テレビを消して
アールグレイを口もとに近よせる
2キロメートルさきの港から
漁船たちのエンジンの音が
地鳴りのように低く静かに響いている
ときおり強いサーチライトが
港の空を一本の線で照らす
何を探しているのかはわからない
(魚倉をいっぱいにしたサンマ船が凱旋する祝砲か花火に見たてているのか)
ここからは海が見えない
海をへだてた対岸の
大島はぼんやりと見えるけれども
そのあいだに深く入りこむ湾が見えない
女は今夜大きな仕事を終え
気分を区切る会食を
港に近いまちの一角
石倉を改造したレストランで
同僚や客人たちとともにしているはずだ
男はひとりの夕食を終え
煙草に火を点ける
灰色伯爵(アールグレイ)は中国びいきだったらしい
ファンヒ―タにスウィッチをいれると遠くの漁船のエンジン音はかき消されてしまう
(ヒルトップカフェは港を見下ろす丘の坂をのぼりきったてっぺんにある二階建ての洋風建築だ男の夢に何度も出てくる濃いめの珈琲とアールグレイと簡単な魚貝の料理)
(そこは気仙沼だが気仙沼ではない)
漁船たちが船体をひしめきあう港がそれ自身を写した意匠の建築やニセアカシアの樹々で徴づけられたプロムナードでもありうるとすれば
《砕氷塔のような見送りデッキ
ウミネコのとまるマストのような照明灯
さざ波の寄せるような透水舗装など》
(ヒルトップカフェ)は男ひとりの夢ではなくなるだろう
アールグレイを啜ると
2キロメートルさきの港から
漁船たちのエンジン音が
地鳴りのように低く静かに響いている
※詩集湾Ⅱ Ⅰ感傷旅行 から
写真は相沢一夫画伯の「ヒルトップカフェ」
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