宇宙のはなしと、ときどきツーリング

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“宇宙の再電離”はどうやって起きたのか? 解明のカギは90億光年彼方に見つけた強い紫外線を放つ銀河。

2020年08月31日 | 宇宙のはじまり?
今回発表されたのは、90億光年彼方の銀河“AUDFs01”から、これまでで最も強い紫外線の検出に成功したことでした。
恒星から放射される強力な紫外線により、宇宙を漂う水素の電離“宇宙の再電離”が起こったと考えられています。
検出された強い紫外線は、この“宇宙の再電離”の謎を解明するカギのひとつになるのかもしれません。


紫外線と“宇宙の再電離”

ビッグバンから約38万年が経過し、陽子と電子が結びついて“宇宙の晴れ上がり”を迎えると、その数億年後にはファーストスター(第一世代の恒星)が誕生したと考えられています。

“宇宙の晴れ上がり”からファーストスターが誕生するまでの期間は、恒星やその集団である銀河などの自ら光り輝く存在はなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれています。

“宇宙の暗黒時代”には、ビッグバンによって最も多く誕生した物質の水素が宇宙を漂い、その大半は電気的に中性の状態。
そして、水素が徐々に集まってファーストスターが誕生し、さらに銀河が形成されるようになってくると、恒星から放射される強力な紫外線により、宇宙を漂う水素は電離(イオン化)されていきます。

このイベントは、“宇宙の晴れ上がり”以前のプラズマ状態に近いので“宇宙の再電離”と呼ばれています。

その後、現在まで宇宙空間を漂う水素ガスの大半が電離した状態のままになっています。


強い紫外線を放つ銀河の探索

この“宇宙の再電離”は、初期宇宙の若い銀河によって引き起こされたという説が今のところ有力視されています。

でも、詳細は分からず…
これを明らかにすることは現代天文学の大きな課題の一つになっているんですねー

なので、これまで多くの天文学者が進めていたのは、水素を電離できるほどの強い紫外線(波長91.2nm未満の電磁波=電離光子)を放つ銀河の探索。
多くはありませんが、いくつかの発見につながっています。

この電離光子を放つ銀河(電離光子銀河)の発見数が少ない理由として挙げられるのは、“宇宙の再電離”の時代(125億~135億年前頃)の電離光子の直接観測が難しいことにあります。

この時代の宇宙には、およそ10万個に1個未満という割合ですが、まだ多くの中性水素が残っていました。
電離光子は地球に届くまでの長い間に、この中性水素に吸収されてしまい観測を難しくしているわけです。

その後、“宇宙の再電離”から20~25億年ほど進んで110億年ほど前の時代になると、水素の電離がさらに進んで中性水素が減り、電離光子が吸収されにくくなってきます。
そう、地上の大型望遠鏡でも観測できるチャンスが出てきたわけです。

また、宇宙の膨張による赤方偏移によって、電離光子は地球に届くまでの長い間に可視光線になります。
これも、地上の大型望遠鏡で観測できるようになる理由なんですが、それでも今のところ10個程度しか発見されていません。
膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。


天文衛星による紫外線の観測

ただ、この後の時代には、赤方偏移が起きても大気に吸収されやすい紫外線で地球に届いてしまうので、また観測が困難になってしまいます。

そこで、期待されるのが宇宙望遠鏡の活用です。
ただ、ハッブル宇宙望遠鏡であっても観測例はそれほど多くなく、40億光年未満(時間にすれば40億年前よりも最近の時代)の距離にある銀河10個程度から電離光子を検出するにとどまっています。

つまり、40億~110億年前の間の時代では、電離光子銀河は全く発見されていないわけです。

そこで、今回の研究で用いられたのはインドの天文衛星“AstroSat”でした。
“AstroSat”に搭載された紫外線望遠鏡“UVIT(UltraViolet Imaging Telescope)”を用いて、発見されていない時代の電離光子銀河の探索を実施することになります。
インド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星“AstroSat”のイメージ図。(Credit: ISRO)
インド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星“AstroSat”のイメージ図。(Credit: ISRO)
2015年9月28日にインド宇宙研究機関“ISRO”によって打ち上げられたインド初の天文衛星が“AstroSat”です。
搭載機器の“UVIT”は、遠紫外線(154nm)と近紫外線(242nm)を同時に広い視野で撮像できる機能を持っていました。

観測では、“UVLT”を南天のろ座にある“GOOD South”と呼ばれる一角に向け、約28時間にわたって露光。
そのデータを2年かけて解析し、高感度の遠紫外線画像が作成されました。

画像は“AstroSat Uv Deep Field South”と名付けられ、その中に写っていた90億光年彼方にある銀河“AUDFs01”から電離光子の検出に成功。
90億光年ということは、90億年前に発した電離光子ということになります。
1.AstroSat Uv Deep Fieldの疑似カラー画像。赤は波長812.8nm、緑は波長603.5nm(いずれもハッブル宇宙望遠鏡が撮影)、水色は241.8nm、藍色は154.2nm(いずれもAstroSat/UVITが撮影)。銀河「AUDFs01」は四角で囲まれている銀河で、左下がその拡大図。右下の衛星はAstroSatのイメージ (画像提供:Kanak Saha博士) (出所:早稲田大学Webサイト)
“AstroSat Uv Deep Field South”の疑似カラー画像。赤は波長812.8nm、緑は波長603.5nm(いずれもハッブル宇宙望遠鏡が撮影)、水色は241.8nm、藍色は154.2nm(いずれも“AstroSat/UVLT”が撮影)。銀河“AUDFs01”は四角で囲まれている銀河で、左下がその拡大図。右下の衛星は“AstroSat”のイメージ図。(Credit: Kanak Saha)
そして、検出された電離光子の波長を赤方偏移から逆算。
すると、64nmと導き出され、水素を電離できる高いエネルギーを持っていることが判明しました。

これほど高いエネルギーを持った電離光子を銀河から検出したのは世界で初めてのこと。
“宇宙の再電離”の謎を解明するカギのひとつになる発見でした。

ハッブル宇宙望遠鏡に比べれば“AstroSat”(および“UVIT”)は小型の天文衛星です。
でも、性能を特化すれば、ハッブル宇宙望遠鏡をもしのぐ性能を発揮できることを実証できたのも大きな成果のひとつになります

もちろん、今も電離光子の観測は進められています。
次の目標は“宇宙の再電離”の時代により近い120億光年彼方の銀河からの電離光子の検出になるようです。


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合体途中のそれぞれの銀河の中心で明るく輝く超大質量ブラックホール“二重クエーサー”を新たに発見。

2020年08月29日 | 銀河と中心ブラックホールの進化
すばる望遠鏡がとらえた3万個以上のクエーサーから選び出されたのは、400個以上の二重クエーサー候補でした。
これらを他の大型望遠鏡を用いて追観測してみると、3つの二重クエーサーが特定され、そのうちの2つは新たに判明したものでした。
二重クエーサーは、銀河が合体する過程で、それぞれの銀河中心にある超大質量ブラックホールが明るく輝いている状態の天体。
これを詳しく調べることで、銀河の合体や進化、超大質量ブラックホールの成長過程などの研究が進むようです。


銀河の合体や衝突で見られる二重クエーサー

宇宙では、銀河同士が衝突するという、大変ダイナミックな現象が頻発しています。

その銀河の中心には、質量が太陽の数百万倍から数十億倍にも及ぶ超大質量ブラックホールが存在し、そこに大量のガスが流入すると銀河全体よりも明るく輝くクエーサーとして観測されます。
クエーサーは、銀河中心にある超大質量ブラックホールに物質が落ち込むことで生み出される莫大なエネルギーによって輝く天体。遠方にあるにもかかわらず明るく見える。

さらに、銀河が衝突や合体するときには、ガスの流入量が特に多くなります。
そこで期待されるのが、2つのブラックホールが二重クエーサーとなった姿が見られることです。

でも、2つのクエーサーが同時に輝いている期間は短いんですねー
さらに、見つけるには広い観測領域と近接した2点を分解できる高い解像度の両方が必要になります。

なので、多くの二重クエーサーを見つけて、研究を進めることは困難なことでした。


新たに発見された2つの二重クエーサー

東京大学国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究所や国立天文台の研究者による国際共同研究チームは、すばる望遠鏡に搭載された超広視野主焦点カメラ“HSC”で撮影された画像の中から、すでに知られている3万4476個のクエーサーを調査。
“HSC(Hyper Suprime-Cam:ハイパー・シュプリーム・カム)”は、すばる望遠鏡に搭載されている超広視野主焦点カメラ。満月9個分の広さの天域を一度に撮影でき、独自に開発した116個のCCD素子により計8億7000万画素を持つ。まさに巨大な超広視野デジタルカメラ。

その中から選び出したのは、2つもしくは、それ以上の光点を持っていると見られる天体421個でした。

これらが真の二重クエーサーであることを確かめるため、他の望遠鏡による追観測を実施。
すると、3つが二重クエーサーだと特定することができました。
今回見つかった二重クエーサー“SDSS J141637.44+003552.2”。地球から約47億光年の距離にあり、2つのクエーサーは1万3000光年離れている。(Credit: Silverman et al.)
今回見つかった二重クエーサー“SDSS J141637.44+003552.2”。地球から約47億光年の距離にあり、2つのクエーサーは1万3000光年離れている。(Credit: Silverman et al.)

このうち2つは、これまでに知られていなかった二重クエーサーでした。

このことから推定されるのは、全クエーサーのうち0.3%は、銀河の合体過程で超大質量ブラックホールが2つ存在しているということ。

今後も研究チームでは、二重クエーサーの特定を続けていくそうです。
これにより、銀河や超大質量ブラックホールの合体や進化についての理解が深まるといいですね。


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目指すは“超新星背景ニュートリノ”の初観測! “スーパーカミオカンデ”が観測感度を向上。

2020年08月28日 | 宇宙 space
“超新星背景ニュートリノ”の世界初の観測を実現するため、“スーパーカミオカンデ”の観測感度が向上されました。
“スーパーカミオカンデ”は、岐阜県の神岡鉱山内の地下1000メートルに設置されている世界最大級のニュートリノ観測装置。
今回感度の向上を図るため、検出タンク内の純水にレアアースのガドリニウムを加えたそうです。


まだ検出されていない“超新星背景ニュートリノ”

今回の高度化を実施したのは、“スーパーカミオカンデ”を運営する中心機関“東京大学宇宙線研究所”のスーパーカミオカンデ共同研究グループ。

“スーパーカミオカンデ”は、岐阜県飛騨市神岡鉱山内の地下1000メートルに設置された、直径39.3メートル、全高41.1メートルの円筒型をしたタンクです。

その中に5万トンの純水が貯められていて、タンク内を通過したニュートリノが水分子と衝突した際に生じるニュートリノ現象(チェレンコフ光)を、壁に設置された約1万3000本の高感度光センサーがとらえるという仕組みをしています。
観測感度の向上が図られた“スーパーカミオカンデ”検出器。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
観測感度の向上が図られた“スーパーカミオカンデ”検出器。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
先代の“カミオカンデ”の後を引き継ぎ、“スーパーカミオカンデ”が実験をスタートさせたのは1996年のこと。
今では、東京大学宇宙線研究所の神岡宇宙素粒子研究施設を中心に、世界の49の大学や研究機関から約190名の研究者が参加する国際共同実験になっているんですねー

これまでの活躍としては、太陽ニュートリノや大気ニュートリノ、人工ニュートリノなどの観測。
なかでも、2015年の“ニュートリノ振動の発見”では大きな役割を果たしています。
東京大学の梶田隆章博士たちが“ニュートリノ振動の発見”の功績によりノーベル賞を受賞している。

でも、これまでのところ“スーパーカミオカンデ”も含めて、検出できていない“超新星背景ニュートリノ”というものがあります。

質量の大きい恒星は、一生を終えるときに超新星と呼ばれる大規模な爆発現象を起こします。
そのエネルギーの大半はニュートリノとして放出され、目に見える光の形で放出されているのは0.01%ほど…
なので、爆発の仕組みを明らかにするには、この超新星ニュートリノの観測を重ねていく必要があります。

また、現在の宇宙にある比較的重い元素は超新星爆発でできたと考えられていて、その解明のためにも超新星ニュートリノの観測が不可欠とされています。

ただ、距離的に観測しやすい天の川銀河内では、超新星爆発は30~50年に1度しか起きないと見積もられています。

そこで、重要になってくるのが、宇宙全体に存在しているはずの“超新星背景ニュートリノ”の検出です。

超新星爆発は、宇宙全体では毎秒数回の頻度で発生しているとされています。
そうすると、宇宙誕生から現在までの超新星爆発で放出されたニュートリノは、宇宙中に拡散、蓄積されていることになります。

それらが“超新星背景ニュートリノ”と呼ばれ、1秒間に手のひらを数千個が通過していると計算されているほど膨大なものと見積もられています。
過去の超新星爆発によるニュートリノ観測の概念図。上部の円筒が“スーパーカミオカンデ”を示す。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
過去の超新星爆発によるニュートリノ観測の概念図。上部の円筒が“スーパーカミオカンデ”を示す。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)


“超新星背景ニュートリノ”は宇宙全体に存在しているはず

ただ、遠方からの超新星ニュートリノとなると、それだけ検出が難しくなり、高感度が必要とされます。

これまでも、年間に数回程度のニュートリノ反応が“スーパーカミオカンデ”のタンク内で起きていると考えられてきましたが、ノイズによる反応と判別がつかない状態でした。

そこで、今回感度の向上を図るため導入されたのがガドリニウムでした。

ランタノイドに含まれる原子番号64のレアアースがガドリニウムです。
全元素中でも中性子の捕獲能力が優れていることが知られていて、その能力は水に溶かした場合だと0.01%の濃度でも50%の確率で中性子を捕獲。
さらに、0.1%の濃度になれば90%の確率で捕獲できるとされています。

この特性を活かして、ノイズと“超新星背景ニュートリノ”の切り分けを試みようというわけです。

ガドリニウムに関しては、環境基準や排水基準などの法的な規制はなく、MRI検査の造影剤として使用されている他、日本の土壌中に3~7ppmの濃度で存在しているそうです。

ただ、一般的な河川にあまり存在しない物質なので、今回の改修では漏出など十分に配慮して取り扱うため、作業は2018年から開始されています。

そして、2019年末までに注水した水の純水化が進められた後、2020年2月までに新開発の硫酸ガドリニウム水の循環純化装置で処理する試験を実施。
その後、タンク内純水の透過率を元の純水装置と同レベルで保てることを確認しています。

さらに、7月14日~8月17日までの35日間にわたって、13トンの硫酸ガドリニウム八水和物(Gd2(SO4)3・8H20)を導入。
5万トンの純水に対する重量比は、0.026%の濃度でガドリニウム単体の濃度だと0.01%になるそうです。
反電子ニュートリノの反応と“スーパーカミオカンデ”のタンク内で発生する信号(チェレンコフ光)のイメージ。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
反電子ニュートリノの反応と“スーパーカミオカンデ”のタンク内で発生する信号(チェレンコフ光)のイメージ。(Credit: 東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
もちろん、太陽ニュートリノなど、これまでの観測を妨げないようにする必要もあります。
なので、開発された硫酸ガドリニウム八水和物は、極めて放射性不純物の少ないものになっています。

なお、今回のガドリニウムの導入で中性子の捕獲効率は50%に到達。
今後、数年かけて濃度をさらに上げていく予定で、7~8年の観測で“超新星背景ニュートリノ”の世界初観測を目指すようです。


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直前の対策による降水リスクの軽減へ! 衛星データを活用した5日後までのリアルタイム降水予報が公開されました。

2020年08月26日 | 地球の観測
人工衛星がとらえた世界の降水観測データを活用した、5日後までのリアルタイム降水予報。
こんなWebサイトが、理研(理化学研究所)、千葉大学、東京大学、JAXA(宇宙航空研究開発機構)らの国際共同研究グループにより、8月20日に公開されました。
増大する大雨の降水リスクに直前の予測で対応することで、災害による被害の防止や軽減につなげていくようです。


雨量計による降水の観測

地球規模の気候変動により、世界の降水量が大きく変化してきています。
これまでに経験したことがない規模の大雨や渇水などの災害が、日本を含め世界各地で頻発するようになっているんですねー

これまで気象学では、降水という大気現象の理解を深めることで予測技術を発展させてきました。

でも、世界の降水については、まだよく分かっていないのが現状です。
それは、降水の観測を行う上で基本となっているのが、バケツに水が溜まる原理で行う雨量計観測だからです。
これだと、雨量計が設置された地点でしか観測結果が得られません。

そのため、雨量計の設置が難しい海洋上や極域、山岳地帯などでは、雨や雪がどのように降っているのかを正確に測ることができませんでした。


人工衛星を用いた降水の観測

人工衛星は、宇宙から雨雲を測定するため、雨量計の有無にかかわらず、広い範囲を一様に観測できます。
つまり、世界の降水を知るのに有効なのが、人工衛星での観測ということです。

そこで、JAXAとNASAが共同で進めてきたのが、降水を観測するための人工衛星を打ち上げることでした。
1997年11月に打ち上げられた熱帯降雨観測衛星“TRMM(トリム)”は、2015年4月まで熱帯の降雨を観測。
その後継機になる全球降水観測計画主衛星“GPM”は、2014年2月に打ち上げられ、現在も観測を続けています。

これらの衛星には、降水レーダーが搭載されていて、雨雲の立体的な分布を観測できます。

この観測データを活かし、その他のマイクロ波放射計などの各種衛星観測データを統合した“衛星全球降水マップ(GSMaP)”をJAXAが開発し、リアルタイムで運用されています。


二つの降水予測“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”

降水の予測は計算を用いて行われ、“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”という二つの手法があります。

“降水ナウキャスト”は、観測データによる直近の降水分布の動きをとらえ、それがそのまま持続すると仮定した将来の降水分布を予測します。
特徴は、雨雲の発生や発達などの気象学的なメカニズムを考慮しないので、計算が単純で高速だということ。
でも、予測時間が長くなると精度が急速に低下するという問題もあります。

一方の“数値天気予報”は、気象学的なメカニズムを考慮したシミュレーションに基づいているので、予測時間が長くなっても“降水ナウキャスト”より精度を高く保つことが可能。
ただ、スーパーコンピュータを用いた複雑な計算が必要になります。

日々の天気予報に使われている気象庁の“全球モデル(GSM)”は、地球全体をおよそ20キロ四方のメッシュ状に区切り、1日1回、11日後まで予測する数値天気予報システムになります。


“降水ナウキャスト”の予測精度を向上させる

国際共同研究グループでは、降水予測の高度化を目指し、人工衛星による降水観測データを生かした降水予報に関する研究を、2013年4月から進めていました。

降水予測の高度化として研究グループが取り組んだのは、これまでの“降水ナウキャスト”手法に“データ同化”手法を取り入れること。
これにより、予測精度を向上させた新しい“降水ナウキャスト”技術を開発しています。

“データ同化”は、“数値天気予報”の要として、シミュレーションに実測データを取り込む方法です。

“降水ナウキャスト”では、降水分布の場所ごとの移動の方向や速さ(移動ベクトル)をとらえることが重要になります。
でも、刻々と変動する降水分布の画像データから、安定した移動ベクトルを得ることが難しいという課題がありました。

これに対して、“数値天気予報”で用いられる“データ同化”の方法を応用してみると、移動ベクトルがより安定的に算出できるようになりました。

研究グループでは、この新しい“降水ナウキャスト”手法を“衛星全球降水マップ(GSMaP)”に適用。
2017年5月以降、12時間後までの降水予報を、理研の天気予報研究のウェブページおよびJAXAの理研ナウキャストウェブページで公開してきました。


“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”を統合する高精度降水予測

また、研究グループでは、“降水ナウキャスト”技術とは異なる高度化技術の研究として、“NICAM-LETKF数値天気予報システム”を新たに開発しています。

“NICAM-LETKF数値天気予報システム”は、“数値天気予報”モデル“NICAM(非静力学正20面体格子大気モデル)”と局所アンサンブル変換カルマンフィルタ“LETKF”を組み合わせたもので、“衛星全球降水マップ(GSMaP)”データを同化することに成功しています。
降水観測データを“数値天気予報”に用いるのは難しく、ガウス分布変換手法を降水データに適用することでこの問題を解決している。
“NICAM-LETKF数値天気予報システム”をJAXAのスーパーコンピュータ“JSS"(JAXA Supercomputer System Generation 2)”によりリアルタイムで実行し、“世界の気象リアルタイムNEXRA”として公開している。

降水予測のさらなる高度化はまだ続きます。
“降水ナウキャスト”による12時間後までの予測データと、“NICAM-LETKF数値天気予報システム”による5日後までの降水予測データ、この二つの異なる降水予測データを統合して、一つの高精度な降水予測データを作成しています。
“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”を統合した高精度降水予測の全球分布図。2020年7月5日22時を初期時刻とした3時間後の降水予測地の分布を表示している。(Credit: 理研/JAXA/千葉大/東大)
“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”を統合した高精度降水予測の全球分布図。2020年7月5日22時を初期時刻とした3時間後の降水予測地の分布を表示している。(Credit: 理研/JAXA/千葉大/東大)
この手法では、場所ごとの統計的特徴を考慮した局所最適化という独自の工夫を行うことで、予測精度を向上させています。

これにより可能になったのは、12時間後までは“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”を統合する高精度降水予測です。
ただ、12時間後から5日後までは、“降水ナウキャスト”の予測精度が低下してしまうので“数値天気予報”のみを用いています。

この“降水ナウキャスト”と“数値天気予報”を組み合わせた5日後までの予報データが今回公開され、理研の天気予報研究のウェブページおよびJAXAの降水情報ウェブページ“GSMaPxNEXRA 全球降水予報”で見ることができます。
JAXAの降水情報ウェブページ“GSMaPxNEXRA 全球降水予測”の例。2020年7月5日22時を初期時刻とした3時間後の降水予測地の分布を表示。令和2年7月豪雨に伴う大雨が九州南部で予測されている。(Credit: 理研/JAXA/千葉大/東大)
JAXAの降水情報ウェブページ“GSMaPxNEXRA 全球降水予測”の例。2020年7月5日22時を初期時刻とした3時間後の降水予測地の分布を表示。令和2年7月豪雨に伴う大雨が九州南部で予測されている。(Credit: 理研/JAXA/千葉大/東大)
増大する大雨などの降水リスクに、直前の予測による災害への対応は重要なことになります。

世界には、地上に設置する雨量計やレーダーなどの降水観測が限られている地域も多くあるので、広い範囲を一様に観測する衛星データの利用は有効な手段と言えます。

今後研究グループでは、スーパーコンピュータ“富岳”を用いて、降水予報のさらなる高度化にも取り組んでいくそうです。

衛星降水観測データを活用したリアルタイム予測情報が、世界の国々で活用され、直前の対策による被害の防止や軽減に役立てられるといいですね。


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初期の太陽は、もう一つの恒星と連星を成していた? この連星により“第9惑星”が太陽系に取り込まれたのかも

2020年08月23日 | 太陽系・小惑星
一部の太陽系外縁天体に見られる極端に偏った軌道を説明するため、しばしば未知の“第9惑星”が登場することがあります。
今回発表されたのは、この“第9惑星”が太陽系で形成された惑星ではないということ。
初期の太陽は、もう一つの恒星と連星を成していて、この連星により“第9惑星”が太陽系に取り込まれたようです。
太陽と連星を成していた恒星のイメージ図。(Credit: M. Weiss)
太陽と連星を成していた恒星のイメージ図。(Credit: M. Weiss)

太陽が連星だった時期に外部から取り込まれたのが“第9惑星”かもしれない

現在、太陽系で確認されている惑星の数は8つあります。

その中で太陽から最も遠い海王星(第8惑星)の外側、太陽から数百天文単位離れたところには、地球の5~10倍の質量がある未発見の惑星が存在するのではないかと考えられています。
1天文単位は太陽~地球間の平均距離、約1億5000万キロに相当し、太陽~海王星間の距離は約30天文単位。
それは、一部の太陽系外縁天体に見られる極端に偏った軌道は、未知の“第9惑星”の重力的な影響により、似た軌道に押しやられた結果だと考えられているからです。

そして今回発表されたのは、「初期の太陽は、もう一つの恒星と連星を成していた」 っという研究成果でした。

さらに、コンピュータシミュレーションによる研究から指摘されているのは、“第9惑星”が太陽系で形成された惑星では無いということ。
未発見の“第9惑星”および彗星の故郷と考えられている“オールトの雲”に存在する天体は、太陽が連星だった時期に外部から取り込まれた可能性があるそうです。

研究では、太陽から1000天文単位ほど離れたところに太陽と同程度の質量の恒星が存在していたと仮定して分析を実施。
すると、この恒星が太陽とともに“第9惑星”の捕獲に関わった可能性が示されたそうです。

過去の研究でも、連星は周囲の天体を捕獲し易いことが示されてきました。
連星は単独の恒星よりも、はるかに効率的に天体を捕獲できるようです。

まずは“第9惑星”を見つけること

“第9惑星”以外にも、捕獲された複数の天体が、太陽系内の同じような軌道を周回しているとしたら。
これら天体を見つけ、太陽系の外部から捕獲されたことを明らかにすれば、過去の太陽が連星だったとする説を支持する材料になるはずです。

ただ、“第9惑星”は、まだ見つかっていないんですねー

それは、太陽から遠く離れた“第9惑星”の軌道は非常に大きく、観測に必要な範囲が非常に広くなってしまうためです。

そこで、期待されるのが、来年の観測開始が予定されている南米チリのヴェラ・ルービン天文台。
この天文台の大型シノプティック・サーベイ望遠鏡“LSST”は、口径が8.4メートルもあり非常に広視野なので、位置が特定できなくても天球のどこかで“第9惑星”の存在を拾える可能性があります。
未だ見つかっていない“第9惑星”のイメージ図。(Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC) )
未だ見つかっていない“第9惑星”のイメージ図。(Credit: Caltech/R. Hurt (IPAC) )
また、これまでの理論では、海王星の外側を公転する“散乱円盤天体”と“オールトの雲”に存在する天体の比率を、上手く説明することはできませんでした。
でも、連星による天体の捕獲を想定したモデルを用いれば、この問題を大幅に改善できそうです。
“散乱円盤天体”は、海王星の重力によってエッジワース・カイパーベルトから外側に散乱させられた太陽系外縁天体の名称。

“オールトの雲”に存在する天体は、地球の歴史において水の起源や大量絶滅の原因といった大きな役割を果たした可能性があります。
今回の研究は、その起源を理解するためにも重要なものと言えそうです。

一方、太陽と連星を成していたとされる、もう一つの恒星はどこへ行ったのでしょうか?
銀河系の約半数が連星系の恒星と見られていて、連星系は珍しい存在ではない。

太陽が誕生した星団を通過していた別の恒星の重力によって、連星を成していた恒星と太陽は引き離されてしまったのかもしれません。
はるか昔に離れ離れになった恒星は、今もどこかで輝き続けているのでしょうか。

今回の研究では、初期の太陽が、もう一つの恒星と連星を成していたという、突拍子もない仮定から始まり、もう一つの恒星も行方知れずになっています。

この証明に必要なのが、まだ見つかっていない“第9惑星”や同様の軌道を描く天体を見つけ、太陽系外から来たことを明らかにすること。

最近の研究のなかには、太陽系外縁天体に見られる極端に偏った軌道を説明するのに、“第9惑星”の存在は必要ないとするものもあります。

まだ見つかっていない“第9惑星”と、太陽と連星を成していたとされるもう一つの恒星… いずれ証明されるのでしょうか。


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