価値」が高い。
だが、少女は白人であれ黒人であれ、男性のお飾りのようなそんな身分には少しも興味をしめさない。
むしろ、少女は独立心が強い。
幼いころから母から、夜ごとに祖母直伝の剣術を学び、戦う意志を育んだからだ。
そのうえ、奴隷制を生き延びるために、母から主人を殺すための毒キノコの見分け方を、メイド仲間から中絶に効くとされる綿(わた)の根っこ探し方を学ぶ。
少女は嵐のときに、川をふさいだ丸太のひとつに体を結(ゆわ)えて、大農園から逃亡する。
そして遠く離れた湿地帯のひとつに安全な空き地を見つける。
奴隷の子を宿しており、これから少女から大人へと成長をとげるはずである。
最近の研究によれば、中南米で知られていた逃亡奴隷(マルーン)のコミュニティーがアメリカ南部にも存在していたという。
本作はそうした研究を踏まえ、従来のアメリカ史を、周縁に置かれていた逃亡奴隷の女性の視点から書き直す、挑戦的な試みだといえよう。
ジェスミン・ウォード(石田由美子訳)『降りていこう』(作品社)
越川芳明
アメリカ合衆国は一七七六年に独立を果たしたが、南部には綿花や米やサトウキビなどの大農園があり、黒人奴隷を大勢使って収益をあげていた。
この小説は、そうした時代に数々の辛酸をなめる奴隷少女が主人公だ。
愛する母と離ればなれになり、悪天候の中、遠い奴隷市場へ徒歩による移動を強いられ、行き着いた先の大農園でも理不尽な仕打ちを受けつづける。
一八世紀末のハイチにおける黒人革命を題材にした、マジックリアリズム小説の傑作『この世の王国』(カルペンティエル)の手法にのっとり、生者と死者と精霊、植物と動物が入り乱れ、めくるめく劇画的な世界が展開する。
根底にある思想はこの世の人間が死者や精霊とともに生きているとするアフリカ伝来の死生観だ。
主人公は、白人の大農園主が奴隷の黒人女性を凌辱(りょうじょく)して生ませた子である。
肌の色が褐色で、そんな娘を愛人にしたがる白人男性のあいだでは「商品価値」が高い。
だが、少女は白人であれ黒人であれ、男性のお飾りのようなそんな身分には少しも興味をしめさない。
むしろ、少女は独立心が強い。
幼いころから母から、夜ごとに祖母直伝の剣術を学び、戦う意志を育んだからだ。
そのうえ、奴隷制を生き延びるために、母から主人を殺すための毒キノコの見分け方を、メイド仲間から中絶に効くとされる綿(わた)の根っこ探し方を学ぶ。
少女は嵐のときに、川をふさいだ丸太のひとつに体を結(ゆわ)えて、大農園から逃亡する。
そして遠く離れた湿地帯のひとつに安全な空き地を見つける。
奴隷の子を宿しており、これから少女から大人へと成長をとげるはずである。
最近の研究によれば、中南米で知られていた逃亡奴隷(マルーン)のコミュニティーがアメリカ南部にも存在していたという。
本作はそうした研究を踏まえ、従来のアメリカ史を、周縁に置かれていた逃亡奴隷の女性の視点から書き直す、挑戦的な試みだといえよう。