ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

当時のブリティッシュ・ロック

2020-09-03 20:04:57 | エッセイ

 最近、昔のテン・イヤーズ・アフターとかアルヴィン・リーのCDを買うついで、というか、ウィッシュボーン・アッシュも聴きたくなって、「ライブ・デイト」を買った。(ちょっとしてから、百眼の巨人アーガスも)、
で、フリーもライブを買って、しばらく前に買っていた、ハンブル・パイの「ロッキン・ザ・フィルモア」も聴いて、このあたり繰り返し聴いている。で、ロリー・ギャラガーの「アイリッシュ・ツアー’74」も買ってしまった。
 この辺、いいな。
 なんというか、当時は、若手という感じで出てきたバンド。当時というのは、私が高校生の頃。
 ブリティッシュ・ロック全盛で、ニュー・ロックとか、ヘヴィー・ロックとか、ハード・ロックとか、ブルーズ・ロックとか言っていた時代。
 なんといっても元気がいい。溌溂としている。まさしく成長期にある音楽。
 この若手に対して、現役バリバリというと、クリーム、レッド・ツェッペリン、テン・イヤーズ・アフター、「ハイウェイ・スター」とか、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のあれ、なんだっけ、そうそうディープ・パープルとかで、ベテランといえば、もちろん、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ザ・フーとかになる。クイーンは、このさらに後という感じかな。(なぜか、クイーンは、フェイクというか、まがいもの感たっぷりで、どうも好きになれなかった。当時付き合った2学年下の女の子が好きだと言っていたものだったが。)
 なんとなく、当時は、ビートルズは、ニュー・ロックの範疇から外れたオールド・ロックとも思っていた。ストーンズや、フーは、仲間に入るのだが。
 もっとも、数年たってしまえば、むしろ、ビートルズ以降がこっち側だったということになる。
 ブリティッシュ・ロックというと、どこか、アングロサクソンというより、ケルト的なイメージが強いように感じてしまう。
 ロリー・ギャラガーはアイルランド人だから言うまでもないが、ウィッシュボーン・アッシュなんかもそういう雰囲気が漂っている。テン・イヤーズ・アフタ―も「スト―ンド・ヘンジ」というアルバムがある。
 しかし、考えてみると、僕は1956年生まれだから、1968年は12歳、高校時代は、まさに70年代、当時は、ロックの黄金時代だったわけだな。
 いま、ロリー・ギャラガー聴きながら聴いているが、いいな、名曲ぞろいだな。内発的なパワーがある。

コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 村上春樹 一人称単数 文藝春秋 | トップ | 村上龍 MISSING失わ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

エッセイ」カテゴリの最新記事