by Rudolf Steiner
26. Michaelmas
おお自然よ、あなたの母なる命よ。
わたしはわたしのうちに、わたしの意志の本質を抱いている。
そしてわたしの意志の燃えるような力は
私の霊の衝動を剣へと変容させる。
自我の感覚がそこから湧き出すところである霊の芽生えから
真のわたしをわたし自身の中に抱いていくために。
Soul Calendar 1912-1913年の初版の前書き
By Rudolf Steiner (高橋巌訳)
人間は自分が宇宙の壮大な時の推移の中に生きている、と感じる。
自分の存在の中で、この宇宙現像を模写している、と感じる。
しかし、その摸像は、宇宙現像を比喩的に、ただ外側から模倣したものではなく、大宇宙が時の流れの中で顕現するものを、人生の振り子運動として、表現している。
この振り子運動は、時間の要素には属さない。むしろ、人間は、感性的知覚の世界に帰依するとき、自分を光と熱が織り成す自然の夏にふさわしい存在であると感じ、自己に没頭するとき、思考と意志が世界の中に生きる自分を冬の存在であると思っている。
そのように自然が、時の推移の中で、夏と冬として現れる時、それは人間の場合、外的生活と内的生活のリズムになる。
とはいえ、生きることの偉大な秘密は、直接時間には左右されない知覚と思考のこのリズムを、ふさわしい仕方で、自然の時のリズムに関係づけるとき初めて人間に開示される。
そのとき四季の推移が人間の魂の活動の原像となると同時に、真の自己認識の稔りある源泉となる。
(長い道)
* 政権交代で日本はこれからいいほうに変わっていくのでしょうね。
私個人もシュタイナーベースのニューロリハビリの病院でアートセラピストとして採用されたので、大きな変化を迎えています。また、新たなる土地で再出発。
第四十九話 ふたたび旅へ
やっぱり人間は追い込まれないと哲学できないのか、と思うこの頃。
永住権を獲得し、経済的にも楽になって、がけっぷちに立っているという緊張感がないせいか、夏の間中のほほんとしていたわたしです。
そんな時見た映画が、「The motorcycle diaries」キューバ革命のチェゲバラの若いころの旅のお話です。南アメリカ大陸をほとんど無銭で縦断し、人々と出会っていく中で、不平等な社会のシステムに気づき始める若き医学生ゲバラ。
映画を見ていて「あ、私にもそんな時があった」と、懐かしく思い出したのは、20代のときはじめて行った外国、タイ。スラムや難民キャンプを訪れることで理不尽な世界のシステムに気づき始めたのでした。それで、教員になるという道からはずれ、その後のWinding road。
「Into the wild」という映画では、クリスという大学を卒業したばかりの青年が,体裁ばかりの物質主義の両親に反発して家を出て、アメリカを無銭で旅し、ジプシーや老人に会って語り合う中で、考えを深めていきます。アラスカの自然の中で孤独に暮らし、クリスが最期に悟ったものは幸せとは他と分かち合うものだということでした。両親を許すことで光を見ることができるということでした。
あちこち訪ね歩くのが好きな私は、日本にいるときにも、「もうひとつの日本地図」という本を見ては、有機農業をやっている人たちや、有機八百屋、有機カフェ、と訪問していました。
福井にあるジャージー牛で有名なラブリー牧場で泊めてもらったときは、奥さんがとても気さくで、夜も更けるまでいろいろ語り合ったことがありました。
佐渡で裂き織りをしている方のところにお邪魔したときは、スーパーでバイトをしながら小説を書いている方も紹介してもらい、お風呂のかまどの火を見ながら、こういう風に少しの現金収入で、好きなことをする暮らし方もあるんだなあ、と感じ入っていました。
そんな旅で出会った人たちのことを思い出し、PhDが終わったら、ウーフWWOOF(World Wide Opportunities on Organic Farms)で、また旅に出ていろいろな人の暮らしを見せてもらおうかな、と考えているところです。
(間美栄子 2009年 9月15日)
PS 岩崎サンという日本人男性がママチャリで7年もユーラシア大陸を旅しているという記事を目にしました。まるで「フォレストガンプ」とかかれていたけど、まだまだ旅を続けるそうです。
踏み切り 「STOP LOOK LISTEN 」 と 歌いながら二人で散歩
* 秋の気配がただよう九月、もうすぐ阿賀に生きるの監督、佐藤真さんの命日ですね。二年前、追悼文を書いてから、はじめて日本語で文を書くようになった私ですが、そこには書かずにはいられない、強い感情があったのです。
普段はじっと抑えているさまざまな感情、麻痺している心、鈍くなっている感受性。文を書く作業は、ふたをあけ、そこから流れ出てくるものに耳を澄ます瞬間です。
第四十八話 歌声で目覚める日々は遠くなり
社会学の本を読んでいるとさまざまな面白い研究に出くわします。オートエスノグラフィーといって、研究者自身の生活、経験を研究材料にするもので、たとえば、ある研究者は病院のポーター(用務員)として雇われながら、医者の高圧的な態度を観察、記録したり。息子が結婚をするにあたり、義理の母になるということを、研究した人もいました。
また、別の研究者は、自身の母親が知的障害者で、子供のころは母からひどい虐待を受けて育ったのですが、母との関係を振り返り、書くことで消化、理解していきます。
ある日、大人になった筆者は、母に妊娠した旨を電話をします。母は、「今度こそ」とつぶやきます。今度こそ、子供(孫)においていかれないで、いっしょに自分も大人になれるかもしれない、と考える知恵遅れの母の悲しみ。
でも、この寂しさは、私にもあります。
ボーフレンドができた。アルバイトを始めた。友達と一緒に世界を旅する。大学に行って学生寮生活をする。どれもこれも私の知らない、果たせていないことをやれている娘をうらやましく、ねたましく、おいてきぼりになったような気分がするこのごろ。
赤ちゃんだった日は、おおむかしになり、いつも朝からうたっていた子供時代も過ぎ去り、これからは対等の関係となっていくのでしょう。わたしはこれからもオートエスノグラフィーを書き続けることで、寂しさやいろいろな気持ちを納得していくのでしょう。
(間美栄子 2009年 9月1日)