この仕上がりで1シーズン打ち切りとは実に惜しい。テレビ黄金期“PeakTV”の現在、指摘されているのが年間300とも400とも言われている製作本数を批評家はおろか、視聴者も追い切れていないことだ。その結果、本作のようなスター不在の地味で、しかし骨太なハードボイルドの良作が見過ごされてしまうのである。ショーランナーのマイケル・D・フラーが本作の後、2020年のNetflix作品『ロック&キー』まで新作を撮れていないことからも、PeakTVが視聴者にとって供給過多とも言える豊作である一方、クリエイターには生き馬の目を抜くような時代であることがわかる。
マックス・アラン・コリンズの小説『クォーリー』シリーズを原作にした本作は、ベトナム戦争に揺れる1972年が舞台だ。2度の兵役を終えた主人公マックが妻の待つメンフィス空港に降り立つところから物語は始まる。しかし彼を待っていたのは苛烈な反戦デモだった。マックにはベトナムでの大量虐殺への関与が疑われていたのだ。
平穏なアメリカの生活に戻ろうとするも、マックは戦地で負ったPTSDに苦しめられ、虐殺の報道が再就職を妨げる。そんな折、彼の前に“ブローカー”と名乗る謎の男が現れる。彼はマックのスキルを見込み、多額の報酬で殺しの仕事を持ちかけてきた。ブローカーは言う「おまえは石切り場(=Quarry)のような男だ」。
これまで『LOST』『Dr.ハウス』など数多くの人気作に参加し、『ゲーム・オブ・スローンズ』のスピンオフ『House of the Dragon』への参加も決まっている職人監督グレッグ・ヤイタネスが全8話を担当している。70年代アメリカ映画を彷彿とさせるオールドスタイルの演出が何とも心地良く、当時を思わせるくすんだ色調の映像、ドライなバイオレンス描写、ここぞという所で魅せる大胆な長回しアクションに身を乗り出してしまった。何より安易なクリフハンガーではなく、人間心理に注目したミニマルな演出で視聴者を引き付け、『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』のヴィンス・ギリガンに招聘されてもおかしくないレベルである。映画監督のTVドラマ進出により隆盛を極めたPeakTVだが、人気作家の影にはヤイタネスのような職人監督がおり、彼らあっての市場なのだ。
主要キャストの顔触れも馴染みが薄く、まるで掘り出し物の昔の映画を見つけたような既視感があっていい。主人公マック役は『ボクらを見る目』の看守役で名演を披露していたローガン・マーシャル・グリーン。暴力にまみれた男の怒りと哀しみ、挫折を体現する彼の瞬発力はパワフルで、この性格俳優がいかに見過ごされてきたのかわかる。
また彼の相棒役には『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『マインドハンター』でチャールズ・マンソンを演じた“マンソン専門俳優”デイモン・ヘリマンが扮しており、ベトナム帰還兵の殺し屋で、マザコン(しかも母親役が『ハンドメイズ・テイル』のアン・ダウド)という強烈なキャラクターを怪演だ。その根底にはゲイゆえに社会から排除された姿があり、何ともやるせないのである。
主人公たちのこの寄る辺のなさこそ、ベトナム戦争という過ちに苦しみ、内省化していったアメリカの空気である。人はひとたび罪を犯し、深い傷を負えばかつての自分には戻れなくなってしまう。そんな人生の過酷さと弱者への目線、そして男の弱さを描いた味わい深い1作だ。何度も言うようだが、打ち切られたのが実に惜しい。
『クォーリー』16・米
監督 グレッグ・ヤイタネス
出演 ローガン・マーシャル・グリーン、ジョディ・バルフォー、デイモン・ヘリマン、ピーター・ミュラン、ビル・アーウィン
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます