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現在、木星で観測される“大赤斑”は1665年にカッシーニが発見した“永久斑”とは別物? 形成メカニズムをシミュレーションで検証

2024年06月30日 | 木星の探査
木星の“大赤斑(Great Red Spot)”は、太陽系の惑星の中で最大かつ最も寿命の長い渦として知られています。
でも、その寿命については議論があり、その形成メカニズムは隠されたままでした。

今回の研究では、木星の“大赤斑”の起源について、歴史的な観測記録と数値モデリングを用いて詳細な分析を実施。
長年、“大赤斑”の前身と考えられてきた“永久斑(Permanent Spot)”との関係、そして大赤斑形成の要因となり得る3つのメカニズムについて検証しています。
この研究は、バスク大学のAgustin Sánchez-Lavegaさんたちの研究チームが進めています。
本研究の成果は“Geophysical Research Letters”に“The Origin of Jupiter's Great Red Spot”として掲載されました。
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)
図1.2018年のNASAの木星探査機“ジュノー”によるフライバイから見た木星の“大赤斑”。今日私たちが目にする赤斑は、1600年代にカッシーニが観測した有名なものとは別物の可能性があることが、今回の研究で明らかになった。(Credit: Enhanced Image by Gerald Eichstadt and Sean Doran (CC BY-NC-SA) based on images provided Courtesy of NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)


現在の“大赤斑”と1600年にカッシーニが観測した“永久斑”は別物

ジョヴァンニ・ドメニコ・カッシーニによって1665年にはじめて記録された“永久斑”は、1713年までは継続的に観測が続けられていました。
その間の観測記録から分かっているのは、“永久斑”は少なくとも81年間は存在していたことです。

でも、1713年以降、“永久斑”の存在を示す観測記録は途絶えることに…
1831年になって、初めて現在の“大赤斑”と一致する可能性のある記録が登場します。

1831年の記録には、“大赤斑”の特徴である周囲を取り囲む“ホロー”と呼ばれる構造が描かれていて、その後1870年代には“ホロー”に囲まれた楕円形の領域が明確に観測されるようになりました。
そして、1879年には初めて鮮明な“大赤斑”の写真撮影に成功しています。

これらの観測記録に基づくと、“永久斑”と“大赤斑”は同一のものではなく、“永久斑”は消滅し、その後別のプロセスを経て“大赤斑”が形成されたと考えるのが自然です。

そこで、今回の研究では、“永久斑”、“大赤斑”、“ホロー”のサイズと形状の歴史的な変化を詳細に分析。
その結果、“永久斑”の長さは、1879年に観測された“大赤斑”の長さの2分の1から3分の1程度にしかならないことが分かりました。

また、“大赤斑”の長さは1879年以降、年平均0.18度(207キロ)のペースで縮小していて、近年では縮小速度が加速していることが明らかになりました。
一方、“永久斑”の長さも、観測精度が低いながらも、縮小傾向を示していることが示唆されています。

これらのことから、“永久斑”が仮に“大赤斑”と同一であった場合、1713年から1879年にかけて年間0.14度(160キロ)というペースで成長を続ける必要があり、これは過去の観測記録や木星の渦の挙動から見て非常に考えにくいことでした。


“大赤斑”の形成メカニズムをシミュレーションで検証

今回の研究では、“大赤斑”の形成メカニズムについて、以下の3つの説を検討。
それぞれの説の妥当性を、数値モデリングを用いたシミュレーションにより検証しています。

スーパーストーム説
土星で観測されたような、強力な対流性の嵐によって巨大な渦が形成されるという説。

複数の渦の合体説
複数の小さな渦が合体して、より大きな渦へと成長するという説。

帯状流の擾乱説
木星の南北に位置する反対方向に流れる帯状ジェット気流間の流れの擾乱によって、渦が形成されるという説。

1.スーパーストーム説

2010年に土星で観測された巨大な嵐“グレート・ホワイトスポット”と同様に、“大赤斑”も強力な対流性の嵐“スーパーストーム”によって形成されたという可能性を検討しています。

そこで、数値モデリングを用いて、“大赤斑”が存在する緯度(南緯約22度から24度)における木星の大気の流れに、局所的な熱注入や質量注入を行った場合のシミュレーションを実施。
その結果、単一の楕円形の渦が形成されるものの、そのサイズは初期の“大赤斑”よりも小さく、熱注入や質量注入の強度や範囲、期間を調整しても、“大赤斑”の巨大なサイズや回転速度を再現することはできませんでした。

また、木星の内部エネルギーによって駆動される深部対流によって、渦が生成されるという説も提案されています。
でも、公開されているシミュレーション結果は、“大赤斑”の特徴と一致していませんでした。

さらに、このような“スーパーストーム”が“大赤斑”の出現前に発生していたとすれば、当時の観測技術をもってしても見逃すことは考えにくく、歴史的観測記録とも矛盾します。

2.複数の渦の合体説

木星では、複数の渦が合体して、より大きな渦へと成長する現象が知られています。

有名な例としては、南緯33度付近で約60年間存在していた3つの楕円形の渦(BC、DE、FA)が合体し、現在の楕円形の渦(BA)が形成されたというものがあります。

そこで、数値モデリングを用いて、南緯19度から24度の範囲に、初期サイズや周辺速度の異なる複数の渦を配置。
合体過程のシミュレーションを実施。
その結果、いずれのケースにおいても、複数の渦は合体して単一のより大きな渦を形成しましたが、初期の“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を形成するためには、“大赤斑”に匹敵するサイズの渦を複数個用意する必要があり、現実的とは言えませんでした。

また、合体によって形成された渦は、現在の“大赤斑”よりもはるかに速い回転速度を示していて、観測結果と一致しませんでした。

さらに、このような複数の渦や、それを発生させるような現象が“大赤斑”の出現前に観測されたという記録はなく、歴史的な観測記録とも矛盾していました。

3.帯状の擾乱説

研究チームが注目したのは、1831年から1877年頃にかけての“大赤斑”の観測記録でした。
この時期の“大赤斑”は、“ホロー”と明るい楕円形の領域として観測されていて、東西方向の長さは約50度から60度でした。

このことから、“大赤斑”は当初、“南熱帯擾乱(South Tropical Disturbance; STrD)”と呼ばれる現象によって、形成された可能性が高いと結論付けています。

“南熱帯擾乱”は、帯状流への障壁となる暗い湾曲した子午線領域を形成し、その領域内の流れを閉じ込める効果があります。

“大赤斑”の北側(南緯20度)では流れは西向きに約50m/s、南側(南緯26度)では東向きに約40m/sと、反対方向に流れています。

“南熱帯擾乱”によって形成された障壁によって東西方向の流れが遮られることで、南北方向の流れも制限され、閉じた循環セルが形成されます。
この閉じた循環セルの中で、流れが徐々に収束し、回転速度を増していくことで、“大赤斑”のような巨大な渦が形成されると考えられます。

研究チームは、数値モデリングを用いて、“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルの安定性を検証。
その結果、初期の回転速度が帯状流の速度と同じ程度では、閉じた循環セルは不安定で、すぐに崩壊してしまうことに…
でも、回転速度が50m/sから75m/sを超えると、閉じた循環セルは安定して存在し続けることが分かりました。

また、安定した閉じた循環セル内の東西方向と南北方向の速度分布は、“大赤斑”で観測されている速度分布と非常に良く似ていました。

これらの結果から研究チームでは、“大赤斑”は“南熱帯擾乱”によって形成された閉じた循環セルが、時間の経過とともに収縮し、回転速度を増やしながら、現在の姿になったという説を支持しています。

今回の研究では、数値モデリングを用いたシミュレーションと歴史的な観測記録の分析から、“スーパーストーム説”と“複数の渦の合体説”は、“大赤斑”の形成を説明するには無理があり、“南熱帯擾乱”に端を発する帯状流の擾乱によって“大赤斑”が形成されたという説が最も有力だと結論付けています。

形成当初は、現在より大きく回転速度も遅かった“大赤斑”は、時間の経過とともに収縮し回転速度を速めながら、現在の姿になったと考えられます。
“大赤斑”の起源と進化の歴史を探ることは、木星の大気力学の理解を深める上で非常に重要です。


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カイパーベルトは思っていたより広い? すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラによる探査機“ニューホライズンズ”の調査対象探し

2024年06月29日 | 太陽系・小惑星
世界で初めて冥王星のフライバイを行ったNASAの探査機“ニューホライズンズ”は、その後もいくつかの延長ミッションを行っています。
その延長ミッションにおいて、“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しに、すばる望遠鏡の広く深い撮像観測が貢献しているんですねー

今回の研究では、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”によるカイパーベルト天体の探査画像に、独自の解析手法を適用。
その結果、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見しています。

“HSC”を用いたミッションチームによるカイパーベルト探しは今も続いていて、今後も北米グループを中心として、次々と論文が出版される予定です。
本研究は、それに先駆けて、日本の研究者が中心となり、日本で開発された手法で、カイパーベルトの領域を広げる可能性のある天体を発見したものです。
この研究は、千葉工業大学 惑星探査研究センター 非常勤研究員の吉田二美博士(産業医科大学 医学部 准教授兼任)、NAOJ天文シミュレーションプロジェクトの伊藤孝士講師たちの共同研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年5月29日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、Yoshida et al. "A deep analysis for New Horizons' KBO search images "として掲載されました。
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)
図1.今回発見された2つの天体の軌道を示す様式図(赤色:2020 KJ60、紫色:2020 KK60)。+は太陽の位置、黄緑は内側から木星、土星、天王星、海王星の軌道、縦軸と横軸の数字は太陽からの距離(天文単位)を表している。黒い点が表しているのは、太陽系初期にその場で形成された氷微惑星と考えられている古典的なカイパーベルト天体で、それらは黄道面付近に分布している。灰色の点は軌道長半径が30天文単位以上の太陽系外縁天体を表す。これらは海王星に散乱された天体も含むので、遠くまで広がっていて、多くは黄道面から離れた軌道を持つ。図の丸や点は2024年6月1日時点での位置を表す。(Credit: JAXA)


小惑星などの天体がリング状に分布している領域

太陽系の中で、既に私たちが知っている惑星たちよりも遠く先には何があるのでしょうか?

海王星の先には、小惑星などの天体(小天体)がリング状に分布している領域“カイパーベルト”があり、そこからオールト雲(※1)までを“太陽系外縁部”と呼んでいます。
でも、私たちの知識は、まだ太陽に近い領域に限られています。
※1.太陽系の最外端には巨大惑星が弾き飛ばした微惑星が、太陽を中心に球殻状分布していると理論的には想像されていて、そのような天体の分布する領域をオールと雲という。オールと雲は太陽から10万天文単位あたりまで広がっていると推定されている。
太陽系以外に目を向けると、一般的な惑星系円盤の広がりは、恒星から100天文単位(※2)くらいになります。
それに比べると、広がりが50天文単位程度とされるカイパーベルトは、とてもコンパクトな存在と言えます。
※2.1天文単位(au)は太陽~地球間の平均距離、約1億5000万キロに相当する。
こうした比較から考えられるのは、太陽系が生まれる元となった星雲“原始太陽系星雲”が、現在のカイパーベルトよりさらに外側まで続いていた可能性です。

現在の観測データを見ると、カイパーベルトの外端は50天文単位辺りで突然途切れているように見えています。
もし、この外端が原始太陽系星雲の外端に相当するなら、太陽系の惑星系円盤はとてもコンパクトな状態で生まれたことになります。

一方、カイパーベルトの外端がその外側の天体(惑星)の影響を受け、その後の進化の過程で切り取られてしまった可能性も考えられます。
これが本当なら、カイパーベルトのさらに遠方を観測すれば、円盤を切り取った天体や、もしかしたら第2のカイパーベルトが見つかる可能性もあります。

このように太陽系外縁部にある天体を見つけ、その分布を調べることは、太陽系の進化を知ることにも繋がります。


探査機“ニューホライズンズ”による太陽系外縁部の調査

NASAの探査機“ニューホライズンズ”は、そんな太陽系外縁部を調査するための計画です。

2015年に冥王星系をフライバイ(※3)しながら観測した“ニューホライズンズ”は、2019年にはカイパーベルト天体の一つ“アロコス(ArroKoth)”をフライバイ。
太陽系外縁天体の表層を初めて人類に垣間見せてくれました。
※3.探査機が、惑星の近傍を通過するとき、その惑星の重力や公転運動量などを利用して、速度や方向を変える飛行方式。これにより探査機は、燃料を消費せずに軌道変更と加速や減速が行える。積極的に軌道や速度を変更する場合をスイングバイ、観測に重点が置かれる場合をフライバイと言う。
そして、アロコスへのフライバイ後に始まったのが、“ニューホライズンズ”の延長ミッションでした。
“ニューホライズンズ”が今後調査するカイパーベルト天体の候補探しには、すばる望遠鏡が協力しています。


50天文単位を超える軌道長半径を持つ天体

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC(Hyper Suprime-cam)”を用いたカイパーベルト天体探しは、“ニューホライズンズ”が飛行する方向の二視野(満月のおよそ18個分の広さに相当する領域)に絞って行われています。

これまでに行われた約30半夜の観測で、“ニューホライズンズ”のサイエンスチーム(ミッションチーム)が見つけているのは、240個以上の太陽系外縁天体でした。
本研究では、上記の観測で取得した画像を日本の研究者を中心とするチームが、ミッションチームとは異なる手法で解析。
これにより、新たに7個の太陽系外縁天体を発見しています。

決まった視野を一定期間撮り続けた“HSC”の観測データには、JAXAが開発した移動天体検出システムを適用できました。
このシステムは普段、近地球小惑星やスペースデブリの検出に使われていたものです。

これは32枚の連続した画像を、いくつもの方向でズラして重ね合わせることで、特定の速度で移動する天体を検出するもの。
高速処理のために独自の工夫がされていました。(図2)

研究チームが、この検出システムを用いて新たに発見した7天体のうち2つについては、おおよその軌道が求められ、国際天文学連合の小惑星センター(MPC)から仮符号が与えられています。(※4)
※4.仮符号がついた天体が、その後何度も観測されて、軌道が正確に決まると確定番号が付く。すると発見者(この場合は研究チーム)に天体の命名権が与えられる。天体の命名については国際天文学連合の定める決まりがあり、太陽系外縁天体の場合は神話にちなんだ名前が付けられる。
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
図2.JAXAの移動天体検出システムでの検出例。一定の時間間隔で同一視野を撮影した32枚の画像(上の画像ではオレンジ枠内の画像)から移動天体を探していく。カイパーベルト天体の移動速度範囲を仮定して、一枚一枚の画像をいくつもの方向に少しずつズラしながら重ね、うまく32枚重なったものを候補天体としている。図中の緑枠、水色枠、黒枠の画像は、それぞれ2枚ずつ、8枚ずつ、そして32枚を重ねた画像。一枚の画像でも、どの重ね合わせでも、中心に天体らしき光源が当た場合は、本物の天体と判断する。(Credit: JAXA)
これまでの研究による認識では、約50天文単位から外側ではカイパーベルト天体の数が激減すること。
このため、カイパーベルトの外縁はその辺りにあると想像されていました。

ところが、今回仮符号を与えられた2つの天体の軌道長半径は、どちらも50天文単位を超えています。
ただ、これらの天体の軌道要素は、将来的に観測が蓄積するにつれて多少の変動ががあるかもしれません。
それでも、今後も似たような軌道を持つ天体が発見され続ければ、カイパーベルトはさらに先まで続いていると言えるかもしれません。(※5)
※5.ミッションチームが発見した天体の軌道分布や探査機のダストカウンターの測定値からも、カイパーベルトがさらに広がっている可能性が示されている。ミッションチームは、すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ“HSC”を用いた観測を継続予定。
すばる望遠鏡と今もなお太陽系外縁部を飛行する“ニューホライズンズ”の協力により、まだ人類の目が未到である太陽系の深縁部へ探査の歩みが進むことが期待されます。


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何が急激な加速膨張“インフレーション”を引き起こしたのか? 重要な情報が刻まれている原始重力波の計算を簡単に行う方法

2024年06月23日 | 宇宙のはじまり?
よく、「宇宙はビッグバンで始まった」と言われます。
でも、より正確には宇宙が誕生し、非常に高い真空のエネルギーにより宇宙が急激な加速膨張をしていた時期“インフレーション”を経て、その結果としてビッグバンが発生したとされています。

インフレーションが起きたのは、宇宙が誕生して1036分の1秒後から1034分の1秒後までの間。
その結果、誕生した瞬間は原子よりも遥かに小さかったとされる宇宙は、空間的に数十桁も大きくなっていきます。
そして、インフレーション理論では、その際に放出された熱エネルギーがビッグバンの火の玉となった考えられています。

この理論は、宇宙の観測を通じて原始宇宙の密度の濃淡“原始密度揺らぎ”を調べる研究によって検証されてきました。
でも、具体的に何が急激な加速膨張を引き起こした駆動源だったのか、その全体像はまだ分かっていません。

加速膨張宇宙を説明する多くの理論“インフレーション模型”が提案されているので、各模型の理論的な予言と最新の観測を比較することによって、どの模型が正しいのかを検証することができます。

インフレーションの期間中には、原始密度ゆらぎと同様に量子効果を通じて、原始重力波と呼ばれる時空のさざ波が作られます。

原始重力波には、インフレーションを引き起こした真空のエネルギーの大きさなど、その模型に関する重要な情報が刻まれていると考えられています。
でも、原始重力波を模型ごとに見積もる理論計算は、一般にはとても複雑なんですねー
これが、インフレーション模型を特定する障壁となっていました。

特に、非線形効果と呼ばれる微小な効果が異なる模型を区別する上で、原始重力波は重要となってきます。
でも、原始重力波の非線形効果を計算するには、多くの場合コンピュータを使った計算が必要になるので、原始重力波の理論研究は一部の簡単な模型に限定されていました。

ただ、原始重力波に比べ、理論研究が進んでいる原始密度揺らぎについては、非一様な宇宙の空間分布をモザイクアートのように粗視化してとらえ直す、分割宇宙アプローチという簡単な計算方法が1990年代に確立され、幅広く用いられています。
この方法では、時間と空間に依存した宇宙の進化を、時間だけに依存した発展方程式を使って記述することで、計算が飛躍的に簡単に簡単になります。

一方で重力波については、分割宇宙アプローチを用いた計算手法が分かっていませんでした。

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波の計算手法を初めて確立。
複雑な数値計算によらず、幅広いインフレーション模型を調べることを可能にしています。

分割宇宙アプローチは、宇宙の進化を直観的に理解する際にも役立つので、原始重力波の時間進化の過程についての理解を深化できると期待されます。

原始重力波は、宇宙背景放射と呼ばれる宇宙のあらゆる方向から飛来する光の偏光を調べることで検出でき、その重要性から多くの観測計画が提案されています。

今回開発された分割宇宙アプローチを使うことで、これまで解析が難しかった模型も含めて、多様な宇宙模型で予言される原始重力波を計算できるようになります。
このことにより、重力波検出を通じた創世直後の宇宙の全体像を明らかにし、ひいては加速器実験では検証できない超高エネルギーの世界の物理法則の解明につながると期待されます。
この研究は、京都大学理学研究科の田中貴浩教授と高エネルギー加速器機構(KEK)の浦川優子准教授(兼 名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)特任准教授)の共同研究によって進められました。
本研究の成果は、アメリカ物理学会の発行するアメリカ物理学専門誌“フィジカル・レビュー・レターズ(Physical Review Letter)”に、“Statistical anisotropy of primordial gravitational waves from generalized 𝛿𝑁 formalism”として掲載されました。
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図1.分割宇宙アプローチのイメージ。実際の宇宙は上段のように場所ごとに異なる非一様な空間分布を持つので、宇宙の進化を解くには時間と空間に依存した方程式を解く必要がある。これを下段のモザイクアートのように粗視化することで、時間だけの方程式を単色の各ピクセルごとに解くことができる。(出所: 共同プレスリリースPDF)


原始重力波の計算を簡単に行う方法

宇宙創世直後の加速膨張期“インフレーション”(※1)の期間中は、地上のあらゆる加速器実験で到達可能なエネルギーを凌駕する非常に高い真空のエネルギーで、宇宙が占められていた可能性が高いと考えられています。
このため、インフレーション模型を調べることは、超弦理論に代表される超高エネルギーの世界に物理法則を与える理論の検証につながると期待されています。

インフレーション期間中には、微視的な世界の量子揺らぎ(※2)が急速な加速膨張によって引き延ばされ、宇宙の空間分布を決める巨視的な揺らぎとなります。

このような巨視的な揺らぎに含まれるのが、原子密度揺らぎと時空のさざ波である原始重力波(※3)です。
インフレーションが予言する原子密度揺らぎは、宇宙背景放射や銀河分布など、宇宙の様々な観測データを整合的に説明できるので、インフレーションは原始宇宙の標準的なシナリオとして、広く受け入れられるようになりました。

一方で原始重力波の確定的な観測は現在のところありません。
でも、原始重力波を探査するいくつかの実験事業が進行中で、検出への期待が高まっています。

原始重力波が観測されれば、インフレーション宇宙のエネルギースケールなど、原始宇宙模型の理解が飛躍的に進むことが考えられます。
ただ、原始重力波の観測を原始宇宙の理解へつなげるには、高エネルギー基礎理論が予言する多様なインフレーション模型で、どのような原始重力波が作られるかを理論的に予言する必要がありました。

方向依存性が単純な密度揺らぎに比べ、時空間の動的な歪みを表す重力波の計算は複雑で、単純な模型を除き一般には複雑な数値計算が必要となります。

特にインフレーション模型を特定する上で重要な非線形効果と呼ばれる、小さな揺らぎが相互に影響しあって生まれる効果の計算は、一部の模型に限定されていました。
このことが、幅広い模型で原始重力波の計算を行う障壁となっていたので、今回の研究では一般的な模型で重力波を簡単に計算する方法を探しています。
※1.宇宙インフレーションは、宇宙創世直後に急速な加速膨張があったと仮定すると、ビッグバン宇宙の空間的均質性や磁気単極子の問題を解決できるとして、1981年に佐藤勝彦、アラン・グースらによって提案された。インフレーションを引き起こすスカラー場の量子的な揺らぎにより、原始宇宙は空間の場所ごとに異なる密度揺らぎを持つことになる。インフレーション模型が予言する原始宇宙における密度の空間分布を、初期条件として宇宙の構造の進化計算を行うと、宇宙背景放射(宇宙のあらゆる方向から飛来する光)や暗黒物質などの観測を整合的に説明できることが、様々な観測プロジェクトによって確かめられている。

※2.量子揺らぎと原子密度揺らぎ:不確定性関係に基づき量子的な場は定まった値ではなく微小な揺らぎを持ち、この揺らぎを量子揺らぎと呼ぶ。インフレーションではシナリオでは、加速膨張を引き起こしたスカラー場の量子揺らぎが、原始宇宙における場所ことに異なる密度の濃淡を作り出したと考えられていて、この密度の濃淡を原子密度揺らぎと呼ぶ。

※3.原始重力波:アルバート・アインシュタインが提唱した一般相対性理論は、空間のひずみが波として伝わる重力波の存在を予言している。インフレーションの期間中には原始密度揺らぎと同様に、量子揺らぎを通じて重力波が作られ急速な加速膨張によって引き延ばされる。このようにして作られた重力波を原始重力波と呼ぶ。


分割宇宙アプローチを重力波の計算に適用する

今回の研究で考えたのは、計算を簡単化するために、密度揺らぎの進化計算で広く使われている分割宇宙アプローチ(※4)を、重力波の計算に適用することでした。

この方法は、アイデアとして以前からあったもの。
でも、時空を歪ませる重力波は密度揺らぎに比べると方向依存性が複雑なので、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。

分割宇宙アプローチでは、場所ごとに異なる密度をもつ非一様な宇宙を小さく分け、同じ密度からなる小さな宇宙の集合体ととらえ直します。
図1に示されるように、それはあたかも無数の単色のピクセルを組み合わせて、多様な色彩の絵を作り出すモザイクアートのようなものです。

このようにとらえ直すことによって、非一様な密度揺らぎの時間発展を解く複雑な作業を、単色の各ピクセルに対応する一つ一つの分割された宇宙の時間発展を解く作業に置き換えることができます。
一つ一つの分割宇宙は一様いわば単色となるので、その進化を解くには時間だけの関数からなる(常微分)方程式を解けば十分となり、劇的に進化計算のコストを下げることができます。

インフレーション宇宙の詳細な空間分布を知るには、モザイクアートのように粗視化された宇宙の情報だけでは不十分ですが、宇宙の観測から確かめることができるのは、インフレーション宇宙の非常に粗い精度の空間分布だけであることが分かっています。

分割宇宙アプローチを使って粗視化された宇宙の進化を正しく計算するには、一つ一つの分割宇宙は、お互いに影響し合うことなく独立に進化する必要があります。

素朴に考えると、一般相対性理論のように因果律(※5)が保たれる理論では、一つ一つの分割宇宙の大きさを因果関係を持つ空間領域程度に調整することで、異なる分割宇宙同士が因果関係を持たないようにすることが出来そうです。
でも、重力が含まれる場合には、状況はもう少し複雑でした。

一般相対性理論の基本方程式であるアインシュタイン方程式には、いわば隣同士の宇宙の関係性を決める拘束条件(運動量拘束条件)が含まれています。
この拘束条件の扱い方が不適切だと、隣り合う分割宇宙を同時に解かなければならなくなり、一つ一つの分割宇宙を独立に扱うことができなくなってしまいます。

隣同士の分割宇宙の関係を適切に決めるのは、方向を持たない密度揺らぎの場合は比較的簡単なことでした。
でも、空間を歪ませる重力波の場合は非常に複雑なものでした。

このため、今回の研究による分割宇宙アプローチを使った密度揺らぎの計算方法の確立以前は、四半世紀以上にわたり分割宇宙アプローチを用いた重力波計算は実現していませんでした。
※4.分割宇宙アプローチの密度揺らぎの計算への応用:分割宇宙アプローチを用いて密度揺らぎを計算する方法はデルタN形式と呼ばれている。

※5.因果律は、物質や情報のあらゆる伝播速度に上限値の存在を要請する。アインシュタインが提唱した一般相対性理論では、この上限値は光の速度で与えられる。このため、有限のある時間δtの間に因果関係を持ち、お互いに影響し合う空間の領域は、「(光の速度)×δt」で与えられる有限サイズの領域に限られる。


一つ一つの分割宇宙がお互いに影響し合う原因

今回の研究では、分割宇宙アプローチを使った原始重力波計算の実現のため、隣同士の分割宇宙が影響し合ってしまう原因を、もう一度見直しています。

その際に着目したのは、問題の拘束条件を初期時刻でのみ正しく解いておけば、(他の発展方程式が正しく解かれている限り)その後の時刻でも拘束条件は、自動的に満たされるということでした。

つまり、モザイクアートのピクセルを最初の時刻(図1で一番左端)に正しく配置しておけば、その後は周りのピクセルの存在を忘れて、各ピクセルごとの時間進化を追えばよいとひらめいたそうです。
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)
図2.宇宙の歴史の中で分割宇宙アプローチを使った計算ができる期間。(出所: 共同プレスリリースPDF)


分割宇宙の計算から再現できること

今回の研究では2021年の論文の成果を土台として、これまでは複雑な計算で求められていた原始重力波の振幅が、非常に簡単な分割宇宙の計算から再現できることを具体的に例示しています。

これにより、分割宇宙アプローチを原始重力波の計算に応用できる準備が整いました。
分割宇宙アプローチを使う利点は、計算の簡単化だけではなく、宇宙の進化の過程を直観的に理解する際にも役立ちます。

重力波がもたらす空間の歪みには2つのパターンがあり、原始宇宙の模型によっては、それぞれの大きさが異なる場合があることが指摘されていました。
分割宇宙アプローチを用いることで、どのような物理過程が2つのパターンの重力波の大きさの違いをもたらすのか、といった疑問に答えを与えてくれるはずです。

本研究により、分割宇宙アプローチを多様な宇宙模型で予言される原始重力波の計算に用いることができるようになりました。
このことは、創世直後の宇宙そして超高エネルギーな世界の物理法則を説明することに繋がると期待されます。

インフレーション宇宙では、地上では作られない様々な性質(例として多様なスピン)を持つ粒子が作られていた可能性があります。
それらの痕跡を探査することにより、超高エネルギーの世界の物理法則を検証することができるはずです。
今後、このうような多様なスピンをもつ粒子が作り出す原始重力波の研究が進むことが期待されます。


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“わたあめ”並みの密度しかない系外惑星“WASP-193b”を発見! 巨大ガス惑星“ホットジュピター”はどこまで低密度になれるのか

2024年06月22日 | 系外惑星
地球や火星のような岩石と金属で構成された岩石惑星と比べると、木星や土星のように水素やヘリウムが主成分の“巨大ガス惑星”は密度が低い天体になります。

これに加えて、木星ほどの質量を持つガス惑星が主星(恒星)のすぐそばを公転することで表面温度が非常に高温になる“ホットジュピター”のような環境では、大気が熱膨張することでさらに密度が低くなってしまいます。

今回の研究では、太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”(※1)の観測データから新たな惑星“WASP-193b”を発見しています。
※1.“スーパーWASP”はスペイン領カナリア諸島のロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台と、南アフリカ共和国の南アフリカ天文台で構成されている。
他の観測データも組み合わせて計算して分かったのは、“WASP-193b”の平均密度が“わたあめ”と同程度の1立方センチ当たり0.059グラムしかないこと。
これは、知られている中では2番目に密度が低い惑星の発見になるんですねー

また、これまでの惑星モデルでは、これほど極端に低密度な惑星の存在を説明できないので、解明に期待がかかる大きな謎になっています。
この研究は、リエージュ大学のKhalid Barkaouiさんたちの研究チームが進めています。
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)
図1.“WASP-193b”を天秤にかければ、同じ大きさの“わたあめ”とほぼ釣り合うことになる。(Credit: Generated OpenAI’s DALL-E / Created by David Berardo)


構成物質で変わる惑星の平均密度

天体の平均密度は、主にどのような物質で構成されているかによって大幅に変わってきます。

太陽系の場合、最も平均密度が高いのは地球の1立方センチ当たり5.52グラムで、最も平均密度が低いのは土星の1立方センチ当たり0.69グラムとなります。

これは、地球が岩石や金属などの固体物質を主成分とするのに対して、土星は低温でも気体の状態が保たれる水素やヘリウムなどの物質を主成分とするためです。
土星は、平均密度が水を下回る太陽系唯一の惑星なので、“水に浮かぶ”と例えられることがあります。


恒星のすぐそばを公転する巨大ガス惑星

太陽以外の天体を公転する太陽系外惑星(系外惑星)に目を向けると、土星よりもさらに平均密度が低いとされる惑星がしばしば見つかります。
そのような例の大半は、ホットジュピターに分類される惑星です。

構成物質で分類すると、ホットジュピターは木星や土星と同じ水素やヘリウムを主体としています。
ただ、木星や土星は太陽から遠く離れた軌道を公転している一方で、ホットジュピターの軌道は恒星に対して極めて近いものになります。

この軌道により恒星から受ける放射エネルギーも極端に強くなるホットジュピターは、大気が数百℃以上に加熱され熱膨張を起こすことになります。
構成物質の密度がもともと低いことに加えて、この熱膨張がホットジュピターを極端な低密度にするわけです。


ホットジュピターはどこまで低密度になれるのか

いくら高温のホットジュピターと言えども、熱膨張には限界があると予測されています。

それは、大気が加熱されると、それを構成する分子の運動速度が増し、惑星の重力を振り切って宇宙空間に逃げてしまうからです。

膨張した大気が維持されているということは、大気を構成する分子が惑星の重力に繋ぎ留められていることを意味します。
ただ、あまりにも極端な加熱は膨張を維持できる限界を超えてしまうことになります。

また、極端な熱膨張が起こる環境では、熱によって数億年以内の短時間で惑星の大気が全て蒸発してしまうので、岩石を主成分とする中心核だけが残されることになります。(※2)
※2.現在の惑星形成論では、巨大ガス惑星の中心部には、地球の数倍程度の質量を持つ、主に岩石でできた核が存在すると考えられている。
あるいは、恒星までの距離が極端に近いことで、潮汐力によって惑星の公転軌道が収縮してしまうと、惑星は恒星に落下して消滅してしまいます。

このため、ホットジュピターの平均密度が1立方センチ当たり0.2グラムを下回ることは滅多になく、そのような惑星の希少な存在と言え、そのような惑星の存在という疑問も生じてきます。(※3)
※3.ホットジュピターの中でも、特に低密度な惑星は“パフィー・プラネット”とも呼ばれている。“パフィー・プラネット(Puffy planets)”は、直訳すれば“フワフワとした惑星”、“膨らんでいる惑星”となる。どの程度の密度の天体をパフィー・プラネットと呼ぶのかは定義されておらず、学術的な分類名という訳でもない。このため、パフィー・プラネットという分類名は愛称に近いものとなる。


“わたあめ”と同じくらいの密度しかない系外惑星

今回の研究では、“WASP-193b”が極端に低密度なホットジュピターということが報告されています。

“WASP-193b”は、うみへび座の方向約1200光年彼方に位置する恒星“WASP-193”を6.25日周期で公転している系外惑星です。
太陽系外惑星観測プロジェクト“スーパーWASP”によって観測された過去のデータを、分析することで発見されました。

“WASP-193b”は“スーパーWASP”以外にも、ウカイムデン天文台のTRAPPIST-South望遠鏡(モロッコ)、パラナル天文台のSPECULOOS-South望遠鏡(チリ)、ヨーロッパ南天天文台ラ・シーヤ観測所の3.6メートル望遠鏡(チリ)に設置された分光機“HARPS”、ジュネーブ天文台のレオンハルト・オイラー望遠鏡(スイス)に設置された分光機“CORALIE”、およびNASAのトランジット惑星探査衛星“TESS”によっても観測されています。
それぞれの観測データを元に“WASP-193b”の物理的な性質の詳細が明らかにされた訳です。

“WASP-193b”の直径は木星の1.464±0.058倍あるものの、質量は木星の13.9±2.9%しかありません。
このため、平均密度は1立方センチ当たり0.059±0.014グラムという、極端に小さなものになっています。

密度が1立方センチ当たり約0.05グラムしかない“わたあめ”と同じくらいと考えれば、“WASP-193b”がいかに低密度な惑星なのかをイメージできると思います。
この平均密度は、詳細に観測されている惑星の中では2番目に低い値になります。(※4)
※4.現時点で最も密度が低いのは系外惑星“ケプラー51d”と推定され、平均密度は1立方センチ当たり0.046±0.009グラムとなる。
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)
図2.様々な太陽系外惑星の平均密度の比較。“WASP-193b”は“ケプラー51d”に次いで2番目に平均密度が低い惑星と測定された。(Credit: Khalid Barkaoui, et al.)


惑星形成論的にはあり得ない“WASP-193b”の直径

もちろん、“WASP-193b”は“わたあめ”でできている訳ではありません。

水素とヘリウムが主体の組成に加えて、恒星からの放射で1,000℃近い高温(1254±31K)に熱せられたことによる熱膨張が低密度の理由だと考えられます。

ただ、これまでの惑星モデルで計算した“WASP-193b”の直径は、木星と比べて最小で0.68倍。
最大でも1.2倍(※5)で、実際に観測された約1.5倍とは大幅に異なるんですねー
※5.今回の研究では、3つの異なるモデルで直径が推定されている。それぞれ木星の直径の0.9~1.1倍、0.82±0.14倍、1.1±0.1倍という計算結果が得られている。
木星の1.2倍という上限値は、惑星の中心部に岩石を主成分とする高密度の核が存在しないという、惑星形成論的にはあり得ない仮定をした上での計算値です。
なので、現実的には1.2倍よりも小さな値をとる可能性が高いことが考えられます。

そこで、研究チームでは複数の仮説(※6)について検討。
その中で、“オーム散逸”というメカニズムが、“WASP-193b”の直径を最も良く説明できると考えています。
※6.他に検討された仮説として、“流出する大気の流れを惑星本体の大きさと誤認した”や“潮汐力による加熱”、“惑星内部でのヘリウムの相分離”、“誕生直後の恒星で放射が強かった時期の膨張を観測している”というものがある。いずれも観測データから得られた“WASP-193b”のパラメーターとは大きく矛盾している。


“WASP-193b”の低密をオーム散逸で説明してみると

“WASP-193b”のように極端な過熱を受けている惑星では、惑星の表面と内部を行き来する非常に激しい物質循環が発生します。
また、恒星からの放射によって、大気中に含まれる微量の金属原子(※7)がイオン化されます。
※7.惑星科学における“金属”とは、水素とヘリウムよりも重い元素の総称で、炭素や酸素のような化学的には非金属となる元素も含まれている。ただ、ホットジュピターのオーム散逸においては、イオン化しやすいアルカリ金属(ナトリウムやカリウムなど)のことを指すので、化学的な意味での金属と一致する。
惑星の内外を循環するイオンは電気を帯びた粒子の流れなので、電流のように振る舞うことで、電磁誘導による加熱が発生します。
言ってみれば、“WASP-193b”は惑星全体がIH調理器の原理で加熱されているようなもの、と考えることができます。

ただ研究チームでは、この仮説が最も有望なメカニズムと思われるとしながらも、“WASP-193b”の低密度さがオーム散逸によって説明可能かどうかを確定させるには至っていません。

“WASP-193b”の低密度を説明する仮説には、これまでの惑星モデルを大幅に逸脱する点が複数含まれています。
なので、現時点では「これが“WASP-193b”の説明として正しい」と、強く主張できるような状況には無いためです。

そこで、研究チームが期待を寄せているのは、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による追観測です。
その理由は、非常に密度の低い“WASP-193b”では、惑星の大気を通過した恒星からの光が、惑星のかなり深部からでも届くと考えられているからです。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の性能なら、大気中に含まれる微量元素やチリの量といった、惑星の過熱に関わる様々な物質の量を、かなり詳細に分析できるはずです。

もし、“WASP-193b”の内部構造が詳しく観測できれば、“WASP-193b”以外の低密度な惑星の理解も深まり、惑星モデルの修正ができるようになるかもしれません。


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2つの超大質量ブラックホールが合体しようとしている!?  複雑に広がったスペクトルを発見

2024年06月21日 | ブラックホール
ほとんどの銀河の中心には、太陽の100万倍から100億倍の質量を持つ“超大質量ブラックホール”(※1)が存在すると考えられています。
私たちの天の川銀河の中心にも、太陽の400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホール“いて座A*(エースター)”が存在しています。
※1.大質量星が超新星爆発を起こした後に誕生する、太陽の数倍~数十倍程度の質量を持つ“恒星質量ブラックホール”は宇宙には多数存在している。一方で、存在は予測されていても、確実な発見例がほとんど無い太陽質量の100倍~10万倍という“中間質量ブラックホール”もある。
銀河同士が衝突合体を繰り返すことで自身が進化していく中で、複数の超大質量ブラックホールも連星を形成すると考えられます。

理論的には、超大質量ブラックホールの連星が合体するまでのタイムスケールは、宇宙年齢に匹敵するんですねー
なので、今回の研究で観測されたセイファート1銀河(※2)に分類される“SDSS J1430+2303”は、超大質量ブラックホール同士が数年以内というタイムスケールで合体する可能性があることが示唆された特異かつ希少な天体と言えます。
※2.セイファート銀河は活動銀河の一種。銀河の形態は渦巻銀河または不規則銀河。極端に明るい中心核を持ち、通常の銀河と明らかに異なる連続光(※6)や輝線を示す。幅の広い輝線と狭い輝線が見えるセイファート銀河は1型、狭い輝線しか見えないセイファート銀河は2型と分類される。
本研究では、京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”の分光装置“KOOLS-IFU”を用いて、“SDSS J1430+2303”を1年にわたって分光観測を実施。
これにより、複雑化したHα(※3)輝線(6300‐6800Å)の起源を明らかにしています。
※3.Hαは水素原子が放射する輝線の一つ。特定のエネルギー準位を電子が遷移する際に発生するスペクトル線があり、中心波長は656.3nmに対応する。

この研究は、東北大学大学院 理学系研究科 星篤志大学院生(JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系所属)、宇宙科学研究所(ISAS)宇宙物理学研究系 山田亨(東北大学大学院 理学系研究科兼任)の研究チームが進めています。
本研究の成果は、2024年1月12日発行の天文学と天体物理学の学術雑誌“欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)”に、“The variability of the broad line profiles of SDSS J1430+2303”として掲載されました。


2つの超大質量ブラックホールが周回することで起こる光度変動

2つの超大質量ブラックホールが軌道運動することで周囲に及ぼす影響は、理論やシミュレーションによって広く議論されています。(図1)

今回の観測対象となったセイフォート1銀河の“SDSS J1430+2303”は、その中心に位置する超大質量ブラックホールに大量の物質が降着(※4)することで、非常に明るい連続光(※5)が生成され、その連続光によって照らされた原子や分子、イオンが様々な領域から輝線を放射していることが観測されています。
※4.降着は、中心にある重い天体の重力によって、周囲から物質が落下してくること。ブラックホールへ降着する物質は角運動を持つため、中心天体の周囲を公転しながら降着円盤と呼ばれるへんぺいな円盤状の構造を作る。降着円盤内のガスの摩擦熱によって落下するガスは電離してプラズマ状態へ、この電離したガスは回転することで強力な磁場が作られ、降着円盤からは荷電粒子のジェットが噴射し降着円盤の半径に応じて、可視光線、紫外線、X線と幅広い電磁波が観測される。

※5.連続光は、ある周波数範囲でどの波長でも一定の強度があるスペクトル、輝線ではない。今回は、超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光と、銀河から放射される連続光の二つが組み合わさっているが、変動を起こすのは超大質量ブラックホール近傍から放射される連続光。この連続光と輝線の放射されている領域が離れている場合、連続光と輝線の強度変化にタイムラグが生じる。
超大質量ブラックホールが連星を形成している可能性のある兆候の一つに、準周期的(※6)な光度変動があります。
この光度変動は、2つの超大質量ブラックホールが軌道を周回することで降着する物質の量が変化し、結果的に放射される光の量が変化することで起こります。
※6.準周期的とは、強度変化に周期性はあるものの不安定なこと。
“SDSS J1430+2303”で観測された光度変動周期の減衰では、連星軌道の周期が短縮しているので、超大質量ブラックホールが合体するまで数年以内ということが示唆されています。
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)
図1.合体する超大質量ブラックホール連星と2つのブラックホールに降着する物質のイメージ。(Credit: Stéphane d'Ascoli et al 2018 ApJ 865 140, NASA GSFC)(出所: ISAS Webサイト)


超大質量ブラックホール合体による複雑なスペクトル変動

アメリカ・ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡(口径2.5メートル)を用いた大規模な掃天観測プロジェクト“スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)”によって分光されたHα領域のスペクトルを見ると、セイファート1銀河の典型的な特徴を示していました。

でも、近年になって活発化したHα輝線では、他に例を見ないほど複雑に広がったスペクトル(Central broad componentおよびDouble-peaked component)を示していたんですねー(図2)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
図2.“SDSS J1430+2303”のHα領域の分光スペクトル。横軸は波長、縦軸は連続光に対する輝線の強度を示している。矢印は今回調査した広い輝線を示していて、他の細かい輝線は典型的なセイファート銀河でも観測され同定されている輝線を示している。(出所: ISAS Webサイト)
そこで今回の研究では、これらの起源を明らかにするため国内最大の主鏡を持つ京都大学岡山天文台の赤外線望遠鏡“せいめい望遠鏡(口径3.8メートル)”を用いて、フォローアップ観測を1年に4度実施。
そして、複雑なHα輝線が放射される領域を特定するため、連続光の変動の時間差を利用しています。

光の伝達速度(約30万km/s)が存在することを考慮すると、輝線と連続光の変動の時間差から放射源のおおよその位置を推定することが可能です。

その結果、連続光に対して有意な変化を示したCentral broad componentは、連続光源から離れた位置から放射されていることが示されます。
一方、Double-peaked componentは観測期間を通じて有意な変化はなく、これは超大質量ブラックホール近傍から放射されていることを示していました。

すなわち、Central broad componentはセイファート1銀河で観測できる幅の広がった輝線と同じ領域であることが明らかになり、Double-peaked componentはCentral broad componentより内側に存在する降着円盤が起源である可能性が示された訳です。

今後、さらに複雑なスペクトルが変動を起こす可能性もあります。
なので、研究チームでは継続した“SDSS J1430+2303”の観測を行うことで、超大質量ブラックホールの合体に関する新たな知見を得るようです。


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