踏み切り 「STOP LOOK LISTEN 」 と 歌いながら二人で散歩
* 秋の気配がただよう九月、もうすぐ阿賀に生きるの監督、佐藤真さんの命日ですね。二年前、追悼文を書いてから、はじめて日本語で文を書くようになった私ですが、そこには書かずにはいられない、強い感情があったのです。
普段はじっと抑えているさまざまな感情、麻痺している心、鈍くなっている感受性。文を書く作業は、ふたをあけ、そこから流れ出てくるものに耳を澄ます瞬間です。
第四十八話 歌声で目覚める日々は遠くなり
社会学の本を読んでいるとさまざまな面白い研究に出くわします。オートエスノグラフィーといって、研究者自身の生活、経験を研究材料にするもので、たとえば、ある研究者は病院のポーター(用務員)として雇われながら、医者の高圧的な態度を観察、記録したり。息子が結婚をするにあたり、義理の母になるということを、研究した人もいました。
また、別の研究者は、自身の母親が知的障害者で、子供のころは母からひどい虐待を受けて育ったのですが、母との関係を振り返り、書くことで消化、理解していきます。
ある日、大人になった筆者は、母に妊娠した旨を電話をします。母は、「今度こそ」とつぶやきます。今度こそ、子供(孫)においていかれないで、いっしょに自分も大人になれるかもしれない、と考える知恵遅れの母の悲しみ。
でも、この寂しさは、私にもあります。
ボーフレンドができた。アルバイトを始めた。友達と一緒に世界を旅する。大学に行って学生寮生活をする。どれもこれも私の知らない、果たせていないことをやれている娘をうらやましく、ねたましく、おいてきぼりになったような気分がするこのごろ。
赤ちゃんだった日は、おおむかしになり、いつも朝からうたっていた子供時代も過ぎ去り、これからは対等の関係となっていくのでしょう。わたしはこれからもオートエスノグラフィーを書き続けることで、寂しさやいろいろな気持ちを納得していくのでしょう。
(間美栄子 2009年 9月1日)
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