宇宙のはなしと、ときどきツーリング

モバライダー mobarider

鉄より重い元素の生成プロセスは“キロノバ”かも! 中性子星同士の合体で生成されたものが多いテルルやランタノイドの放射を観測

2024年03月11日 | 宇宙 space
天文学では、水素とヘリウムよりも重い元素のことは“重元素”と呼ばれています。

その重元素は、恒星内部の核融合反応により生成され、恒星の死に伴い星間空間へと放出されます。
なので、星の生と死のサイクルが十分に繰り返されていない初期の宇宙では、現在の宇宙に比べて重元素量が低かったと考えられています。

ただ、恒星のエネルギー源となる核融合反応では、鉄(原子番号26)までしか生成されません。
なので、鉄より重い元素が生成されるには、異なるプロセスが必要になります。
中でも特に注目されているのは、超新星爆発や中性子星同士の合体といった超高エネルギーの天文現象です。

その超高エネルギーの天文現象の一つに“キロノバ(Kilonova)”がありますが、その詳細な観測が困難なんですねー

今回の研究では、観測史上2番目に明るいガンマ線バースト“GRB 230307A”の残光をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測。
その結果、鉄より重い元素である“テルル”や“ランタノイド”を見つけています。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡でキロノバから個々の鉄よりも重い元素を観測したのは、今回が初めてのことでした。
この研究は、ラドバウド大学のAndrew Levanさんを筆頭とする国際研究チームが進めています。
図1.左上の赤い点が“GRB 230307A”。右下の渦巻き銀河は、“GRB 230307A”の元となった中性子星の連星が元々属していた銀河。お互いの距離は約12万光年離れている。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI & Andrew Levan (IMAPP, Warw))
図1.左上の赤い点が“GRB 230307A”。右下の渦巻き銀河は、“GRB 230307A”の元となった中性子星の連星が元々属していた銀河。お互いの距離は約12万光年離れている。(Credit: NASA, ESA, CSA, STScI & Andrew Levan (IMAPP, Warw))


鉄より重い元素の生成プロセス

宇宙には様々な元素が存在し、より重い元素ほど激しい天文現象で生成されることが知られています。
そして、激しい天文現象であるほど、科学的な理解が追いついていないという現状もあります。

激しい天文現象は、実験室やシミュレーションで詳細を再現することが難しいので、詳細な天文観測が必須となります。

でも、発生頻度が稀な上、現象の進行スピードが数秒から数分以内と極めて速いので、観測体制を整える前に消えてしまうことも珍しくありません。
このため、宇宙における鉄より重い元素の生成プロセスは、長年表面的な理解に留まっていました。

その鉄より重い元素を大量に生成するプロセスとして、長年注目されている現象の1つに“キロノバ”があります。

“キロノバ”は、白色矮星への質量降着による爆発で生じる新星(ノバ)の約1000倍の明るさに達することからキロノバと呼ばれています。
超新星(スーパーノバ)と比べると10分の1から100分の1程度の明るさとなり、中性子を多く持つ鉄より重い元素のほぼ半分を合成すると考えられていますが、発生のメカニズムは異なるようです。

通常の超新星爆発は、太陽よりずっと重い恒星の中心核で発生する現象に由来します。
でも、キロノバは中性子星(※1)の連星または中性子星とブラックホールの連星が合体することで発生すると考えられている爆発現象です。
※1.太陽のおよそ8倍以上の質量を持った恒星が、進化の最終段階で鉄の中心核を作ると、鉄は宇宙で最も安定した元素なので、それ以上は核融合を行えなくなってエネルギーを作り出せなくなり、星は自身の重力を支えきれずつぶれてしまう。この重力崩壊によって中心核の密度が十分高くなると、外側から落ちてくる物質を中心核で跳ね返して“重力崩壊型超新星爆発”を起こすと考えられている。爆発の後には中性子星やブラックホールといったコンパクト天体が残される。
中性子星は主に中性子からなる天体で、ブラックホールと異なり半径10キロ程度の表面が存在し、そこに地球の約50万倍の質量が詰まっていています。
その中性子星同士の合体は、他のどの天文現象よりも激しい核反応を起こす源となります。

融合の現場では、その瞬間に1兆℃と推定される超高温・超高圧な状態が生じ、“r過程(r-process)”(※2)と呼ばれる核反応プロセスが高速で進行し、金やウランのような鉄より重い元素を豊富に生み出すと考えられています。
※2.中性子星は名前の通り中性子を豊富に含んでいる。中性子星同士の融合現場では、原子核に大量に中性子が供給され核融合が起こる。このような原子核は不安定なため、中性子が陽子に代わる崩壊が発生し、原子番号の大きな鉄より重い元素が合成される。この核反応は数秒以内という高速で進行するので、“rapid(急速な)”の頭文字から“r過程”と呼ばれる。


実際に発生した“キロノバ”を観測する

長年の研究から、宇宙に存在する鉄より重い元素の生成量や比率を最もよく説明するのは、キロノバだと考えられています。

でも、宇宙で最も高密度な物質でできた中性子星同士や中性子星とブラックホールの連星の合体現象は、実験室で再現することができず…
その性質はほとんど理解されていませんでした。

また、実際に発生した“キロノバ”をとらえるにしても、大半が遠方の宇宙で起きた現象であり、発生頻度が通常の超新星爆発と比べても低い上に、その過程も一瞬しか持続しないんですねー

それに、“キロノバ”を観測するにはガンマ線バースト(※3)や重力波(※4)といった、ごく最近になってから観測が可能になった現象を利用する必要があるので、観測データそのものが限られてしまうという事情もありました。

なので、これまで詳細な観測が行われたことは、ほとんどありませんでした。
※3.ガンマ線バーストは、0.01秒から数時間程度にわたってガンマ線が突発的に観測される現象。1960年代の冷戦下に宇宙空間での核実験を監視する衛星によって発見された天体現象。

※4.一般相対性理論によると、ブラックホールや中性子星のような高密度な天体の周りでは時空(時間と空間)が歪んでいる。このような高密度な天体が運動(や合体)することで、歪みが波として宇宙空間に伝播する。これを重力波という。


ロングガンマ線バーストとして観測された“GRB 230307A”

今回の研究では、ガンマ線バースト“GRB 230307A”をジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測しています。

テーブルさん座の方向約830光年彼方の位置で発生した“GRB 230307A”は、ガンマ線バーストとしては距離がかなり近いことに加え、観測史上2番目に明るく、明るく輝いた時間が約200秒と極めて長いなど、多くの異質な性質を持っていました。

このことから、“GRB 230307A”は通常のガンマ線バーストの1000倍のエネルギーを持つと推定されています。

驚くことに、初期の観測結果は、“GRB 230307A”が中性子星同士の融合によって発生したキロノバのデータとよく一致していました。

ガンマ線バーストは発光時間が2秒を境に、それより短いものを“ショートガンマ線バースト”、長いものを“ロングガンマ線バースト”と呼びます。

キロノバは、通常ショートガンマ線バーストとして観測されます。
なので、ロングガンマ線バーストとしてもかなり長い200秒の発光時間を持つ“GRB 230307A”に、キロノバの可能性があることは、かなり意外な結果でした。


“GRB 230307A”の発生場所から“テルル”の存在を示す放射を観測

この異例さに注目した研究チームは、“GRB 230307A”の発生から29日後と61日後に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡を用いて発生場所の観測を実施。
その結果、“GRB 230307A”の残光は、2.15マイクロメートルの波長の赤外線で、かなり明るく輝いていることが分かりました。

この観測結果が示していたのは、52番元素の“テルル”が存在をしているということ。
さらに、“ランタノイド”(※5)の存在を示す中間赤外線の放射も見つかりました。
※5.ランタン(57番元素)からルテチウム(71番元素)までの15元素の総称。
ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の高感度な観測精度が無ければ、これほど時間が経過した場所で、何か意味のある観測結果を得られなかったと思われます。
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された“GRB 230307A”の赤外線データ。テルル(Tellurium)の存在を示す輝線が現れている。(Credit: NASA, ESA, CSA & Joseph Olmsted (STScI))
図2.ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡で観測された“GRB 230307A”の赤外線データ。テルル(Tellurium)の存在を示す輝線が現れている。(Credit: NASA, ESA, CSA & Joseph Olmsted (STScI))
“テルル”や“ランタノイド”は、宇宙では比較的希少な元素です。

また、宇宙の“テルル”や“ランタノイド”は、中性子星同士の融合で生成されたものが多く含まれていると考えられています。
このことからも、“テルル”や“ランタノイド”の存在は“GRB 230307A”で“r過程”が発生したこと、即ち“GRB 230307A”がキロノバであることを示す証拠と言えます。

ガンマ線バーストの観測で、個々の鉄より重い元素が発見されたのは、今回が初めてのことでした。

また、これとは別に、ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡の観測データからは、“GRB 230307A”が発生するきっかけとなった中性子星がどこからやって来たのかを突き止めています。

“GRB 230307A”になる前の中性子星の連星は元々、発生場所から約12万光年離れた渦巻銀河が故郷で、どちらも太陽よりずっと重い恒星の連星だったと考えられます。

両方とも中性子星だということは、少なくとも2回の超新星爆発を経験しているはずです。
なので、この連星は2回の爆発後も重力による結合が切れずに、連星関係を保っていたことになります。
一方で、この爆発が銀河から飛び出す原動力になったと考えられます。

そして銀河を飛び出してから数億年後、中性子星の連星はお互いに融合し、“GRB 230307A”というキロノバになったと考えることができます。

ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による“GRB 230307A”の観測結果は、鉄よりも重い元素が生成される現場という極めて稀な状況を、直接観測することに繋がりました。

鉄よりも重い元素の生成は、現在でも詳細が分かっていないので、今回の観測結果は極めて貴重なものと言えます。

例えば、生命に必須な元素になる“ヨウ素”です。
“ヨウ素”は、今回観測に成功した“テルル”と原子番号が1つだけ違う元素で、“テルル”と同じくキロノバで大量生成されると推定されています。
なので、今回の研究は宇宙に生命が存在する根本的な理由にも絡んでくるはずです。

現在、NASAは深宇宙を探査する次世代の宇宙望遠鏡“ナンシー・グレース・ローマン”(※6)の打ち上げを予定していて、キロノバの観測数もこれまでよりずっと増えることが予想されています。
そう遠くはない未来には、鉄よりも重い元素の生成現場の観測結果が増え、理解も深まるはずですよ。
※6.ナンシー・グレース・ローマンは、NASAが2026年10月から2027年5月までの間に打ち上げを予定している宇宙望遠鏡。この望遠鏡は、宇宙から重力マイクロレンズ探査を行い、数万個のマイクロレンズ現象を発見し、1000個以上の主星を公転する惑星を発見すると期待されています。


こちらの記事もどうぞ



最新の画像もっと見る

コメントを投稿