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遠い未来の地球でもまた起こる? 赤道さえも分厚い氷床に覆われる極端な氷期“全球凍結”

2024年02月29日 | 地球の観測
地球はその歴史の中で、表面全体が氷河に覆われる“全球凍結(スノーボールアース)”が何度か起こったと推定されています。

でも、なぜ全球凍結が起きたのか、またどのようにして“解凍”されたのかについてのメカニズムは、ほとんど分かっていません。

今回の研究では、約7億年前に起こったとされる全球凍結レベルの極端な氷河期“スターディアン氷期”の発生原因を、地質記録とシミュレーションによって調査しています。

その結果、分かってきたのは、火山からの二酸化炭素放出量が少なく、岩石の風化による二酸化炭素の吸収が多かったこと。
これにより、大気中の二酸化炭素が現在の半分以下にまで減少したことが、スターディアン氷期が発生した原因だと推定しています。

興味深いことに、この状況は遠い未来に地球で起こる状況と似ているようです。
この研究は、シドニー大学のAdriana Dutkiewiczさんたちの研究チームが進めています。
図1.全球凍結した地球のイメージ図。(Credit: Oleg Kuznetsov)
図1.全球凍結した地球のイメージ図。(Credit: Oleg Kuznetsov)


赤道さえも分厚い氷床に覆われる極端な氷期“全球凍結”

初期の人類やマンモスがいた時代、地球の平均気温は現在よりも低く、南北の極地やその周辺では氷河が発達していました。
この時代は“氷期(氷河期)”と呼ばれています。

一方、地球の誕生から現在までという極めて長い時間スケールで見てみると、さらに激しい氷期が何度かあったことが分かっています。

人類が経験したことのある氷期では、氷床の領域は緯度にしてせいぜい40~60度の範囲を覆う程度のです。
でも、最も激しい氷期では、赤道さえも分厚い氷床に覆われていたと考えられています。
この極端な氷期は“全球凍結”または“スノーボールアース”と呼ばれています。

当初、全球凍結については懐疑的な見方が大勢でした。
それが、現在では発生自体はほぼ疑いようがないと見られていて、議論の主軸は発生回数や規模にシフトしている状況です。

ただ、地質記録という間接的な証拠に頼る研究手法なので、全球凍結が起きた原因や、全球凍結が終わる“解凍”の理由など、メカニズムについてはほとんど理解がされていませんでした。


全球凍結の中でも最も規模が激しかった氷期

今回の研究では、今から約7億1700万年前~6億6100万年前にかけて起こったとされている“スターディアン氷期”について、その発生原因についての調査を行っています。

スターディアン氷期は、全球凍結の中でも最も規模が激しかったと考えられている氷期の一つ。
約5700万年間続いたという期間の長さもで注目されています。

一方で、スターディアン氷期は、他の全球凍結と比べて原因を比較的特定しやすいと考えられている氷期でもあるんですねー

まず、他のいくつかの全球凍結は、発生自体が疑われるほど地質記録が不足しています。
また、スターディアン氷期よりも新しい時代の氷期の場合、植物の地上への進出など生物の影響を無視できなくなります。

特に植物は、光合成のプロセスを通して温室効果ガスの二酸化炭素を吸収するため、地球環境に影響を与えます。
ただ、生物の影響を推定することは、不確定要素が多くなるので極めて困難になります。

一方、スターディアン氷期の前後の時代の地上には、植物を含めあらゆる生物がまだ進出していないと考えられています。
なので、スターディアン氷期の発生や解除の原因は、純粋に地学的現象のみを考慮すればよいことになります。
このことは、生物の関与を推定するよりも、ずっと易しいことを意味します。

この研究では、地質記録を元に大陸移動に関するモデルを作成。
スターディアン氷期の前後における大陸の配置や海の深さ、そこから推定される火山活動の規模など、気温に関係するいくつかの因子を計算しています。

この時代は、地球のほぼすべての大陸が集合してできた“ロディニア大陸”が、分裂を開始した時期に当たると考えられています。
そして、プレートテクトニクスの状況と地球表面の構造が、大きく変化した時期でもあります。


全球凍結の原因は岩石の風化作用と中央海嶺の活動の低下

シミュレーションの結果、プレート(地殻)を生み出す中央海嶺の火山活動の低下と、大陸で起こった岩石の風化作用の組み合わせによって、大気中の二酸化炭素濃度が低下したことが、スターディアン氷期の直接的な原因だと推定されました。

特に、中央海嶺の活動状況は、今回のモデルでスターディアン氷期の主因として新たに挙げられたものでした。
図2.フランクリン巨大火成岩岩石区の写真。(Credit: Mike Beauregard)
図2.フランクリン巨大火成岩岩石区の写真。(Credit: Mike Beauregard)
大陸で起こった岩石の風化作用は、この研究以前からスターディアン氷期の原因として注目されていました。

その中でも注目されていたのは、スターディアン氷期の直前に当たる約7憶1800万年前から約200万年持続し、“フランクリン巨大火成岩岩石区(Franklin Large Igneous Province)”を作った大規模な火山活動でした。

現在、フランクリン巨大火成岩岩石区があるのはカナダ北部の北極圏。
でも、7億年前の噴火当時には、赤道付近にあったと考えられています。

火山活動で大量に噴出したマグマは、玄武岩となって大陸の表面を覆いますが、その後の風化作用によって二酸化炭素を吸収する化学反応を起こします。
ただ、フランクリン巨大火成岩岩石区の風化作用だけでは、スターディアン氷期が引き起こされるほど二酸化炭素濃度が低下しないことも分かっていました。
図3.今回のモデルで推定された二酸化炭素放出量。検討したモデルの1つ(オレンジ色の帯)では、スターディアン表記(中央の太い水色の帯)に二酸化炭素放出量が大幅に減ったことが推定された。(Credit: Adriana Dutkiewicz, et al., Geology (2024) 図2よりトリミング)
図3.今回のモデルで推定された二酸化炭素放出量。検討したモデルの1つ(オレンジ色の帯)では、スターディアン表記(中央の太い水色の帯)に二酸化炭素放出量が大幅に減ったことが推定された。(Credit: Adriana Dutkiewicz, et al., Geology (2024) 図2よりトリミング)
そこで、今回研究チームが考えたのは、風化作用に加えて中央海嶺の活動が低下したことが、二酸化炭素濃度の低下が起こる追加の原因であることでした。

中央海嶺は、マントルから湧き上がってきた物質が新しいプレート(海洋地殻)となる現場。
そこでは、継続した火山活動と二酸化炭素の放出があります。

でも、スターディアン氷期が起こった当時は、ちょうどロディニア大陸が分裂をしている時期でした。

この分裂によって、プレートの配列が変化しプレート運動が減速。
これにより、プレートを新たに生み出す中央海嶺の活動と、それに伴う二酸化炭素の放出量が大きく低下したことが、今回のモデルから推定されました。

その結果、二酸化炭素の放出量は1年あたり900万トン(炭素量換算)と、現在の約3分の1にまで低下。
風化作用と火山活動の低下によって、大気中の二酸化炭素濃度は約0.2%と、現在の半分以下まで低下してしまいます。

研究チームでは、この二酸化炭素濃度の低下が温室効果を大きく低下させたことで、赤道まで凍結するスターディアン氷期を発生させたと考えています。
約5700万年という長期間続いた原因も、風化作用や火山活動の低下が長期にわたって続いたことに原因があるようです。

この研究が示しているのは、人為的な二酸化炭素の放出が現在の急激な気候変動を招いているように、地球の平均気温が二酸化炭素の濃度に対して、どれほど敏感に反応するのかということ。

一方、スターディアン氷期が終了したのは、風化が進行して岩石がそれ以上二酸化炭素を吸収できなくなったことや、中央海嶺の活動が活発化したこと、大陸同士の衝突による陸上の火山活動が加わったことで大気中の二酸化炭素濃度が上昇したことが原因のようです。。

ただ、今回のモデルでは、スターディアン氷期の終了時期に関するパラメーターが不足しています。
なので、この推定についてはさらなる研究が必要となります。


地球が再び全球凍結の時代を迎える日

研究チームでは、今回の研究を踏まえて、遠い未来の地球で起こるであろう全球凍結にも言及しています。

今から2億5000万年後、大陸は再び一つに集合して超大陸“パンゲア・ウィルティマ大陸”を形成すると考えられています。
この頃、太陽活動の上昇や赤道付近に陸地が集中することにより、気温が大きく上昇することが推定されています。

この通りのことが起こると、生存可能な気温を大幅に超えてしまうので哺乳類は絶滅するはずです。
ただ、大陸同士の衝突でプレート運動が遅くなり、中央海嶺の活動が再び低下するんですねー
これにより、“パンゲア・ウルティマ大陸”が形成される頃には、逆に全球凍結が起こるのではないかと考えています。

直近の未来の気候変動は、明らかに人為的な活動によるものです。
でも、2億5000万年後の遠い未来では、地球が再び全球凍結の時代を迎えているのかもしれませんよ。


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すばる望遠鏡による観測で銀河団を結ぶダークマターの“糸”を初検出

2024年02月27日 | ダークマターとダークエネルギー
かみのけ座銀河団から数百万光年にわたって伸びるダークマターの様子が、すばる望遠鏡によってとらえられました。

宇宙の大規模構造を形作るダークマターの網の目状の分布が、これほどの規模で検出されたのは、今回が初めてのこと。
宇宙の標準理論を検証する上で、このことは重要な観測成果になるはずです。
この研究は、韓国・延世大学のJames Jeeさんたちの研究チームが進めています。
本研究は、英国の科学誌“ネイチャー・アストロノミー”に2024年1月5日付で掲載されました。
HyeongHan et al. "Weak-lensing detection of intracluster filaments in the Coma cluster"
本研究は、国立天文台 天文データセンターが運用するサイエンスアーカイブ“SMOKA”が提供するデータを利用したものです。
図1.宇宙の大規模構造のシミュレーション。ダークマターはこの図のように網目状に分布すると考えられている。ダークマターの“糸(フィラメント)”が何本も交わる“節”の部分には銀河団が形成される。(Credit: Millenium Simulation)
図1.宇宙の大規模構造のシミュレーション。ダークマターはこの図のように網目状に分布すると考えられている。ダークマターの“糸(フィラメント)”が何本も交わる“節”の部分には銀河団が形成される。(Credit: Millenium Simulation)


ダークマターはどのように存在しているのか?

宇宙は正体不明の“ダークマター(26.8%)”と“ダークエネルギー(68.3%)”で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきています。

観測可能な“宇宙の地平線”までの範囲内(直径およそ940億光年)には、およそ2兆個の銀河があると推定されていて、それぞれの銀河には平均すれば1000億の星があるとされています。

そこに、星間ガスや星間チリなども含めると、通常物質だけでもとてつもない量に思えますが、それでも全体からするとたったの4.9%でしかなく、残りのおよそ95%は電磁波による観測ができないので、今もってその正体は分かっていません。

それでは、ダークマターはどのように存在しているのでしょうか?

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた“原始ゆらぎ”がもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長していくと考えられています。

“原始ゆらぎ”は、生成直後は非常に小さいものですが、重力不安定によって増幅され、非一様性を成長させていきます。

つまり、より小さな領域のゆらぎが重力の引力で成長し、ダークマターが密集した塊“ダークマターハロー”の領域を作り、ダークマターハローが何度も衝突・合体を繰り返すことで成長していきます。

そのダークマターハローの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られ、網の目状に広がる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。

宇宙の大規模構造では、銀河がほとんど存在しない領域“ボイド”や、逆に銀河が多く集まる“フィラメント構造”など、銀河が偏って存在しています。

一般的に通常の物質は(衛星や惑星など)、ある程度以上の質量を持つサイズになると、丸くなります(液体の場合、微小重力環境なら小さくても丸くなる)。

でも、ダークマターの場合は、銀河や銀河団が網の目構造を形成している“宇宙の大規模構造”の“骨格”になっていると考えられていて、細長い糸状の“コズミックウェブ”の形で存在していると考えられています。(図1)

ただ、ダークマターは、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質です。
このため、実際にダークマターそのものが糸状となっているのかが、確かめられた訳ではありません。

ダークマターの強い重力によって集積した通常物質が網目構造を作っていることで、間接的な証拠とされています。


ダークマターの構造を検出する

今回、延世大学の研究チームは、銀河団同士をつなぐダークマターの糸(フィラメント)の検出を試みています。
そこで着目したのが、かみのけ座銀河団でした。

かみのけ座銀河団は、私たちから最も近い大規模な銀河団の一つ。
地球から約3.2光年彼方に位置する“かみのけ座銀河団”は、1000個以上の銀河が密集している大きな銀河団で、しし座銀河団と共に、かみのけ座超銀河団を構成しています。
薄く広がったダークマターの構造を検出するのに、うってつけの観測対象でした。

唯一の問題は、見かけの広がりが大きいので、研究に必要な領域を十分にカバーできる望遠鏡がほとんどないことです。
そこで、今回の研究で用いられたのは、ハワイのマウナケア山に設置された“すばる望遠鏡”でした。

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”(※1)は、高感度、高解像度、そして広視野の組み合わせによって、銀河団から伸びるダークマターの姿を初めてとらえることに貢献しています。(図2)
※1.“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラといえる。
今回の研究では、“HSC”で撮影された銀河の形状が、ダークマターの存在によってごくわずかに歪められる“弱重力レンズ効果”(※2)を精密に測定し、ダークマターの分布が調べらています。
※2.弱重力レンズ効果は、遠方の銀河から放たれた光が、手前にある銀河団など強い重力場を持つ領域を通過する際に光路が曲げられることで、遠方銀河がゆがんだり増光されて見える現象(重力レンズ効果)のうち、その程度が比較的小さいもの。ダークマターの分布は、弱重力レンズ効果を利用して求めることができる。
銀河団の中心部(画像中央)から、ダークマターが放射状に延びる様子がとらえられています。(図2)

その結果、数百万光年にもわたって伸びているダークマターは、この構造がコズミックウェブの一部であることを明確に示していました。
図2.かみのけ座銀河団の領域で検出されたダークマターの分布(緑色)。背景は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影した画像。研究チームは、“HSC”で撮られた銀河の形がダークマターの存在によってごくわずかに歪められる影響(弱重力レンズ効果)を精密測定して、ダークマターの分布を調べている。銀河団の中心部(画像中央)からダークマターが放射状に延びる様子がとらえられている。(Credit: HyeongHan et al.)
図2.かみのけ座銀河団の領域で検出されたダークマターの分布(緑色)。背景は、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影した画像。研究チームは、“HSC”で撮られた銀河の形がダークマターの存在によってごくわずかに歪められる影響(弱重力レンズ効果)を精密測定して、ダークマターの分布を調べている。銀河団の中心部(画像中央)からダークマターが放射状に延びる様子がとらえられている。(Credit: HyeongHan et al.)
今回の研究は、現在広く受け入れられている宇宙の構造形成理論(標準理論)を検証する上で、重要な証拠になるそうです。

近年、異なる観測手法で得られる標準理論のパラメーター値に食い違いがあるという指摘がなされ、私たちの宇宙の理解への課題となっています。
天文学者たちはこのことを解明するために、基本的な仮定を一つ一つ注意深く再評価しているところです。

今回の発見も、そのような試みの一つになるそうです。


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超新星爆発の直後に中性子星やブラックホールなどのコンパクト星が発生したことを示す直接的な観測証拠を初めて発見

2024年02月26日 | 宇宙 space
太陽より重い恒星が一生の最期に起こす“重力崩壊型超新星爆発”では、その後に高密度に潰れた中心核“中性子星”や“ブラックホール”のような“コンパクト星”が残されることが良く知られています。

でも、これまで超新星爆発とコンパクト星が関連していることを示す、直接的な観測証拠はありませんでした。

今回、2つの国際研究チームは“SN 2022jli”という超新星爆発を観測。
すると、ある独特な光度曲線(明るさの変化)をとらえることになります。

この光度曲線の特徴から考えられるのは、超新星爆発によって誕生したコンパクト星が、膨張した伴星の大気を吸い込んでいること。
超新星爆発とコンパクト星が関連していることを示す初の観測記録になるようです。
図1.“SN 2022jli”が発生した瞬間(イメージ図)。伴星は超新星爆発の影響を受けたものの、生き残ったと考えられる。(Credit: ESO & L. Calçada)
図1.“SN 2022jli”が発生した瞬間(イメージ図)。伴星は超新星爆発の影響を受けたものの、生き残ったと考えられる。(Credit: ESO & L. Calçada)


超新星爆発の直後にコンパクト星の存在を示す観測記録

太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなります。

太陽のような恒星は、中心核で起こる核融合反応により自らエネルギーを生成することで、重力によって潰れるのを回避しています。
なので、核融合ができなくなると重力によって潰れる“重力崩壊”を起こすことになります。

この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられています。

そして、爆発の後にはコンパクトな天体が残されることになります。
重力崩壊に対抗できる力が存在せず、無限に潰れてしまった天体はブラックホールと呼ばれ、ブラックホールになる手前で重力崩壊が停止した天体は中性子星と呼ばれます。
ただ、重力崩壊後のプロセスの詳細は、現在でもよく分かっていません。

中性子星やブラックホールは、数百万キロの直径を持つ恒星と比べれば、どちらもずっと小さな天体です。
数キロから数十キロのサイズしか持たないので、これらを総称してコンパクト星(※1)と呼びます。
※1.コンパクト星には直径が1万キロ程度の白色矮星も含まれる。これは太陽のような、超新星爆発を起こさない恒星の中心核に由来する。
超新星爆発に伴ってコンパクト星が生成されることは、理論的に何度も検証され強固に予測されています。
また、過去の超新星爆発の跡でコンパクト星が見つかった例も、いくつかあります。
中でも、1054年に観測された超新星爆発で生成された超新星残骸“かに星雲”の中心部に存在する中性子星“かにパルサー”が有名です。

このように、超新星爆発とコンパクト星の関連性に関する証拠は集まっていて、疑いようのない状況となっています。

でも、超新星爆発の直後にコンパクト星の存在を示す観測記録が得られるという、ほぼリアルタイムな発見はこれまで実現していませんでした。

本来なら、コンパクト星は超新星爆発が起きた時のたった数秒間で生成されていると考えられています。
ただ、超新星爆発の現場は莫大な物質と放射に包まれているので、中心部のコンパクト星からの放射は隠されてしまい、長期にわたって直接とらえることができません。

科学的に厳しい言い方をすれば、超新星爆発と同時にコンパクト星が生じているという考えは、現時点では状況証拠に基づくものなので、直接的な証拠がないことを指摘することもできます。

このため、超新星爆発の直後にコンパクト星を見つけるには、何か別の観測証拠が必要になります。


超新星爆発“SN 2022jli”の周期的な明るさの変化

“SN 2022jli”は、くじら座の方向約7500万光年彼方に位置する銀河“NGC 157”で発生した超新星爆発です。

この超新星爆発は、先行してクイーンズ大学ベルファストのT. Mooreさんたちが研究を行い、追加観測を行ったワイツマン科学研究所のPing Chenさんたちの研究チームが、さらなる詳細を明らかにしています。
この2つの研究チームの論文は、それぞれ2023年のAstrophysical Journal Letters誌、および2024年のNature誌に掲載されました。

まず、Mooreさんたちは、チリのラ・シヤ(ラ・シア)天文台に設置された“NTT(新技術望遠鏡)”などを使用し、“SN 2022jli”の明るさがどのように変化するのかを表す光度曲線を取得しています。 

通常の超新星爆発の場合、最初に明るさのピークがあり、時間が経つにつれて徐々に暗くなるという光度曲線が得られます。
図2.“SN 2022jli”の光度曲線。全体として時間経過によって暗くなっているものの(図の上側)、前後で比較をすると、約12.4日周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返していることが分かる(図の下側)。(Credit: T. Moore, et al.)
図2.“SN 2022jli”の光度曲線。全体として時間経過によって暗くなっているものの(図の上側)、前後で比較をすると、約12.4日周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返していることが分かる(図の下側)。(Credit: T. Moore, et al.)
ところが、“SN 2022jli”の光度曲線は非常に変わっていたんですねー
典型的な超新星よりも明るく始まった“SN 2022jli”は、その後約25日間かけて暗くなった後、爆発から約52日後には再び明るくなっていました。

その後の約200日間にわたる継続的な観測によって、徐々に暗くなりつつも、約12.4日周期で明るくなったり暗くなったりを繰り返す周期的な光度曲線が得られています。
超新星爆発において、これほど長期にわたって周期的に明るさが変化する様子が観測されたのは、“SN 2022jli”が初めてのことでした。

この研究では、“SN 2022jli”の周期的な明るさの変化について、その正体を正確に突き止めることはできていません。
でも、Mooreさんたちの研究チームでは2つの仮説を立てています。

1つ目は、恒星が爆発前に周期的に噴出した物質と、超新線爆発後に噴出した物質が衝突することによって起こるという説。
2つ目は、超新星爆発を起こした恒星には伴星が存在していて、その伴星の大気をコンパクト星が吸い込むことで、エネルギーが放出されたという説です。


超新星爆発の直後にコンパクト星が発生したことを示す直接的な観測証拠

一方、Chenさんたちの研究チームが用いたのは、ヨーロッパ南天天文台(ESO)が南米チリのパラナル天文台(標高2635メートル)に建設した超大型望遠鏡“VLT”の分光観測器“Xシューター”や、NASAが運用中の高エネルギーガンマ線天文衛星“フェルミ”の検出装置“LAT”など。
これにより、“SN 2022jli”のより詳細な観測を実施しています。

その結果、水素の存在を示すスペクトル線やガンマ線の放出などが観測され、可能性が高いのは2つ目の説だと結論付けています。
図3.コンパクト星の周囲形成された降着円盤からのジェットにより輝いている様子。この現象が周期的に起こることが、“SN 2022jli”の周期的な明るさの変化の理由だと考えられる。(Credit: ESO & L. Calçada)
図3.コンパクト星の周囲形成された降着円盤からのジェットにより輝いている様子。この現象が周期的に起こることが、“SN 2022jli”の周期的な明るさの変化の理由だと考えられる。(Credit: ESO & L. Calçada)
図4.観測に基づいた“SN 2022jli”の状況(左上~右上→左下~右下の順)。連星を成す恒星の片方が超新星爆発を起こし、コンパクト星を残す。伴星は超新星爆発の影響を受けたものの、その影響で大気が膨張する。コンパクト星が公転によって伴星に近付く度に、大気を剥ぎ取って降着円盤を形成し、そこからのジェットで輝くようになる。(Credit: ESO & L. Calçada)
図4.観測に基づいた“SN 2022jli”の状況(左上~右上→左下~右下の順)。連星を成す恒星の片方が超新星爆発を起こし、コンパクト星を残す。伴星は超新星爆発の影響を受けたものの、その影響で大気が膨張する。コンパクト星が公転によって伴星に近付く度に、大気を剥ぎ取って降着円盤を形成し、そこからのジェットで輝くようになる。(Credit: ESO & L. Calçada)
2つ目の説を、より詳しく解説すると以下のようになります。

①超新星爆発の後に残されたコンパクト星は、恒星だった頃の伴星と引き続き連星関係を維持している。
②伴星は、超新星爆発で放出された物質と相互作用をし、その結果通常よりも膨張。表面の水素の大気が剥がれやすい状態となる。
③コンパクト星が公転して伴星に接近する度に、伴星表面の大気がコンパクト星に剥ぎ取られていく。
④コンパクト星に落下する剥ぎ取られた大気は角運動を持つため、“降着円盤”と呼ばれるへんぺいな円盤をコンパクト星の周囲に作る。
⑤降着円盤内では、ガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ。
この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射する。
降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。

このことからChenさんたちの研究チームでは、③~⑤の現象が約12.4日周期で発生する明るい放射に関連していると考えています。

今回の観測では、コンパクト星からの直接的な放射を観測できた訳ではありません。
ただ、観測で得られた全ての証拠を考慮すると、この現象を最もうまく説明できるのがコンパクト星の存在でした。
それ以外の過程では、観測で得られた証拠の全てを矛盾なく説明することは困難でした。

つまり、今回の観測では、超新星爆発の直後にコンパクト星が発生したことを示す、直接的な観測証拠が初めて得られたことになります。

ただ、多くの謎も残されています。
例えば、コンパクト星の直接観測や、その正確な性質を探ることはできていません。
また、“SN 2022jli”のような連星が、どのような進化や運命を迎えるのかも分かっていません。

これらの性質に関する謎は、ヨーロッパ南天天文台が建設を進めている口径39mの大型望遠鏡“欧州超大型望遠鏡(E-ELT : European Extremely Large Telescope)”を用いれば解明できるのかもしれません。
2025年に稼働開始予定の“欧州超大型望遠鏡”によって“SN 2022jli”の性質に関する謎が解ければいいですね。


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宇宙に物質はどれくらい存在している? 銀河団を構成する銀河を利用して高精度に推定

2024年02月25日 | 宇宙 space
今回の研究では、銀河団(※2)の数の関係を、銀河団を構成するメンバー銀河(※3)を利用して高精度に推定。
銀河団の質量と数の関係を数値シミュレーションによる予測値と比較した結果、宇宙に存在する物質とエネルギーの総量のうち物質が31%を占め、残りは暗黒エネルギー(ダークエネルギー)であることを突き止めています。

この研究で開発された新手法は、最新の天体望遠鏡を用いて集まりつつある新しい観測データに対しても応用可能なので、今後宇宙の起源の理解が深まることが期待されます。
※2.銀河団は数百から1万もの銀河が互いの重力の影響によって集団となったもの。
※3.メンバー銀河とは、銀河団を構成する銀河で、銀河団の重力で銀河団の中を運動している。メンバー銀河の数とは銀河団ひとつの中に、どれくらいの銀河が存在するかを表し、銀河団自身の数とは異なる。

この研究を進めているのは、エジブト国立天文・地球物理学研究所のMohamed Abdullah研究員、千葉大学情報戦略機構の石山智明教授たちの国際共同研究チームです。
Mohamed Abdullah研究員は、JSPS外国人特別研究員として、2023年6月まで千葉大学情報戦略機構で研究に従事していました。
研究の成果は、2023年9月13日に、アメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に掲載されました。


宇宙には物質がどれくらい存在するのか

宇宙論における最も重要な問題のひとつは、宇宙において各物質成分がどれくらいの割合で存在するのかということです。
それを推定する方法の一つとして、銀河団の質量と数の関係を用いるものがあります。

銀河団は宇宙における最大の天体であり、銀河団の質量と数の関係は、宇宙論的条件、特に物質の総量に非常に敏感です。

宇宙における全物質の割合が高ければ高いほど、より多くの銀河団が形成されることが予想されます。
でも、銀河団の質量と数の関係を正確に直接測定することは困難なんですねー

それは、ほとんどの物質が、光などの電磁波では観測することができず、重力を介してのみ間接的に存在を知ることができる物質“暗黒物質(ダークマター)”(※4)だったからです。

暗黒物質が発見されるきっかけになったのは、銀河の回転速度でした。
銀河内を公転している星々は、遠心力と重力が釣り合っているから飛び出すことなく公転できるはずです。

でも、実際の観測結果をもとに銀河の質量と回転速度を算出してみると、銀河を構成する星々やガスなどの総質量だけでは釣り合いが取れないほどの速度で回転していることが分かりました。

そこで、銀河を構成する星がバラバラにならず形をとどめている原因を、光をはじめとする電磁波と相互作用せず直接観測することができない物質の重力効果に求めたのが“暗黒物質説”の始まりになっています。
※4.宇宙は、正体不明の暗黒物質(ダークマター)が26.8%と暗黒エネルギー(ダークエネルギー)68.3%で満たされていて、身近な物質である“バリオン(陽子や中性子などの粒子で構成された普通の物質)”は、宇宙の中にわずか4.9%しか存在しないことが分かってきている。
暗黒物質の素粒子としての正体は分かっておらず、基礎物理学の重要な未解決問題の一つとなっている。


銀河団の質量とメンバー銀河の数の関係

今回の研究では、質量の大きい銀河団ほどより多くのメンバー銀河を含んでいるという事実に着目し、銀河団の質量を間接的に測定する方法を採用しています。

銀河は光り輝く星で構成されているので、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数の計測を、その銀河団の質量を間接的に測定する方法として利用できます。

研究では、公開されている“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”(※5)の観測データを解析。
これにより、各銀河団に含まれるメンバー銀河の数を計測し、銀河団の質量とメンバー銀河の数の関係を調べました。
※5.“スローン・デジタル・スカイ・サーベイ”は、アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡(口径2.5メートル)を使った大規模な3次元宇宙地図作成プロジェクト。
そこから銀河団の質量と銀河団自身の数の関係を高精度に推定し、数値シミュレーションによる予測と比較。
その結果、観測とシミュレーションが最もよく一致したのは、全物質が宇宙の物質とエネルギーの総量の約31%を占める宇宙で、ヨーロッパ宇宙機関の赤外線天文衛星“プランク”による宇宙マイクロ波背景放射(※6)の観測から推定された値と非常によく一致しました。(図1)
※6.宇宙マイクロ波背景放射は、ビッグバン後に発せられた“宇宙最初の光”の残光。
宇宙膨張の影響を受けて波長が伸び、現在は電波の波長(マイクロ波)で観測される。
宇宙マイクロ波背景放射の観測はビッグバン宇宙論の根拠として、また、その強度分布や偏光分布の観測は、標準宇宙モデルの確立に大きく貢献した。
図1.シミュレーション結果に基づいた銀河団の分布。それぞれの円は銀河団を表し、質量が大きいものほどサイズが大きく黄色く描かれている。宇宙における物質の総量などのパラメータを変化させた6モデルの結果を示していて、銀河団の質量や銀河団の数も大きく異なることが分かる。(提供:千葉大学リリース)
図1.シミュレーション結果に基づいた銀河団の分布。それぞれの円は銀河団を表し、質量が大きいものほどサイズが大きく黄色く描かれている。宇宙における物質の総量などのパラメータを変化させた6モデルの結果を示していて、銀河団の質量や銀河団の数も大きく異なることが分かる。(提供:千葉大学リリース)
この研究成果を得るためには、各銀河団までの距離と、どの銀河が銀河団に重力的に結合している真のメンバーなのかを、世界で初めて正確に決定することが重要になっています。
このため、研究ではスローン・デジタル・スカイサーベイの分光観測のデータを利用しています。

これまでもメンバー銀河の数を利用しようと試みた研究はありました。
でも、各銀河団までの距離と、近くに見える銀河が真のメンバー銀河であるかどうかを決定するために、少数の異なる波長における撮像データを用いていて、あまり高い精度が得られていませんでした。

また、物質の総量を推定する手法として宇宙マイクロ波背景放射の他にも、バリオン音響振動、Ia型超新星、重力レンズなどが用いられてきました。

今回の研究で採用している銀河団の質量と銀河団の数の関係を用いる手法は、これまでの手法とは完全に異なり、物質の総量などの宇宙論パラメータを制約するための競争力のある手法だと実証したことは大変意義のあることと言えます。

さらに、すばる望遠鏡、暗黒エネルギーサーベイ、暗黒エネルギー分光器、近赤外線宇宙望遠鏡“ユークリッド”、X線望遠鏡“eROSITA”、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡のような、広視野・深視野の大規模な撮像・分光銀河サーベイから利用可能になりつつある新しい観測データに対しても応用可能なので、今後の発展が大いに期待できます。


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宇宙嵐の発達時には、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分になっているけど、及ぼす影響は?

2024年02月24日 | 地球の観測
地球周辺の宇宙空間はジオスペースと呼ばれています。

ジオスペースには、稀薄ながらもイオンや電子などの荷電粒子(プラズマ)が存在しています。
このイオンや電子は、太陽からやって来る太陽嵐と呼ばれるプラズマの状態に応じて、増えたり減ったりしているんですねー

そして、大きく増えると、ジオスペースは“宇宙嵐(スペースストーム)”と呼ばれる状態になって、イオンや電子の増加に伴って激しく活動するオーロラがいろいろな場所で見えたり、高度100キロほどの電離層領域に強い電流が流れるなどします。

特に強い宇宙嵐の場合には、人工衛星の機能障害、測位精度の低下、さらに地上での停電など、私たちの日常生活にも影響が及びます。
このため、宇宙を安全に利用するためにも宇宙嵐を理解することは重要で、宇宙天気としても精力的に研究されています。


地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響

宇宙嵐は、太陽嵐プラズマが地球磁場の勢力範囲“磁気圏”に入り込むことによって発生・発達すると考えられてきました。

一方、地球の超高層大気“電離層”にもプラズマが存在していて、水素イオンや酸素イオンが宇宙空間へと流出することが知られています。

でも、太陽嵐起源のプラズマと地球起源のプラズマを区別することは難しいんですねー
なので、地球起源のプラズマが宇宙嵐に及ぼす影響は、これまで分かっていませんでした。

そこで、今回の研究では、太陽嵐プラズマに含まれているアルファ粒子(2価のヘリウムイオン)に着目しています。

アルファ粒子は、太陽嵐プラズマに含まれているものの、地球起源のプラズマの中には見られないものです。
このため、太陽嵐とジオスペースの中で、水素イオンとアルファ粒子の個数(密度)の比を同時に計測すれば、太陽嵐起源プラズマと地球起源プラズマを区別した研究が可能になるはずです。

研究では、2017年9月7日~10日に発生した宇宙嵐について、ジオスペースを探査しているJAXAのジオスペース探査衛星“あらせ”、NASAの磁気圏編隊観測衛星“MMS(Magnetospheric Multiscale)”、太陽嵐を観測する“Wind”、ヨーロッパ宇宙機関の地球磁気圏調査衛星“Cluster”の日米欧の科学衛星の観測データを組み合わせた解析を進めています。

そして、“Wind”が計測する太陽風、“MMS”が観測する高度40000キロから80000キロ付近のジオスペース、“あらせ”が観測する高度40000キロ以下のジオスペースについて、水素イオン・酸素イオン・アルファ粒子の密度の比較を実施。
なかでも、宇宙嵐の発達にとっては高度40000キロ以下の磁気圏の内部領域が重要と考えられていて、“あらせ”の観測が要となりました。(図1)
図1.日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、宇宙嵐の発達時には、太陽風起源ではなく、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となっていることが明らかになった。(Credit: ERG science team)
図1.日米欧の連携による太陽風とジオスペースの観測。本研究によって、宇宙嵐の発達時には、太陽風起源ではなく、地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となっていることが明らかになった。(Credit: ERG science team)

研究の結果は図2を参照。
図2(上)は、宇宙嵐の発達を示したもので、特に9月8日付近で宇宙嵐が大きく発達していることが分かる。
図2(下)は、“Wind”と“MMS”、“あらせ”が観測した水素イオンとアルファ粒子の割合(密度比)を示している。
図2.(上)宇宙嵐の大きさを示す指数(単位はnT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示す。9月8日1次UT頃に、宇宙嵐が最も強く発達している。(中)“あらせ”が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることが分かる。(下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、内部磁気圏(青線)で計測した結果。黒線と重なった場合は太陽風起源プラズマが計測され、ズレた場合には地球起源プラズマが計測されていることを意味している。9月7日の20時UTまでは、内部磁気圏のプラズマは主として太陽風起源だったが、その後宇宙嵐の発達とともに地球起源プラズマが主となっていることが分かる。(Credit: Lynn et al., 2023)
図2.(上)宇宙嵐の大きさを示す指数(単位はnT: ナノテスラ)。マイナスに大きく振れるほど、強い宇宙嵐が起きていることを示す。9月8日1次UT頃に、宇宙嵐が最も強く発達している。(中)“あらせ”が内部磁気圏で計測した水素イオン、酸素イオン、アルファ粒子の密度。宇宙嵐の前は水素イオンの量(黒線)が多いのに対し、宇宙嵐が進行するにつれて酸素イオン(青線)の量が水素イオンを上回っていることが分かる。(下)アルファ粒子と水素イオンの割合を太陽風(黒)、プラズマシート(赤)、内部磁気圏(青線)で計測した結果。黒線と重なった場合は太陽風起源プラズマが計測され、ズレた場合には地球起源プラズマが計測されていることを意味している。9月7日の20時UTまでは、内部磁気圏のプラズマは主として太陽風起源だったが、その後宇宙嵐の発達とともに地球起源プラズマが主となっていることが分かる。(Credit: Lynn et al., 2023)


宇宙嵐の予測には地球起源プラズマの影響を組み込んだ評価も必要

“あらせ”が観測した水素イオンとアルファ粒子の密度割合が“Wind”のものに近ければ、“あらせ”が観測しているプラズマは太陽風起源と考えられ、逆に大きく異なる場合には地球起源と考えられます。

このため、9月7日の20時までは“あらせ”が観測していたプラズマは太陽風起源と言えます。
ただ、21時以降は宇宙嵐の発達とともに、“Wind”と“あらせ”が観測した密度比の差が大きくなり始めているので、“あらせ”が観測しているプラズマは地球起源だということが明らかになりました。

さらに、宇宙嵐が進展すると、地球起源の酸素イオンの量が増え始め、主成分が水素イオンから酸素イオンへと変わることも明らかになっています。(図2の(中)

この結果が示しているのは、宇宙嵐が発達する際に内部磁気圏に存在するプラズマは、これまで考えられてきた太陽風起源ではなく、地球起源の水素イオンが主成分であること。
さらに、宇宙嵐が進行すると、地球起源の酸素イオンが主成分になることを示すものです。

地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)の環境変化は、太陽と地球の相互作用によって生じるものですが、これまでは太陽嵐の影響に対して、ジオスペースは受動的に応答すると考えられてきました。

でも、今回の結果は、宇宙嵐発達時には地球起源のプラズマが内部磁気圏の主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性を示すもの。
これまでの概念の変革を迫る新たな知見になります。

例えば、宇宙嵐の予測は宇宙天気研究の最重要課題ですが、これまで重要視されてきたのは太陽風の影響を予測することでした。
これに対し本研究は、宇宙嵐の発達過程を理解するには、地球起源プラズマの影響を組み込んだ評価も必要だということを示していました。


どのようにして地球起源のプラズマは電離圏から磁気圏に運ばれるのか

この研究成果は、“あらせ”に搭載されたイオンエネルギー質量分析器がアルファ粒子と水素イオンを分離できる性能を持っていること、そして十分な感度を持っていることで得られたものでした。

イオンエネルギー質量分析器は、静電エネルギー分析と飛行時間分析という2つの手法を使って入射してきたイオン一つ一つのエネルギーと速度を計測し、それを基にイオンの質量を同定しています。
このやり方は、機器の壁を突き抜けて観測器内部に到達してしまう高エネルギー粒子や、強烈な光量のために除去しきれなかった太陽紫外線などによるノイズの除去にも大きな効果があります。

“あらせ”搭載イオンエネルギー質量分析器は、これらの手法を応用し、高い感度と高いノイズ除去性能を併せ持つように電極の形や配置を設計することで、高エネルギー粒子が飛び交う放射線帯(バン・アレン帯)の中であっても質の良い観測データを得ています。

この研究では、宇宙嵐が発生すると、高度40000キロ以下の内部磁気圏で地球起源のプラズマが主成分となり、宇宙嵐自体の発達に影響を及ぼしている可能性が示されました。

では、地球起源のプラズマは宇宙嵐開始時にどのように電離圏から磁気圏に運ばれ、宇宙嵐の発達にどのような影響を与えているのでしょうか?

この問題は、今後解明する必要があります。

地球起源のプラズマは高度100キロから数百キロに存在する電離圏から、宇宙空間に向かって流出していると考えられています。

ところが、電離圏イオンがどのような経路でどこに流出してゆくのかは、ほとんど分かっていないんですねー
また、電離圏イオンのエネルギーは低いので、そのままでは地球の重力に逆らって宇宙空間に流出することが出来ないはずです。

このため、宇宙空間に流出するには、何らかの方法で電離圏イオンが加速される必要があります。
でも、そのメカニズムも不明のままになっています。

これは加速前の電離圏イオンや加速中の電離圏イオンのエネルギーが、これまでのイオンエネルギー分析機の観測可能エネルギー帯よりも低く、観測例が少ないことが原因の一つです。

現在、研究チームが開発を進めているのは、“あらせ”搭載のイオンエネルギー質量分析器の開発で得た経験をもとに、低いエネルギー帯をカバーし、さらには酸素イオンや窒素イオン、酸素や窒素の分子イオンといった電離圏に存在する重粒子イオンの区別が可能なイオンエネルギー質量分析器です。

これにより、人工衛星や観測ロケットで電離圏イオンや電離圏期限イオンを直接観測することを計画しているそうですよ。


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