長良の鵜 ズボラ余生

「ズボラ余生とは」:
何事も、前向きに捉え、楽天的に生きていくことです。

京大入試ネット流出

2011-02-27 09:13:41 | Weblog
京都大学の入試(2次試験)で、数学と英語の問題がインターネットの掲示板に正解を求める書き込みとして投稿された。
昔から、カンニングは行われたけれど、大学入試のような大きな試験では、きわめてまれだった。
また、カンニングも、自分で、小さな紙切れに書いたりしたために、その段階で覚えてしまうということもあった。
ところが、今回はまったく自分の力で解くことはせず、他人に頼っているのである。
そもそも、私の頃は、クラスの1割くらいの人しか大学にいかなかった。
そのため、大学へ行く人は、それなりに勉強したし、勉強する意欲にもえていたと思う。
それが、今ではほとんどの人が大学まで行くようになって、大学に入ると勉強をしなくなるといわれていた。
それが、大学に入る勉強もしなくなったということらしい。
教育がゆとりだといったり、競争はダメだというようになってから、教育自体がおかしくなってしまった。
優秀な人間は授業がつまらないし、頭の悪い人間は、授業についていけなくて、つまらなくなってしまった。
私は、優秀な人間は、飛び級で、どんどん進んでもよいと思う。
それと同時に、大学進学率はもっと低くてもよいのではないかと思う。
その代わり、40歳になっても50歳になっても、大学に行きたくなったら、いつでもいけるようにすればよいと思う。