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カイパーベルトは思っていたより広い? すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラによる探査機“ニューホライズンズ”の調査対象探し

2024年06月29日 | 太陽系・小惑星
世界で初めて冥王星のフライバイを行ったNASAの探査機“ニューホライズンズ”は、その後もいくつかの延長ミッションを行っています。
その延長ミッションにおいて、“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しに、すばる望遠鏡の広く深い撮像観測が貢献しているんですねー

今回の研究では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”によるカイパーベルト天体の探査画像に、独自の解析手法を適用。
その結果、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見しています。

“HSC”を用いたミッションチームによるカイパーベルト探しは今も続いていて、今後も北米グループを中心として、次々と論文が出版される予定です。
本研究は、それに先駆けて、日本の研究者が中心となり、日本で開発された手法で、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見したものです。
この研究は、千葉工業大学 惑星探査研究センター 非常勤研究員の吉田二美博士(産業医科大学 医学部 准教授兼任)、NAOJ天文シミュレーションプロジェクトの伊藤孝士講師たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年5月29日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、Yoshida et al. "A deep analysis for New Horizons' KBO search images "として掲載されました。
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)


小惑星などの天体がリング状に分布している領域

太陽系の中で、既に私たちが知っている惑星たちよりも遠く先には何があるのでしょうか?

海王星の先には、小惑星などの天体(小天体)がリング状に分布している領域“カイパーベルト”があり、そこからオールト雲(※1)までを“太陽系外縁部”と呼んでいます。
でも、私たちの知識は、まだ太陽に近い領域に限られています。
※1.太陽系の最外端には巨大惑星が弾き飛ばした微惑星が、太陽を中心に球殻状分布していると理論的には想像されていて、そのような天体の分布する領域をオールと雲という。オールと雲は太陽から10万天文単位あたりまで広がっていると推定されている。
太陽系以外に目を向けると、一般的な惑星系円盤の広がりは、恒星から100天文単位(※2)くらいになります。
それに比べると、広がりが50天文単位程度とされるカイパーベルトは、とてもコンパクトな存在と言えます。
※2.1天文単位(au)は太陽~地球間の平均距離、約1億5000万キロに相当する。
こうした比較から考えられるのは、太陽系が生まれる元となった星雲“原始太陽系星雲”が、現在のカイパーベルトよりさらに外側まで続いていた可能性です。

現在の観測データを見ると、カイパーベルトの外端は50天文単位辺りで突然途切れているように見えています。
もし、この外端が原始太陽系星雲の外端に相当するなら、太陽系の惑星系円盤はとてもコンパクトな状態で生まれたことになります。

一方、カイパーベルトの外端がその外側の天体(惑星)の影響を受け、その後の進化の過程で切り取られてしまった可能性も考えられます。
これが本当なら、カイパーベルトのさらに遠方を観測すれば、円盤を切り取った天体や、もしかしたら第2のカイパーベルトが見つかる可能性もあります。

このように太陽系外縁部にある天体を見つけ、その分布を調べることは、太陽系の進化を知ることにも繋がります。


探査機“ニューホライズンズ”による太陽系外縁部の調査

NASAの探査機“ニューホライズンズ”は、そんな太陽系外縁部を調査するための計画です。

2015年に冥王星系をフライバイ(※3)しながら観測した“ニューホライズンズ”は、2019年にはカイパーベルト天体の一つ“アロコス(ArroKoth)”をフライバイ。
太陽系外縁天体の表層を初めて人類に垣間見せてくれました。
※3.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言う。
そして、アロコスへのフライバイ後に始まったのが、“ニューホライズンズ”の延長ミッションでした。
“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しには、すばる望遠鏡が協力しています。


50天文単位を超える軌道長半径を持つ天体

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”を用いたカイパーベルト天体探しは、“ニューホライズンズ”が飛行する方向の二視野(満月のおよそ18個分の広さに相当する領域)に絞って行われています。

これまでに行われた約30半夜の観測で、“ニューホライズンズ”のサイエンスチーム(ミッションチーム)が見つけているのは、240個以上の太陽系外縁天体でした。
本研究では、上記の観測で取得した画像を日本の研究者を中心とするチームが、ミッションチームとは異なる手法で解析。
これにより、新たに7個の太陽系外縁天体を発見しています。

決まった視野を一定期間撮り続けた“HSC”の観測データには、JAXAが開発した移動天体検出システムを適用できました。
このシステムは普段、近地球小惑星やスペースデブリの検出に使われていたものです。

これは32枚の連続した画像を、いくつもの方向でズラして重ね合わせることで、特定の速度で移動する天体を検出するもの。
高速処理のために独自の工夫がされていました。(図2)

研究チームが、この検出システムを用いて新たに発見した7天体のうち2つについては、おおよその軌道が求められ、国際天文学連合の小惑星センター(MPC)から仮符号が与えられています。(※4)
※4.仮符号がついた天体が、その後何度も観測されて、軌道が正確に決まると確定番号が付く。すると発見者(この場合は研究チーム)に天体の命名権が与えられる。天体の命名については国際天文学連合の定める決まりがあり、太陽系外縁天体の場合は神話にちなんだ名前が付けられる。
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
これまでの研究による認識では、約50天文単位から外側ではカイパーベルト天体の数が激減すること。
このため、カイパーベルトの外縁はその辺りにあると想像されていました。

ところが、今回仮符号を与えられた2つの天体の軌道長半径は、どちらも50天文単位を超えています。
ただ、これらの天体の軌道要素は、将来的に観測が蓄積するにつれて多少の変動ががあるかもしれません。
それでも、今後も似たような軌道を持つ天体が発見され続ければ、カイパーベルトはさらに先まで続いていると言えるかもしれません。(※5)
※5.ミッションチームが発見した天体の軌道分布や探査機のダストカウンターの測定値からも、カイパーベルトがさらに広がっている可能性が示されている。ミッションチームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”を用いた観測を継続予定。
すばる望遠鏡と今もなお太陽系外縁部を飛行する“ニューホライズンズ”の協力により、まだ人類の目が未到である太陽系の深縁部へ探査の歩みが進むことが期待されます。


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NASAの小惑星探査機“サイキ”がイオンエンジンを始動! 時速20万キロまで加速し小惑星“プシケ”への到着は2029年

2024年05月30日 | 太陽系・小惑星
現地時間5月22日のこと、NASAは小惑星探査機“サイキ(Psyche)”のイオンエンジン始動を発表しました。

2023年10月に打ち上げられた“サイキ”の目的は、火星と木星の間に広がる小惑星帯を公転する小惑星“16 Psyche(プシケ)”の周回探査。
このミッションは、“ディスカバリー計画”14番目として2017年に選定されました。
図1.小惑星探査機“サイキ”は打ち上げ後に約6年間をかけて小惑星“プシケ”へ向かう。小惑星“プシケ”に到着するのは2029年8月の予定。(Credit: NASA/ JPL–Caltech / ASU)
図1.小惑星探査機“サイキ”は打ち上げ後に約6年間をかけて小惑星“プシケ”へ向かう。小惑星“プシケ”に到着するのは2029年8月の予定。(Credit: NASA/ JPL–Caltech / ASU)
小惑星“プシケ”は、鉄やニッケルといった金属を豊富に含む“M型小惑星”に分類されています。
その正体は初期の太陽系で形成された原始惑星のコア(核)ではないかと予想されてきました。

過去に探査機が接近して観測した小惑星や彗星は主に岩石や氷でできているので、“プシケ”は金属質の小惑星を間近で観測する初のミッションになります。

地球のコアを直接調べることはできないので、原始惑星のコアだった可能性がある“プシケ”の観測を通して、地球のような惑星の形成についての貴重な情報が得られると期待されています。

イオンエンジン(ホールスラスター)は、“サイキ”に搭載された太陽電池パネルで生じた電力により、キセノンガスのイオンを加速し放出することで、推進力を生み出します。
得られる推力は弱いものの、少ないガス搭載量で長期間のミッションが可能になります。
図2.小惑星探査機“サイキ”に搭載されているものと同じイオンエンジン(ホールスラスター)。青く光っているのがキセノンのイオン。推進剤のキセノンは合計1085キロ充填されている。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
図2.小惑星探査機“サイキ”に搭載されているものと同じイオンエンジン(ホールスラスター)。青く光っているのがキセノンのイオン。推進剤のキセノンは合計1085キロ充填されている。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
現在、“サイキ”は時速13万5000キロで飛行していて、今後は時速20万キロまで加速し、“プシケ”への到着は2029年が予定されています。

“サイキ”は“プシケ”を少なくとも2年間周回している間に探査を進めることになります。

さらに、“サイキ”ではレーザーを活用した深宇宙光通信“DSOC(Deep Space Optical Communications)”の技術実証も予定されています。

これは、光レーザーを用いて深宇宙との広帯域データ通信を実証するもの。
従来の無線通信と比較して、10倍から100倍とはるかに高速な通信が可能となります。
この技術が実用化できれば、深宇宙探査において得られるデータ量が格段に増す可能性があります。
図3.小惑星探査機“サイキ”の予定航路。2026年5月に火星フライバイを実施する。(Credit: NASA / JPL-Caltech)
図3.小惑星探査機“サイキ”の予定航路。2026年5月に火星フライバイを実施する。(Credit: NASA / JPL-Caltech)


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小惑星の衛星セラムに働く力から年齢を200~300万歳と予測! コストが低く多くの小惑星に適用できる年齢推定方法

2024年05月18日 | 太陽系・小惑星
太陽系には無数に小惑星が存在していますが、実はその年齢を知ることは一般的に困難なんですねー

小惑星の年齢は、表面にあるクレーターの密度が推定の大きな手掛かりとなります。
ただ、この手法が使えるのは、探査機による接近観測が行われたほんの一握りの小惑星に限られてしまいます。

今回の研究では、NASAの小惑星探査機“Lucy(ルーシー)”が接近観測を行った152830番小惑星ディンキネシュの衛星セラムについて、力学的なシミュレーションを通じて年齢推定を行っています。
その結果、セラムの年齢はわずか200~300万歳で、相当に若いことが示されました。

さらに、この年齢はクレーターの密度を元に推定された年齢と一致していたんですねー

力学的な年齢推定は、望遠鏡などを用いた遠隔的な観測方法に適用できる手法です。
このことから、無数に存在する小惑星への幅広い適用が期待されます。
この研究は、コーネル大学のColby Merrillさんたちの研究チームが進めています。
図1.主星の小惑星ディンキネシュと、その衛星セラム(画像右下の小さな天体)。(Credit: NASA, Goddard, SwRI, Johns Hopkins APL & NOIRLab)
図1.主星の小惑星ディンキネシュと、その衛星セラム(画像右下の小さな天体)。(Credit: NASA, Goddard, SwRI, Johns Hopkins APL & NOIRLab)


小惑星はいつ形成されたのか

太陽系に無数に存在する小惑星は、いつ形成されたのでしょうか?
一昔前までは、一律に太陽系誕生時の約45億年前と考えられてきました。

でも、各国の小惑星探査機が小惑星の接近探査を行えるようになると、かなり最近になってから形成されたかもしれない、若い小惑星候補が見つかるようになってきました。

では、小惑星の年齢はどのように推定するのでしょうか?

その一つが、天体衝突で生じたクレーターの密度を測る方法です。
小さな小惑星には、表面を更新するような地質活動が無いので、クレーターの数は増えていく一方だと考えられています。
なので、小惑星の表面にあるクレーターの面積当たりの数を計測することで、年齢を推定することができます。

ただ、この手法は比較的正確に年齢を推定できる一方で、高価な小惑星探査機を打ち上げて表面の詳細な画像を得なければならないという難点もあります。

130万個以上発見されている小惑星の中で、探査機が接近探査を行ったのはほんの数十個ほど。
このため、正確な年齢を推定できたのは、ほんの一握りの小惑星になります。


偶然発見された小惑星の衛星

152830番小惑星ディンキネシュはNASAの小惑星探査機“ルーシー”による探査対象の小惑星です。

2023年11月の接近探査と写真撮影では、ディンキネシュとは別の未知の天体が撮影されていました。(※1)
この天体はディンキネシュの衛星で、セラムと名付けられています。
このセラムは、小惑星帯で接近探査の対象となった最も小さな天体の一つになりました。
※1.実は、最接近の数週間前には、ディンキネシュの明るさが時間と共に変化することから、二重小惑星の可能性が指摘されていた。今回の“ルーシー”による最接近時の観測で、二重小惑星ということが確かめられた。
木星のトロヤ群に属する小惑星は、初期の太陽系における惑星の形成・進化に関する情報が残された“化石”のような天体と考えられています。

これらの天体を間近で探査することから、ミッションと探査機の名前は、エチオピアで見つかった有名な化石人骨の“Lucy”に因んで名付けられています。

ちなみに、ルーシーは約320万年前に生息していたアウストラロピテクス・アファレンシスの一体。
小惑星ディンキネシュは、ルーシーの発見地であるエチオピアのアムハラ語での愛称に因んでいます。
ディンキネシュは、“あなたは驚異的だ”を意味していて、人類学におけるこの化石の重要性を表しています。

一方の衛星セラムは、2000年に発見された約332万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石人骨に因んでつけられた愛称で、アムハラ語で“平和”を意味します。
発見地が民族対立によって情勢が不安定な場所なので、あえて平和に対する願いを込めた名称となっています。

また、セラムは推定年齢3歳と、化石として残りにくい幼児だったことや、他の幼児化石と比べて保存状態が極めて良く、全身の約60%が見つかっていることから、発見が重要視されています。

偶然発見された衛星セラムも、ある意味で探査が予定されていたディンキネシュよりも興味深い観測対象だと言えます。

セラムは、その形状から2つの天体がくっついている“接触二重小惑星”だと推定されています。
接触二重小惑星自体はイトカワなど複数の発見例がありますが、衛星としての接触二重小惑星はセラムが初めての発見でした。

接触二重小惑星という形態に加え、直径約220メートルという小ささや、主星であるディンキネシュの大きさと形状から、セラムは大小様々な岩石が緩く結合した“ラブルパイル天体(rubble pile:瓦礫の積み重なり)”で、過去にディンキネシュから分裂した岩塊で形成されていることが予測されています。

これらの事実や予測は、セラムがディンキネシュと同時ではなく、別々のタイミングで生成された若い天体であることを示唆していました。
図2.画像右側が衛星セラム。接触二重小惑星であることがよくわかる。(Credit: NASA, Goddard, SwRI & Johns Hopkins APL)
図2.画像右側が衛星セラム。接触二重小惑星であることがよくわかる。(Credit: NASA, Goddard, SwRI & Johns Hopkins APL)


衛星セラムに働く力から年齢を予測

今回の研究では、セラムが形成されてからどのくらいの年数が経過したのかを、推定するためのシミュレーションを実施しています。
これは、セラムの形状が不規則なことや、小惑星の衛星という状況にあったため可能となった研究でした。

セラムのような状況にある天体に働く力は主に2つあります。

1つ目は潮汐力です。
セラムは、瓦礫の山と例えられるほど岩石同士の結合が緩いラブルパイル天体。
このため、自分自身の自転によって岩石が徐々に赤道付近に蓄積されていきます。

赤道付近の直径が大きくなるほど主星のディンキネシュから受ける潮汐力は大きくなるので、セラムの自転速度もその影響で変化します。

一方、セラムのような形状の天体には、もう1つの力“YORP効果(ヤルコフスキー・オキーフ・ラジエフスキー・パダック効果)”(※2)が働きます。
※2.小さく不規則な形状をした天体は、太陽放射によって自転周期が変化する(これをYORP効果と呼ぶ)。YORP効果のシミュレーションでは、自らが分裂するほど自転が加速されることがある。
球形から大きく外れた不規則な形状の天体に太陽光が当たると、向いた面によって熱を受ける時と放出するときのバランスが崩れてしまいます。
これによって、自転速度を加速または減速させる力が働くことになります。

セラムは、ディンキネシュとの連星と見做せるので、“BYORP効果(連星YORP効果)”の下で予測が行われました。
研究チームは、セラムに対する力学的なシミュレーションを100万回実施。
ディンキネシュからセラムが分裂して、現在の自転周期や公転周期に落ち着くまでにかかる時間を算出しています。

このシミュレーションは、現在のセラムにかかる潮汐力とBYORP効果が、互いに平衡状態(力が釣り合っている状態)に達しているという仮定の下で算出。
その結果、セラムが現在の状態になるまでにかかった時間は、中央値が297万年、最も出現する頻度が高いのは200~204万年という数値となりました。

このことから、研究チームはセラムの年齢は200~300万歳という結果をまとめています。

1億歳未満が“若い”と表現される天文学の世界において、200~300万歳と推定されるセラムの年齢は相当若いもの。
このことから、研究チームはプレスリーリース上で“赤ちゃん”と表現しています。

そして、偶然にも衛星セラムの年齢は、名前の由来となった幼児化石のセラムと同年代か、それよりも若いのかもしれません。


コストが低く多くの小惑星に適用できる年齢推定方法

今回の研究で重要な点は2つあります。

まず1つは、今回の研究で推定されたセラムの年齢が、これまでのクレーターの密度で測定する方法と同じだったという点です。

お互いに推定方法が全く異なっていて、使用されたデータにも共通点が無いのに同じ結果が得られたことを踏まえると、約200~300万歳というセラムの推定年齢は、正しい可能性が極めて高いことを示唆しています。

もう1つは、今回の推定方法が、原理的には接近探査を行っていない天体にも適用できるという点です。

クレーターの密度で年齢を推定するには、解像度の高い表面の撮影画像が必要となります。
そのためには、高価な探査機を送り込まなければなりません。

一方、今回の力学的シミュレーション研究を行うには、地上に設置された望遠鏡で観察した結果を使用すればいいので、コストは大幅に低くなり、適用可能な小惑星は大幅に増えることになります。

ただ、力学的シミュレーションでは、適用できるのが連星関係にある小惑星で、なおかつYORP効果が見られるほど小さな天体に限定されてしまいます。
さらに、大きさが推定可能なほど十分な観測記録が必要となるなど、ある程度の制約もあります。

それでも、この方法にはクレーターを利用する方法と比べて、ずっと多くの小惑星に適用できるという利点があります。

多数の小惑星の年齢を推定できれば、小惑星全体の“人口ピラミッド”のようなものも作れるはずです。
今回の研究は、セラムという1個の小惑星に留まらず、小惑星全体の進化を探る上でも重要な役割を果たすものと言えますね。


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やっぱり月面から飛び出した破片? 地球を周回しているように見える準衛星“カモオアレワ”を生み出したクレーターを特定

2024年05月09日 | 太陽系・小惑星
469219番小惑星“カモオアレワ(Kamo oalewa)”(※1)、は見た目は地球の周囲を公転しているように見える“準衛星(Quasi-satellite)”の一つです。

その公転軌道や表面の物質の観測結果が示しているのは、カモオアレワが普通の小惑星よりも月に類似していること。
このことから、カモオアレワが月の破片だという証拠探しが行われています。

今回の研究では、カモオアレワのような破片が月の表面から飛び出すには、どのような条件が必要かをシミュレーションで解析しています。

その結果分かってきたのは、数百万年前に直径10~20キロのクレーターを作るような天体衝突が、カモオアレワのような準衛星軌道を持つ小惑星を飛び出させるということでした。

これほどの直径と若さを持つクレーターはジョルダーノ・ブルーノしかないので、研究チームではカモオアレワの起源がジョルダーノ・ブルーノである可能性がとても高いと考えているようです。
※1.日本語表記は“カモオアレワ”が一般的だが、ハワイ語の発音に忠実ではないとされている。ただ、正式な表記が定まっていないので、本記事内では“カモオアレワ”を使用している。より原語に近い表記として“カモッオアレヴァ”や“カモ・オーレヴァ”が提案されている。

この研究は、清華大学のYifei Jiaoさんたちの研究チームが進めています。
図1.カモオアレワが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))
図1.カモオアレワが月から飛び出した破片を起源とする可能性を念頭に描かれたイメージ図。(Credit: Addy Graham(University of Arizona))


月を飛び出し地球の周りを公転しているように見える小惑星

2016年に発見されたカモオアレワは、私たちから見ると、地球の周りを1年かけてゆっくりと公転しているように見える奇妙な小惑星です。

ただ、これは見かけの動きなんですねー
太陽から見ると、地球とカモオアレワはそれぞれ独自に太陽を公転しています。

このように、実際には地球の衛星ではないものの、見た目の上では衛星のように振る舞う天体を“準衛星”と呼びます。
図2.カモオアレワの公転軌道(黄色)。私たちからは地球を周回する衛星に見えるが、実際には太陽を公転している。このような軌道を持つ小惑星を準衛星と呼ぶ。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
図2.カモオアレワの公転軌道(黄色)。私たちからは地球を周回する衛星に見えるが、実際には太陽を公転している。このような軌道を持つ小惑星を準衛星と呼ぶ。(Credit: NASA & JPL-Caltech)
地球近傍小惑星(※2)は3万個以上見つかっています。
そのうち準衛星は数個しかなく珍しい存在ですが、カモオアレワはその中でも注目を集めています。
※2.公式な定義としては、近日点距離(太陽に最も近づく距離)が1.3au(約2億キロ)未満の公転軌道を持つ小惑星のこと。より口語的には、地球の公転軌道に接近または交差する公転軌道を持つ小惑星のこと。
まず、望遠鏡による観測結果から分かっているのは、カモオアレワの表面を構成する物質が他の小惑星とは似ていないこと。
むしろ月の物質に類似しているという結果が得られているんですねー
このことは、月の表面に別の天体が衝突して飛び出した破片の一つがカモオアレワである可能性を示唆しています。

また、カモオアレワは準衛星である期間と、それ以外の期間を何回か繰り返していると推定されています。
現在のカモオアレワは準衛星の期間にいますが、その長さは約300年で、これは約3800年間安定とされている“2023 FW13”に次いで2番目に長寿命です。
他の準衛星がせいぜい数十年しか続かないことを考えると、その安定性はかなり高いと言えます。

カモオアレワは発見直後から安定的な順衛星だと判明した一方で、“2023 FW13”が安定的な順衛星だと判明したのは発見から10年以上経った2023年のことで、研究の長さにも差がありました。

ただ、カモオアレワが月の破片だとする仮説には賛否両論がありました。

否定的な意見の背景には、月を飛び出したという過去と、現在は順衛星であることとの矛盾があります。

小惑星が順衛星となるには、月や地球に対する相対速度がかなり遅い必要があります。
これに対して、月から飛び出した破片が月の重力を振り切るには、月に対する大きな相対速度が必要となるので、お互いに矛盾しているように見えます。

この矛盾については、確率こそ低いものの、月から飛び出した破片がカモオアレワのような順衛星軌道に到達する可能性を示した研究が2023年に提出されていました。


天文学的に若く大きな直径を持つクレーター

今回の研究では、カモオアレワのような破片が月から飛び出すには、どのような天体衝突を仮定すればよいのかを数値シミュレーションで解析。
その結果と一致するクレーターが、月に存在するかどうかの特定作業を行っています。

なお、この研究はアリゾナ大学が所管する月惑星研究所が主導しています。
月惑星研究所は、今回の研究の前提となる2つの論文でも主導的役割を果たしています。

カモオアレワの直径は40~100キロと推定されているので、天体衝突もそれなりに大きな規模となるはずです。

研究チームは、シミュレーションを重ねることで、月に衝突した天体の大きさは少なくとも直径1キロあり、衝突によって直径10~20キロのクレーターが生じたと推定。
後に、カモオアレワとなる破片は、衝突の衝撃で月の表面の地下深くから飛び出したと推定しています。

また、時々準衛星となるカモオアレワの現在の公転軌道の寿命を0.1~1億年と推定。
これは、他の地球近傍小惑星と比べても短いものとなります。
このことから、カモオアレワを生み出した天体衝突が起こったのは数百万年前という、天文学的に見てかなり最近の出来事だったことが予想されます。
図3.NASAの月周回衛星“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したジョルダーノ・ブルーノクレーターの全体像。(Credit: NASA, GSFC & Arizona State University)
図3.NASAの月周回衛星“ルナー・リコネサンス・オービター”が撮影したジョルダーノ・ブルーノクレーターの全体像。(Credit: NASA, GSFC & Arizona State University)
そこで、研究チームが考えたのは、このような条件に合致するクレーターは一つしかないこと。
それは、地球から見て月のほぼ東縁にある“ジョルダーノ・ブルーノ”クレーターでした。

ジョルダーノ・ブルーノは直径が約22キロあり、JAXAが打ち上げた月周回衛星“かぐや”の観測結果によれば、その形成年代は100~1000万年前と推定されています。(※3)
※3.古い記録によれば、1178年6月18日に“月から炎が噴き出した”とするカンタベリーの修道士による記録があり、これがジョルダーノ・ブルーノを作った衝突という説もある。ただ、これほどの規模の衝突だと、地球に月の破片による流星群がもたらされると考えられるが、そのような記録はない。“かぐや”による観測結果も合わせると、ジョルダーノ・ブルーノが西暦1178年に形成されたとする説は否定的となる。
今回の研究で示された、これほどの直径と若さを持つクレーターはジョルダーノ・ブルーノしかないので、研究チームではカモオアレワの起源がジョルダーノ・ブルーノである可能性がとても高いと考えています。


月を起源とした地球近傍小惑星の割合

ただ、カモオアレワの起源を月に求める研究は、他の地球近傍小惑星の起源にも影響を与えそうです。

これまで、地球近傍小惑星は火星と木星の間にある小惑星帯が起源で、惑星の重力によって公転軌道が変化したものではないかと考えられてきました。
でも、カモオアレワに関する一連の研究が示唆しているのは、地球近傍小惑星の中には月を起源とする天体が相当数含まれている可能性でした。

今回のシミュレーションでは、衝突によって生じた直径10メートル程度の小さな破片が数万個、月から飛び出して太陽を公転するようになると推定されています。

大部分は、100万年未満という天文学的には一瞬のスケールで再び月に衝突したと考えられていますが、その一部はカモオアレワのように長期間安定した公転軌道を維持すると考えられます。

今回の研究が正しければ、小さな地球近傍小惑星のうち、月を起源としているものの割合はもっと多いかもしれません。


サンプルによる比較

2025年に中国国家航天局が打ち上げを予定している小惑星探査機“天問2号”(※4)により、カモオアレワからのサンプルリターンが計画されています。
なので、サンプルを地球に持ち帰れば、カモオアレワが本当に月の破片かどうかを確定できるはずです。
※4.仮称“鄭和(ていわ、チェン・フー)”
また、NASAが2027年に打ち上げを予定している“NEOサーベイヤー”のような地球近傍小惑星の探査ミッションで、月を起源とする天体が新たに見つかるかもしれません。

興味深いことに、私たちはすでにカモオアレワと同等のサンプルを持っているかもしれません。
当時のソ連が1976年に打ち上げた月着陸船“ルナ24号”が採取した月の石の中には、ジョルダーノ・ブルーノ由来の破片とされるサンプルが含まれています。

もしも、カモオアレワからのサンプルリターンが実現すれば、“ルナ24号”のサンプルと比較することで、この説が正しいかどうかわかりますね。


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小惑星リュウグウから回収した試料の表面に太陽系の磁場情報を記録した新しい組織を発見

2024年05月04日 | 太陽系・小惑星
今回の研究では、探査機“はやぶさ2”が小惑星リュウグウから回収した試料の表面を詳細に調査しています。

その結果、“マグネタイト(磁鉄鉱)”(Fe3O4)粒子が還元して非磁性となった、似た構造の木苺状組織を発見し、“疑似マグネタイト”(疑似Fe3O4)と命名しています。

さらに、それを取り囲むように点在する渦状の磁区構造を持った多数の鉄ナノ粒子からなる新しい組織も同時に発見したそうです。

今回の研究は、“はやぶさ2”の初期分析チームである“石の物質分析チーム”にょる初期分析の一環として行われました。
この研究は、北海道大学 低温科学研究所の木村勇気教授、ファインセラミックセンターの加藤丈晴主席研究員、同・穴田智史上級研究員、同・吉田竜視上級技師、同・山本和生主席研究員、日立製作所 研究開発グループの谷垣俊明主任研究員、神戸大学大学院 人間発達環境学研究科の黒澤耕介准教授、東北大学大学院 理学研究科の中村智樹准教授、東京大学 理学系研究科の佐藤雅彦助教(現・東京理科大学 准教授)、同・橘省吾教授、京都大学大学院 理学研究科の野口高明教授、同・松本徹特定助教たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、イギリスのオンライン科学誌“Nature Communications”に掲載されました。
図1.宇宙チリが小惑星リュウグウに衝突した痕跡から、リュウグウ試料と、同試料に記録されていた磁場の渦を電子の波で観察したイメージ。(出所: 東大Webサイト)
図1.宇宙チリが小惑星リュウグウに衝突した痕跡から、リュウグウ試料と、同試料に記録されていた磁場の渦を電子の波で観察したイメージ。(出所: 東大Webサイト)


宇宙風化作用の痕跡

宇宙風化作用の痕跡を調べることで、天体表面の年代に関する情報など、惑星間プロセスを理解できると考えられています。

これまでの試料の初期分析からも、その痕跡として、小惑星内部で水質変質により形成される主要鉱物の“層状ケイ酸塩”が、太陽風や宇宙チリの衝突によって部分的に脱水した組織だということが確認されています。

このように、層状ケイ酸塩に対する宇宙風化作用は徐々に解明されつつあります。
でも、もう一つの重要鉱物であるFe3O4の宇宙風化作用に関する研究は限られていました。

そこで、今回の研究では、宇宙風化作用を受けたFe3O4をさらに詳細に分析しています。

まず、収束イオンビーム加工装置を用いて試料の超薄切片を作成。
宇宙風化作用を受けている試料表面のFe3O4粒子の磁束分布が、ナノスケールの磁場を可視化できる電子線ホログラフィ(EBH)専用電子顕微鏡(TEM)により直接観察が行われました。


天然のハードディスク

さらに、通常のTEMによる微細組織観察、結晶構造解析、元素組成分析、電子エネルギー損失分光分析も実施されています。

超薄切片中のFe3O4粒子の通常TEM像と対応する磁束分布像から、同粒子内には渦状の磁区構造を観察。
同構造は非常に安定していたので、46億年以上にわたって磁場を記録し続けることが可能でした。

つまり、同粒子は初期太陽系の星雲磁場という重要な環境情報を記録している天然のハードディスクと言えます。
図2.試料から切り出されたFe3O4粒子(丸い粒子)。(A)EBHにより得られた磁束分布像。粒子内にある同心円状の縞は磁力線に相当。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般的なハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場の記録を保持できる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図2.試料から切り出されたFe3O4粒子(丸い粒子)。(A)EBHにより得られた磁束分布像。粒子内にある同心円状の縞は磁力線に相当。これは渦状磁区構造と呼ばれ、一般的なハードディスクよりも安定で、46億年以上にわたって磁場の記録を保持できる。(出所: 北大プレスリリースPDF)


磁石としての性質が失われた粒子

また、同じ資料の異なる領域から切り出された超薄切片のTEM像と磁束分布像においても、同様の粒子(水質変質を経験した隕石によく見られるFe3O4粒子からなる“木苺状組織”)が確認されています。

でも、同粒子の磁場計測から示されたのは、渦状構造ではなく、のっぺりとした均質のコントラストだったんですねー

つまり、同粒子はFe3O4に似た組織ですが、実際にはFe3O4の特徴である磁石としての性質が失われていたことになります。

詳細な分析で分かったのは、同粒子はFe3O4と、それが還元することで形成される“ウスタイト”(FeO)の両方の特徴を持っていること。
これまでに知られていないタイプの木苺状組織だったので、疑似Fe3O4と命名されました。
図3.試料から切り出された超薄切片に含まれていた疑似Fe3O4(丸い粒子)。(A)TEM像。(B)大きな四角で示された領域をEBHで観察した結果得られた磁束分布像。粒子内に磁力線に相当する縞模様は見られないので、磁区構造がないことが分かる。オレンジの点線の小さな四角の領域は、画像4(C)に示されている。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図3.試料から切り出された超薄切片に含まれていた疑似Fe3O4(丸い粒子)。(A)TEM像。(B)大きな四角で示された領域をEBHで観察した結果得られた磁束分布像。粒子内に磁力線に相当する縞模様は見られないので、磁区構造がないことが分かる。オレンジの点線の小さな四角の領域は、画像4(C)に示されている。(出所: 北大プレスリリースPDF)


太陽系の磁場情報を記録した新しい組織

さらに、その周囲には鉄ナノ粒子が多数存在していて、その磁場も観察。
すると、Fe3O4同様の渦状磁区構造が示され、鉄ナノ粒子も長期間にわたって、その形成時の磁場情報を保持できることが示されました。
図4.疑似Fe3O4の周囲に分布している鉄ナノ粒子。(A)画像3の左上の領域を走査型TEMで撮影した暗視野像(画像3とは白黒が反転)。(B)対応する鉄の分布像。矢印は鉄ナノ粒子。(C)(A)と(B)の中央領域(画像3(A)の小さな四角の領域)の磁束分布像。疑似Fe3O4には磁力線が見られない一方、鉄粒子内には同心円状の渦状磁区構造が見られる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図4.疑似Fe3O4の周囲に分布している鉄ナノ粒子。(A)画像3の左上の領域を走査型TEMで撮影した暗視野像(画像3とは白黒が反転)。(B)対応する鉄の分布像。矢印は鉄ナノ粒子。(C)(A)と(B)の中央領域(画像3(A)の小さな四角の領域)の磁束分布像。疑似Fe3O4には磁力線が見られない一方、鉄粒子内には同心円状の渦状磁区構造が見られる。(出所: 北大プレスリリースPDF)
詳細な組織観察と元素分布から、疑似Fe3O4と鉄ナノ粒子は宇宙チリの衝突による過熱で形成されたこと、1回の衝突で残留磁化計測が可能となる~1万個ほどの同粒子が形成されることが分かりました。

さらに、このような組織の形成条件について、把握済みの試料の正確な物性値を用いた詳細なシミュレーションを実施。
その結果、星雲磁場が消滅した後の時代に、小惑星リュウグウの母天体に直径2~20マイクロメートルの非常に小さい宇宙チリが秒速5キロ以上の速度で衝突することで、同組織が形成されることが分かりました。
図5.宇宙チリが小惑星リュウグウ表面へ衝突する様子の一例(時間経過は左→右)。最終的な温度が色で示されている。黄色領域ではFe3O4が熱で分解して還元される。衝突体の半径と同程度の厚みまで加熱されていることが分かる。国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの計算機を使用してシミュレーションが行われた。(出所: 北大プレスリリースPDF)
図5.宇宙チリが小惑星リュウグウ表面へ衝突する様子の一例(時間経過は左→右)。最終的な温度が色で示されている。黄色領域ではFe3O4が熱で分解して還元される。衝突体の半径と同程度の厚みまで加熱されていることが分かる。国立天文台天文シミュレーションプロジェクトの計算機を使用してシミュレーションが行われた。(出所: 北大プレスリリースPDF)
これにより、同組織は、水質変質が終わった後の時代における太陽系の磁場情報を記録した新しい組織だと結論付けられました。

今回発見された鉄ナノ粒子は、高い磁気安定性を示す渦状磁区構造を有していて、衝突時に形成された当時の磁場情報を記録している可能性があります。
このことから、初期太陽系のより幅広い磁場環境の理解につながることが、今後期待されます。


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