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那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

良寛さんの短歌

2012年12月18日 | 
選挙も終わり、自公連立政権が始まる。
民主党が余りにお粗末だったからまた昔に返った訳だが、昔と同じことをやっていたら今度こそ本当に国民の怒りが爆発するだろう。

というわけで、今日も簡単に。
以下のサイトに良寛の和歌が紹介されていた。解説も優れているので2首だけ取り上げる。


http://www15.ocn.ne.jp/~kamido/ryoukan/meika1.html

あわ雪の中に顕(た)ちたる三千大千世界(みちおほち)またその中にあわ雪ぞ降る

 まず、三千大千世界とは、仏教の世界観による世界のことであり、須弥山(しゅみせん)を中心に日・月・四大州・上天を含む世界を一世界として、これが千個集まったものを小千世界であり、それが千個集まったものを中千世界、中千世界が千個集まったものを大千世界といい、これらを総称していう。
「国上山に住む良寛様の目の前には、あわ雪がしんしんと降り続いており、その中に三千大千世界が視えたのである。その中の一つ一つの世界にもあわ雪が降り続いていることだ」と解釈できる。良寛様の空想の歌であり、あわ雪は総てを覆い尽くすということである。つまりこれは宇宙の総ての世界が同じような現象に覆われるということである。あわ雪ならばあわ雪、花吹雪ならば花吹雪である。宇宙は一つに繋がっているということであろう。とても奥行きの深い代表的名歌である。

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私は子供の頃から、宇宙の中に自分がいるわけだが、自分の細胞それぞれに宇宙がまたある、という感覚があった。もっと極端に言えば、素粒子の中にまた宇宙が存在している(物質の最小単位が素粒子だから物理学的にはあり得ないが)という無限に連鎖しイレコ状に重なり合う宇宙の感覚もある。
 全ての存在が相互にウェブ状態で絡み合っている感覚は一念三千論を勉強したこととも繋がっている。もっとも、こういう風に深読みしなくても、淡雪を通して全宇宙を思い浮かべて万物と一体になっている自分を自覚し、また新たな変性意識のなかで淡雪を見つめている、という風に読めなくもないが、この歌は深読み(創造的解釈)のほうが面白い。
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つきてみよひふみよいむなやここのとを十とをさめてまた始まるを

 貞心尼は良寛様に弟子にして下さいと歌を認め手鞠を置いていったが、その入門の許可の手紙と共にこの返歌が添えられてあった。
「手鞠をついてみなさい。一二三四五六七八九十で、十までついたらまた一から始めます」と直訳できる。しかしこれには深い意味があり、「仏の道はこれで終わりということなく、ずっと続くものです」ということが含まれている。またニーチェがツァラトゥストラに語らせた永遠回帰の思想にもつながっている。とにかく、ここから二人の交流が始まったのである。

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貞心尼は40才年下の良寛の弟子兼愛人。二人の関係に興味のある人は検索してみてください。
 ところでこの歌は少しでも禅をかじった人なら数息観のことが含意されている、と直ぐ分かる筈だ。ストンと丹田に息を収めたら、1,2,3~10まで心で数えていく。途中で雑念(数以外の言葉やイメージ)が湧いたら、また1から始める。見事10まで数えられたらまた1から出直すのが数息観。
 微笑禅のやり方では、吐く息を意識せず、毛穴から漏れるイメージでなるべく長く息をもたせる。すると1分を越えたあたりから密息が出来るようになる。これは一種「皮膚呼吸」のような感覚で、実際は鼻からごく細い息が漏れ、同時に吸っているのでしょうが、「ひと~つ」が何分も持続して嬉し涙が零れ、申し分のない数息観が出来るようになる。
 ともかく、いつも懐に鞠を入れて子供と鞠つきをして遊ぶのが好きだった良寛さんは、鞠つきに例えて、一緒に数息観をやりましょう(弟子入り許可)、と返した、と解釈するのがごく普通でしょう。
 
今日はこれで失礼します。







禅とスポーツ:榎本喜八

2012年11月25日 | 
さすがに2日もブログを休むとアクセスがグンと落ちますね。
このところ余りに忙しくフラフラしているので休みがちですが、アクセス解析を見ているとどうも宗教の話をしたときに人が増えています。
 堅い話なので私自身は、こんなこと書いていいのかなぁ、と思っていましたが、こういう時代のせいでしょうか。占いなど大流行してますし未来が見えない状況特有の傾向と思います。

そこで、丹田呼吸と腹式呼吸の違いについて書こうと思い、いろんなサイトをくぐりました。「むしろ腹は引っ込める感じで臍下丹田を膨らませる」、と前に解説しましたが、やはり医学では丹田呼吸を「逆腹式呼吸」と呼ぶようです。長年やっていると臍下がラグビーボールのように膨らむそうで、事実そこは筋肉のつきにくい場所ですが徐々に膨らんできます。
 調べた限り呼吸は自然に任せ、と書いてありますが、なるべく細い呼気を全身の毛穴から漏らすイメージで1分以上続ける訓練を続けるべきと思います。その内に本当に細い呼吸になり、吸っているのか吐いているのか分からなくなり(それを同時に行っているのでしょう)、鼻の頭に細くちぎったティッシュペーパーをぶら下げても揺れなくなります。

その関連で調べていくうちに、禅や合気道を取り入れたプロ野球の打撃の神様がいたことを知りました。私が物心付く前の世代の人なので全く記憶にありませんが紹介します。
以下、wikiより思い切り抜粋して引用しました。特に解説はつけません。
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榎本 喜八(えのもと きはち、1936年(昭和11年)12月5日 - 2012年(平成24年)3月14日)は、東京都中野区上鷺宮出身のプロ野球選手(一塁手)。現役時代はオリオンズの中心選手として長きに渡って活躍し、「ミスターオリオンズ」と呼ばれた。

現役時代は武道を取り入れたトレーニングをおこない、その求道的なスタイルも相まって数々の逸話を残した。荒川博らとともに藤平光一や剣道家の羽賀準一の道場に通って合気道や居合を習得し、打撃が開眼。そのためか、トレーニングのことを「稽古」、バッティングフォームのことを「形」と言っていた。試合前に座禅を組むこともあったという。

“神の域”に到達した時のことについては、後年に詳細に語っており、「臍下丹田に、自分のバッティングフォームが映るようになったんです。ちょうどタライに張った水に、お月さんがきれいに映る感じ。寸分の狂いもなく、自分の姿が映って、どんなふうに動いているのかまでよくわかった。ボールがバットに当たった瞬間から、バットに乗っていくところもよくわかった」、「すると、どんなボールに対しても、自分の思い通りに打てちゃう。それまでは、タイミングは合った、狂ったと一喜一憂してたけど、この時期は相手とのタイミングがなくなったんですよ。最初からタイミングがないから、タイミングも狂わない。だから、打席で迷うこともなくなったんです」、「本当に夢を見てる状態で周りの動きがスローになった。プロに入ってから、バッティングの事ばかりでテレビを見ても心から笑った事がなかったんですが、初めて心から笑えたんですね」と述べている。

また、「それまでは、いくら自然体をつくり、そこへ魂を吹き込んでバッターボックスに立っても、結局『バッティングでいちばん大切なのはタイミングだ』という思いを捨てきれなかったんです。だから、ヒットを打ったり打ち損じたりするたびに、タイミングが合った、狂ったと一喜一憂してた。しかし、臍下丹田に自分のバッティングフォームが映るようになると、ピッチャーとのタイミングがなくなってしまった」、「ピッチャーの投げたボールが、指先から離れた瞬間からはっきりわかる。こっちは余裕を持ってボールを待ち、余裕を持ってジャストミートすることが出来た。だからタイミングなんてなくなっちゃったんです。最初からないから、タイミングが狂わなくなったんですね」、「自分の脳裡に自分のバッティングの姿がよく映るんです。 目でボールを見るんじゃなくて、臍下丹田でボールを捉えているから、どんな速い球でもゆるい球でも精神的にゆっくりバットを振っても間に合うんです。ちょうど夢を見ている状態で打ち終わる。その姿ははっきり脳裡に映っていながら、打ち終わるとスッと夢から覚めて我にかえって走りだす、そのようなところまでいかせていただきました」とも語っている。

8年前に見た霊夢

2012年11月14日 | 
このところ多忙過ぎてブログを時々休んでいる。今日もフラフラだが面白い記事を見つけたので引用する。
 以下は私が8年前に見た夢を昔のHPから拾ってきたもの。とりあえずご覧下さい。
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このところ毎日鮮烈な夢を見て目が覚めるが、今朝見た夢は特別だった。

夢の中で私はいくつもの寺をまわって修行している。どうしても納得できず、最後は下は奈落の断崖絶壁の淵に座り、ここから飛び降りて死んでもいいという覚悟で座っていた。前方には霊山らしき山がそびえ、その山の手前の尖った岳の山頂に紫色の衣服を着た人物が座っている。そこに雲の切れ目から日が射して、彼を煌々と照らしている。

やがてその紫色の衣服を着た男が空中を飛んで私の前に現れた。身長は私の倍もあり、その紫の衣服は中国の皇帝が着るもののように高貴で、なおかつその男は三国志に出てくる関羽のような豪傑で殺気に満ちているので、私はとっさに「殺される」と思った。

ところが、その巨人が私に顔を近づけると微笑して「お前は48歳だな。志を立てるのがやや遅かったから、そうだなあ、56歳になれば私よりも上の位になれるぞ」といった。この神々しく、また猛々しい人物、いや神仏というべきだろう、よりももっと上のレベルになれるのか、と思うと私はもったいなさとありがたさで胸が一杯になった。それで彼の足に口付けをした。すると、足袋が泥だらけだ。私は念を送ってその足袋を真っ白に変えた。またその紫の男の付き人として横にひかえていた2人の男の足も汚れていたので、同じように念力を使ってきれいな足にしてやると、2人の男はたいそう喜んでくれた。

その夢を見て目覚めたのが午前6時だった。
紫の衣をまとった巨人の崇高さと猛々しさは、私がこれまでに味わったことのなかったもので、その迫力に気おされて私は眠気が吹っ飛んでいた。
と同時に、あと8年頑張れば(おそらく坐禅の修行を続けるという意味であろう)、あの神々しい存在よりさらに上のレベルになれるのか、と思うと、嬉しさと、同時に、気の長い話だな、と思った。

実は、私は子供の頃から、自分は56歳に死ぬのではないか、という固定概念にとらわれて生きてきた。実際、私は慢性アルコール性肝炎でガンマGTPが1300あり、同時に糖尿の数値も相当に高いから、このままの生活を続けると50代で肝臓癌や糖尿病の合併症で死ぬ可能性も高い。

が、禁酒、禁煙をして、摂生に努めれば、それを避けることは可能だ。そしてあと8年坐禅を続けたときには、虎の背に乗って山を巡り、龍の背に乗って水の中を泳ぎ回るような自由自在の心境になれる、とこの夢は暗示しているようだ。

禅というのは本来の自己を見つける修行である。あの紫の衣服を着た神は、まず間違いなく私の「真の自己」が具現化したものだろう。
 私は毎日坐禅を組むたびに「無」になることを意識してきたが、真の自己のイメージを掴むことはできずにいた。しかし、今朝の夢で把握できた。想像していたよりもはるかに高貴で猛々しい存在だった。ああなりたい、と心から思った。
悟るというこは、もっと枯淡な世界に入るものだと思っていたが、逆であった。誰もがその殺気に怖気づくような、怖い、畏怖させるような威圧感のある存在であった。と同時に限りなく優しい、慈愛に満ちた存在だった。そのような自己が私の中に眠っているようだ。本当にそうならどんなに勇気付けられることだろう。ああ、あれが本来の自己(自性)だったのだ。
 「十牛図」でいうところの「尋牛」「見跡」の位から、やっと「見牛」の位に達したのだと思う。1年半の坐禅の結果である。なお、「見牛」の絵は大抵、牛の尻尾がちらりと見える図案が描かれているが、中には川の向こうに牛を見つけるというデザインもあるらしい。私の夢もそれに近い。「見牛」の位というのは、最初の見性である。夢の中で見性する場合があるとは本で知っていたが、私の場合も夢で自性を見ることができた。嬉しいことである。

サボりたい日もあるが、とにかくあと8年は坐禅を続けてみよう。
今日の夢は、おそらく「霊夢」と呼ばれるものだろう。さてどうなることやら。
結果は8年後にこのHPで報告いたします。
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(上の夢は座禅の修行を始めたばかりでこの4年ほどあとに1度目の強烈な見性体験が待っていた。だから、真の自己、といった誤解を招きやすい言葉は今は使わない、と断っておく)

ともかくざっとこのような夢だ。私は56歳になった。57歳の誕生日は来年の1月11日だからあと二ヶ月しか残っていない。
 実はこのブログのどこかにも書いているが、あるホームレスの易者が「貴方は56歳で夢が全て実現する」と占った。夢と一致している。それでこの霊夢の報告の時期が来た。

まず3年前の夏に妻子が突然失踪し結局離婚して未成年の長男は妻の姓に変わり、人生の予定が大きく変わった。この間、一度だけ長女から不思議な電話が掛かってきただけで全くの没交渉である。
 
古くからの読者はご存知の通り、これを含めてその前後から様々な不可解な出来事(本当はその構図は実に分かりやすい)が続き私は現在病苦と闘っている。酒はかなり節制してほぼ禁酒みたいなものだから肝臓や糖尿で死ぬほどの数値ではないが、とにかく足首から下の麻痺と痛みのために思い通りの活動が出来ないことと、山のような重要書類を少しずつ片付け、更に色々な予定を組み込んでいるために心身が悲鳴を上げてレッドゾーンが続いている状態だ。
 禅に関しては、体調のいいときは座禅を組み、寝る前、起きる前は寝禅が習慣になっている。

それで、恐らく次の2つのうちどちらかが起きるだろうと予想している。
一つは、見性体験を繰り返したので、残されたのは悟後の修行と思っていたが、さらに大悟徹底の体験をして次々と心配の種が解消していく可能性。
もう一つは死による涅槃という意味での夢の実現。

私はいつ死んでも悔いはない。むしろ生きていることのほうが苦痛だ。しかし、「ロータス文化学院」「微笑禅の会」「八王子五行歌会」など今の状態のまま責任放棄してあの世に逃げるわけにも行かない。
 高々夢と占いに基づいた話だから、両方とも外れていた、なんてオチがあるかも知れないが、私は夢や占いがピタリピタリと当たった経験も多いのでとりあえずブログに残しておく次第です。では。

自己実現とは

2012年10月25日 | 

所謂「幸福」というものを分析すると、

①衣食住(命に危険性のないレベル)
②愛情(自分を理解してくれる相手がいる)
③社会的地位(なりたい職業に就く)
④自己実現(なりたいと夢見ていた通りの人間になる)

となる。私などは①の段階で悩んでいるレベルだから幸福には程遠いが、ともかくこの自己実現に関して少々思うところがある。

私は2年間座禅会で基本を学び、こんないいものがあったのかと、自分の体を実験台にして様々な工夫の末に見性体験を繰返した。そのアドバイザーの一人が玄侑宗久師で、メールで様々な質問に答えてもらった。その中で 玄侑師は「自己実現というと、そこで完成したという感じがして自分は好まない」というような意味のことを言われた。

確かに一理ある。禅の影響を受けたユングは「個性化の過程」という言葉を使っているが、スミレにはスミレの、ヨモギにはヨモギの個性があり、その理想形に近づく努力のことだ。

ややこしいのは、ユングの言う「自己」とは普遍的無意識のことなので、禅でいう「悟り」に極めて近い概念だ。既に我執はない。いずれにしても、その過程、近づく努力が大切なので、ハイここで行き止まり、というものではない。

普通にいう自己=私、という意味から見ても、自分が一体何者なのか分からなくなる。私は短気な喧嘩屋らしいが、お人よしだとも言われる。文科系の典型のようだが、数学にも熱中した時期もある。芸術は当然好きだが、分析哲学や論理学も好きで、例えば一本の映画をグラフや記号で表現できないかと真剣に考える一方、印象批評は捨てがたい。

無位の真人に目覚めたと言っても、年から年中、朝から晩まで悟った生き方が出来るわけではなく、自分が何者かさえ把握できず、雨にも負け風にも負けて、ただ悩みを放下する心のポジションに戻る術を多少知っているに過ぎない。

中年を過ぎて、未だに「一体自分は何のために生まれてきたか」すら回答がでない。自己実現の標的が見つからないのだ。ただ天地の命じるまま、出来る範囲のことは努力して「一隅を照らす」人生を送りたいと思う。









川上雪担老師の言葉 

2012年10月13日 | 

いつもそうだが、特にこのところ一人では解決不可能な問題が山積して頭から足の先まで痛いところだらけ。特にパソコンの打ちすぎで腱鞘炎一歩手前まで来ている。オマケに風邪を引いて熱がある。フト、そういえば、同じようにトコトン困ったときに川上雪担老師に電話で点検を受けたことを思い出した。
 難しい問答は省略するとして、「修行をやめて入院して体を治しなさい。どうにかなる」という助言を頂いた。まもなく倒れ、危篤状態から奇跡的に蘇った。
 新潟のお寺の住職さんだからズーズー弁かと思っていたら、横浜生まれの東大卒で、綺麗な標準語だった。点検を受けた直後に亡くなられた。肉声を聞いていて良かったとつくづく思う。


川上雪担老師は平成23年5月20日、遷化されました。以下
http://www17.plala.or.jp/tozanji/bn/tanosiizazen.html より


楽しい座禅


「坐禅が楽しいという人がいる、不思議なことだ。」と、言う人がいる。
「坐禅が楽しいという、不思議だ。」
 これ答えなんです。不思議-思う議にあずからず、思想思念の他にというんです、だから楽しいんです、無上の楽しさがあります。

 坐禅をやってみる、足が痛い、ま-るで死ぬ思いがする。ちょっと慣れると妄想頻出して、わけがわからない。とりとめがない。もうちょっと坐って比較的静かになる、すると自分を眺め暮らしている、目は外向きについているのに、なぜか自分という暗影が見える、あるいは真っ暗がり、あるいは深淵のように思い違え。でもって静に入ったなどいってみても、結局なんにもならない。
「坐禅してみたけど、なんにもならない。」
という感想です。

 二三日前にもそういって来た人がいた、
「参考書、仏教解説読んだけど、いっているようにはならない。」
という、どうも十人百人そんなふうです。
どうしたらいいか。
「歩くとき歩くばっかりでしょう、歩き方を観察したり、歩く研究をしていたら、うまく歩けない、いいですか、坐禅のとき坐禅すりゃいいんです、自分を観察してああでもない、こうでもないしない、吐く息吸う息数息観も、ただもう坐るっきり、それがほんとうに出来たとき終わるんです。」

 わたしとしては、こういうっきりなく、只管打坐とは、ただうちすわる、まるっきり手付かずということです。これがそう簡単にはできない。
 なぜか。

 人間もとこうあるっきりなのに、人間とは何か、人間らしくと思案する、どうもマンガみたいことを、だれかれ大真面目にやって、結果間違いだらけってことあります、(ひゅ-まんの追求に答えが出ないこと、よってかくの如し)=人類の歴史って思いませんか。
 やりゃあやるほど、正確に見えれば見えるほどおかしくなっちまう、迷い込んでへんてこりん。
 どうですこれ、坐禅してるときとそっくりでしょう。

 坐禅は温室ですと、先師老師がいった、他日異日必ず花開くと、禅=単を示すと書くんです、わたしどものもとそっくりのありよう、付け足すものなんにもない、これっきりです。

 これがどうできているかというと、心経にあるとおり、五蘊皆空、度一切苦厄です、どんな厄介ごとも苦しみも、妄想なんもかもとっつかない、不染汚という、染みがつかない、なぜならなんにもないからっていうんです。
 なんにもない=無眼耳鼻舌身意です、目がどこにあるか、知らないんです、目で見るということを知らない、見るものと見られるものの区別がつかない、以下同文ってこってす。
 いいですか、目はここにある、目で見ている、そんなの当たり前じゃないかという、でも体にはこれを知る感覚器官はないんです。後念の知識、教えてもらって習い覚えたんです。
 つねる、痛い、でもどこ痛いかわからないなど、これ実感ですからたしかめてみて下さい。
 無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法と、わたしどものありようを、改めて記載しなければならないほど、後念の知識観念概念生活に、がんじがらめになっている。

 たしかにそりゃ、音は耳で聞くという知識は必要なんだけど、それによって実際を離れてしまう。
 せっかく単を示そうと思っても、おいそれとそうは行かないんです。
 物心つくとからに、がんじがらめ生活を強いられて来た、それをいったん元へ戻す、ぶち破る必要があるんです。
 でないといつまでたっても、坐禅が坐禅にならない、苦痛と我慢大会ばっかりで、ちっとも楽しくならないんです。

 不思議じゃないからです、妄想を追い-とは無意でない、妄想を生み出す自分がその妄想を追う、有意です、ありっこないことをやっている、苦しみの原因です、人はないものに苦しめられる、しばらく確かめてみて下さい。
 自分を眺め暮らすのも、坐禅はこうあるべき、思想理屈をこねまわすのも同じ二人三脚です、いったんこれを止めるんです、無理強い止めるってじゃんしに、自然に止む、これ只管打坐です、でないと弊害があります。

 一つこっきりになる、思想と自分と同じならな-んもない実感です、ついに忘我。自分を観察しないということが始めです。
 ですから「楽しい」の実際は、坐っていながら(なにしていてもです)自分というものがまったくない、外と内の区別がないんです、じきにそれを見ている自分がないんです、不思議です、たとえようもない平らなふう、度一切苦介の現実です。
 こうなって初めて坐禅が坐禅になるんです、元の木阿弥自分というものの実際を知るんです、如来来たる如しです。

 そう長くはかからないんです。こういうことがあると知って、まっしぐらです、たいてい三カ月も坐っていりゃちらとも気がつくものです。
 ですから、坐っていてなにがあっても、手を付けない、なりふりかまわずってことです、坐すとき坐すっきり、歩くとき歩くってこと忘れている、でないとうまく行かない、坐すとき坐を忘れている、手放しのときそっくり終わるんです。
 乃至は人生思想道徳なんのかのうっとうしいこと、そっくり終わるんです。



山本玄峰ふたたび

2012年09月23日 | 
 今日は忙しかったので、私が禅僧の中で最も尊敬する山本玄峰師の言葉を引用しました。
師に関しては既にこのブログに書いていますが、読み直すと本当に勉強になります。

http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kuromakuron/genpo.htm より抜粋引用


「人間の心は意馬心猿といって、ちょっと油断をすると、心が馬や猿のように飛んで廻るから、何時も自分で自分の心を引き締めておらねばならぬ」。
 「一番業の深い、最悪の生物は人間じゃ」。
 「木は気を養うものだ」。
 「人とたばこの良し悪しは、煙になりて 後にこそ知れ」。
 「臨済の一喝、ある時は人を殺し、ある時は人を活かす」。
 「僧堂にはいろいろな人がくるが、まともな人間は余人に任せる。わしは世間から、あばれもの、やくざもののように見られている連中を世話する」。
 「法に親切、人に親接、ご自身に辛切」(松原泰道氏の評伝)。
 「隠徳を積め」。「人間は若いときに陰徳を積んでおかないと、歳を取ってから苦労するから、常に陰徳を積むことを考えよ」。
 「学問はいくらでもせい。しかし学問を鼻にかけちゃいかんせ、坊主で何より肝腎なのは、道心じゃ。これに学問があれば鬼に金棒さ」。
 「わしの部屋は乗り合い舟じゃ。村の婆さんも来れば、乞食も来る。大臣も来れば、共産党までやって来る。皆同じ乗合舟のお客様じゃ」。
 「棚からボタ餅の堕ちてくるのを待つように、天命は俟つものではない。天命には従うものだ」。
 「お前は、まだ解らぬのか!わしは、世のため、人のためにと念じて修行したことは一度も無い。みんな自分のためにやっているのや」(田中清玄に放った言葉)。
 「いや、あんたは座禅組まんでもええわ。あんたは、ええ新聞つくりなはれ。それが、あんたの座禅やで」(老師が進藤次郎氏へ述べた言葉)。
 「足の裏と肛門をきれいにしておくのが、健康の秘訣じゃ」。
【玄峰老師の名言その二、講話系
 「正法興るとき国栄え、正法廃るとき国滅ぶ。よろしく正法を守り仏法を興すべし」、「正法の行われる家は繁栄し、正法の栄える家は隆盛になる。ひたすら正法の久住に勤めよ」。
 「性根玉を磨くのが修行じゃ。人間の性根玉は元来、清浄であるけれども、永らくの宿業によって性根玉が曇っておる。それで元のきれいな性根玉に磨き出してゆかねばならぬのじゃ」。

 「性根玉が磨かれると、どうなるかといえば、自然に物事の道理が解ってくる。『天下の理に従う者は天下を保ち、天下の理を恣(ほしいまま)にする者は天下を失う』ということがあるが、物事の道理が解ってくるとろ、一切の物が語法神となって自分を守ってくれる。又何を行っても自然に成功し、成就するようになる。人生において一番大切なことは、この、なにゆえかは知らぬが、何事も自然に成就することである。そうなるには、性根玉を磨かねばならぬのじゃ」。

 「性根玉は磨くだけではいけない。性根玉を自覚し、悟らねばならない。本当に自分の性根玉が解ると、いつでも風呂から上がりたてのような、饅頭の蒸したてのような、ぽかぽかした楽しい気持ちがするものだ」。
 
 「時世には流れと勢いというものがある。これに逆らってみたところでどうにもならん。人が東に走る時には、共に東に走り、西に向かう時には、共に西に向かわねばならんが、泥棒と巡査のようなもので、同じ方向に走っていても、心掛けはそれぞれ違っていなければならん。それと同様に、同じことをしていても、心の置き場所が違わねばならぬ」。
 「人間は早く出世することを考えてはならん。若いときにはなるべく人の下で働き、人を助け、人の為に働かなければならん。40歳以前に人の長上に立ってはいけない。40歳以前に出世すると、60、70になって凋落してしまう。『年年に咲くや吉野の山桜 木を割りて見よ花のありかを』という歌があるが、これは人生には根肥(ねごえ、寒中の葉も草も無い時に木の根にやっておく肥料)が大切ということだ。花も葉も無い寒中に、木の根に肥料をやっておくように、人生には何よりも根肥えが大切なのじゃ。人間は40よりも50、50よりも60と、歳を取るに従って人に慕われ、人の役に立つ人間になり、むしろ喜んで人に惜しまれ、人を教えてゆくような人間にならなければならん。それが為には出世を急がず、徳と知恵と力を養っておくことじゃ」。
 「人間は手足を大切にせねばならぬ。炊事や風呂の世話をしてくれる人が旅館の手足じゃ。この人たちが一番大切な人じゃ。『車の功を云うときは輪は与らず』と云って、車で一番大切なものは輪であるのに、人は輪の有り難味を忘れがちである。輪を大切にすることを、よく考えねばならぬ」。

寝禅の方法

2012年09月09日 | 
以前、掲示板に簡単に書いたのですが改めて。

大病中、寝つきが悪い夜、などに普通の座禅が出来ない場合のコツを書きます。

まず、絶対に真上を向いて、両手は太もも辺りに置くこと。
次いで、眉間から丹田に息を落とす。イメージとしては5円玉を丹田の上に置き、意識をその中に仕舞い込んで10円玉で蓋をする。さらにその上に指を実際に置いてもいいです。次に、数息観を10回ほどやります。失敗したらまた1から始めて10回。
 ここまでは、頭の中で言葉やイメージが暴れているのを断ち切るための準備段階です。

次に2つに分かれます。頭がカラッポになったら、
①大病中の場合
数息観なり隋息観を続けます。ストンと丹田に息を落として、なるべくゆっくり皮膚呼吸のように体全体から息を吐きます。最低1分は出来るようになるといいです。大病なのですから、どこかが痛いはずです。その場合はその痛点からゆっくりと息を吐いてください。不思議なことに痛みが消えていきます。私の場合は足首、足の指などが痛むのですがこれで取り除きます。これを続けていくと法悦境で体のどこかに快感が走ります。これを充分に味わってください。それで頭がスッキリしたら起き上がってもいいし、眠りたいなら眠りましょう。

②寝つきが悪い場合
数息観や隋息観を続けていくと脳内の快感物質が放出されるので、眠れない人は「意味やイメージの沸かない言葉」、例えばお経の一節や題目などを唱えるのが効果的です。例えば「病即消滅不老不死」とか、繰返して心で唱えます。寝つきが悪いのは何かを考えたり、イメージが次々に変化していくのが理由ですから、そういう現象が起きたら再度丹田に5円玉を置くイメージから繰返してください。私はこれを4時間、夜が明けるまで続けたことがあります。
 そういう場合には一度起きて睡眠薬でも飲んだほうが手っ取り早いのですが、薬は必ず耐性があるので量が増えていきますから、不眠症の人は軽い睡眠薬を飲んでこの呼吸法、イメージトレーニングを組み合わせると寝つきがいいですよ。

mixiとの連携、どうにか巧く言っているみたいです。

自分の中の司令官

2012年09月08日 | 
まだmixiとの連携のテスト中です。

「見性体験記」に書いていることですが、「徹底的に無私になってみよう」と覚悟して座禅を組んだところ、魂が抜けた状態になり不快で困った。それである指導者に質問したら、無私といっても自意識は凛然と持って座ること、と助言された体験があります。

これは体験した人でないと分かりにくいことですが、「無~」と自我を捨てて座っているにしても、その「無~」という状態を維持している命令者、自分の中の総大将とか主人公と言われますが、ここが凛然としていないといい座禅になりません。

一見矛盾のように思えるかもしれませんが、日常的自意識はゼロにしておいて、より高いレベルにある自分の司令官だけは気合を入れておくわけです。自我心理学の言う超自我、高位自我とは全く別物です。

この数ヶ月、毎朝非常にネガティブな厭世的心境と体の痛みでもがき起き上がるのに苦労しますが、これはその司令官がまだ発動していないために、赤ちゃんや幼児のような無防備状態になっているからです。だから思い切って布団を蹴り飛ばして起き上がらないと苦痛が続きます。

なお、よる日記を書いていると寝つきが悪いのでなるべく昼間書くようにします。



ほろ酔い公案(mixiの日記から引用しました)

2011年01月19日 | 
有名な公案をアレンジしてみました。答えは決まっていませんので、自由にお答え下さい。

貴方は社会的な地位もあり尊敬されている名士です。麗しい妻子もいます。
そこに、初恋のときに付き合った美女が突然連絡を取ってきて、寂しいから一緒に一泊したい。
と言ってきた。
 これは不倫ですから、女性の亭主に訴えられる可能性もあれば、自分の妻に訴えられるかもしれない。

さて、貴方はどう行動しますか?コメントして下さい。

反応がないので、、私なりの心境を書きます。ナゾナゾと言っても正解があるわけではありません。

家族のある女性が、それまで思いつめているのであれば、必ずなんらかの深い事情があるはずです。もし放っておいて死別などしたら、物凄い後悔をするでしょう。
だから、言うまでもなく抱いてあげます。

但し、私は一応探偵なので、その電話なりメールなりを記録しておき、彼女と出会ってからはICレコーダーで会話を録音し続けます。

で、一泊はしません。ホテルなどで泊まるともし探偵などが尾行した場合、どちらかが訴えられます。抱こうと思えば色々な場所がありますし、どうしても一泊にこだわるなら妻に紹介して空室に寝ませます。
 で、相手の悩みを聞いてそれで済むのならベスト。どうしても抱いて欲しいというなら、その間にはテレビかラジオをつけておきます。室外からの盗聴器は感度が異常に強いので、そういう音を拾ってしまうからノイズだらけで盗聴できませんからね。

私がこういう風に答えるのは、同じような体験をして、会わないでいたら連絡が取れなくなり、大変に気の毒な思いがしたことが一つ。
もう一つは「よさこい節」で、土佐の高知のハリマヤ橋でぼんさんカンザシ買うを見た、のエピソードです。以下wikipediaから引用。

俗名を要という。文政2年(1819年)10月10日、土佐国高岡郡戸波郷市野々村で佐川家家臣江渕要作の嫡男として生まれた(次男との説もある)。五台山竹林寺脇坊の住職をしていた頃、鋳掛屋の娘で20歳年下の大野馬と禁断の恋をする。安政2年(1855年)5月19日深夜、馬と駆落ち、笹口番所の裏道から阿波に入り、讃岐琴平の旅籠に泊まっていたところ、関所破りで捕まる。同年9月、高知城下の晒し場で面晒しの刑を受け、国外追放になる。伊予の亀吉の庇護のもと寺子屋で教えていたが、亀吉の死後その地を離れ、晩年は美川村で慶翁徳念和尚を名乗って生活し、その地で死去。

恋をするならそれぐらいの命がけの恋をせよ。という意味です。ちなみに、よさこい、は「夜さ来い」との説もあります。

ネコの恩返し

2011年01月12日 | 
「見性体験記」に書いていますが、飼い猫の一人が「ネコFIPドライタイプ」という治療不可能な難病に罹り、足は完全に麻痺して動けない、食べれない状態になって、動物病院の医師が火葬して高尾山にあるペット墓地の手配方法から金額まで教えてくれた。
 が、私は、これまで家族を幸せにしてくれたのだからどうにかしようと思い坐禅を組んでいるときにそのネコを膝の上に乗せて治る、治る、と祈り続けました。切れた手足が生えるということはない(植物ならあります)が、邪宗ですら免疫系の病気、例えば癌が治ったという事例は幾つでもある。

2週間後だと思いますが病院に連れて行ったら肝臓の腫瘍も消え、血液検査も正常で医者が驚いていました。(ウソだと思ったら八王子の、とちのき動物病院に聞いてみてください)

その助けたネコが様々な不思議な行動をとるようになりました。詳細は略しますが、毎朝私は朝起きるときに、足か心臓か背中が痛くて目が覚めます。するとそのネコがまさにその一番いたいところに前足を乗せてモミモミしている。今日も、背中の痛いところに足をおいて体を寄せて温もりを与えてくれた。足が痺れているときは血行障害のつぼを揉んでいる。

ネコの恩返しでしょうか。このネコは食が細くて何回か病気になりました。もう一人は大食いで体も大きいけど、餌をやるときは必ず病弱なほうのネコがまず食べる。それまでは実に品良く待っています。じゃれて喧嘩をするときも、この弱いほうのネコが大きなほうのネコの首をかんで勝っています。こっちのほうが位が高いのでしょうね。

以上、事実です。

悟りの究極の姿

2010年01月11日 | 
十牛図という、禅僧なら誰でも知っている絵があり、その究極の10番目が次の通りです。

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入てん垂手(にってんすいしゅ)

「てん」は汚染した俗界のことであります。
垂手とは手を垂れることであり、人々に教え導くことであります。
汚染した世界に自ら飛び込んでいって人々を助け導く姿こそ最高の境地であります。
 幸せを得ただけでは自分のみが幸せになっただけであり、たしかに自分は救われたがそれだけでは真の人間とは言えません。
すべての人を救い助けることが必要であります。

手はたれて足はそれなるおとこ山
 かれたる枝に鳥や住むらん