越川芳明のカフェ・ノマド Cafe Nomad, Yoshiaki Koshikawa

世界と日本のボーダー文化

The Border Culture of the World and Japan

書評 中村寛、松尾眞『アメリカの<周縁>をあるく』

2021年12月30日 | 書評
もう一つの<アメリカ>を探して
中村寛、松尾眞『アメリカの<周縁>をあるく』

若い文化人類学者と写真家による、知的な刺激にあふれる「旅」の記録である。「旅」といっても観光旅行ではなく、フィールド・ワークだ。

巻頭のエピグラフで、少女が「地図を燃やさなきゃ」と仲間の少年に語りかける。そして、ふたりは熾した火で地図を燃やす。ふたりが燃やす「地図」とは、マスメディアの報道や、子供たちが学校で使う教科書、親や教師の教える「常識」の比喩と読める。

それは、この本の「旅」を思い起こさせる。このふたりの旅人は、既成の「地図」があるために、私たちが気づかずにいる世界を覗きみようとするからだ。ちょうどイギリス作家ブルース・チャトウィンがオーストラリアでどんな地図にも載っていないアボリジニの「歌の道」(名著『ソングライン』)を発見したように。

たとえば、プエブロ・インディアンの居留地がたくさんあるニューメキシコは、そんな「旅」に格好の行先だ。

彼らはそこで出会うべくして出会った先住民のひとりから興味深い事実を教えてもらう。この土地は「サント・ドミンゴ」という、征服者のスペイン人たちが名づけた名称で呼ばれているが、地元の先住民たちは太古の昔から「ケワ」と呼んでいる、と。土地の名前が違うだけではない。使っている言語も世界観も違う、もう一つの「アメリカ」がここにある。

ふたりは八年ほどかけてハワイ、アラスカ、ロッキー山脈地帯、米国北部などを歩きつづける。

その間に、オバマ政権からトランプの政権へと移り、マスメディアで報道される動向も、ヘイトクライムやそれに反対する集会など、よりセンセーショナルなものが多くなる。そこで、ふたりはトランプ支持のプア・ホワイト(貧乏白人)の住むアパラチア山脈の山麓を訪れる。 

既成の地図をわきに置いて、この本を読むことをお勧めする。新しいもう一つのアメリカ、そしてもう一つの日本が見えてくるだろうから。

(時事通信より発信、「長野日報」2021年9月21日ほか)
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書評 栗田大輔『明治発 世界へ!』

2021年12月25日 | 書評
「強さ」の秘密
栗田大輔『明治発 世界へ!』


著者の栗田さんは、明大体育会サッカー部の監督である。

夏の総理大臣杯で5年連続の決勝戦進出を果たし、2年前は冬のインカレを初めとして大学生が獲得できる優勝杯をすべてものにした。

監督歴「6年間でタイトル10個」「プロ50人以上輩出」とオビに謳(うた)われているように、結果をだしつづけている。

だから、これはいま全国の高校生年代のサッカー選手たちがあこがれる明大サッカー部の強さの秘密に迫った、タイムリーな本だ。

だが、栗田さんの本職は一部上場のゼネコンのばりばりの営業マンである。

家庭人でもあり、地域のサッカースクールも経営している。その上、僕が瞠目(どうもく)するのは、選手たちにやる気を起こさせる「教育者」としての姿勢だ。

「大学の四年間で「変化する瞬間」が2〜3回ぐらいあるんです。(中略)私はその瞬間を見逃さないようにしています。ここだと思った瞬間に、相手にズバッと響く話をします」と、栗田さんは語る。

営業活動で磨いた言葉の力を若い選手の「育成」に活かすその手腕は、職場で若い人たちに接している中間管理職の皆さんにも参考になるはずだ。
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