長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『エンパイア・オブ・ザ・ライト』

2023-04-17 | 映画レビュー(え)

 サム・メンデス監督の新作もまた“自身と映画”についてのエッセイ映画だ。1980年代イギリスの寂れた港町。海沿いに建つ映画館“エンパイア劇場”のマネージャーを務めるヒラリーは、精神病院から退院したばかり。日々、自身の心と身体に折り合いをつけて働くばかりか、支配人からのレイプに耐え続け、映画館で働きながら映画に心を割く余裕なんてない。そんなある日、大学進学を諦め、バイトにやってきた青年スティーヴンと出会い、2人は恋におちていく。

 『ロスト・ドーター』に続き張り詰めったメソッドを維持するオリヴィア・コールマンはヒラリーに幾重もの層を与え、スティーヴン共々観客は彼女に対して興味を抱かずにはいられない。スティーヴン役のマイケル・ウォードは清廉なブレイクスルー。気難しい映写技師役トビー・ジョーンズや憎々しげなコリン・ファースら、メンデス演出の下、キャスト陣は良心的なアンサンブルを披露している。エンパイア劇場はまるで大きな舞台に建てられたセットのように荘厳で、メンデスらしいシンメトリーの機能美を湛えており、シネコン以外の映画館にまつわる記憶を持つ観客のノスタルジーを大いにくすぐる事だろう。一方でロジャー・ディーキンスの撮らえる町の風景は、経済衰退によって映画館という文化的財産を失った地方都市の現実を突きつける。本作の時代背景となる1980年代のイギリスは、サッチャーによる新自由主義によって大量の失業者を生んだ。『エンパイア・オブ・ザ・ライト』のランドスケープは日本の地方都市に生まれ育った82年生まれの筆者に突き刺さった。

 多くの“映画についての映画”同様、登場人物が観客よりも先に映画に感動しているのは頂けない。『エンパイア・オブ・ザ・ライト』が観客の心をざわつかせるのは、もっと何気ない場面だ。ヒラリーは入院したスティーヴンを見舞いに病院に訪れると、そこで働く彼の母親と出会う。「この間、息子とビーチへ行った方ですか?」という問にヒラリーが答えた瞬間、母親が浮かべる“これが初めてではない”という表情。母よりもさらに歳上の女性を求めるスティーヴンの内に一体どんな想いがあったのか。ここにメンデスならではの鋭利で繊細な人間心理の機微がある。もっとこんなドキリとするシーンが見たかった。


『エンパイア・オブ・ザ・ライト』22・英、米
監督 サム・メンデス
出演 オリヴィア・コールマン、マイケル・ウォード、トビー・ジョーンズ、コリン・ファース

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