今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の大規模観測データを用いて、宇宙誕生から5億年後にあたる133億年前の宇宙まで遡り、酸素の存在比を調査しています。
その結果、宇宙の最初の5~7億年(131~133億年前)に存在する銀河の中で、酸素が急激に増えたことを裏付ける証拠を初めて得ることができました。
このことは、地球や生命に欠かせない酸素が、宇宙の歴史の中でどのように作られてきたのかを明らかにするうえで、大変重要な成果といえます。
宇宙誕生と元素の進化の歴史
現在の宇宙には、天然の状態で90以上の元素が存在していますが、宇宙誕生の当初から全てが揃っていた訳ではありません。
宇宙誕生時の元素合成は“ビッグバン元素合成”と呼ばれ、それによって誕生したのは4種類とされています。
その内訳は、水素(=陽子)が約75%、ヘリウムが約25%、そして極めてわずかにリチウムとベリリウムが存在していました。
ただ、ビッグバン元素合成で誕生するベリリウムは、半減期約53日の放射性同位体なので、現在までは残っていません。
ビッグバンから2億年前後の時間が経った頃に、宇宙で最初の恒星であるファーストスター(初代星)が輝き始めたと考えられていますが、その時点では3種類の元素しか存在しなかったことになります。
その後、星の内部での核融合や超新星爆発、中性子星同士の合体などによって、より重たい元素が合成され、それらが宇宙にばらまかれていくことになります。
このような元素合成が宇宙の長い歴史の中で行われることにより、現在の私たちや多様な物質を構成するに至ったと考えられます。
元素の進化の歴史を解明することは、私たちを構成する物質の起源を探ることにつながる最も基本的な知的探求の一つと言えます。
過去の宇宙における酸素の存在比
星の集まりである銀河に含まれるガスを、遠くまで観測することで、過去の宇宙における酸素の存在比を測ることができます。
銀河には多くの星が属していますが、それよりも圧倒的に多い量の星間ガスが漂っています。
それらを分光観測し、どの波長にどの程度の輝線(※1)があるのかを調べると、その銀河(のガス)にどのような元素が含まれているのか、またその元素がどれだけの量存在しているのかを見積もることができます。
近傍の銀河であれば可視光線の分光観測が可能です。
でも、遠方になればなるほど、宇宙膨張の影響を受けて、その銀河からの光の波長が赤方偏移(※2)でズレるので、赤外線での観測が必要となります。
そして、この近赤外線分光装置で比較的観測しやすい元素の一つが酸素だった訳です。
酸素は、宇宙に最初から存在したわけではなく、星の内部の核融合で誕生した元素です。
2つのヘリウム4の合成でベリリウム8が誕生し、そこに3つ目のヘリウム4が衝突して炭素12が誕生。
さらに、4つ目のヘリウム4が衝突して酸素16が誕生するという具合に、いくつもの工程を経て初めて誕生することになります。
このことは、酸素のような星の内部の核融合によって誕生した元素は、最初から存在した水素やヘリウムが減っていくのに対し、ゼロスタートから増えて行って現在の量になったことを示しています。
つまり、宇宙で最初に輝いた星“ファーストスター”にはまだ酸素が無いので、時代を遡れば遡るほど、酸素の量はゼロへと向かっていくことになります。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が実現する長波長の赤外線観測
近赤外線での分光観測が可能となったことで、地上の大型望遠鏡を用いた観測も進められ、観測データを活用した研究成果として、およそ120億年前の時代の酸素の存在量に関する論文が2010年に発表されていました。
この論文が示していたのでは、120億年前の時代の酸素の存在量は、現在の半分の量ということでした。
でも、2021年になって、120億年前でも酸素の存在量は現在とほぼ変わらないとする論文も発表され、研究者の間でも見解が一致していない状態でした。
この2つの説のどちらが正しいのでしょうか?
これを調べるには、さらに古い時代の酸素の存在量を調べる必要があります。
でも、120億年以上の古い時代の銀河からの光を観測するには、波長2μmよりも長い波長の赤外線での観測が必要となります。
そのうえ、明るさとしては25等級~30等級ほどと、肉眼で見えるとされる最も暗い6等星と比べると、4000万分の1~40億分の1という非常に暗いという点も、観測を困難にしていました。
では、宇宙にあるハッブル宇宙望遠鏡はどうかというと、1.7μmまでしか観測ができないので、120億年よりも古い銀河からの赤外線をとらえることはできませんでした。
その状況を一変させえたのが、2022年に本格的な観測を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でした。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が搭載する近赤外線分光装置“NIRSpec”は、1μm~5μmの波長をとらえることが可能で、これまで観測できなかった2μm以上の長波長の赤外線をとらえることが可能です。
さらに、主鏡の直径が6.5メートルと、地上の大型望遠鏡に迫るサイズなので、研究者も驚くほどの高精度な観測データが取得できるようになりました。
また、今回活用されたデータは、研究者なら世界中の誰でも利用できる一般公開データでした。
この、とてつもないスペックを有しているジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、観測系の天文学者なら使いたくない人を探す方が難しいほどです。
ただ、時間の都合で現状では、ごく一部の観測計画しか採用できていないんですねー
このため、大多数の天文学者は、いつかは占有時間を獲得できる日が来ることを待ち望んでいる状態です。
そうした天文学者のために少しでも役立ててもらうために、誰でも利用可能な観測データが公開されているという訳です。
これまで、その公開観測データを利用した「結果としてこういうことが分かりました」という、まず観測データありきの研究成果が発表されていました。
でも、今回の研究では「まず明らかにしたいことがあり」、そのためにジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを利用したという点で、他の研究結果とは異なっています。
そして、研究開始当時は、まだ世界でもジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データの解析手法が確立されていなかった中、独自の高度な解析手法を開発して適用することで、今回の成果を導き出したそうです。
酸素の存在を示す輝線
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから120億年よりも古い銀河138個を発見。
それら銀河に存在する酸素の量を測定しています。
これまで観測可能な波長(2μm前後まで)の場合、120億年よりも新しい時代でも分光観測が可能な一次元スペクトルのうち、元素の存在を示す輝線(スパイク)が表れたのは、酸素のOII線、水素のHβ線ぐらいでした。
OII線とは、酸素が1回電離した(電子が1個剥ぎ取られた)際の輝線のこと。
さらに酸素には、もう1回電離した(電子が1個ずつ計2個剥ぎ取られた)輝線であるOIII戦も存在します。
酸素の全存在量は、この両者を合計しないと正確には導き出せなので、この電離による輝線が、120億年前の酸素存在量が2説に分かれていた要因にもなっていました。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡なら、122億年前~133億年前という古い時代でも、OII線、Hβ線に加え、OIII線、さらに水素のHα線も観測が可能になります。
初期の宇宙では急激に酸素が増えていた
今回の138個の銀河は、どれも同じ時代のものではなく、およそ122憶年前~133億年前までと幅がありました。
それぞれの一次元スペクトルを古い順に上から並べて二次元スペクトルとすることで、宇宙膨張による赤方偏移でOII線、OIII線、Hα線、Hβ線の4種類の輝線が長波長側へシフトしていく様子も可視化できます。
この二次元スペクトルを分析してみると、131憶年前までの銀河では、銀河の質量などに応じた量(総量ではなく、水素に対する酸素の個数比)の酸素が存在していたことが明らかになりました。
つまり、酸素の量は現在とそれほど変わっていなかったということです。
このことから、酸素の存在比を遡ってみると、120憶年前の時点で一度半分まで減って、それよりも古い時代にまた現在に近いぐらいまで増えるという不自然な変化が見えてきました。
このことから、“現在と変わらない”という2021年発表の説の方が正しいと推測することができます。
さらに、138個の銀河のうち、131億年~133億年前に存在する(今回の研究では最も古い時期)の銀河7個は、全てが酸素の存在比が半分ほどと少なくなっていて、そのうちの6個については95%以上の確率で酸素の存在比が少なかったとしています。
このことから分かるのは、宇宙での酸素の存在比は、宇宙誕生から5億年~7億年ごろに急激に増えたということでした。
それでは、なぜ宇宙誕生から5億年~7億年ごろに急激に酸素の存在比が増えたのでしょうか?
この理由としては複数考えられていて、正確なところ現時点では分かっていません。
可能性の一つとして、この時期の宇宙は現在と比べて非常に小さいので、小型の銀河同士が頻繁に衝突合体していたことが考えられます。
衝突した銀河それぞれの星間ガスが圧縮されることで、寿命が1000万~数千万年しかないような、場合によっては主系列のO型星以上の大質量星のスターバースト(多量の星が誕生すること)が発生。
このスターバーストにより、次々と核融合により酸素を合成しては、大量の超新星爆発で宇宙にバラまいていたこというものです。
今後の研究や観測
この宇宙の最初の生命“ファーストライフ”ともいうべき存在は、120憶年前ぐらいに出現したのではないかという仮説があります。
この仮説が根拠としているのは、大まかにいえば、生命が必要とする元素です。
生命は炭素を中心に、酸素や窒素、硫黄、リン、鉄などの様々な元素を必要とします(地球型生命の場合)。
この仮説は、そうした元素の存在量が必要なだけ揃い、生命が誕生し得る環境が整いだすのが120憶年前頃だろうというものです。
ただ、今回の研究成果により、さらに10億年ぐらい“ファーストライフ”の誕生が早まる可能性がでてきたことになります。
また、“ファーストスター”は宇宙の始まりから2億年前後で誕生したしたと推測されています。
単純計算で今回の133億年前よりあと3億年ほど遡れば、星の核融合で誕生する酸素などの元素を全く含まない、“ファーストスター”で構成された銀河を観測することができるかもしれません。
“ファーストスター”の超新星爆発をとらえることができれば、単独の観測も実現できるはずです。
“ファーストスター”からの光そのものはまだ観測されていません。
でも、痕跡などは発見されてきているので、今回の銀河を構成する星々から見た場合、10世代から20世代ぐらい遡れば、“ファーストスター”に到達できる可能性はありそうです。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡には、もう一つの観測機器として5μm~28μmの範囲の波長をカバーする中間赤外線観測装置“MIRI”が搭載されています。
そこで、研究チームでは今後の観測計画として“MIRI”を用いることも考えています。
ただ、感度的には今回の近赤外線分光装置“NIRSpec”の方が上なので、今回と同等の精度を出すことは容易ではないそうです。
さらに、現在進めているのが、酸素以外の元素の存在量の確認です。
酸素以外の元素の存在量の確認は容易ではないのですが、酸素と同様に星の核融合で合成される各種元素も気になる存在です。
酸素以外の元素の存在量も同じように増えてきたのでしょうか?
この疑問も解決するため、研究チームでは今回と同じ“NIRSpec”による近赤外線観測データを用いて調査進めているそうです。
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その結果、宇宙の最初の5~7億年(131~133億年前)に存在する銀河の中で、酸素が急激に増えたことを裏付ける証拠を初めて得ることができました。
このことは、地球や生命に欠かせない酸素が、宇宙の歴史の中でどのように作られてきたのかを明らかにするうえで、大変重要な成果といえます。
この研究は、国立天文台の中島王彦特任助教及び東京大学宇宙線研究所の大内正巳教授たちの研究チームが進めています。
研究の成果は、Kimihiko Nakajimaさんたちよる論文“JWST Census for the Mass-Metallicity Star Formation Relations at z = 4-10 with Self-consistent Flux Calibration and Proper Metallicity Calibrators”とし、アメリカの天体物理学専門誌“アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメントシリーズ”(電子版)に2023年11月13日付で掲載されました。
研究の成果は、Kimihiko Nakajimaさんたちよる論文“JWST Census for the Mass-Metallicity Star Formation Relations at z = 4-10 with Self-consistent Flux Calibration and Proper Metallicity Calibrators”とし、アメリカの天体物理学専門誌“アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメントシリーズ”(電子版)に2023年11月13日付で掲載されました。
宇宙誕生と元素の進化の歴史
現在の宇宙には、天然の状態で90以上の元素が存在していますが、宇宙誕生の当初から全てが揃っていた訳ではありません。
宇宙誕生時の元素合成は“ビッグバン元素合成”と呼ばれ、それによって誕生したのは4種類とされています。
その内訳は、水素(=陽子)が約75%、ヘリウムが約25%、そして極めてわずかにリチウムとベリリウムが存在していました。
ただ、ビッグバン元素合成で誕生するベリリウムは、半減期約53日の放射性同位体なので、現在までは残っていません。
図1.ビッグバンから現在までの宇宙の広がりや天体の多様性などをイメージした図。(Credit: NASA(出所:プレス向け配付資料)) |
その後、星の内部での核融合や超新星爆発、中性子星同士の合体などによって、より重たい元素が合成され、それらが宇宙にばらまかれていくことになります。
このような元素合成が宇宙の長い歴史の中で行われることにより、現在の私たちや多様な物質を構成するに至ったと考えられます。
元素の進化の歴史を解明することは、私たちを構成する物質の起源を探ることにつながる最も基本的な知的探求の一つと言えます。
図2.宇宙には当初、水素、へリウム、リチウムしか存在していなかったが、主に水素やヘリウムを材料とし、星の内部での核融合や、超新星爆発、中性子星合体などによって様々な元素が合成され、宇宙に満ちていった。(Credit: JAXA(出所:プレス向け配付資料)) |
過去の宇宙における酸素の存在比
星の集まりである銀河に含まれるガスを、遠くまで観測することで、過去の宇宙における酸素の存在比を測ることができます。
銀河には多くの星が属していますが、それよりも圧倒的に多い量の星間ガスが漂っています。
それらを分光観測し、どの波長にどの程度の輝線(※1)があるのかを調べると、その銀河(のガス)にどのような元素が含まれているのか、またその元素がどれだけの量存在しているのかを見積もることができます。
※1.分光観測を行うことでスペクトルを得ることができる。スペクトルは、光の波長ごとの強度分布。スペクトルに現れる吸収線や輝線を合わせた呼称がスペクトル線。個々の元素は決まった波長の光を吸収したり放出したりする性質がある。その波長での光を吸収し強度が弱まると吸収線、光を放出し強まると輝線としてスペクトルに現れる。光の波長ごとの強度分布スペクトルに現れる吸収線や輝線を調べることで、元素の種類を直接特定することができる。
これまでの観測から、ビッグバンから約20億年後(120億年前)の宇宙においては、銀河の中にすでに豊富な酸素が存在することが判明していました。近傍の銀河であれば可視光線の分光観測が可能です。
でも、遠方になればなるほど、宇宙膨張の影響を受けて、その銀河からの光の波長が赤方偏移(※2)でズレるので、赤外線での観測が必要となります。
※2.膨張する宇宙の中では、遠方の天体ほど高速で遠ざかっていくので、天体からの光が引き伸ばされてスペクトル全体が低周波側(色で言えば赤い方)にズレてしまう。この現象を赤方偏移といい、この量が大きいほど遠方の天体ということになる。110億光年より遠方にあるとされる銀河は、赤方偏移の度合いを用いて算出されている。
そのため、すばる望遠鏡を含めた8メートル~10メートル級の地上の大型望遠鏡では、2010年頃から近赤外線分光装置を稼働させ、より遠方の銀河の分光観測が行えるようにしてきました。そして、この近赤外線分光装置で比較的観測しやすい元素の一つが酸素だった訳です。
酸素は、宇宙に最初から存在したわけではなく、星の内部の核融合で誕生した元素です。
2つのヘリウム4の合成でベリリウム8が誕生し、そこに3つ目のヘリウム4が衝突して炭素12が誕生。
さらに、4つ目のヘリウム4が衝突して酸素16が誕生するという具合に、いくつもの工程を経て初めて誕生することになります。
このことは、酸素のような星の内部の核融合によって誕生した元素は、最初から存在した水素やヘリウムが減っていくのに対し、ゼロスタートから増えて行って現在の量になったことを示しています。
つまり、宇宙で最初に輝いた星“ファーストスター”にはまだ酸素が無いので、時代を遡れば遡るほど、酸素の量はゼロへと向かっていくことになります。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が実現する長波長の赤外線観測
近赤外線での分光観測が可能となったことで、地上の大型望遠鏡を用いた観測も進められ、観測データを活用した研究成果として、およそ120億年前の時代の酸素の存在量に関する論文が2010年に発表されていました。
この論文が示していたのでは、120億年前の時代の酸素の存在量は、現在の半分の量ということでした。
でも、2021年になって、120億年前でも酸素の存在量は現在とほぼ変わらないとする論文も発表され、研究者の間でも見解が一致していない状態でした。
図3.これまでの研究では、酸素の存在比は120億年前の時点で現在の半分程度とする説が2010年に出されたが、それから10年以上経った2021年に現在と変わらないとする説が出され、論争が続いていた。(Credit: K. Nakajima et al.(出所:プレス向け配付資料)) |
これを調べるには、さらに古い時代の酸素の存在量を調べる必要があります。
でも、120億年以上の古い時代の銀河からの光を観測するには、波長2μmよりも長い波長の赤外線での観測が必要となります。
そのうえ、明るさとしては25等級~30等級ほどと、肉眼で見えるとされる最も暗い6等星と比べると、4000万分の1~40億分の1という非常に暗いという点も、観測を困難にしていました。
では、宇宙にあるハッブル宇宙望遠鏡はどうかというと、1.7μmまでしか観測ができないので、120億年よりも古い銀河からの赤外線をとらえることはできませんでした。
その状況を一変させえたのが、2022年に本格的な観測を開始したジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でした。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡が搭載する近赤外線分光装置“NIRSpec”は、1μm~5μmの波長をとらえることが可能で、これまで観測できなかった2μm以上の長波長の赤外線をとらえることが可能です。
さらに、主鏡の直径が6.5メートルと、地上の大型望遠鏡に迫るサイズなので、研究者も驚くほどの高精度な観測データが取得できるようになりました。
また、今回活用されたデータは、研究者なら世界中の誰でも利用できる一般公開データでした。
この、とてつもないスペックを有しているジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、観測系の天文学者なら使いたくない人を探す方が難しいほどです。
ただ、時間の都合で現状では、ごく一部の観測計画しか採用できていないんですねー
このため、大多数の天文学者は、いつかは占有時間を獲得できる日が来ることを待ち望んでいる状態です。
そうした天文学者のために少しでも役立ててもらうために、誰でも利用可能な観測データが公開されているという訳です。
これまで、その公開観測データを利用した「結果としてこういうことが分かりました」という、まず観測データありきの研究成果が発表されていました。
でも、今回の研究では「まず明らかにしたいことがあり」、そのためにジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データを利用したという点で、他の研究結果とは異なっています。
そして、研究開始当時は、まだ世界でもジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データの解析手法が確立されていなかった中、独自の高度な解析手法を開発して適用することで、今回の成果を導き出したそうです。
酸素の存在を示す輝線
今回の研究では、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データから120億年よりも古い銀河138個を発見。
それら銀河に存在する酸素の量を測定しています。
これまで観測可能な波長(2μm前後まで)の場合、120億年よりも新しい時代でも分光観測が可能な一次元スペクトルのうち、元素の存在を示す輝線(スパイク)が表れたのは、酸素のOII線、水素のHβ線ぐらいでした。
OII線とは、酸素が1回電離した(電子が1個剥ぎ取られた)際の輝線のこと。
さらに酸素には、もう1回電離した(電子が1個ずつ計2個剥ぎ取られた)輝線であるOIII戦も存在します。
酸素の全存在量は、この両者を合計しないと正確には導き出せなので、この電離による輝線が、120億年前の酸素存在量が2説に分かれていた要因にもなっていました。
でも、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡なら、122億年前~133億年前という古い時代でも、OII線、Hβ線に加え、OIII線、さらに水素のHα線も観測が可能になります。
初期の宇宙では急激に酸素が増えていた
今回の138個の銀河は、どれも同じ時代のものではなく、およそ122憶年前~133億年前までと幅がありました。
それぞれの一次元スペクトルを古い順に上から並べて二次元スペクトルとすることで、宇宙膨張による赤方偏移でOII線、OIII線、Hα線、Hβ線の4種類の輝線が長波長側へシフトしていく様子も可視化できます。
図5.122億年前~133億年前までの宇宙に存在する138個の銀河の赤外線分光1次元スペクトルを上から古い順に並べ、2次元スペクトル化したグラフ。古い銀河ほど右側の赤側にシフト(赤方偏移)していることが見て取れる。(Credit: NASA, ESA, CSA, K. Nakajima et al.(出所:プレス向け配付資料)) |
つまり、酸素の量は現在とそれほど変わっていなかったということです。
このことから、酸素の存在比を遡ってみると、120憶年前の時点で一度半分まで減って、それよりも古い時代にまた現在に近いぐらいまで増えるという不自然な変化が見えてきました。
このことから、“現在と変わらない”という2021年発表の説の方が正しいと推測することができます。
図6.今回の解析の結果、122億年前~133億年前までの酸素の存在比が導き出された。131億年前ぐらいまでは現在より少ない程度で(左と中央の赤星印)、133億年前(右の赤星印)になると、一気に半分まで減っていて、この時期に急速に増加した痕跡が確認された。(Credit: K. Nakajima et al.(出所:プレス向け配付資料)) |
このことから分かるのは、宇宙での酸素の存在比は、宇宙誕生から5億年~7億年ごろに急激に増えたということでした。
図8.ひとつ前の画像の上段左の“うしかい座”の銀河の拡大画像(JWST/NIRCamによる)。(Credit: NASA, ESA, CSA, K. Nakajima et al.(出所:プレス向け配付資料)) |
この理由としては複数考えられていて、正確なところ現時点では分かっていません。
可能性の一つとして、この時期の宇宙は現在と比べて非常に小さいので、小型の銀河同士が頻繁に衝突合体していたことが考えられます。
衝突した銀河それぞれの星間ガスが圧縮されることで、寿命が1000万~数千万年しかないような、場合によっては主系列のO型星以上の大質量星のスターバースト(多量の星が誕生すること)が発生。
このスターバーストにより、次々と核融合により酸素を合成しては、大量の超新星爆発で宇宙にバラまいていたこというものです。
今後の研究や観測
この宇宙の最初の生命“ファーストライフ”ともいうべき存在は、120憶年前ぐらいに出現したのではないかという仮説があります。
この仮説が根拠としているのは、大まかにいえば、生命が必要とする元素です。
生命は炭素を中心に、酸素や窒素、硫黄、リン、鉄などの様々な元素を必要とします(地球型生命の場合)。
この仮説は、そうした元素の存在量が必要なだけ揃い、生命が誕生し得る環境が整いだすのが120憶年前頃だろうというものです。
ただ、今回の研究成果により、さらに10億年ぐらい“ファーストライフ”の誕生が早まる可能性がでてきたことになります。
また、“ファーストスター”は宇宙の始まりから2億年前後で誕生したしたと推測されています。
単純計算で今回の133億年前よりあと3億年ほど遡れば、星の核融合で誕生する酸素などの元素を全く含まない、“ファーストスター”で構成された銀河を観測することができるかもしれません。
“ファーストスター”の超新星爆発をとらえることができれば、単独の観測も実現できるはずです。
“ファーストスター”からの光そのものはまだ観測されていません。
でも、痕跡などは発見されてきているので、今回の銀河を構成する星々から見た場合、10世代から20世代ぐらい遡れば、“ファーストスター”に到達できる可能性はありそうです。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡には、もう一つの観測機器として5μm~28μmの範囲の波長をカバーする中間赤外線観測装置“MIRI”が搭載されています。
そこで、研究チームでは今後の観測計画として“MIRI”を用いることも考えています。
ただ、感度的には今回の近赤外線分光装置“NIRSpec”の方が上なので、今回と同等の精度を出すことは容易ではないそうです。
さらに、現在進めているのが、酸素以外の元素の存在量の確認です。
酸素以外の元素の存在量の確認は容易ではないのですが、酸素と同様に星の核融合で合成される各種元素も気になる存在です。
酸素以外の元素の存在量も同じように増えてきたのでしょうか?
この疑問も解決するため、研究チームでは今回と同じ“NIRSpec”による近赤外線観測データを用いて調査進めているそうです。
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