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衝撃波による加熱はどのようにして起こるのか? 宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つ銀河団合体を観測

2024年07月06日 | 銀河・銀河団
宇宙は、銀河、星、ガス、そして目に見えないダークマターが複雑に絡み合い、重力によって支配された広大な空間です。

その中で銀河団は、最大で数千もの銀河が集まり、高温のプラズマに包まれ、巨大なダークマターのハローに囲まれた、宇宙最大の構造物として知られています。
この銀河団の形成と進化は、宇宙の構造形成と進化を理解する上で重要なカギを握っていると言えます。

銀河団は、静的な存在ではなく、絶えず進化し、互いに影響を及ぼし合っています。
その進化において、特に重要な役割を果たすのが、銀河団同士の合体です。
銀河団の合体は、ビッグバン以来、宇宙で最もエネルギーの高い現象の一つで、莫大な量のエネルギーを開放し、銀河団の構造と進化に劇的な変化をもたらします。

銀河団の合体が起こると、銀河団内媒体(ICM)と呼ばれる、銀河団内の銀河間空間に存在する高温プラズマは、激しい衝撃波と乱流にさらされます。
これらの衝撃波は、銀河団内媒体を加熱し、磁場を増幅し、超相対論的粒子の加速を引き起こすなど、銀河団の物理的性質に大きな影響を与えることになります。

このため、衝撃波は銀河団合体の過程を理解するための貴重な手掛かりとなります。
衝撃波面は、銀河団内媒体の密度、温度、圧力の急激な変化として観測され、その形状や強度から、合体の進行状況やエネルギー解放のメカニズムを推測することができます。

衝撃波の強さは、マッハ数と呼ばれる無次元量で表されます。
マッハ数は、流体の速度と音速の比で、マッハ数が大きいほど衝撃波は強く、銀河団内媒体へのエネルギー注入も大きくなります。

今回の研究では、赤方偏移z=0.34に位置する合体銀河団“SPT-CLJ 2031-4037”を、X線天文衛星を用いて観測。
その結果に焦点を当てています。
この銀河団は、約800兆太陽質量という質量を持ち、X線光度は1.04×1045erg/sと推定されています。
この研究は、アラバマ大学のPurva Diwanjiさんが率いる研究チームが進めています。
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)
図1.“SPT-CLJ 2031-4037”の0.5‐7.0keVエネルギー領域の点光源を除去し、σ=3ガウスで平準化した露出補正画像。北が上、東が左。北西に一次衝撃波、南東に表面輝度エッジが見える。最も明るいX線のピークは表面輝度エッジの後ろにあり、青い十字で示されている。一次衝撃波の後方にもX線のピークがあり、赤い十字で示されている。緑の線は“チャンドラ”の等高線。(Credit: Diwanji et al., 2024.)


非常に激しいエネルギー現象“銀河団合体”

今回の研究では、NASAのX線天文衛星“チャンドラ”を用いて“SPT-CLJ 2031-4037”を観測。
“チャンドラ”は、高温プラズマからのX線を観測することに特化した高性能なX線天文衛星で、銀河団の衝撃波の研究に威力を発揮します。

“チャンドラ”の観測データから明らかになったのは、“SPT-CLJ 2031-4037”には2つの衝撃波面が存在することでした。
強い衝撃波面は北西に、弱い衝撃波面は南東(南東端)に位置していました。
強い衝撃波面では、表面輝度のエッジを挟んで密度が3.16倍に跳ね上がり、マッハ数は3.36。
一方、弱い衝撃波面では、密度の跳ね上がりは1.53倍、マッハ数は1.36でした。

この観測結果が示唆しているのは、“SPT-CLJ 2031-4037”における銀河団合体が非常に激しいエネルギー現象ということ。
特に、強い衝撃波面のマッハ数3.36は、これまでに“チャンドラ”によって発見された合体衝撃波面の中でも、非常に高い値でした。


衝撃波による銀河団内媒体の過熱メカニズム

衝撃波は、銀河団内媒体の過熱に重要な役割を果たすと考えられています。
でも、その具体的なメカニズムについては、まだ完全には解明されていません。

現在、提案されているのは、大きく分けて以下の2つのモデルになります。

1.衝突平衡モデル
このモデルでは、衝撃波面通過後にイオンと電子が衝突を繰り返すことでエネルギーを交換し、最終的には熱平衡状態に達すると考えられています。

2.瞬間衝撃波加熱モデル
このモデルでは、衝撃波面通過時にイオンが電子よりも効率的に加熱。その後、熱伝導などによって電子の温度が上昇すると考えられています。

“SPT-CLJ 2031-4037”の観測データが示していたのは、衝突平衡モデルを支持する結果。
観測された衝撃波の電子温度は、瞬間衝撃波加熱モデルで予測される温度よりも低く、衝突平衡モデルの予測に近い値でした。


合体による銀河団の進化

“SPT-CLJ 2031-4037”での強い衝撃波面の発見は、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズムを理解する上で、重要な手掛かりとなります。

銀河団合体は、宇宙の大規模構造の進化、銀河の形成と進化、宇宙の物質進化など、様々な宇宙論的な問題と密接に関係しています。
なので、“SPT-CLJ 2031-4037”のような合体銀河団の観測は、これらの問題を解明するために不可欠と言えます。

今後のより詳細な観測を通して、銀河団合体における衝撃波加熱のメカニズム、ひいては宇宙の進化と構造形成に関する理解が深まることが期待されます。

銀河団は、宇宙の進化と構造形成において重要な役割を果たしています。
にもかかわらず、その形成過程や進化の詳細については、まだ多くの謎が残されています。

例えば、以下のようなものがあります。
1.銀河団の質量の大部分を占めるダークマターの正体は何なのか?
2.銀河団内媒体はどのように加熱されるのか?
3.銀河団内の磁場はどのように生成され、進化しているのか?

これらの謎を解き明かすために、世界中の研究者が観測や理論の両面から精力的に研究を進めています。
今後、より高性能な宇宙望遠鏡やスーパーコンピュータの登場により、銀河団の研究はますます進展していくことが期待されます。


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133億光年彼方の銀河“SPT0615-JD1”内に5つの若い星団を発見! 宇宙再電離時代に高密度で大規模な星団が形成されていた

2024年07月05日 | 銀河・銀河団
私たちの天の川銀河には、何十億年もの間、自らの重力で集団を保ちながら生き延びてきた星団“球状星団”(※1)があります。
※1.恒星の集まり。特に、恒星同士の重力で集団を保つ星団を自己重力星団と呼ぶ。今回見つかった5つの星団は自己重力星団だということが分かった。星団のうち数百万個以上の恒星が重力で集合し、概ね球状の形をとったものを球状星団と呼ぶ。数百光年以内に数万個以上の恒星が密集している。
球状星団は、宇宙初期に生まれた、いわば化石のような天体だと考えられています。
でも、いつどこで形成されたのかは、未だに良く分かっていませんでした。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡(※2)を用いて、宇宙年齢4億6千万年の時代に銀河“SPT0615-JD1”内に、5つの若い星団を発見。(“SPT0615-JD1”の別名はコズミック・ジェムズ・アーク(Cosmic Gems arc)は、宇宙宝石の円弧を意味する。)
発見した星団は、これまでの中で最遠方のもの、球状星団の祖先となる可能性がありました。
※2.ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、NASAが中心になって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用宇宙望遠鏡。ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として、2021年12月25日に打ち上げられ、地球から見て太陽とは反対側150万キロの位置にある太陽―地球間のラグランジュ点の1つに投入され、ヨーロッパ宇宙機関と共同で運用されている。名称はNASAの第2代長官ジェームズ・E・ウェッブにちなんで命名された。わずか2年の間に、初期宇宙の銀河の観測で革新的な成果を数多く上げている。本研究の成果もその一つとなる。
このことから分かったのは、発見された星団は天の川銀河の球状星団より質量が大きく、恒星の数密度が非常に高いことです。
この発見により、初期宇宙の若い銀河で球状星団がどのように誕生したのかを、解明する大きな一歩になると期待されます。
さらに、銀河の進化にとって重要な大質量星や、ブラックホールの種の形成についても、新たな視点をもたらす可能性があるようです。
この研究は、早稲田大学、千葉大学、名古屋大学、筑波大学などの天文学者の国際チームが進めています。
本研究の成果は、2024年6月24日付のイギリスの科学雑誌“Nature”の電子版に、“Bound star clusters observed in a lensed galaxy 460 Myr after the Big Bang”としてオンライン掲載されました。
図1.今回発見された星団。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, L. Bradley (STScI), A. Adamo (Stockholm University) and the Cosmic Spring collaboration)
図1.今回発見された星団。(Credit: ESA/Webb, NASA & CSA, L. Bradley (STScI), A. Adamo (Stockholm University) and the Cosmic Spring collaboration)


宇宙再電離時代に存在した銀河“SPT0615-JD1”

宇宙が誕生したと考えられているのは約138億年前のこと。
その約4億6000万年後、宇宙はまだ若く、星や銀河が形成され始めたばかりの時代でした。
この時代は“宇宙再電離時代”(※3)と呼ばれ、宇宙の進化において重要な転換期にあたります。
※3.生まれたばかりの宇宙は、電子や陽子、ニュートリノが密集して飛び交う高温のスープのような場所で、電離した状態にあった。でも、宇宙が膨張し冷えるにしたがって、電子と陽子は結びつき電気的に中性な水素が作られる。この時代には、光を放つ天体はまだ生まれていなかったので“宇宙の暗黒時代”と呼ばれている。その後、宇宙で初めて生まれた星や銀河が放つ紫外線により水素が再び電離されていく。これにより、宇宙に広がっていた中性水素の“霧”が電離されて晴れていく。この現象を“宇宙再電離”と呼ぶ。今回発見された星団は、宇宙再電離を引き起こした紫外線源という可能性もある。
銀河“SPT0615-JD1”は、この宇宙再電離時代に存在した銀河の一つで、地球からは非常に遠方に位置しています。
その距離は約133億光年、つまり133億年前の姿が今の地球に届いていることになります。

もちろん、そのような遠方の天体を観測することは容易ではありません。
でも、“重力レンズ効果”と呼ばれる現象を利用することで、より鮮明な観測が可能になります。

重力レンズ効果は、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象。
光源と重力源との位置関係によっては、複数の像が見えたり、弓状に変形した像が見えたりする効果があります。

対象となった“SPT0615-JD1”は、“SPT-CL J0615-5746”という前景の銀河団による重力レンズ効果により、長辺がおよそ100倍に拡大されて観測。
取得された画像には、小さな輝点の連鎖が、鏡に映したように対象に並んでいました。

今回の研究では、この重力レンズ効果を利用することで、“SPT0615-JD1”をこれまで以上に詳細に観測することに成功しています。


非常に狭い領域に密集している5つの若い星団

“SPT0615-JD1”の観測に用いられたのは、最新の宇宙望遠鏡“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”でした。
観測の結果は驚くべきもので、“SPT0615-JD1”の中に5つの星団が存在することが明らかになります。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が無ければ、このような若い銀河の星団を見つけることはできなかったはず。
今回の観測結果は、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の驚異的な感度と解像度が、巨大な前景銀河団による重力レンズ効果と相まっ出たものでした。

星団とは、数百から数百万個の星々が密集して形成された天体のことです。
発見された星団は、いずれも形成から5000万年未満と非常に若く、チリや金属が非常に少ないという特徴を持っていました。
また、その質量は太陽の約100万倍と見積もられていて、これは天の川銀河で見られる一般的な若い星団よりもはるかに大規模なものと言えます。

さらに、これらの星団が位置しているのは、わずか70パーセク(約230光年)という領域内…
5つの星団は、非常に狭い領域に密集していることになります。

重力レンズ効果による拡大を考慮すると、それぞれの星団の実際の大きさは約1パーセク(約3.26光年)と推定されます。
これは、局所宇宙における典型的な若い星団と比べて、約1000倍も高い星密度に相当していました。

このことは、星団の内部で起こっている何らかの物理過程を示唆するもので、銀河の進化にとって重要な大質量星や、ブラックホールの種の形成について新たな視点を与えてくれるはずです。

初期宇宙に存在する超大質量ブラックホールの起源などを説明するのに、高密度な星団中でブラックホールの合体頻度が高まることで、より大質量なブラックホールが誕生するという仮説や、恒星同士の合体が暴走的に起こることで超大質量の恒星が誕生するという仮説などが、理論的に提案されてきました。
今回発見された高密度な星団は、まさにその舞台となる可能性を秘めていると言えます。


宇宙再電離時代の銀河進化に新たな知見

これらの観測結果から、研究チームはこれらの星団が重力的に束縛された星系“原始球状星団”である可能性が高いと結論付けています。
原始球状星団は、数十万~数百万個の星が球状に密集した天体で、銀河の形成と進化において重要な役割を果たしたと考えられています。

これまでの観測では、宇宙初期に球状星団が形成された証拠は、ほとんど得られていませんでした。
でも、“SPT0615-JD1”の観測結果は、宇宙再電離時代という宇宙初期においても、すでに球状星団の形成が始まっていたことを示唆しています。

今回の研究は、“SPT0615-JD1”の観測を通して、宇宙再電離時代における星団形成と銀河の進化に関する新たな知見をもたらしました。
特に、高密度で大規模な星団が宇宙初期に既に形成されていた可能性は、これまでの銀河形成モデルに再考を迫る重要な発見です。

今後、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡をはじめとする次世代望遠鏡を用いた更なる観測により、宇宙初期の星団形成と銀河進化の謎が、さらに解き明かされることが期待されます。


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天の川銀河を公転する衛星銀河はいくつあるのか? ダークマターの塊の中でどのようにして星ができて銀河に進化するのか

2024年07月01日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラが撮像した最新のデータの中から、私たちの住む天の川銀河に付随する衛星銀河を新たに2個発見しています。

研究チームが以前に発見した衛星銀河も合わせると、天の川銀河の周りには、理論予測の倍以上の衛星銀河が存在することが明らかになりました。
このことは、銀河の形成史とそれを左右するダークマターの性質に対して、新たな問題を投げかける発見となるようです。
この研究は、本間大輔(国立天文台)、千葉柾司(東北大学)、小宮山裕(法政大学)、田中賢幸(国立天文台)、岡本桜子(国立天文台)、田中幹人(法政大学)、石垣美歩(国立天文台)、林航平(仙台高専)、有本信雄(元国立天文台)、Robert H. Lupton(プリンストン大学)、Michael A. Strauss(プリンストン大学)、宮崎聡(国立天文台)、Shiang-Yu Wang(台湾中央研究院天文及天体物理研究所)、村山斉(東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構)たちの研究チームが進めています。
本研究の成果は、天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”の電子版に、Homma et al. 2024, "Final Results of Search for New Milky Way Satellites in the Hyper Suprime-Cam Subaru Strategic Program Survey: Discovery of Two More Candidates"として2024年6月8日付で掲載されました。
図1.おとめ座の方向で見つかった矮小銀河“Virgo III”の位置(左図)と、その星々(右図;白丸で囲まれた天体)。矮小銀河には暗い星しかないので、星がまとまって存在している部分を探し出して、その存在を同定する。右図の破線の内側にメンバー星が集中している。(Credit: 国立天文台/東北大学)
図1.おとめ座の方向で見つかった矮小銀河“Virgo III”の位置(左図)と、その星々(右図;白丸で囲まれた天体)。矮小銀河には暗い星しかないので、星がまとまって存在している部分を探し出して、その存在を同定する。右図の破線の内側にメンバー星が集中している。(Credit: 国立天文台/東北大学)


より大きな銀河の周囲を公転する銀河

重力の相互作用により、より大きな銀河の周囲を公転する銀河を衛星銀河(伴銀河ともいう)と呼びます。
私たちの住む天の川銀河には、周囲を公転している“衛星銀河”が50個以上見つかっていて、大マゼラン雲と小マゼラン雲もその衛星銀河に含まれています。

それでは天の川銀河には、いくつの衛星銀河があるのでしょうか?
このことは長年、天文学者が抱えてきた重大な問題になっています。

宇宙初期の急加速膨張“インフレーション”の際に生じた密度ゆらぎがもとになり、ダークマターの密度の空間的なゆらぎが重力によって成長。
そのダークマターの重力に引き寄せられた水素やヘリウムが集まり、星や銀河が作られてきたと考えられています。

もちろん衛星銀河も例外ではないので、その数の問題はダークマターの性質、つまりその正体に関わっているはずです。

ダークマターの標準理論(※1)では、天の川銀河のような銀河の周りには千を超えるダークマターの塊と、それに対応する小さな銀河、つまり衛星銀河が存在すると予測されていました。
※1.標準理論では、ダークマターの正体は質量に対する運動エネルギーが低い“冷たい暗黒物質”と呼ばれる素粒子群とされている。
でも、これまでの観測で見つかっているのは数十個の衛星銀河… (図2)
この、ダークマターの標準理論と観測との数の食い違いは、“ミッシングサテライト問題”と呼ばれてきました。

この問題を解決するには、ダークマターの正体が標準理論と異なるもので塊の数がもっと少ないのか、あるいはダークマターの塊の中でガスから星が生まれる過程に問題があるのかを解明する必要があります。
図2.天の川銀河の衛星銀河の3次元地図。天の川銀河円盤の面を水平面に取っている。青四角は大・小マゼラン雲、赤円はその他の衛星銀河で、可視の絶対等級が暗いほど小さなサイズで描画されている。本研究で新たに発見された2つの銀河“Virgo III”と“Sextans II”の位置は矢印で示されている。(Credit: 国立天文台/東北大学)
図2.天の川銀河の衛星銀河の3次元地図。天の川銀河円盤の面を水平面に取っている。青四角は大・小マゼラン雲、赤円はその他の衛星銀河で、可視の絶対等級が暗いほど小さなサイズで描画されている。本研究で新たに発見された2つの銀河“Virgo III”と“Sextans II”の位置は矢印で示されている。(Credit: 国立天文台/東北大学)


まだ発見されていない暗い衛星銀河を探す

ミッシングサテライト問題の解決へのもう一つの糸口として、まだ発見されていない暗い衛星銀河(矮小銀河)(※2)が、天の川銀河の遠方に多く存在している可能性も考えられていました。
※2.光度が暗く小さな銀河を矮小銀河と呼ぶ。
そのような暗い矮小銀河の探査に威力を発揮するのが、8.2メートルという大口径を持つすばる望遠鏡と超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”の組み合わせです。

とても暗い天体を空の広い範囲から探す上で、すばる望遠鏡と“HSC”は世界最強のコンビと言えます。
今回の研究では、“HSC”を用いて広い天域を観測する大規模サーベイ“すばるHSC戦略枠観測プログラム(HSC-SSP)”で得られたビッグデータから、矮小銀河の探査を進めています。(図3)

“HSC-SSP”のデータは、解析後に順次公開されていきます。
その中から、これまでに研究チームは、おとめ座、くじら座、うしかい座の方向に、次々と新しい矮小銀河を見つけてきました(それぞれVirgo I、Cetus III、Bootes IV)。
そして今回、最新の公開データからは、新たに2個の矮小銀河“Virgo III”と“Sextans II”を発見しています。

これらは全て、太陽系から30万光年以上離れた距離にあることも分かりました。
図3.“HSC-SSP”で観測された天域(赤戦で囲んだ領域)。これまで知られていた衛星銀河を黒四角、新たに発見したものを白三角と星印で示している。(Credit: 国立天文台/東北大学)
図3.“HSC-SSP”で観測された天域(赤戦で囲んだ領域)。これまで知られていた衛星銀河を黒四角、新たに発見したものを白三角と星印で示している。(Credit: 国立天文台/東北大学)


衛星銀河とダークマターの関係

“HSC-SSP”の天域(図3、約1140平方度)には、以前から4個の矮小銀河が知られていました。
なので、研究チームによる発見を合わせると、見つかった矮小銀河の数は合計で9個になります。

実は、この数は最新の理論で予想される衛星銀河の数をかなり上回るんですねー
この背景として、ミッシングサテライト問題を発端に、矮小銀河の形成を抑える過程の理論研究の展開もありました。

そして、最新の最も確からしい分析から予測されるのは、天の川銀河には全部で220個程度の衛星銀河が存在すること。
これを“HSC-SSP”の観測天域と観測可能な明るさの限界に適用すると、3個から5個の衛星銀河が見つかることになります。

でも、実際には9個の衛星銀河が見つかっているので、天の川銀河全体に換算すると、少なくとも500個の衛星銀河が存在することになってしまいます。
今度は“ミッシングサテライト問題”ではなく、“衛星銀河が多すぎる問題”に直面することになりました。

これは、衛星銀河と同程度の大きさのダークマターの塊の中で、一体どのようにして星ができて銀河になるのか、という基本的な物理過程の問題と考えられます。

現状では、星の形成にブレーキをかけすぎた結果になっているので、その過程を計算する精度が足りていないのか、あるいは、見落とされている物理過程があるのか、などを再検討する必要がありそうです。

ただ、少なくとも当初のミッシングサテライト問題は解決できそうな状況で、ダークマターの標準理論が生き残れる状況になってきたと言えます。

一方、今後はより広い天域で、さらに暗い矮小銀河まで探査範囲を拡げ、衛星銀河の個数の統計精度を上げていく必要があります。
その一つに、アメリカが中心となって南米チリに建設中のヴェラ・C・ルービン天文台の“大型シノプティック・サーベイ望遠鏡(LSST)”が行う大規模探査があります。

望遠鏡のあるチリから観測できる天域全てを探査する観測が始まるのは来年の予定。
多くの新しい衛星銀河が発見され、ダークマターとその中の銀河形成過程が抱える問題が一挙に解決されることが期待されます。


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“JADES-GS-z14-0”が観測史上最も遠い銀河の記録を更新! 初期の宇宙では恒星の誕生や銀河の進化は想像以上に速かった

2024年06月17日 | 銀河・銀河団
宇宙に無数に存在する銀河は、いつ誕生したのでしょうか?

このことは、よく分かっていないんですねー
ただ、初期の宇宙に存在する銀河の数や大きさは、宇宙がどのように誕生したのかを探る上での基礎的な情報となります。

今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測によって、観測史上最も遠い銀河“JADES-GS-z14‐0”と、2番目に遠い銀河“JADES-GS-z14-1”を発見したことを報告しています。

特に、“JADES-GS-z14‐0”は、その距離にもかかわらず非常に明るい銀河なので、宇宙における銀河の形成過程を見直す必要があるのかもしれません。
この研究は、ピサ高等師範学校のStefano Carnianiさんを筆頭とする国際研究チームが進めています。
本研究の内容は、特定の科学誌に論文が掲載される前のプレプリントに基づいているので、正式な論文が投稿された場合、掲載内容と論文とにズレが生じる可能性があります。
図1.拡大領域の赤い部分が銀河“JADES-GS-z14‐0”。左上に無関係な銀河が重なって見えていることが分析を困難にした。(Credit: NASA、ESA、CSA、STScI、Brant Robertson(UC Santa Cruz)、Ben Johnson(CfA)、Sandro Tacchella(Cambridge)& Phill Cargile(CfA))
図1.拡大領域の赤い部分が銀河“JADES-GS-z14‐0”。左上に無関係な銀河が重なって見えていることが分析を困難にした。(Credit: NASA、ESA、CSA、STScI、Brant Robertson(UC Santa Cruz)、Ben Johnson(CfA)、Sandro Tacchella(Cambridge)& Phill Cargile(CfA))


赤外線で初期の銀河を観測する

現在の宇宙には恒星が無数に存在していて、その恒星が集団となった銀河もまた無数に存在しています。

銀河は、物質が高密度に集合して恒星が多数誕生する現場となっています。
また、寿命を迎えた恒星からは重元素が拡散することから、銀河は惑星や生命の誕生にも間接的ながら重要な役割を果たしていると言えます。

では、銀河は宇宙誕生後、どの段階で誕生し進化したのでしょうか?

銀河がどのように形成されて進化してきたのかを探るには、初期の銀河を探ることが重要となります。
でも、初期の銀河からの光は非常に暗い上に、宇宙の膨張により遠方銀河からの光ほど赤方偏移(※1)するため、発した時は可視光線であっても地球に届くまでに赤外線にまで波長が引き伸ばされてしまいます。
※1.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移(記号z)の度合いを用いて算出されている。
そのため、“初期銀河”のようなビッグバンから数億年後に誕生したと予測される銀河を観測するには、赤外線での観測が必須となるんですねー

そこに登場したのが、NASAが中心となって開発した口径6.5メートルの赤外線観測用の“ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡”です。

2022年に本格的な運用を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡により、遠方宇宙においてこれまでの望遠鏡と比べて10倍から1000倍も高い感度での観測が可能になり、個別の遠方銀河の性質を詳細に調べることが可能になりました。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された非常に遠い銀河の候補。右側に行くほど遠い位置にあることを示している。ただ、きちんと距離が分析されたのは赤い点のみ。残りの青い点は候補で、この先の研究で距離が変更される可能性がある。(Credit: Stefano Carniani, et al.)
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された非常に遠い銀河の候補。右側に行くほど遠い位置にあることを示している。ただ、きちんと距離が分析されたのは赤い点のみ。残りの青い点は候補で、この先の研究で距離が変更される可能性がある。(Credit: Stefano Carniani, et al.)
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、観測開始の初年度に宇宙誕生から約6億5000万年以内の時代に存在したと見られている銀河を数百個発見しています。

その中には、今回の研究成果が発表されるまで観測史上最も遠い銀河だった“JADES-GS-z13‐0”も含まれていました。

ただ、赤方偏移の強い銀河であるように見えても、実際にはもっと近い距離にある天体を誤認している可能性もあります。
距離が正しいかどうかは、赤方偏移以外の性質を詳細に調べる必要があり、大幅に間違った推定をしていたことが、その作業の過程で発覚した天体もありました。

例えば、“CEERS-93316”という天体は、2022年7月の発見当初は観測史上最も遠い天体として発表されています。
でも、2023年5月になって、実際にはその後の作業過程でずっと近い天体だと発表されています。


観測史上最も遠い銀河の記録を更新

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測プログラムの一つ“JADES(JWST Advanced Deep Extragalactic Survey)”では、“JADES-GS-z13‐0”を含め、非常に遠方にあると思われる銀河が複数見つかっています。

その中に含まれていたのは、“JADES-GS-z13‐0”の赤方偏移の値13.20を上回る、14以上と推定された3個の天体。
これらの天体は、いずれも2022年にジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ“NIRCam”と近赤外線分光装置“NIRSpec”を用いて得られた観測データを元に推定されていました。

この3個の天体は、単純に考えれば観測史上最も遠い銀河の記録を更新することになります。

でも、この記録は確定的では無かったんですねー
特に、3個の中で最も遠いかもしれない銀河の候補は、より近い距離にあると推定される別の銀河が部分的に重なっていたので、慎重な分析が必要とされたからです。

2023年10月には、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“NIRSpec”と中間赤外線観測装置“MIRI”を使用して観測を実施。
別の銀河が重なっている候補を含む3個とも、実際に遠方の天体である可能性が高まったものの、まだ決定的ではありませんでした。


赤方偏移の値が14を超える2つの銀河

今回の研究では、2024年1月に実施した“NIRSpec”による合計10時間の追加観測で得られたデータと、過去の観測データを組み合わせて分析を行い、決定的な答えを得ています。

まず、3個のうち1個の天体は、詳しい分析を行うのに必要なデータの一部が不完全なことで、分析から除外されることになります。
次に、残りの2個は分析を行えるだけのデータが揃っていたので、暫定的に“JADES-GS-z14‐0”および“JADES-GS-z14-1”と名付けられました。(※2)
※2.この暫定名が付けられるまで、“JADES-GS-z14‐0”には“JADES-GS-53.08294-27.85563”、“JADES-GS-z14‐1”にはJADES-GS-53.07427‐27.88592“”というIDが付与されていた。後ろの長い数字の部分は、天球における座標を表している。
詳しい分析で分かってきたのは、それぞれの赤方偏移の値が“JADES-GS-z14‐0”は約14.32、“JADES-GS-z14‐1”は約13.90ということ。
このことから、“JADES-GS-z14‐0”は地球から約338.1億光年彼方に位置する135.0憶年前の宇宙に存在、“JADES-GS-z14‐1”は地球から約336.2億光年彼方に位置する134.9憶年前の宇宙に存在、で間違いないという結論が得られています。

これらの値は、これまで最遠記録となっていた“JADES-GS-z13‐0”(地球から約333.0億光年彼方に位置する134.7憶年前の宇宙に存在)を上回るもの。
このため、観測史上最遠の銀河は“JADES-GS-z14‐0”、2番目は“JADES-GS-z14‐1”となりました。
図3.“JADES-GS-z14‐0”の赤外線スペクトル(光の波長ごとの強度分布)。赤い線は水素から発せられる放射で、赤方偏移による波長のズレから距離が推定できる。(Credit: NASA、ESA、CSA & Joseph Olmsted(STScI))
図3.“JADES-GS-z14‐0”の赤外線スペクトル(光の波長ごとの強度分布)。赤い線は水素から発せられる放射で、赤方偏移による波長のズレから距離が推定できる。(Credit: NASA、ESA、CSA & Joseph Olmsted(STScI))


恒星の誕生や銀河の進化は想像以上に速かった

この2つの銀河のうち、特に注目されるのは観測史上最も遠い銀河となった“JADES-GS-z14‐0”でした。

まず、“JADES-GS-z14‐0”で注目されるのは、その大きさです。
“JADES-GS-z14‐0”の直径は、現在の宇宙における銀河と比べれば、かなり小ぶりな約1700光年(260±20パーセク)。
でも、この大きさは、宇宙誕生からわずか約2億9000万年後に存在した銀河としては、驚異的なものになるんですねー

また、“JADES-GS-z14‐0”はジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の“MIRI”による2023年10月の観測でもとらえられていて、赤方偏移によって引き伸ばされた可視光線領域のスペクトルを復元することに成功しています。

その結果、“JADES-GS-z14‐0”には水素と酸素の電離したガスが存在することが示されました。
宇宙誕生直後から存在する水素はともかく、恒星の内部での核融合反応でしか生成されない酸素が、恒星から離脱した状態で大量に存在するというのは驚くべき発見でした。

恒星内部の核融合反応で生成された酸素などの重元素(※3)は、恒星の星風や超新星爆発によって周囲に放出され、やがて新たな世代の星に受け継がれていくので、宇宙の重元素量は恒星の世代交代が進むとともに増えていくことになります。
※3.水素とヘリウムよりも重い元素のことを天文学では“重元素”と呼ぶ。重元素のうち、鉄までの元素は恒星内部の核融合反応で生成され、鉄よりも重い元素は超新星爆発などの激しい現象にともなって生成されると考えられている。
なので、大量の酸素の存在は、約2億9000万年後の宇宙では、いくつかの恒星がすでに寿命を終え世代交代が進んでいることを意味し、恒星内部の核融合反応で生成された重元素がばら撒かれることで、豊富に存在するということです。

“JADES-GS-z14‐0”の大きさと酸素の存在は、これまでの推定よりも恒星の誕生や銀河の進化が速かったことを示しています。

また、非常に良く似た銀河である“JADES-GS-z14‐1”が見つかっていることを考えると、宇宙誕生から約3億年後の宇宙には、これまでの推定の10倍以上もの銀河が存在したようです。
これらは、これまでの理論モデルやシミュレーションでは全く説明がつかないことです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いた観測は、これから10年かけて様々なものが予定されています。
特に、初期宇宙の観測に関しては、他の望遠鏡が何年もかけて行ってきた観測を、わずか数時間で終わらせるほどの性能を誇っているんですねー
なので、今後数年かけて“JADES-GS-z14‐0”のような銀河を多数観測すれば、初期宇宙の見方を完全に書き換えてくれるはずです。
そして、“観測史上最も遠い銀河”の座は、今後何度も更新されていくのでしょうね。


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天の川銀河の円盤部を高速で通過した天体の痕跡を発見! 初めて確認された見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー

2024年06月10日 | 銀河・銀河団
今回の研究では、天の川銀河の比較的静穏な領域で、異常に広い速度幅(※1)(約40km s-1)を持った分子雲(CO 16.134-0.553)を発見しています。
※1.速度幅とは、天体を構成するガスの運動に起因する、スペクトル線の周波数幅のこと。
この分子雲は膨大な力学的パワーを有し、過去に強い衝撃波を受けた痕跡が見られました。
にもかかわらず、明確なエネルギー供給源が付随していないんですねー

過去の広域データを精査してみると、CO 16.134-0.553がやや大きな分子ガスの膨張球殻状構造(シェル)の一部を構成すること、天の川銀河の当該領域には巨大な原子ガスの“空洞”が存在し、天の川銀河下方には長大な直線状“フィラメント(※2)”が存在していることが分かりました。
※2.フィラメントは細長い空間構造のこと。
これらの空間構造が意味しているのは、天の川銀河のハロー部から降ってきた何らかの天体が、天の川銀河円盤部を高速で通過したこと。
フィラメントの先端に明るい天体が存在しないので、ハロー部から降ってきた天体は、矮小銀河(※3)や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”の可能性が高いと考えられます。
※3.矮小銀河は、数十億個以下の恒星からなる小さな銀河。恒星数は天の川銀河の1/100以下。

この研究は、慶応義塾大学大学院理工学研究科の横塚弘樹(2022年修士課程修了)と同大学理工学部の岡朋治教授の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年3月14日発行のアメリカの天体物理学専門誌“The Astrophysical Journal”に、“Millimeter-wave CO and SiO Observations toward the Broad-velocity-width Molecular Feature CO 16.134–0.553: A Smith Cloud Scenario?”として掲載されました。
天の川銀河に突入した暗黒物質サブハローのイメージ図。(Credit: 慶應義塾大学)
天の川銀河に突入した暗黒物質サブハローのイメージ図。(Credit: 慶應義塾大学)


銀河系ハロー部に広がる高密度な暗黒物質の領域

私たちが住む地球が属する天の川銀河(銀河系)は、2000億~4000億個の恒星や星間ガス、そして大量の暗黒物質から成る巨大な円盤渦巻銀河です。

銀河系は、直径約10万光年の円盤部と中心のバルジ部、それらを取り囲む直径約30万光年のハローで構成されています。
銀河系の円盤部には、恒星とともに諸相の星間ガスが雲状に分布していて、それらの中で主に水素分子で構成される濃い星間ガス雲を“分子雲”と呼びます。

私たちの太陽系が位置しているのは、円盤部の銀河系中心から約2万7千光年離れた場所。
一方、銀河系ハロー部には暗黒物質が広がっていて、その中を約150個の球状星団と50個以上の矮小銀河、そして多数の希薄な水素原子雲などの天体が飛び交っています。

ハロー部の暗黒物質は一様ではなく、各種ハロー天体を取り囲むように高密度な領域が存在していると考えられています。
これを“暗黒物質サブハロー”と呼びます。

ただ、銀河のハロー部で観測される矮小銀河の数が、理論的に予測される暗黒物質サブハローの数に比べて、圧倒的に少ないんですねー
このことは、ミッシング・サテライトという問題となっていました。

今回の研究では、過去に行われた一酸化炭素(CO)回転スペクトル線による天の川広域観測“FUGINサーベイ(※4)”データを使用した“広速度幅構造”探査の過程において、一つの特異分子雲を発見しています。
※4.FUGINサーベイは、野辺山45メートル電波望遠鏡に搭載された従来の10倍の観測効率を実現したFOREST受信機を用いて、一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線による天の川銀河の地図を作ることを目的とした掃天観測(サーベイ)プロジェクト。
この分子雲(CO 16.134-0.553)が位置しているのは、天の川の“たて座”の方向約1万3千光年彼方。
明瞭な対応天体が付随しないのに、約40km s-1もの異常な速度幅を持っていました。

この速度幅は、通常の静穏環境にある分子雲の典型的な速度幅(1-5km s--1)と比較して極めて異常な値で、未知の天体がこの分子雲へのエネルギー供給に関与した可能性が指摘されていました。
図1.(a)CO 16.134-0.553の一酸化ケイ素(SiO)87GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(b)CO 16.134-0.553と“シェル”の一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(c)水素原子21cmスペクトル線積分強度の広域分布。“シェル”付近に“空洞”が、その下方に長大な“フィラメント”が見える。(Credit: 慶應義塾大学)
図1.(a)CO 16.134-0.553の一酸化ケイ素(SiO)87GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(b)CO 16.134-0.553と“シェル”の一酸化炭素(CO)115GHz回転スペクトル線の積分強度図と一速度図。(c)水素原子21cmスペクトル線積分強度の広域分布。“シェル”付近に“空洞”が、その下方に長大な“フィラメント”が見える。(Credit: 慶應義塾大学)


銀河系円盤部を高速で通過した天体

本研究では、国立天文台野辺山宇宙電波観測所(NRO)45メートル電波望遠鏡を用いて、特異分子雲CO 16.134-0.533の詳細な追加観測を実施しています。

観測したスペクトル線は、一般的な星間分子ガスの調査に用いられる一酸化炭素(CO)のJ=1-0回転スペクトル線(115.271GHz)と、強い星間衝撃波の影響を受けた領域で生成される一酸化ケイ素(SiO)のJ=2-1回転スペクトル線(86.847GHz)でした。

この観測の結果、CO 16.134-0.553が約15光年×3光年の空間サイズを有すること、太陽光度の780倍もの力学的パワーを有すること、視線速度が異なる(40km s-1と65km s-1)2つの拡散雲を橋渡ししていること、そして過去に強い星間衝撃波を受けた痕跡が色濃く残されていることが分かりました。

研究チームでは、このCO 16.134-0.553の周辺環境を調べるため、もう一度FUGINサーベイのデータを精査。
その結果、この分子雲が直径約50光年の膨張球殻状構造(シェル)の一部であること、シェルの端ではCO 16.134-0.553に酷似した成分が複数見られることが分かりました。

さらに、広域環境を調べるため、水素原子21cmスペクトル線全天サーベイ“H14πサーベイ(※5)”のデータを精査。
すると、天の川の当該位置に直径約230光年の巨大な原子ガスの“空洞”があること、そしてその下方に長さ約900光年×幅230光年の長大な“フィラメント”があることが分かりました。
※5.H14πサーベイは、水素原子(HI)21cmスペクトル線による全天サーベイ・プロジェクト。Effelsberg-Bonn HI survey(EBHIS)とParkes Galactic All-Sky Survey(GASS)によるデータを統合したもの。
これらの空洞・シェル・フィラメントは、天の川を上から下に貫くように一直線に配列していて、銀河系ハロー部から降ってきた何らかの天体が円盤部を高速で通過した可能性を強く示していました。

そして、フィラメントの先端に明るい天体が存在しないことから、降ってきた天体は矮小銀河や球状星団になり損ねた“暗黒物質サブハロー”である可能性が高いと考えられます。

以上の観測事実を最もよく説明するシナリオとして、研究チームは以下を提唱しています。

1.通常物質の雲を伴った小さな暗黒物質サブハローが、銀河系円盤に高速突入。<br><br><br><br><br>
2.通常物質の雲は銀河系の分子ガス円盤によって静止されて“シェル”を形成、暗黒物質サブハローは通常物質と相互作用しないので銀河系円盤部を通過。<br><br><br><br><br>
3.通過した暗黒物質サブハローは銀河系円盤部に“空洞”、円盤部下方に“フィラメント”を形成。<br><br><br><br><br>
観測された二つの速度成分の速度差とフィラメントの天の川に対する傾きから、暗黒物質サブハローの突入速度は約130km s<sup>-1</sup>と見積もられた。この突入速度と空洞の直径から、暗黒物質サブハローの質量は約6000万太陽質量と予想される。これは理論的に想定されている暗黒物質サブハローの質量範囲(100万~10億太陽質量)の中では比較的小さな部類に属し、かつこれまで観測から存在が示唆された暗黒物質サブハロー中では最も低質量なものに相当する。<br><br><br><br><br>
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図2.(a)-(c)銀河系円盤部への暗黒物質サブハローの高速突入による“空洞・シェル・フィラメント”形成シナリオ。(Credit: 慶應義塾大学)1.通常物質の雲を伴った小さな暗黒物質サブハローが、銀河系円盤に高速突入。
2.通常物質の雲は銀河系の分子ガス円盤によって静止されて“シェル”を形成、暗黒物質サブハローは通常物質と相互作用しないので銀河系円盤部を通過。
3.通過した暗黒物質サブハローは銀河系円盤部に“空洞”、円盤部下方に“フィラメント”を形成。
観測された二つの速度成分の速度差とフィラメントの天の川に対する傾きから、暗黒物質サブハローの突入速度は約130km s-1と見積もられた。この突入速度と空洞の直径から、暗黒物質サブハローの質量は約6000万太陽質量と予想される。これは理論的に想定されている暗黒物質サブハローの質量範囲(100万~10億太陽質量)の中では比較的小さな部類に属し、かつこれまで観測から存在が示唆された暗黒物質サブハロー中では最も低質量なものに相当する。
図2.(a)-(c)銀河系円盤部への暗黒物質サブハローの高速突入による“空洞・シェル・フィラメント”形成シナリオ。(Credit: 慶應義塾大学)


見える天体を伴わない暗黒物質サブハロー

本研究により、矮小銀河よりも小さな質量を持つ暗黒物質サブハローの存在が確認されました。
そのような天体は、冷たい暗黒物質を仮定した標準宇宙モデルによって存在が予測されていたものの、実際の観測で確認されたのは、今回が初めてのことでした。

また、矮小銀河や球状星団などの“見える”天体を伴わない暗黒物質サブハローの確認も初めてとなります。

今後、ヨーロッパ宇宙機関の位置天文衛星“ガイア”などによる、高精度な位置天文観測データを注意深く解析することで、当該天体の精密な情報を得ることができるはずです。

また、この発見の端緒となったのは、銀河系円盤部における広速度幅の分子ガス構造の無バイアス探査でした。
このことは、同様の探査を継続・拡大することによって、同様の発見が見込まれることを意味しています。
銀河系円盤の中性ガスの精密な分布・運動の把握によって、さらなる暗黒物質サブハローの間接検出が見込まれます。

このことは、私たちの住む地球が属する天の川銀河の理解を、より深めるとともに、標準宇宙モデルにおける“ミッシング・サテライト問題”の解決に大きく貢献するものと考えられます。


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